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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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復讐者達、その5~ミューゼとの会食~


***


 日が昇ってしばらくすると、アルフィリースには迎えが来た。昨日と同じ伯爵であり、彼の名前はどうやらファーンであることをアルフィリースは知った。

 今度はファーンは他の人間も連れてきており、彼らはアルフィリースが会食に向かうにさしあたり、アルフィリースの着付けや衣装の選定を手伝うために派遣された人間であるらしかった。ドレスを着ることは何となく覚悟していたアルフィリースであったが、礼儀正しくも強引な女官達に両脇をつかまれるとそのまま引きずられるように連れて行かれたのである。

 しばらくして着替えの部屋から出てきたアルフィリースを一目見ようと、仲間が集まっていたが。


「う。これは・・・」

「ほほう。やはりアルフィリース殿はきちんとした格好をすれば、化けるものだ」

「む。悔しいですが、ここは素直に賛辞の言葉を送っておきましょう。デカ女にも似合うドレスがあるとは」

「ふむ、仕立てた人間達の力量もあるだろうが、中々高貴な女性に見える。少なくとも、その辺の貴族の子女達よりは何倍もまし」


 珍しく口々に褒めた仲間達だが、確かにアルフィリースは普段と違う雰囲気を出していた。髪の色とは対照的に白のドレスに身を包んだ彼女は、髪を左上でくくり、長い髪が肩口の高さで収まるように調節をしていた。ドレスは腰の部分で締め付けがしっかりとされており、アルフィリースの豊満な胸をより強調するような格好となっていた。ドレスの裾は長いが、そもそもアルフィリースは足が長いので別段気にならない。だがアルフィリースはといえば、どこか居心地が悪そうだった。


「うー、スカートって久しぶりだから落ち着かないなあ。変じゃない?」

「いや、中々良いと思います。これなら失礼には全くならないかと」


 エクラがうんうんと頷きながら納得していた。昨晩の礼儀作法の訓練も、エクラがほとんど修正をかけないでよいほどにアルフィリースの礼儀は完璧に近かった。それもそうだろう。そもそもミューゼに礼儀作法や立ち振る舞いを教えたのはアルドリュースであり、アルフィリースもまたアルドリュースから一通りを教わっているのである。細部は修正するだろうが、ほとんど違いがあるはずもないのだ。

 エクラだけではなく一同が納得する中で、ラインだけが何の反応も見せなかったのでアルフィリースは気になった。


「ねぇ、ライン。何か不満でも?」

「・・・ねぇよ。早く行け、女王様が待ちくたびれるだろうが」

「何よお、たまには褒めてくれたっていいじゃない」


 アルフィリースはふくれっ面をしながら、渋々と出かけていった。そのあとで、ラインの腰にいるダンススレイブが人型に戻る。


「ライン、素直になればいいものを」

「何が」

「美しいものを美しいと言っても、何の損にもならん」

「ほっとけ・・・仮にもアルフィリースは俺より立場が上になる。俺は仕事には恋愛感情は持ち込まん主義だ。恋だの愛だのは判断を狂わせる。ろくなことにならん、少なくとも俺の場合はな」

「そうか。損な性分だな」


 ダンススレイブには珍しく、彼女は心配そうな目でぶっきらぼうに言い放ったラインを見ていた。


***


 アルフィリースが王宮に再び向かうと、今度は別の廊下を使って中庭へと案内された。そして中庭を通り、厳重な警備のなされた門を通りしばらくすると、やがて女性の兵士が守っている門へと通された。アルフィリースはこの国で女性の兵士を見たのは初めてだった。というより、女性の騎士や兵士を見ること自体が稀だったので、女性だけで警備されている門に違和感を覚えたのである。

 その門より先は案内役も女性へと変わり、今度は少し厳めしい面構えの女騎士へと案内役は変わったのだった。女騎士は自らをラーレと名乗ると、余計な口は一切きかずにアルフィリースを案内した。そして着いた先では小さなテーブルに座り、ミューゼが待っていたのだった。


