復讐者達、その2~謁見~
「リサ、この中・・・」
「はい、相当に多くの人がいますね。強い結界で守護してあるので、この至近距離にも関わらずリサのセンサーも大して働きませんが。直感のようなものですけど、中にはそれなり以上の人物達がいそうですね」
「そりゃそうだろ。この扉の作りを見れば、この間は正式な謁見の場にも使われるのだろうよ。傭兵風情を出迎えるにしてはやりすぎだな」
「よくわかりますね、ライン。王宮に出入りしていたことでも?」
「・・・そうじゃねぇけどよ。傭兵でも俺は年季が長いからな。いろいろな話も聞くさ」
「ふーん?」
「天翔ける無数の羽の傭兵団、アルフィリース殿をお連れしました。謁見の許可をいただきとうございます!」
ラインに向けられるリサの疑惑の視線もよそに、部屋の前でアルフィリース達の来訪が告げられると、内側から部屋が開く。その中には果たしてリサの言った通り、大勢の人間が居並んでいた。一見しただけでも身分が高いとわかる身なりをした人間達がずらりと並ぶ。アルフィリースにはわかるべくもないが、エクラがざっと見ただけでも、彼らはこのイーディオドの文官・武官の上位にあたる者達だった。当然将軍級の者も多数いる。
促されるまま中央にまでアルフィリース達は進み出ると、エクラが行う通りに膝をついて臣下の礼を取る。本来ならアルフィリースはそこまでしたくないところだが、ここはエクラの手前、彼女の面子を潰すわけにもいかなかった。
アルフィリースは膝をつくと、少し高い位置にある空席の玉座に目をやった。その両脇には清楚な身なりの女官が二人、そして玉座の手前、下の段にいる男性が目に入った。見覚えのある顔は、誰であろうエクラの父親であるハウゼンである。
女官とハウゼンが互いに合図を交わすと、高く澄んだ音のする鐘が三度打ち鳴らされた。その合図と共に、一斉に居並ぶ臣下達が跪く。同時にカーテンの陰からゆるりと姿を現したのは、非常に鮮やかな白のドレスに身を包んだ女性だった。長い金の髪を結いあげ、ゆったりとしたドレスとトーガに身を纏ったその女性は、見る者を魅了するほど優雅かつ完璧な仕草で、いかにも彼女が座るにしっくりくる玉座に腰かけた。最初は玉座がいかにも華美で、極めて豪奢に見えたアルフィリースだが、迎えるべき主人を迎えた椅子は、それでも椅子の装飾が足らぬほどの威厳を人間が纏っていることに初めて気が付いた。所詮、玉座はこのミューゼという最も優雅な貴婦人であり、女王としての彼女を際立たさせるだけの媒体にすぎないのだと。
席に着いたミューゼは軽く手を挙げると、臣下一同が顔を上げる。彼らに続いてルフィリースは顔を上げたが、あわてたエクラに頭を押さえつけられるところであった。臣下は主の許可なくして面を上げることはできないのだ。この場合、ミューゼの御前に跪く者達は彼女が直接声をかけるまで顔を上げることを許されない。
だがアルフィリースの頭を押さえつけようとするエクラと、逆に突然頭を押さえつけられて、ついエクラをはねのけようとするアルフィリースの行動は、こういった公式の場ではあまりに礼を欠いていた。至極彼女達にとって日常の行動であったため、つい表面化したというのがアルフィリース達の本心だったが、それではすまないのが貴族の慣習である。驚き目を開く重臣一同の前で、ハウゼンが一つ大きな咳払いをする。
「オホン! ・・・殿下の面前であるぞ、そなたたち」
「はっ!?」
「構いません、宰相。彼らを呼んだのは私です。国民でもない彼らにこのように臣下の礼を取る必要など、本来ないのですから」
ミューゼは穏やかな笑顔と共に宰相を制し、そのままアルフィリース達に声をかけた。
「どうか面を上げてくださいお客人達。私の依頼を受けこの場に参上してくれたこと、イーディオドの国を代表して歓迎しましょう。この場にはあなたたちを歓迎こそすれ、害そうなどという邪な考えを持った者は一人たりともいません。安心してくつろいでください。貴方達、私と彼女達に椅子を出して。また諸侯達にも椅子を。くつろいで話そうではありませんか」
そう告げると、ミューゼは自ら壇上から降りてアルフィリース達と同じ目線にて会話をするべく歩を進めた。そのミューゼの行動を見て何人か諌めようとする者もいたが、誰しもがミューゼの一瞥によって止められたのだ。どうやらミューゼは見た目の穏やかさだけでなく、王女として相当に信頼されており、また威厳も備えているようであった。
テーブルこそないが即席に会談の場が整えられると、ミューゼはアルフィリース達と5歩と離れていない距離に座った。彼女の隣には万一に備えての帯剣した屈強な騎士が立っているが、ラキアがその気になれば造作もなく弾き飛ばすだろう。そういった意味では何の意味もない護衛であるが、誰がアルフィリースの隣にいる女性を真竜などと考えようか。騎士が王女の傍に控えるのは当然の配慮であった。
ミューゼはその護衛すらも威圧感があるからと断ったのだが、さすがに諸侯が許さなかった。ミューゼは渋々とそのまま会談を進めることにしたのである。
「さて。こうしてみると、貴女達は中々の美丈夫揃いですね。魔王を討伐するというから、どれほど屈強な女戦士達かと思いましたが・・・社交界でも評判になるくらい、美しい女性の方々ね」
「いやあ、それほどでも・・・」
