初心者の迷宮(ダンジョン)にて、その1~旅の間に~
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ミリアザールが深緑宮で悶える丁度同じ時、アルフィリース達は何をしていたかと言うと・・・
一文無しになり、酒場で働いていた。
アルフィリース・リサはギルドで仕事を受けることができたが、ニア・フェンナ・ミランダは立場上ギルドに属するわけにもいかず、泊っていた宿で下働きをしていた。なぜこんなことになったかというと、数日前に事情は遡る。
その日、アルフィリース達はフェンナをシーカーの他の仲間の元に送り届けるため、大草原を目指していた。大草原というのは、東に向かうための中央街道と北の街道の間に広がる広大な草原のことである。むしろこの草原を避けるために、2つの街道が発達したと表現した方がよかったかもしれない。
馬で急いで抜けても最短でゆうに一カ月はかかるといわれるこの土地は、従来魔王達が好んで占領地としていた。広いだけではなく森も深く、また不思議な磁場があるのか見晴らしの良い草原でありながらも迷いやすく、魔獣や魔物も異常に強いこの土地は、まさに見通しの良い草原でありながらも魔境と化していた。魔王達が滅んだ後もこの土地は国家間の緩衝地帯として機能し、また少数民族や国を追われた犯罪者が逃げ込む場所の1つとなっていた。占領しても魔物やそういった民族の襲撃が相次ぐため、土地の維持が労力と釣り合わないとのことからいつしか放置されるようになったのだ。
だが逆にこういった所からは様々な珍しい素材が採れることも多く、また魔物・魔獣も実に多種多様に出現するため、ギルドの依頼や腕試しのため大草原に入る者は絶えない。噂では草原には主と呼ばれる魔物や、旅人を助ける風の精霊がいるらしいが、誰も生きてその姿を見た者はいないとされる。噂が出回る以上誰かが見ていると思うのだが、それだけ神秘的だともいえる場所である。
その中の一画に、フェンナの仲間達は一大拠点を構えているのだそうだ。その場所の全容をフェンナはまだしっかりと見たことはないらしいが、5000人を超えるシーカー達が暮らしているらしい。次なるアルフィリースの目的地はその里となる。
話を元に戻すと、アルフィリース達は大草原に入る手前で買い出しをするため、町で色々な品物を物色していた。ミランダやリサは各所で日用品を値切るのに必死で、アルフィリースは武器の調達、ニアは食料の見積もりに出かけてた。そしてフェンナは、やはり彼女の容姿を考えると人目につかせにくいとのことから、宿で荷物と一緒に留守番させたのがまずかった。どうやら宿に流れの商人が泊っていたらしく、フェンナは上手いこと騙されて、実に色々な物を買わされていた。余分なお金もフェンナに管理させていたため、まさに商人にとってはカモがネギを背負って歩いている状態だったのである。
フェンナがしっかりして見えるためついついアルフィリース達は忘れていのだが、よく考えるとフェンナは一度もシーカーの里を出たことが無く、超がつくほどの世間知らずである。金銭感覚などあろうはずもない。しかもフェンナは無類の宝石・光り物好きであり、アルフィリース達が揃って宿に帰った時、最高の笑顔と共に「皆さん見てください、とてもきれいでしょう!?」と宝石を見せびらかされた時は全員が思わず荷物を落としてしまった。まさか5人分×2カ月の旅行費用を一瞬で全て使われるとは。
なお悪いことに、その宝石は全て贋作であった。フェンナに目利きができないわけではないのだが、彼女は「変わった材質の宝石ね」くらいにしか思っておらず、どのくらいの価値があるのかはわかっていなかったのだ。だが、アルフィリース達大方の予想通りに宝石は質屋でも二束三文の値段しか付かなかったため、その日の宿代すら払えなくなったアルフィリース達は、宿の主に頼んで働き口をもらっている、というわけである。
「う″ぁ-! なんでアタシがこんなことしてるんだー!?」
「いや、この窓を拭く動作は中々修行になる」
「円を描くように防御しろってか。何の修行方法だ!」
「でもこの『給仕服』というものは、私はかなりお気に入りです。服はできるだけ着たくないのですが、これはひらひらしていて可愛いですし」
「なんで店長はあんなにノリノリかな・・・」
働き口を申し出た時にすっかりミランダを気に行った店長は、「せっかくだから」ということで女性用の衣装を新調していた。どうやら昔、自分の嫁がさる貴族の家に給仕として奉公していた時に着ていた服らしく、その服を着て働く彼女を見て当時の店長は一目惚れし、結婚を申し込んだとか込まないとか。いやにスカートが短い気もするし、なぜ給仕服が3着もあってアルフィリース達それぞれにサイズがぴったりなのかが不思議だが、「死んだ妻にそっくりだ・・・」などと店長に目を潤ませられれば断りづらかった。無理を言っているのはアルフィリース達も承知の上だったので、余計に贅沢は言えなかった。