「お待ちしていました、アルフィリース殿」

「ご招待いただき光栄にございます、女王陛下」


 アルフィリースはドレスの裾をつまみ軽く一礼をすると、促されるままに席に着いた。ラーレは礼をしてその場を離れたので、ここには完全にアルフィリーとミューゼの二人だけである。あまりに無防備ではないかとさしものアルフィリースも思ったが、ミューゼはそれほど気にかけた様子もなかった。

 ミューゼは比較的簡素な黒のドレスに身を包み、金の糸で様々な刺繍が施されてあった。腕や首には少し大仰といえるほどの装飾物がつけられており、アルフィリースはそれらの装飾物やテーブルの上の食事を見ると一瞬なぜだか不快な気分になって眉をひそめたが、だがミューゼには気取られないほどの短時間で済ませた。

 ミューゼはいたって上機嫌でアルフィリースを歓迎しているように見える。


「私、この時を首を長くして待っていましたのよ?」

「それはありがたいお言葉ですが、私自身はただの傭兵です。東の諸国に名の知れた女王陛下を楽しませるような一切は、提供できないと存じますが」

「飲み物をまずはお選びになって?」


 アルフィリースの言い訳など聞いていないと言わんばかりに、ミューゼは手づから果実酒の銘柄をいくつか並べて見せた。アルフィリースは既にミューゼの会話の調子に巻き込まれたことを知ったが、だとしてもどうなるものでもない。

 軽くため息をつくと、書物の上では知っている銘柄のうち、最も安いものを選んだ。それにしても、一本で普通の家庭が半年は暮らせるほどの値段はするのだが。


「ではシャントー・ブレーニュの22年物を」

「いい一本をお選びになるわね」

「そうですか? 適当ですけども」

「ううん、そんなことないわ。この場にぴったりともいえる一本よ」


 ミューゼは緑のボトルに入った果実酒を取り出しながら説明した。


「これの由来は私達にぴったりなのよ」

「・・・おっしゃっている意味がよくわかりません」

「ところで、私の事はアルドリュースからどのくらい聞いているのかしら?」


 またしてもかみ合わない会話にアルフィリースは困惑しながらも、失礼だけはないように答えを探した。


「いえ・・・詳しくは何も」

「おかしいわね・・・まあ、でもそういうことならそれでもよいわ。きっと私の勘違いなのね。結局のところ、あの人はそういう人だったのね」

「?」


 アルフィリースはミューゼが何を言いたいのかさっぱりつかめず、困惑した表情でミューゼを見ていた。そんなアルフィリースに気が付いたのか、ミューゼは笑顔と共にアルフィリースに説明を始めた。


「ああ、ごめんなさいね。こっちの話だわ。それよりも、貴女の旅のお話を聞かせてくださる?」

「そういうことでしたら、ぜひとも」


 アルフィリースはミューゼに促されるまま、自分の旅の出来事を話し始めた。だが魔王などの都合の悪い可能性のある話はもちろん除いて、である。ミューゼはそのアルフィリースの冒険譚に表情を輝かせながら、話に聞き入っていた。ミューゼがあまりにも色々と話を聞きたがるものだから、ついついアルフィリースも得意げになって話してしまう。

 そのうちにお酒が回ってきたのか、アルフィリースはどこか眠いような、朦朧とした感じにとらえられた。対するミューゼの方は顔こそ赤いものの、全く酔ったそぶりも見せずさらにまくしたてるようにアルフィリースに話しかけている。最初は丁寧に応対していたアルフィリースも、徐々に酒がまわるにつれて対応が怪しくなってきていた。アルフィリースは自分でもどうにもならぬくらいの虚脱感と、自制心のなさを感じ始めていた。よく考えれば、自分はそれほどお酒に強い方ではないとミランダに言われていたのではなかったか。シャントー・ブレーニュの値段は知っていたが、アルフィリースはそれがどのくらいの強さの酒かは知らなかった。

