復讐者達、その1~再訪~
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「随分と早い時期に再び訪れることになったわね」
「この都市は嫌ですか? アルフィリース」
「そうじゃないわ。周囲があまりにめまぐるしく変わっていくものだからつい、ね。それに周囲が物々しいから、緊張しているのよ」
少し不安そうに見上げたエクラを慰めるアルフィリース。前回と同じようにベグラードを訪れたアルフィリースは、今度は騎士団に出迎えられることになった。
非公式とはいえ、アルフィリースは女王であるミューゼの依頼を受けてベグラードを訪れているのである。アルフィリースが今回連れてきたのはエクラ、ルナティカ、ヴェン、ラキア、リサ、それにラインである。アルフィリースとしてはラインには正直別の仕事をやってほしかったのだが、リサの提案でベグラードにまで同行させたのだった。その他の団員達は全て別行動をしているのだ。
彼らは前回と同じようにベグラード近郊の森にまでラキアに連れてきてもらい夜に紛れて着陸すると、街道沿いで一泊してからベグラードに入ろうとしたが、エクラの提案で先触れを今回は出すことにした。アルフィリースは面倒だと言ったが、依頼主のの身分も考えて貴族の習慣に従うことにしたのだった。
数日して、アルフィリース達が泊まる宿に迎えが来た。迎えに来た責任者はどうやら伯爵の身分を持つ貴族だったらしく、これはミューゼがアルフィリース達を最上に近いもてなしで迎えたことを示していた。エクラは恐縮に感じながらもさすがに慣れた対応をしたが、現在王宮に向かうに当たってやはり緊張の色は隠せないようだ。もっとも、他の人間達があまりに緊張しなさすぎなのかもしれない。
加えて少し驚いたのは軍隊による警備がなされたことだが、アルフィリース達は馬車での移動はさすがに断り、馬に自ら乗って同行することとした。物々しい警備に落ち着かなかったからだ。それに身分の高い人物扱いされることにも、アルフィリースは慣れていない。
「ねぇエクラ。この待遇って、どう考えたものかな?」
「私にも何とも・・・ただミューゼ様は、何としてもアルフィリースに会いたいのではないかと」
「うーん、どうしてだろ?」
「さてな。だがうまい話には裏がある。警戒して警戒しすぎることはないだろうよ」
ラインがアルフィリースに忠告した。彼はこの町に入ってから既に周囲を油断なく観察している。その雰囲気は既に戦場のものに近くなっており、普段の軽薄な表情は消え去っている。ラインの緊張の仕方に戸惑う一同であったが、リサもまた急すぎる展開に警戒していた。
「まあタダほど高いものはないと言われるように、ラインの言う通りの警戒はしてもよいかと。悪意のある者の接近や、明らかに人間ではない者達の気配はリサが逃しませんが、無意識下に行われる害のある人間の行動はリサにもどうしようもありません。交渉の時は、発言に十分な配慮をすることです、デカ女」
「まあ、それはね・・・」
「心配するな。どうしようもなくなれば、私が連れて逃げるさ」
ラキアが一同を安心させるための言葉を吐いたが、一同は各々の不安を抱えたまま、ベグラード内にある王宮へと向かっていた。
王宮はベグラードの街にある主要の通りが集約された道の先にあり、街からそのまま王宮のある敷地内へと移行するのである。もちろん敷地の入り口には兵士達の詰所もあるし、敷地内には各所に兵士達の休憩所がある。そして王宮へと続く門はそれなりに頑丈な作りをしており、警護の兵士達も多数詰めてはいるのだが、やはり平和な東側の国に特有な街の構造だと言わねばなるまい。
アルフィリースは自分が旅をしてきた西側の国と比べ、その人口の多さや文化の高さだけでなく、のんびりとした雰囲気や街並みの違いにも注目していた。景観を重要視して作られ、東の諸国においても最も優美な都の一つとして知られるベグラードであり、市民が暮らす街からそのまま王宮へとつながる敷居の低さは、いかに平和な東の諸国といってもこの都くらいであった。
王宮は一部市民が申請すれば入ることもできる程解放されており、平和な国に特有の在り様ともいえる。だが表向きの解放感、敷居の低さとは違い、王宮の敷地内に入った瞬間、リサのセンサーが察知したのは人間以外の無数の警戒、殺気がこちらに向けられたことであり、必ずしも見た目通りの長閑な都市でないことがリサには感じられた。
ゆったりと敷地内を馬に揺られ、やがて王宮の門にまでたどり着くとアルフィリース達は装備一式を外すように求められ、また彼女達もそれに応じた。どうやらミューゼは賓客としてアルフィリース達を招待した模様であり、アルフィリースは戸惑いながらもそれに応じた格好となった。まるで戦場の依頼など、なかったのような待遇である。正装に着替えるようにも勧められたが、それはさすがにアルフィリース達は丁重に断った。全てが相手の調子に乗せられるのが何ともいえず不安をかきたてたからである。
アルフィリースが王宮の中に入ると、そこかしこでは文官達が走り回っていた。中は開けており天井は高く、二階までも見渡せるその作りは見事であった。柱には細かい細工が施され、二階へと続く階段の手すりは光の加減で別の色に輝く不思議な鉱石で作られていた。エクラの説明では近年改築されたこの王宮は、東の諸国でも有数の建築家達の創作物らしい。アルフィリースもどこであれ王宮の中に入るのは初めての経験であったので、珍しそうにきょろきょろと彼らと建物の様子を観察する。そのアルフィリースの膝を蹴ったのはリサであり、リサは明らかに不満そうな表情であった。
「きょろきょろするなです、田舎者」
「だってさあ、綺麗なんだもん。珍しいし」
「帰るときにたっぷりと見物なさい。相手もこちらを覗っています。舐められると、安く買いたたかれますよ?」
リサの言う通り、柱やあるいは階上、部屋の陰から確かに多数の者がアルフィリース達を見ていたのだ。ミューゼが直に呼びつけた傭兵、しかも黒髪の女傭兵であることは既に宮廷中に知れてしまったことであり、またアルフィリース達が魔王討伐も成し遂げる傭兵であることも彼らは知っている。そうでなくとも、宰相ハウゼンの一人娘が傭兵として出向することになったのは、既に宮廷中の噂であったのだ。当然出向先の傭兵団が噂にならないわけがない。
アルフィリースがそのような宣伝効果をねらったわkではないが、アルフィリースは望むと望まざるにかかわらず、注目の的だったのである。リサとしてはもちろん結果良しとのことだったので、エクラがたとえ役に立たずとも、もちろん宣伝として十分に有用だとは考えていた。エクラは仕事のできる人物であったし、リサの計算は嬉しい方に誤算であったのは、言うまでもない。
「ううっ、視線が痛い・・・」
「あなたのキャラクタほど痛くありません、デカ女」
「そこまで言う?」
王宮を案内する伯爵がアルフィリース達の緊張感のないやりとりに困ったような顔をしながら、一方でエクラが申し訳なさそうに項垂れる。
そうしながら案内された部屋の前に来ると、一気にアルフィリース達の表情が引き締まった。部屋の中から、張り詰めた空気が伝わってきたからである。
続く
次回投稿は、8/5(日)17:00です。