そしてニアやフェンナに給仕服なるものを着せてみると、これまた似合う。ニアは種族的に猫耳なわけだし、フェンナは一般的にはダークエルフとはいえ、抜群のスタイルの持ち主だ。その状態で1階の外の客が来る食堂でも働くわけだが、受け入れられるのは意外に早かった。ただ、客が時々「萌えー!」とかよくわからない言語を発しているのが気になるミランダだった。
その中でニアが一番ノっている。どうやら女性としてちやほやされるのに慣れていないらしく、
「ニアさーん! こっちも早く注文ー!」
「待て、今行く」
「ニアさんって、可愛いですよね~」
「わ、わ、私なんかがそんなに可愛いわけないだろう!」
などと言って真っ赤になっているが、その反応がもう十分可愛らしい。客も要領を得ているらしく、仕事が終わるころには、おだてられすぎて高熱を発してるんじゃないかというくらい火照りきったニアを見ることができた。
フェンナの方は裁縫が得意なのか、勝手に自分で服を改造し始めた。やたらスカートが短くなってるし、胸元が開いて露出も増えてるような。そういえばエルフは元来あまり服をつけるのを好まず、薄着一枚の種族も多いとアルフィリースは聞いたことがある。フェンナも最初の頃は、風呂上りにそのままローブ一枚で人前に出ようとして、慌てて皆で止めたものだ。彼女には羞恥心から教えるべきかもしれない。
どちらにしろ、「この2人を引き連れて店を出したらバカ売れしそうだな」とか、くだらないことをミランダが考えているその頃、アルフィリースとリサはギルドで真面目に仕事を探していた。
「どうリサ、そっちの依頼は?」
「人口5万程度の町では大した依頼もありません。もともと貴族階級などとは無縁の町ですから。センサーとしての依頼も少ないですね。大草原周辺部の町なら探索系の依頼も多いでしょうし、様子も違うでしょうが」
「私もよ。ここも安全な街だし中継地点だから、ほとんどが輸送とか護衛の依頼ね。大きな依頼もないし、この町に留まったままこなせる依頼も少ないわ」
「アルフィのランクが低いからでは?」
「ぐっ、それに関しては反論できないわね」
「とはいえ、無い物ねだりをしても仕方がないですね。ヤレヤレ、魔王を狩ることのできるEランクなど聞いたこともないですが」
「そんなこと言われても、前回の依頼はギルドに申請できないじゃないのよ~」
二人で頭を悩ませているとそれを見かねたのか、ひげにパイプをくわえたいかにも人のよさそうなギルドの主人が声をかけてくれた。
「お前さん達、お金がないのかい?」
「うん、実は・・・」
アルフィリースは、かくかくしかじかの理由を話す。
「うーん、それならこんな依頼があるんだけどな。俺は眉唾だと思ってわざと掲示してないんだ。なんだか怪しくてな」
「どんなやつ?」
「これなんだけどな」
ギルドの主人が紙を開いて見せてくれた。
「どれどれ・・・『迷宮探索人員公募。1人報酬500ペント/日、ランク規定なし、移動費・食費・武器代も請求してください、報酬の2割まで請求可』・・・無茶苦茶待遇よくない?」
「でも思いっきり怪しいですね。話がうま過ぎます」
金欠のアルフィリース達にとって願ったりの依頼だが、それにしても話しがうますぎる。ちなみに、贅沢をしなければ、宿代は一部屋一食付きでおよそ10ペント。人数が増えるごとに、一人5ペントずつ加算されるのが相場だ。剣を研ぎに出してもせいぜい5ペントだし、旅装備を裸から一式揃えたとして、質を問わなければ100ペントもあればなんとかなる。
ちなみに先ほどアルフィリースが見た荷物輸送の依頼など、50ペント/日がほとんどである。ギルドの主人が怪しく思うのも無理はない。
「だろう? 場所も聞いたから余計にな」
「ちなみに場所は?」
「ダルカスの森を東から入って1日もないくらいの遺跡なんだよ。あれは随分浅い位置にあるし、遺跡自体が大きくない。2刻もあれば隅々歩けるくらいの広さなのさ。俺も昔探索をしたから覚えてる。通称『初心者用の迷宮』ってくらいだからな」
ギルドの主人は目を細めながら、煙を用紙に向かって吹きつけた。
「ふーん。これを出した依頼主は誰なんだろう?」
「さあな、なんせ他の町の出来事でな。どこかの金持ちの道楽としか思えん。参加人数にも制限がないしな。もし1000人の申し込が来たら報酬が払えるのかって話になるし、払えなかったら信用問題になるからな。それで俺は何か裏があると踏んで、おおっぴらに掲示してないんだよ」
「尤もな考えですね。アルフィ、どうしますか? ちなみに私の予感ではイイ感じはしませんが、条件自体はそれほど悪くないかとも思います」
「そうね・・・」
アルフィリースは少し考えた。おいしい話には裏があるわけだが、今の状態をいち早く打開するには稼ぎの良い仕事がしたいのも事実。稼ぎのよい仕事は魔物・魔獣討伐や探索系が主となるが、準備・食事などは大抵が自腹である。一方で護衛や輸送の仕事は準備も大して必要なく、賄いもつくことが多いが、報酬はあまりよくないし何より時間がかかる。