 その時である。ミューゼの話の内容が、今までとまたしても全く変わったのは。


「ところでアルフィリース、私のお願いを一つ聞いてほしいのだけども」

「は、はい・・・?」

「実は今度、私自身が内密にある諸侯を説得にまいります。今回の戦局を動かす上で、はずせない説得となるでしょう。でも宮廷内の状況を考えると、誰を供につけても上手くいかない可能性がある。よけいな者にばれれば妨害される可能性もあるわ。下手をすれば、私自身を害そうとする輩もいるかもしれない」

「え・・・まさか」

「いえ、そうとも言い切れないのです」


 ミューゼは悲しそうな顔をして見せた。初めて見るミューゼの悲しそうな顔に、アルフィリースは同性ながらもどきりとした。色香を伴う妙齢の女性が、今にも涙を流しそうな表情を見せる。アルフィリースは自分が女性でよかったと思った。もし男性なら、思わずミューゼの手を取らずにはいられなかったに違いないからだ。

 ミューゼは家臣達の前とはうってかわり、弱々しい表情を見せながらアルフィリースに語りかけた。


「女王という立場は非常に弱い。私には武功があるわけでもなく、また私自身に武力があるわけでもない。また後ろ盾となる者がいるわけでもない。亡き父王の弟である叔父はいますが、むしろ彼は私を憎むことこそあれ、積極的に手助けをすることはないでしょう」

「どうして、でしょうか?」

「私には子供がいません。先王の直系の子は私だけであり、順位からいえば私が王位を継ぐことに何の問題もないものの、私に子供ができなければ次の王位継承権は叔父になる。その叔父も既に高齢。彼が実権を握るには、私は既に邪魔者でしかない。それに叔父には子供もいるし、私がいなければ私の甥は皇太子として認識される立場になる。

 それが証拠に、私の即位時には私を全力で盛り立ててくれた叔父も、今や宮廷に登場すらしない。甥も申し訳程度に式典に参加するくらい。私に子供さえいれば彼らも私を盛り立ててくれたのでしょうけど、私にれっきとした後継者がいないことが彼らの人生を逆に狂わせたのです。私には彼らの人生に対する責任があります。叔父達は一刻も早く実権を握りたい。少なくとも叔父が死ぬ前には。私が結婚もせず、子供もいないことで彼らに余計な野心を抱かせることになってしまった。これは私の責任です。

 一方で、私がまだ子供を産める年齢である以上、彼らを後継者として正式に認めるわけにもいかず、手詰まりの状態です。私としてはこのような状態で秘密裏に事を運ぶようなことはしたくないのですが、どうにもしょうがありません。宮廷の者も、誰が叔父の息のかかった者かはっきりしない。この女王宮の者は比較的信頼できるものの、大勢を動かせばお忍びにはならない。

 ゆえに、貴女に私の護衛を依頼したいのです」


 ミューゼがまくしたてるように話す中、アルフィリースの思考は揺れていた。ここに来た当初、アルフィリースは失礼のないように、しかし当たり障りのないようにこの国に暇を告げる気でいた。だが今はどうしたことか、ミューゼの依頼をそう悪いものでもないと考えるようになっていた。それどころか、何とかしてミューゼの力になりたいと思っているのである。


「(う・・・頭に靄がかかったように考えるのがだるい・・・これはいったいどうしたことだろう。だけど、それを悩むのもおっくうだ。ああ、ミューゼ様の依頼を受けるつもりなどないの・・・に)」

「どうかしら、アルフィリース。私のお願いを聞いてくれないかしら?」


 ミューゼがまっすぐにアルフィリースの目を見つめる。アルフィリースは目をそらすこともできず、ただミューゼの視線を正面から受け止めていた。

 どのくらいの時間が経ったのか。おそらくは一陣の風に舞った木の葉が落ちる程度の時間であったろうが、アルフィリースにとっては一日にも感じられるほどの沈黙の後、アルフィリースの口はこう動いていたのだ。


「その依頼・・・お受けします」



続く

次回投稿は、8/13(月)16:00です。

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