復讐者達、その3~会食後~
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「つ、疲れたー!」
「何も感じてないかと思っていましたが、一丁前に緊張していましたか、デカ女」
「当然でしょう?」
アルフィリースはエクラによって用意されたハウゼンの屋敷の一部屋に、これまた寝心地の良いベッドに横になりながら答えた。その場には一行が全員いたのであるが、アルフィリースは普段の彼女に戻っていた。先ほどまでの緊張が嘘であるかのように。
アルフィリースはだらけきったようにベッドに横になりながら、一堂に説明する。
「今回の依頼、私は断るつもりでいるわ」
「そうだな、それがいい」
「ええ?」
ラインが同意し、エクラが驚きの声を上げた。当然ミューゼ女王を敬愛するエクラにしてみれば、彼女の依頼を断ることなど考えられなかったのであろう。
慌てて抗議しようとするエクラの頭を押さえながら、ラインは自分の意見を述べる。
「あの女王様は確かに高名かつ名君と名高い女王だが、傭兵への依頼のルールってもんをわかっちゃいない。あんな依頼を受けていたら、いくつ命があっても足りないだろうよ」
「それだけではありません。あの女王様の言うことに対し、周囲はかなり反対のようでした。たとえ女王様がどれほど立派な人物だとしても、周囲が我々に非協力的ではまともな依頼にはならないでしょう。戦場で仲間に見捨てられることは、強大な敵に立ち向かうよりも恐ろしいことでは?」
「確かにリサ殿のおっしゃる通りです」
普段無口なヴェンまでも同意したので、エクラは衝撃を受けて彼の方を見た。ヴェンは自分に忠実だと、エクラは信じていたのだ。
「ヴェンまでそんなことを言うの?」
「落ち着いてください、お嬢様。私は現在この傭兵団の一員としての意見を述べたまで。私の行動の決定権は、常にお嬢様にあることをお忘れなきよう」
「でも・・・」
「でもそれがヴェンの素直な意見なのよ、エクラ。貴女が敬愛する女王様の言葉を信じてしまう気持ちは考慮するけど、今は私の傭兵団の一員でもあるわ。冷静になって分析してみて。今回の依頼、受けるにあたって本当に危険はない?」
アルフィリースの言葉によってエクラは冷静に考えるように努めてみた。その表情が二転三転するのをアルフィリースは辛抱強く見守り、やがてエクラは結論を出した。
「確かに・・・今回の依頼、危険度は高いです。今回女王様に会見した場の雰囲気というだけでなく、あの場で明らかに反対の意思を示したのは、全て古参の高官達でした。比較的若い臣下達は賛成の意思を示していましたが、彼らは宮廷での地位を高めるために女王にへつらう傾向があります。戦場で彼らの援助はあてにはならないでしょう」
「なるほど。それは私達にはわからない意見ね」
「加えて、戦況は芳しくないとの報告もある」
その部屋に入ってきたのはハウゼンであった。彼もまた私宅に引き返してきたのだろう。この部屋に入ってこれたということは、リサがその接近を察知し、何の問題もないということであった。そうでなければ部屋の外にいるルナティカが何らかの方法でハウゼンの足止めをし、部屋に合図を送るからである。
ハウゼンは自分の元に駆け寄ろうとするエクラを制し、またすっとその横に立ったヴェンに上着を預けると、自分はアルフィリース達が見渡せるような部屋の端にある椅子に座った。
「今日は私もかなり疲れたものでね。椅子に座って失礼するよ」
「それはもちろん構いませんし、むしろ我々こそ礼を言うところです。ですが気になることをおっしゃいましたね。戦況が芳しくないとか?」
「うむ」
ハウゼンはヴェンが注いだ部屋に備え付けの茶をすすりながら答えた。
「魔物討伐の先鋒であるダレイドル公爵の軍は、前線の城を魔物達に奪われたようだ。三日分ほど前線を後退させるとの報告が今日入った」
「え。じゃあ」
「君達が去った直後、この報告が来た。なので議論の中心は完全にそっちに向かってしまい、君達の事は正直忘れられているだろう。公爵が負けたことで、ここから先はかなり慎重な援軍が編成される。この状況において、君達をその編成に組み込むとは考えにくいな。少なくとも、重大な役割を与えられるとは到底思えない。よくて捨て駒。危険度は飛躍的に増すだろう」
