復讐者達、その4~不快な夢~
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翌日、アルフィリースは目を覚ますと非常に不快な気分であった。
「またアレの夢だ・・・」
アルフィリースがアレと称する夢。それは紛れもなく悪夢であった。昔から時々見る、アルフィリースと同じ姿形をした人物が、何かしらの悪事を行う夢。それは物を壊したり盗んだりの軽い悪事から、時には人を害したり、あるいは殺すのであった。アルフィリースはそれらの一連の悪事を行う者を『カーサ』と呼び、ひどく忌み嫌っていた。
最初に見たのはまだアルドリュースに出会う以前の事であるが、アルドリュースに相談すると、それはむしろ魔術を使用する者にとっては好ましいとして諭された。アルドリュース曰く、魔術を扱う者は夢にも意味があることが多く、人によっては夢を通じて人と交信したり、あるいは別の場所へと行くこともあるらしい。アルドリュース曰く、人は最も深い場所では一つの存在であるという説を唱えた魔術士がかつていたことを教えてくれた。
また夢の象徴は精霊であることも十分に考えられる。精霊は時としてその姿を変え、夢に出現することもあるらしい。自らが非常によく交信する人間を助けるために、時に精霊は印象的な手段をとるそうだ。それが夢であり、また人の良い精霊ならば夢の内容も考慮するだろうが、少し性格のねじくれた精霊であれば、夢見の悪い手段をとることも十分に考えられるとのことだった。アルフィリースはそんな精霊がいるものかとたかをくくっていたが、ユーティを見てからはなるほどと、どこかで納得できてしまうのである。
それに夢自体は気分的に最悪でも、その内容はアルフィリースにとって上手く警告的であることが多かったのも事実である。アルフィリースは夢で起こったことに出会わぬように生活することで、その危機を回避できたことが多い。
だが今回の夢は何とも言い難いものだった。それは――
「どうしてだろう・・・どうして私は夢であんなことを・・・ミューゼ王女を殺すなんて」
アルフィリースの夢はそう、夢の中でミューゼを殺していたのである。アルフィリースと同じ姿をした『カーサ』は、不思議なことにその右手を剣に変化させると、ミューゼの胸に深く突き刺した。返り血を浴びながら、無表情な『カーサ』はアルフィリースの方を振り返ると、そこで夢は覚めたのである。
別段そのような物騒な夢を見るのは初めてではない。だがもっと現実味のない内容だったことがほとんどだし、これから会うであろう人物を殺害するなどと、目が覚めてもあまりに夢見が悪い内容だった。
こういった内容は何かの暗示であることが多い。たいていはその人にはしばらく会うべきでないとか、そういった類の意味である。
アルフィリースは隣のベッドで寝ているはずのラキアがいないことに気が付くと、椅子に掛けてあった上着を羽織り、テラスに出た。そこには既に起きているラキアがいたのだ。陽は今しがたゆっくりと登っている時間帯である。
「早いな、アルフィ」
「どうにも夢見が悪くてね」
「うなされていた様子はなかったが」
ラキアの朝は早い。彼女は必ず日の出と共に目を覚まし、日の出を見ているのだ。ラキアは自然と語らうのが嫌いな真竜であったはずなのだが、何をどうやっても真竜は真竜ということか。
アルフィリースはしばらくラキアと共に日の出を眺めていた。
「綺麗ね。早起きするのは久しぶりだから、新鮮だわ」
「私にとっては日常、ごくありふれた風景だ。だがそれでも日の光は美しいと思う。暗鬱たる世界に優しい光が差し、徐々に世界が明るくなる。鳥は日の出の気配を察し囀り、花は太陽の寵愛を一身に受けんと咲き誇る。人は少しずつ目を覚まし、村に、街に活気があふれ始める。何百年も前から変わらない世界の営みだが、はるか天空から見る日の出はいつでもいい。ただ私は人の営みがある頃に生まれた真竜だから、人がいないこの世界というものがどうにも想像できないがね」
「私にとっても今の世界があたり前よ。それよりも昔の世界なんて想像もできないわ。そう考えると不思議なことが世界にはいっぱいね。そもそも人間って、どこから生まれたのかしらね」
「知らんよ。ただ人間よりは我々真竜の方が古い存在のはずだ。あるいは人間もはるか昔から存在しているのかもしれんが、少なくとも真竜と語らうような存在ではなかったはずだ。そのあたりはグウェンドルフよりももっと前の竜達、ノーティス様やシュテルヴェーゼ様、あるいはもっと古くからいる『古竜』の方々に話を伺うしかないだろうな」
ラキアはどこか遠くを見るように話している。そんな時のラキアは非常に気高く見え、彼女をほとんど友達のように扱うアルフィリースにも、時々はっとさせられる事が多い。普通なら、真竜とこのように語らうことは人間にはできないのだ、と。
しばらく共に立っていたラキアだったが、途中から自分の方を見ていることにアルフィリースは気がつく。
「何?」
「いや・・・そのようなことを考えるとは、アルフィリースはやはり面白いなと思ってな」
「そう?」
「ああ。人間の始まりを考えるなど、普通の人間ならそこまでの思考的余裕がないか、あるいは合理的な者は考えても無駄だと考えるだろうな。その時に真竜がどうだったとかは、まるで考えもしないだろう。そういった点で、アルフィリースの中には論理的思考回路と、また不合理さを許容する思考過程が同時に存在していることになる。それは非常に珍しいことだ。真竜達は自分たちが最も知的能力の高い種だと考えているが、アルフィリースを見ているとそうでもないという気がしてくるな」
「そうかな? でも私にとって真竜が身近だったから、そんなことを思うだけかも」
「あるいはその通りかもな。だが私の見てきた人間達に、やはりそのようなことを考える者は皆無だったよ。皆その日の暮らしで精いっぱいだ」
「私だってそうよ。でもふと仕事中とか、ぼーっとしているときに考えてしまうの。どうしようもないと思っているのだけど、考えてもきりのない疑問だからこそ良い暇つぶしになっているのかもね。
ところで起き抜けからなんだけど、ラキアに一つ頼みがあるの。ひとっ飛びして、ラーナをここまで連れてきてくれないかしら」
「ラーナを? 確かにすぐに連れてこれるだけの場所には来ているだろうが、何のために?」
「理由はまだなんとも言い難いんだけど、ぜひともお願いするわ。それにロゼッタとエアリアルの偵察も終わっている頃よ。彼女達の意見も合わせてね」
「・・・急ぐか?」
「ええ、それなりにね。手紙を今から書くから、渡してちょうだい」
「わかった。用意ができ次第、直ぐにでも発とう」
「お願いね」
アルフィリースは上着を脱ぎながら、再び部屋に戻っていった。
続く
次回投稿は、8/11(金)16:00です。