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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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魔女の団欒、その11~道化を演じる者~

「お姉さん、今後の事についてだけど・・・」

「いらん。私には鳥という伝達手段がある。お前達がどこで何をしているか、その気になればいつでもわかるし、必要とあれば参上するさ。だが、もはや私が必要とされる場面はそうそうあるまい。願わくば、もはや戦いなどという俗事には関わりたくないものだな」

「うーん、まあいいけど・・・」


 アノーマリーが口の中でむにゃむにゃと言う間に、アイヤードはさっさと使い魔の巨鳥に乗り、去って行った。後に残った魔女達はそれを見送ったが、アイヤードの姿がやがて見えなくなるとドラファネラの方を全員が見たのである。どうやら、フェアトゥーセを裏切った魔女達のまとめ役はドラファネラであるらしかった。

 ドラファネラは一息入れると、改めてドゥームとアノーマリーの方に向き直る。


「それで、今後のことですが」

「ああ、そうだね。まぁおおよそ変わりないそうだよ。キミ達は僕達の計画の邪魔をしない限り、今まで通りの生活を続けてくれればよいってさ。今後キミ達を駆り出すことはまずないだろうね。戦力は十分すぎるほどにあるのだから」

「それならばよいのですが。我々としても、いかにやむをえなかったとはいえ、このような事はもう・・・」

「そうかぁ。僕なんかは楽しくてしょうがないんだけど、君達は悲しいのだろうねぇ」


 ドゥームは口では同情の言葉を紡いだが、その表情は完全ににやついていた。ドラファネラはややうつむき気味だったのでその表情を見ていなかったが、周囲の魔女達は歯ぎしりをしながらドゥームを睨みつけていた。その表情を見れば魔女達が私欲でこのような反逆行為を起こしたのではないことは明らかだったが、だからといって自責の念が消えるわけではないのだろう。だがそんな魔女達の表情すらドゥームを楽しませるとは、心健やかな者が多い魔女達には想像もできなかったろう。

 ドラファネラはうつむき加減のまま続ける。


「それで、捕えた魔女達の処分ですが」

「それに関してはボクが引き継ごう。オーランゼブル様には余計な死者を出すなと言われているからね。計画の発動まで後数年・・・それまでどこかに閉じ込める事にはなるけど、それは了承してもらえるかい?」

「それは・・・やむをえませんね。もし全てが成った時には、私は彼女達の裁きを受けたい。それまでは・・・」

「心配しないで。それはこちらで上手くやるからさ」


 アノーマリーが落ち着くようにドラファネラをなだめ、彼女の背を優しく叩いてやった。妙になれたその手つきをドゥームは奇妙に感じたが、ドラファネラの方は余程自分のしたことが恐ろしいらしく、最後の方は嗚咽を漏らしながら他の魔女と共に去って行った。戦いの最中のドラファネラは心を押し殺して悪役を演じていたのだが、元々心優しい彼女はついに限界を迎えたようだった。

 そして悲痛な表情で引き上げていった魔女達を見送った後、ドゥームとアノーマリーは互いを見合わせると、ついに堪え切れなくなったように腹を抱えて笑い出した。


「アッハッハッハ! ねぇアノーマリー、見た? 去っていくときの魔女達の顔さあ! こっちの事を仇でも見るように! 今回の裏切りを持ちかけたのは、元々そっちだろうっていう話だよね!」

「ひーひっひっひ! 厳密に言うと、話を持ちかけたのはヒドゥンらしいよ。もっとも、裏切りを言い出したのは100年前のドラファネラだそうだ。そこまで覚悟を決めて裏切ったってのに、今さらめそめそするなんてねぇ。傑作だよ!」


 ドゥームとアノーマリーはしばらくの間魔女達、特にドラファネラの悲痛そうな顔と、アイヤードのどこか苛立ちを抑えきれない表情。普通の人間であれば同情することもあるだろうが、この二人にとっては彼女達の顔はどんな喜劇よりも最高の悦楽だった。

 ひとしきり笑い終えたところで、ドゥームとアノーマリーは今回の作戦の撤収を始めた。魔王達は既に役目を終えており、その体は腐り、土に還っていく所であった。ヘカトンケイル達はいずこへかとその姿を消し、またマンイーターはその姿を巨像から人型に戻していた。要はほとんど撤収する必要などないのであったが、念のためアノーマリーは魔王達に仕込んだ自滅のための行程を確認しているのであった。