もし危なくてもこれだけの面子なら大丈夫かとアルフィリースは思いつつも、前回戦ったブラックホークの面々が脳裏をよぎる。あの時は生きた心地がしなかった。もしあのレベルの敵に出くわしたら。自分の決断が皆の生命を左右する。さて、どうするか。
「おじさん、わかる範囲でいいんだけど、その掲示が出回っているギルドはどのくらいある?」
「そうさな・・・この辺は人口1万もあればギルドの支部があるから、代替20はあるだろう」
「応募の数は?」
「確か隣町のミタでは、人口2万の町で20人くらい応募があったとか聞いたかな」
「わかったわ、受けましょう」
リサがちょっと驚いているが、アルフィリースはいち早く申し込みにサインをした。ギルドのおじさんも心配そうだが、アルフィリースは危険性を感じつつも生命を奪われるほどではないと考えている。
「リサは少し驚きました」
「何を?」
「受けるとは思いましたが、決断の早さにです。ちなみに決定打はなんだったのですか?」
「この周辺の人口総数を考えたのよ。周辺20都市でだいたい150万くらいの人口になるから、比率からいって申し込みしたのはおよそ150人はいるかな? ってね」
アルフィリースはやや得意げにくるくると指を回してみせる。リサの顔は珍しいことに、少しキョトンとしているのだ。
「そんなに早く計算を? 前も思ったのですが、アルフィは意外とインテリですか?」
「意外とってのが引っかかるけど、勉強は師匠に叩きこまれたからね。まあ比較対象がいないから、どのくらい勉強ができるとかはわからないけど。ただ今回の依頼に関しては、150人くらいいれば全滅は考えにくいと思うわ。最悪他人を囮にしたら、私達だけでも逃げ出せるかなって」
その言葉に、リサは少し表情を歪める。
「・・・腹黒いですね。もっと貴女は正義感にあふれた人間だと思ってましたが」
「残念ながら私は正義の味方ではないわ。もちろん助けられる人間は助けるし、無用な殺生もしない。でも、何でも助けられると思えるほど私が強くないのは、この前の戦いでよくわかったから。私が正義の味方になるのは、もっと強くなって、もっともっと先のことよ」
「もう既に、結構正義の味方くさいとは思いますけどね。ここに来るまでに、何回道端で困った人を助けたことやら」
「そうだっけ?」
「そうです」
ここにくるまでに実際行き倒れにご飯を分け与えたり、溝にはまった馬車を助けたり、一日一善ペースでなにかしら善行をしていたアルフィリースである。リサの感覚で言えばお人好しもいいところだったが、そこが実にアルフィリースらしく、リサが彼女を好ましいと思う点の一つであった。この時代でこんなお人好しは珍しい。また、ただのお人好しではないことも知ってはいたが、彼女はどうしても人助けに走ってしまう。口ではこんなことを言っていても、いざというときには出来る限り多くを助けようとするのだろう。
「(まあいざとなれば、汚れ役はリサやミランダでやりましょう)」
リサはため息をつきつつも決意を固めているが、そんなことをアルフィリースは露知らず、気持ちは既に別の所に飛んでいた。
実際にはダンジョン探索が楽しみというのもあったのだが、それは皆に内緒にしておくことにした。その日帰って事情を話すと全員が了解してくれたが、夜にやることがなくなったアルフィリースとリサもなぜか宿の1階で働かされた。なぜ2人の仕事着まであるのかは謎である。
「(短いスカートとか、恥ずかしくて困るんだけど。特に他のメンバーが細いから・・・)」
と、もじもじするアルフィリースがいる。ミランダにこっそりその内心を相談したが、
「今出さないで、いつ出すんだ!? 出せるうちに出さなきゃ、一生出せないぞ?」
というよくわからない理論で論破された。でもノリノリで働くニアが見れたから良しとしようと、アルフィリースは無理矢理自分を納得させる。リサがニアとフェンナの2人に「萌え」について語っていたし、ミランダの周りでは、なぜか全員が地べたに座ってミランダを崇めてたのが印象的だ。これがいつもの光景・・・だとまずいかもしれない。閉店時、マスターにこのままこの店で働いてくれとせがまれるが、そこはあっさり断った。ニアが少し、いや、かなり残念そうな表情をしたが、見なかったことにするアルフィリースである。
翌朝、非常に気持ちのいい天気と共に出発する。風も気持ち良いし、アルフィリースの気分は上々だ。ここからは馬も併用して、ダンジョンまでおよそ3日といった距離である。この天気はこれからしばらく続くわけだが、この空を数日後には同じ気持ちで見上げられない自分がいるとは、この時のアルフィリースには想像もつかなかった。
続く
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次回は短編のような話を1つ挟み、それから新しい場面です。
次回投稿は11/15(月)18:00です。