魔女の団欒、その10~舞台裏~
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夜が明けて。森はその姿をずいぶんと崩していた。焼け焦げ、力づくで踏み倒され、あるいは鋭利に切り刻まれ、あるいは凍りついたり腐ったりもしていた。あらゆる終わり方、その一つの結末を一時に見れることなど、そうあるまい。
そのように崩れた、あるいは荒廃の芸術ともいえる土地を歩くのはドゥームとアノーマリーだった。ぺらぺらと話すのはアノーマリーで、逆にその話をじっと聞いているのはドゥームという、いつもと逆の光景だった。もっとも、この二人がオーランゼブルの中ではよく喋る二人なので、二人しかいなければどちらかが聞き役なのだろう。
「ねえねえ、ドゥーム。新しいヘカトンケイルの使い勝手はどうだった?」
「ああ。あの魔術を跳ね返す奴だろ? あれの見た目は変わらないけど、前より大分動きが速くなったし、頭もよくなったんじゃないのか? 前はもっと動きが単純だったし、命令以外の事では敵を前にしてもうんともすんともいわないこともあったからなぁ」
「だろ? 随分と自分で敵を認識するように調整したからね。でも自我を持たせると今度は暴走したりするし、認識能力と自我の境界って難しくてね・・・」
アノーマリーの講義が始まると、適当にドゥームは返事をしながら今回の成果について自らを振り返っていた。
襲撃自体はこの上なく上手くいった。仕込みは既にオーランゼブル、ヒドゥンが百年以上も前に済ませていたことである。ドゥームはオーランゼブルの仕掛けを利用し、その命令に従ったに過ぎない。
だが命令違反の部分も多々ある。まず、ここまで大量の魔王を使えとは一言も言われていない。魔王はただのきっかけ。魔王に団欒を襲わせるのは作戦通りだったが、その途中でドラファネラをはじめとした魔女達の中の裏切り者を発覚させるつもりだった。魔女の中の裏切り者はドゥームも計画を持ちかけられた段階で初めて知ったのだが、その数実に三割近く。ヒドゥンの計画は随分と前から始まっていたと知ってはいたが、それにしてもまさか魔女の三割を寝返らせているとまでは思わなかった。もしそれだけの戦力が寝返っていると知っていれば、もう少し計画も慎重に練れたのだが。
まず、オーランゼブルの命令はこうであった。「魔女の団欒で結束することを阻止せよ。なお、死者は極力出すな」である。その言葉を実行に移すための計画はヒドゥンが主に練り、ドゥームはただの実行役だった。貸し出される魔王こそドゥームが選出したものの、その数もおおよそ決められており、ドゥームは非常に不満を持っていた。
だからというわけではないが、ドゥームはこの団欒で別に狙っていることがあった。それはオシリアの因果を彼女が思い出したことによる、魔女達への復讐。そもそもこのように大暴れできないような仕事を任されるのは、ティタニアかサイレンスであることが多い。ドラグレオは頭が回らないし、ブラディマリアはいい加減で愉しみが過ぎる。アノーマリーは工房から出られないし、ライフレスはアルフィリースの監視の任を解かれていない。それにカラミティは暴走の前科があるし、ユグドラシルはどこで何をしているのかわからなかったのだ。ドゥームに至っては論外程度に思われている。
ドゥームがこの役目に選出されたのは、ティタニアは部隊を率いるのには向かず、サイレンスは別の任務を遂行中。ヒドゥンも予定外の各国の出来事に対処している最中という、なんとも幸運な状況だでしかない。少なくとも、全員がそう思っていた。
だが、現実は違う。魔王を率いることはティタニアでも可能だし、もちろんそのような手段をアノーマリーが考えていないわけではない。ドゥームは今回の任務で自分が選出されるため、あらゆる手段を講じた。
まず彼の能力。誰も知らないことだが、ドゥームは自分の一部を闇に変えて残すことが可能だった。それに悪霊というのは、そこらじゅうにいる。それこそ、生者と死者のどちらが多いのかといわんばかりの数である。どうしてこれだけの悪霊がそこらじゅうにいながら、人間達が平然と過ごすことができるのか、ドゥームにとっては不思議なほどに。
ドゥームは悪霊たちの目や耳を借りながら、あらゆる情報収集を行った。もはや彼はオーランゼブルの弱みも知っているし、仲間達のほとんどの弱点、あるいは不死身の秘密も知っている。その中で、彼は決定的に使える事実に気が付いた。それは、オーランゼブルの精神束縛にかかっていない者が他にもいるということ。