「うーん。今回の来訪は、結局ただの徒労に終わるかもしれないわね」
アルフィリースは起こした身を再びベッドに投げた。依頼を受けずに済みそうで内心ほっとしているものの、どこかで得心いかない部分も残る。何が気になるのかと言えば、ミューゼの目であった。期待感と、物珍しさと、それでいて何かを懐かしむような彼女の目。そしてその裏に、何らかの人には言えぬような感情をまだ隠していそうな目。為政者の目とは、あのようなものだろうかとアルフィリースは疑問に思うのだ。もっともアルフィリースにとって為政者の知り合いなど、ミリアザール程度しかいないので十分な比較はできない。
だがハウゼンはさらに言葉を続けた。
「だがアルフィリース殿、ミューゼ殿下は貴公にまだ用事があるそうだ。今回徒労に終わることはもはや決定事項に近いだろうが、それでもそなたには個人的に興味があるそうでな。女だてらに荒くれ者をまとめるそなたとはぜひとも食事を共にしたいと、殿下から申し入れがあった」
「げ、本当に?」
アルフィリースは思いもかけない申し出に渋い顔をしたが、それは他の面々も同じであった。その理由は人様々だったが。
「それはアルフィリース一人での招待か?」
ラインが口をはさむ。ハウゼンはこくりと頷いた。
「そうだ。女王は個人的にアルフィリース殿との面会を希望されている」
「なぜまた」
「もちろん詫びの事もあるが、女性の身で傭兵団を率いる豪傑に興味があるそうだ。腹を割った話し合いは、臣下がいてはできないだろうということだ。それ以上の事はおっしゃってはいなかった」
「アルフィ、どうする?」
「どうするって、受けざるをえないでしょう」
アルフィリースは困った顔をしながらも、即答して見せた。再び体を起こした彼女の表情から、明らかに乗り気でないことは見て取れた。
「さすがにさっきあれだけの断り方をしておいて、ここでも断ったら私達の傭兵団は世間から干されてしまうわよ。今後の事も考えて、それにエクラの面子も考えると、ここで断るっていう選択肢はないわね」
「いえ、私の事はそれほど気になさらずとも・・・」
「そういうわけにもいかないわよ。それにこれからも、大口のお得意様になる可能性のある方だもの。懇意にしておいて何の不利益もないわ」
「意外に打算的ですが、その通りだとリサも思います。東側でも大きな国の一つであるイーディオドの女王様。お得意様として何の不足もありません」
リサが頷き、アルフィリースはため息をひとつついた。
「でも・・・どうしたものかしらね。上手くやれるかなぁ」
「何をです?」
「礼儀作法。王女様との会食なんて、さすがに私も緊張するわよ」
「それならば私が礼儀作法を教えましょう。今晩にでも練習しましょうね」
エクラがなぜか楽しそうな表情をしたので、アルフィリースは嫌な予感しかしなかった。アルフィリース以外の面々は明日の過ごし方を相談しながら、一度解散となった。するとラインがそっとアルフィリースに近寄ってきて、耳打ちをするのだ。
「アルフィ、ちょっといいか?」
「何かしら」
「リサは何も言わなかったがな、ミューゼ女王は外交手腕としては当代随一ともいわれる交渉上手と呼ばれている。事実、イーディオドはミューゼ女王の代になってから、各国の間でその発言力を次々と強めている。表面上優雅で美しいと評判の王女だが、決して油断はするなよ?」
「ふーん、ラインは美人に弱いとばかり思っていたけど」
アルフィリースが不敵に笑ったので、ラインはむっとした。
「おまえなぁ、人が心配して・・・」
「わかっているわよ。でも、それだけの人物が我々をハメようとしたなら、もう既にどうしようもないかもね」
「なんだって?」
アルフィリースの意味深な言葉に、ラインは複雑な表情をしたが、アルフィリースからの答えはなく、またラインもそれ以上の追及は無意味と思ったのか、観念したようにその部屋を出て行ったのだった。
続く
次回投稿は、8/9(木)16:00です。