魔女の団欒、その8~裏切りの魔女~
自分の顔に飛び散る肉と血を感じたのはフェアトゥーセだった。その目で、頭が潰れたククスの実のようになったスウェードらしきものを認識し、崩れ落ちる方向に一歩を踏み出そうとして、その脇腹に熱く鈍い痛みを感じたのは、きっと一秒にも満たない時間だった。
「は・・・うあ?」
「ドラファネラ? 何をして――」
「≪舞い踊る大地の刃≫」
イングバルが疑問を言葉にするより早く、ドラファネラは容赦なくその魔術をイングバルに向けて放っていた。突如の出来事に基本的な防御魔術しか用意できず、大地から伸びる無数の刃に切り裂かれるイングバル。致命傷にならなかったのは、ただの偶然だった。
イングバルは自らがどのような傷を負ったかなど把握してはいない。それよりも、ただ一つの疑問が口をついて出た。血を流し、地に伏しながら、イングバルは呻くようにドラファネラに問いかけるのだ。
「ぐ、うう・・・なぜだ? なぜだ!? ドラファネラ!」
「わかりませんか、イングバル? 貴女は闇に近づき、誰よりも深く考察をすべき存在であるというのに。あまりにフェアトゥーセとのおままごとのような友情、とかいうものにほだされ、どうやら魔女の本質を見失ったようですね」
憐れむように、ドラファネラが這いつくばるイングバルを見つめた。イングバルに歩み寄ろうとするドラファネラを、無意識にフェアトゥーセがつかんだ。必死に自らの足をつかむフェアトゥーセを見て、ドラファネラは何の感慨もなく魔術を唱えた。
「≪突き上げる柱≫」
「ぎゃあっ!」
勢いよく突き上げた地面にフェアトゥーセは腹を直撃され、悲鳴を上げた。突き上げられた体がくの字に曲げられ、彼女は宙を舞って地面に叩きつけられた。頭から落ちたことが良くなかったのか、今度のフェアトゥーセはぴくりともしない。その姿に、周囲の魔女達は絶句し、イングバルはさらに蒼白な顔をした。
「フェア、フェア!」
「いけないわ、やり過ぎたかしら」
「おいおい、困るよドラファネラ。フェアトゥーセは殺しちゃダメだって言ったろ?」
完全に浄化されたはずの大地に出現した黒い靄。それは形を成すとドゥームとなった。ドゥームはさも当然といわんばかりに、浄化された大地に足を下ろして着地した。本来なら、悪霊には不可能な行為である。
その行為に、魔女の一人がわめいた。
「なぜだ! なぜ存在できる? これだけ浄化された土地に、悪霊は存在などできないはずだ!」
「とは言われてもね。できるんだからしょうがない、と言っても納得のいかない顔をしているねぇ。まあタネを明かすとですね、ボクはそもそも悪霊だけではなくて人間の部分持っている。確かにここの居心地は相当悪いけど、それだけで僕を追い出そうなんざ、不可能だね。それにこのオシリアは特殊な悪霊だ。闇の魔女である君なら、なんとなくわかるんじゃない?」
「何を・・・」
言っている、といいかけて、イングバルには確かにオシリアに妙な感覚を覚えた。確かにオシリアはおぞましい。だが妙な親近感も同時に覚えるのだ。こんなはずはないと、さらに深くイングバルはオシリアを感じ取ろうとする。
「待て・・・この感覚、まさか・・・・嘘でしょう・・・?」
「やっと気が付いたね。そう、オシリアは魔女の素質を持って生まれたんだ。生きていれば、魔女として君達の仲間になっていただろうね。この才能なら、あるいは魔女の長になっていたかもしれない。もっとも、ある出来事のせいで彼女はそうならなかったのだけど。
だがオシリアみたいな存在は非常に稀有だねー。なにせ魔術士が悪霊とかになった場合、極端に魔術耐性が高い悪霊となる。魔女ならもっとだろう。『死』に対する属性を持ち、なおかつ非常に高い魔術耐性を備える、実体を持たない悪霊オシリア。彼女はまさに君達魔女の天敵さ。
加えて」
ドゥームがぱちんと指を鳴らすと、周囲に立ち尽くしていた魔女たちの外側から、さらに魔王の軍勢が出現する。その傍らには、今度は人型の異形も多数見えた。
得意げにドゥームは彼らの紹介をする。
「ここにいるのは魔王だけではなく、魔術に特殊な耐性をもった兵士達だ。彼らは非常に鈍重だが、魔女の皆さんでは、硬い外装に身を纏った彼らの相手はとてもできないだろうね。
もっともお付きの連中たちは違うんだろうけど、いかにつわものをそろえたといっても、200から300人程度でどうにかなるような戦力差ではないよ。それにだ」
ドゥームの言葉とともに、ズシン、と地響きがあった。その規則正しい足音は、確実に魔女とその従者達の元に近づいていた。
ドゥームは少し宙に浮いているので地響きの影響を受けない。まるで地震のように揺れる地面に魔女達は立っているのもやっとであり、その彼女達をやや見下ろしながらドゥームが説明を続ける。
続く
次回投稿は、7/24(火)17:00です。