魔女の団欒、その9~団欒の破綻~
「紹介しよう。彼女が僕の誇る悪霊の一体、マンイーターだ」
「な、なんだ・・・なんだあのバカでかいやつは!」
魔女のお付きであった兵士の一人が驚愕の声を上げた。それもそのはず。彼らが見たのは、闇夜にわずかに照らし出された炎に映る、山のような生き物。彼らはそれが間近に来るまで、あまりの大きさに全景が目に入っていなかったのだ。
炎に揺らめくように彼らの目に入るのも、その巨体の足のみ。その足回りですら、周囲の魔王よりも既に巨大。少し距離を置いた魔女は空があるべき方向に目を向けると、紫に光る六つの目が瞼を開いたのがなんとか見えた。その目が既に、視界を覆わんばかりの巨大さだった。
「アイラーヴァタ、だっけか。確かそんな名前の古い魔獣だよ、これ。北の大地で氷漬けで眠っていたのを僕達の仲間が見つけたて来たんだけど、ちょっといじくって使ってるってわけ。確かギガノトサウルスくらいなら、丸呑みにするんじゃなかったっけ?」
ドゥームが自慢げに吐いた言葉は、既に誰にも聞こえていなかった。この光景に、魔女の何人かは既に逃走を始めていた。フェアトゥーセが戦えない今、彼女達にとって一番大事なのはわが身である。魔女達はそもそも結束の強い仲間ではない。どちらかといえば個人主義者が多いが、魔女以外にとってみれば魔女とは一つの集団である。だからこそ団欒が魔女という生き物にとっては重要な役割を果たすのだが、彼女たちは久方ぶりに集まったせいで代替わりをしていた者達が半数近くいた上に、そもそも今回の核となる話をされた者はほとんどいなかった。ゆえに仲間として、あるいは迫りくる脅威を正確に理解し、結束して戦おうとした者はほとんどいなかったのだ。
だから魔女達にとって、ここまででもほとんど全員が戦っていたのはむしろ奇跡に等しかったのかもしれない。今更逃げ出したところで、フェアトゥーセも彼女達を責める気にはならなかっただろう。ただ、逃走者にとって不幸なのは、彼女達のもっとも背後に控える魔女達が一斉に逃走者に向けて魔術を放ったことである。
「ぎゃああ!」
「うわああぁ!」
「なんだとぉ!」
どこからともなく悲鳴と怒声が聞こえた。逃げようとした魔女達に向けて攻撃したのは、同じ魔女達。そして、攻撃した魔女達の先頭に立つのは、鳥の魔女アイヤードだった。
「我ら、世界の真実の解放のために」
「な、なぜだ?」
突如とした魔女達の攻撃に、理解に苦しみながらも応戦する者達。だが、もはや誰が敵だか味方だかもわからない状況で、魔女達は次々と地に伏していった。
そして戦う気力も失せて、眼前に迫りくるオシリアとドゥーム、そしてドラファネラを前に地面にへたり込んだイングバル。ドラファネラが掌に込めた魔術が形を成し、魔方陣を作り出したところで彼女はイングバルに問いただした。
「何か言葉がある、イングバル?」
「なぜだ・・・なぜ我々を裏切った、ドラファネラ!?」
「別に裏切ってなどいないわ。私は魔女のまま、そう、悲しいほどに魔女のままなの。そういう意味では確かに私はフェアトゥーセを裏切っているかもしれない。
でもそうね・・・あと100年、フェアトゥーセの行動が早ければ、私も彼女の味方をしたかしら。でも、それでは時は熟してなかっただろうから、結局これが私たちの運命だったのかもしれないわね。時間の流れって悲しいわ、イングバル。私、これでも貴女達とは本当にお友達のつもりだったの」
「・・・どの口で」
「ふざけんなぁあああああ!」
悲しみに満ちた目でイングバルを見るドラファネラ。そしてイングバルの気持ちを代弁するように、怒声と共に突撃してきたのは炎の魔女グランシェルだった。彼女を見てドゥームが笑う。
「なるほど、確かにつつしみに欠ける魔女のお姉さんだ。ちょっと下品な叫び声じゃないのかな?」
「うるさい! よくも気取ったスウェードの野郎を殺してくれたな! あの女を殺すのは私と決めてたんだ!」
「やれやれ・・・よくわかんないけど、敵討ちってことでいいのかな? オシリア、無残に殺してあげて」
「いいわ」
オシリアはグランシェルを視野に収めると、魔眼を発動させようと睨みつける。オシリアはグランシェルよりは自分が睨むのが早いだろうと思っていたし、それは誰しも同じだろう。だから、グランシェルはオシリアの裏をかけるように、ちゃんと考えていたのだ。オシリアの目に映ったのは、グランシェルが何かを自分に向けて投げつけているところ。既に魔眼は発動していたが、突如として投げつけられた物体にオシリアの焦点は合ってしまう。
歪められるのはグランシェルの体ではなく、投げつけた筒のような物体。その筒が歪んで地面に叩きつけられると、割れた中からは煙が噴き出してきた。
「くっ」
「煙幕か、古典的な・・・」
オシリアとドゥームが視界を遮られるのを利用して、彼女は爆炎の魔術をイングバルとドラファネラの間に打ち込むと、爆風で吹き飛んだイングバルを抱き留める。魔女にしては大柄な彼女はなんなくイングバルを受け止めると、その口に無理やり丸薬を放り込み、自分の背後に向けて突き飛ばした。
「活力の丸薬だ、一日くらいは走れる体力が回復するだろう。理由は問うな、後ろも振り返るな。ただ走り抜けろ。疑問を抱くことは許さない」
「・・・くっ」
イングバルはグランシェルの言葉に従い、ただ闇の中を背後に向けて駆けだした。すぐ後ろで、さらなる大爆発が起こるのが聞こえ、衝撃が足の間を駆け抜ける。
だが振り返る暇もなく、彼女は自分の守護者である騎士を近くに呼ぶよう、心の中で念じた。魔女とその守護者の中だけでできる魔術。あるいは上位精霊とその精霊守護者など、精神的に通じ合っている者同士でのみ可能な魔術であった。
「(グライド、どこにいるの?)」
「(イングバル様・・・まことに申し訳・・・近くに行けず)」
イングバルの騎士、グライドの心の声は小さかった。もともと控えめで無口な男であったが、心の声に反映されるのは意志の強さ。そして彼は意志の弱い男ではない。戦闘中にはぐれたが、自分の元に帰ってこないだけでも余程の緊急事態であることだけはわかっていたが。
イングバルはグライドの状況を察した。
「(私はこれからこの場所を脱出する。今までこのような私についてくれて、ありがたく思う。こんな時に酷だが・・・)」
「(皆までおっしゃいますな。私があなたより貸借した力、お返しいたしましょう)」
「(・・・すまない)」
「(いえ、何をおっしゃいますか。あなたにお仕えした時間、何より優れた主人を得たと自慢になりましょう。先だった妻の元に、胸を張って行けます)」
「(そうか・・・さらばだ)」
「(いえ、ご無事に脱出されることを願っています)」
それきりイングバルは心の中での通信を絶った。しばらくして、イングバルの中に力が少しみなぎってくるのがわかり、左腕に少し鈍い痛みが走った後、一瞬体温が失われた気がした。
イングバルの目に涙が一筋流れる。
「許せ・・・必ず、必ずや生き延びてこの仇を取ろうぞ。フェア、きっと助けに来るから」
イングバルは魔王や異形の群れの中を、ひたかけに駆けた。フェアトゥーセがまだ生きているであろうという希望を胸に残して。
続く
次回投稿は、7/26(木)17:00です。