 そんなアノーマリーの行為をじっとドゥームは観察する。いつもと違うドゥームの行為に、アノーマリーがやがて気が付いた。


「ドゥーム、キミの仕事はもう終わったはずでしょ。さっさと撤収したらどうだい?」

「まあいいじゃないか。それよりも聞きたいことがあるんだ。アノーマリー、君はオーランゼブルの洗脳にかかっていないにもかかわらず、どうして彼に協力するんだい?」

「決まっているじゃないか、研究のためさ」


 アノーマリーの回答は実に単純明快だった。即答にドゥームは多少つまらなさそうにする。


「研究なんてどこでもできるだろうに」

「まあ時間とお金さえあればね。いつもそれが問題なのさ。確かにドゥームの言うとおり、時間さえあれば静かに、ひっそりと行うのが最も良いだろう。今までそうしてきたのだし、裏方で行う方が発覚しにくいのは事実だ。だけどね、確かにオーランゼブルやドラファネラの言う通り、時間がないのさ。ボクはなんとしても現在の研究を完成させる必要がある。そのために利用できるものは利用するのさ。それがボクの頭脳が導き出した結論だ」

「時間ねぇ・・・確かにそれがいつも肝心だ」


 ドゥームがおどけて見せるので、アノーマリーはドゥームもまた一つの真実に到達したことに気が付いた。


「ドゥーム、キミも気が付いたのかい」

「まあボクは悪霊なんでね、嫌でも気が付いてしまったのさ」

「なるほど、キミに対する評価を多少改めよう。確かにこの事実に自ら気が付いている人物は意外に多い。僕の睨んだところでは、オーランゼブル、ミーシャトレス、シュテルヴェーゼ、ノーティス、ドラファネラ。それに、浄偽白楽もそうか」

「へー、あの討魔協会の暴君がねぇ。意外に繊細なんだな」


 ドゥームが感心するふりを見せた。アノーマリーの方はいつになくまじめだったが。


「浄偽白楽はただの暴君じゃないよ。彼は全て無茶苦茶に見えて、非常に繊細な計算をしているだろう。ただ賭けに出ているのは確かだ。彼なりに思うところがあったのだろうね」

「ブラディマリアとのこと?」

「それもそうだが。彼が討魔協会の長になったこと自体が、もはや無茶苦茶だったしね」

「嫌に彼について詳しいね。ストーカー?」

「情報は大切だよ、ドゥーム。キミだってそう思っているだろう?」


 アノーマリーのすべてを見透かすような目だったが、ドゥームは一瞬だけ笑いを止め、だがやはり笑い飛ばした。ドゥームにしてみれば、本心を悟られないための行為だったのだろう。アノーマリーはどこまで知っているのか。あるいはすべてを? ドゥームの疑問は膨らんだが、それらを確かめるすべはない。 

 やはりアノーマリーは只者ではない。改めてドゥームはそう認識した。


「まぁ、そういうこともあるだろうね。浄偽白楽には元から注目していたの?」

「まぁね。一つの時代で、稀にみる程傑出した人物あることは間違いない。彼が生まれた時からなんとなく注目していたよ。オーランゼブルが彼を見逃したのは、その方が自分に有利な展開になると判断したからだろうね。現にそうなっているわけなんだけど」

「確かに。彼はもうまもなく準備が整うんだっけ?」

「らしいけどね。さすがに今回の事はアルネリアの耳にも入るだろう。かの女狐がどのような対応に出るのか楽しみだ」


 ドゥームとしてはアノーマリーと同じ気持ちを抱くのはあまりぞっとしなかったが、確かにドゥームもアノーマリーと同じ感想だった。ドゥームの能力では、アルネリア内の監視は十分に行えない。ゆえに、ドゥームにとってアルネリア内で行われることについては、何にせよ表面に出てくるまで知りようがないのだ。それぞれの部下がアルネリアに潜入しているヒドゥンとブラディマリアに対して、ドゥームはアルネリアに関しては一歩遅れをとっていることに違いはない。

 ミリアザールがそこまで考えてアルフィリース達に宿舎を提供したわけではないだろうが、元々深緑宮事態が秘匿性の高い場所のため、幾重にも防衛線が張られていたのは間違いなかった。ドゥームとしてはアルネリアの中の様子を知りたい気持ちもあったが、今はそれよりもやるべきことがドゥームにはあったのだ。


「じゃあこれから僕は別の任務があるから」

「ライフレスが使えないと忙しいねぇ。何のかんの、彼が最も働いていたのかな。まだ彼はアルフィリースの監視の任務を解かれないのかな?」

「そんなことよりも例の件、頼んだよ?」

「確かにキミの発案は面白い。オーランゼブルの命令には反発するのだろうけど、ボクとしては研究が進むのであれば何の問題もない。キミの要望通りに進めよう。何、思ってたよりも魔女の反撃が激しかったと言えばいいさ」


 それだけ言うと、アノーマリーは残ったヘカトンケイルを使って一か所に集めておいた魔女達を連れて、転移の準備をする。その中の一人、フェアトゥーセにドゥームは近づくと、得意げに見下ろしその猿轡をといてやった。

 フェアトウーセは既に体力を取り戻しているのか、凄まじい形相でドゥームをにらんだ。



続く

次回投稿は、7/30(月)17:00です。

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