一人は自分、もう一人はユグドラシル、そしてもう一人が――
「ねえ、聞いてる?」
目の前の醜悪な少年、アノーマリーである。ドゥームは改めてまじまじとこの醜悪な老人のような少年を見るが、どのような悪霊にも慣れたドゥームでもやはりアノーマリーは異質な存在であった。醜悪な外見に似合わぬ聡明な頭脳。内面は外見に現れると言ったのはどこの道徳家であったか。
ドゥームはどれだけ見ても慣れぬアノーマリーの外見に辟易しつつも、彼に向けてようやく言葉を投げかけた。
「それにしても、キミがオーランゼブルに従っているふりをしていたなんてね」
「一度は本当に魔術にかかったんだけどねぇ。ほら、ボクって何度も死んだり分裂したりしているじゃない? だからオーランゼブルが精神束縛をかけた個体って、もはや影も形もないわけでさ。ボク達って知識や体験は共有するけど、精神束縛までは共有しないしできない。自己に施した強化を継続できないのは欠点だと思っていたけど、思わぬ福利があったってことだねぇ。ボクが分裂する構想を得たのは、オーランゼブルの仲間になってからのことだし、完全に彼も予想外だと思うな」
「わかるような、わからないような」
「わからなくていいよ。理解しようと思ったら、普通の頭脳じゃ10年かかる。そんなことより、君はこの世の中を混沌とさせる方向に意識を向けた方が、よほど面白くなるさ」
「その方が僕も気楽でいいんだけれども」
連れ立って歩く二人に、裏切った魔女達が道を開ける。彼女達としても、この悪霊と醜悪な少年には関わりたくないのだろう。だがその中で、ドラファネラとアイヤードだけは彼らに用があった。
「上手くいきましたね」
「少々やりすぎな気もするが・・・これでよかったのか?」
「ああ、これでいいんだよ」
ドゥームは平然と答えた。その表情は珍しく、無表情なままである。アノーマリーは何かと怪しんだが、二人の魔女は気に留める風でもなかった。
それよりも、そのあたりに捕縛され、転がされている魔女達の事が気になるようであった。
「言われた通り、ほとんどの魔女を生け捕りにしました。正確な所は数えていませんが、裏切ったのが3割、捕えた者が4割、死んだ者が2割、逃げた者が1割程度かと」
「フェアトゥーセは?」
「厳重に捕縛しております」
「ほかにその行く末が気になる者はいるかい?」
ドゥームの言葉に、二人の魔女は顔を見合わせた。今度はアイヤードが答える。
「申し訳ありません、イングバルは逃走しました。闇の魔女故、まさに闇に紛れての逃走。一度たりとも抗戦することなく、その力を逃走のみに費やしたようです」
「ふーん。まあそこそこの力を持った魔女だったようだけど、大した障害にはならないでしょ。他には?」
「あの、グランシェルの姿が見えませんが・・・」
「殺した」
おずおずと聞いたドラファネラに対し、ドゥームはあっさりと言い放った。同時に、背後にいたオシリアが何かの塊を彼女達の足元に投げつけた。
投げつけられた何かを見て、思わずドラファネラは悲鳴を上げる。
「ひっ!」
「う・・・グランシェルか」
炎の魔女と呼ばれ、鮮やかな赤い髪をした大柄な女性は、一目でそれとわからぬほどに形をとどめぬ殺され方をしていた。もっとも頭部しかないのでその他がどうなったかはわからないが、その何もなくなった目からは涙がこぼれた跡が見られた。どんな苦境にも決してひかず、笑い飛ばせと仲間に諭すほど剛毅な性格だったグランシェルが涙を流すとは、どれほど惨いことをされたのだとアイヤードは背筋を震わせた。
アイヤードは自らのローブでグランシェルの頭を覆うと、ドゥームをただ見据えた。ドゥームとしてはもう少し違う反応を期待したのか、少し不思議そうに首をもたげる。
「あれ? もう少し表情が変わるかと思ったんだけどなぁ。君ってば、氷の魔女よりも冷たいんじゃない?」
「元より人に何の感情も抱いておらん。それは相手が魔女とて同じこと」
「あ、そう。そこのドラファネラくらいに蒼白になってくれれば、可愛げもあるのにな」
「生憎とそのような可愛げなどとは縁の無い人生でな。用がなければもうこのように血なまぐさい場所は、失礼したいのだが」
アイヤードは全てに興味を失ったか、あるいはやはりドゥームの行動に苛立ったのか。足早にその場所を去ろうとした。その背後からアノーマリーが声をかける。
続く
次回投稿は7/28(土)17:00です。