「女王様、このデカ女は筋肉隆々、一見無駄に大きく見えるこの胸も、全て筋肉というトンデモ女です。社交界なんて、とんでもはっぷん」
「何言うのよ、馬鹿リサ!」
リサの茶々に思わずアルフィリースが食ってかかり、またしても普段のような言い合いをする緊張感の無い傭兵達に、諸侯は再度目を丸くした。そしてミューゼもその例に漏れなかったのだが、さすがに王女は平静のまま、くすりと笑って見せたのだ。
「面白い方々ですね。この場でこのような立ち振る舞い、なるほど肝も据わってらっしゃるようですわ」
「遠慮のない馬鹿者なだけです、女王様」
エクラが申し訳なさそうに謝り、またしてもハウゼンの先ほどより大きめの咳払いで、再び居住まいを正すアルフィリース達。
ミューゼもまたこのままでは話が長くなると感じたのか、本題を切り出す。
「今回貴女達を招いたのは他でもない、戦争に関する依頼です。現在我々は急増する魔物討伐に追われる日々。ですが長らく平和であった弊害か、魔物との戦闘経験が我がイーディオドには絶対的に不足しております。魔物討伐の戦績も芳しくなく、いったいどうしたものかと試行錯誤していたところ、市井にて魔物討伐に活躍する傭兵団があると聞きつけ、なんとその傭兵団には我が国の宰相の娘が出向しているというではありませんか。これは天の助けと思い、依頼をさせていただきたいと考えた次第です。
また魔物討伐の際、悲しい不手際により他国との戦争が発生してしまいました。今はまだ小競り合い程度ですが、放っておけば国同士の大規模な戦争へと発展していくでしょう。火種は小さいうちに消さねばなりません。そこで・・・」
「・・・」
ミューゼはそのあともアルフィリース達に対して熱心に語りかけていた。だが一方のアルフィリースはというと、目を閉じてその言葉を黙って聞いているだけで、眉ひとつ動かさなかった。そのアルフィリースをエクラは不思議な目で見ていたが、リサもラインもまた同じ表情であったのはエクラには印象的であった。
そしてひとしきりミューゼの演説が終わると、重臣一同は肯定の頷きを見せていたが、何人かはまだ満足していないという風にじっと黙っていた。その時黙っている人間が誰だったのかを、リサは鋭く感知していたのだ。
そしてミューゼは自分の言葉が終わると、反応を促すようにアルフィリースに話しかけた。
「いかがでしょうか、アルフィリース殿?」
「・・・そうね、今ここでどうしろと言われても決めかねる問題です。ただ女王様のお気持ちは十分に伝わりました。ので、今日のところは一度宿に戻り、仲間と検討を十分にしたいと思います」
「あら、今日には返事がいただけると思っておりましたのに。報酬は十分にお支払いいたしますわ」
「報酬だけの問題ではありません、王女様」
アルフィリースは閉じた目をゆっくりと開けると、改めてミューゼを見た。その目つきには先ほどのような茶化した雰囲気は既に見られない。その時のアルフィリースを見て、気づく者は気が付いていた。この女剣士は、その辺にいるような並一般の女傭兵とはわけが違うと。
アルフィリースは一瞬、ミューゼが言葉を途切れさせるほどの迫力を備えて返答する。
「王女様、我々は常に雇い主、依頼主に説明するよう団の者達に徹底させておりますが、自らの安全が保障できぬ依頼は決して受けるな、と。もちろん我々は傭兵。時に金次第で汚れ仕事も引き受ける卑しい身で何をのたまうかと諸侯はお思いになるでしょうが、羽虫にも魂や意地はあります。まして我々は人間。自らの安全が確保できぬ依頼は決して受けません。
王女様のご説明には自分達の都合、依頼を出すに至った契機は含まれておりましたが、敵の戦力や我々の処遇は一切含まれておりませんでした。我々は善意や正義感で戦うわけではありません。残念ですが、貴女のご説明は我々を納得させるに不十分なものです」
「では・・・」
「王女様、明日まで待ちます。明日、私が望むような回答を含んだ説明をいただきたい。それが準備できぬ時には、この話はなかったことに。では本日はこれにて失礼。いくわよ、みんな」
それだけ言うと、アルフィリースはさっさとその席を立ち上がり、謁見の間を出て行こうとする。諸侯の何人かがそんなアルフィリースを怒鳴りながら立ち上がったが、アルフィリースは全く意に介していないようだった。
そんなアルフィリースに対しリサとライン、ラキアは当然のように続き、そして戸惑いながら助けを求めるように父ハウゼンの方を見たエクラは、ハウゼンが頷くのを見て深々と礼をした後アルフィリースの後に続き、最後にヴェンがミューゼとハウゼンに深く一礼をして続く格好となった。
彼女達を見守る者達の反応は様々で、アルフィリース達を叱責する声も聞こえれば、不敬罪として処罰すべきという苛烈な意見もあり、ただ座ったまま見守る者達もいた。ただミューゼだけは何の色もなく、アルフィリースの後姿を見守っていたのだった。
そのミューゼにハウゼンがそっと近寄り、誰にも聞こえぬように語りかける。
「娘がとんだ無礼をいたしました・・・」
「宰相、気になさらず。想像していた範囲内の出来事です」
「は?」
「こちらの事です」
戸惑うハウゼンと対称的に、ミューゼの表情はやはり何の感情も浮かべぬまま、動かなかった。長らく補佐として使えるハウゼンですら、ミューゼの意図を読むことは不可能であったのだ。
続く
次回投稿は、8/7(火)16:00です。