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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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魔女の団欒、その7~死の魔女~

「フェアトゥーセ、私が時間を稼ぐ。お前は、現時点で詠唱できる最強の聖系統の魔術を詠唱しろ。お前の攻撃で効果がなければおしまいだ」

「ええ、わかったわ。それにここには、これからも仲間が終結してくると思う。彼女たちの力も借りて、なんとかやってみましょう」

「そうだな。くそ、こんなところで命がけの戦いとはな。まだまだ出来損ないの不肖の弟子に、教えたいことは山のようにあるというのに」


 スウェードは口惜しそうにしながらオシリアに向かう。胸に去来するのは自分の弟子クローゼスの事。戦いを前に余計な事を考えるというのは、スウェードにとって初めてだったし、なぜそんな事に気を取られたのかは思いもしなかった。

 対するオシリアはそのスウェードの苦々しげな表情を見て、口元をかすかに歪め笑っていた。まるで、最初から勝負は見えているのに、なぜそのように馬鹿な真似をするのかわからないといったように。

 スウェードは時間稼ぎの意味も込め、第五位の悪霊ともなれば自由意思を持つことを思い出し、オシリアに問いかけた。


「そなた、名前は?」

「オシリア。貴女は?」

「スウェードだ。氷の魔女と人は呼ぶ。それにしても古い言語で『死の女神』とはな。言いえて妙だ。生まれつきの名前か?」

「そうね。私の母だった人間はそう私を名付けたわ。もっとも彼女はその意味を知らなかったようだけど。なまじ巫女として力が強かったから、妙な予言にかられたのでしょうね。私も名前の意味を知ったのは死んでからだわ。

 知っているかしら? 死ぬっていうのはとても気分がいいの。生きている時から妙に死そのものに興味があったから、随分と色々なモノで試したわ。最初は小動物から、その対象が人間や大きな動物に移るまでそう時間はかからなかった。

 精神的な死というものも随分と試したわ。肉体の死と、どう違うのかと思って。それに周りの子が次々と死んだら不審に思われれるものね。大人に気づかれずにお友達を壊すのは、中々緊張感があったわ。それでも面倒くさいから、二度とやりたいとは思わないけど。

 色んなことが明確になったのは自分が死んでから。私と世界がつながった気がしたわ。そこからはやりたい放題だった。なんでもできる気がしたし、力も強まったわ。自分が生きているか死んでいるかなんて関係なかった。だって、死ねばこうなるって確信があったもの。でも、すぐに封印されてしまったわ。随分と沢山の人間を道づれにしたから、封印されている間も彼らの絶望と悲哀を思い出して、飽きなかったけれど。

 それでも、本当に色んな事がわかったのは最近だわ。どうして私がこんなに死に興味があるのか。どうして私は人が死んでいくのを見るのが好きなのか。そして、どうして私はこんなに魔女が憎いのか」


 よく喋る悪霊だとスウェードは思っていたが、時間稼ぎになると放置しておいた。だが、今はさっさと攻撃を仕掛けなかったことを後悔している。戦いは先手を取った方が圧倒的に有利だというのに、もはや先手を取るのは不可能になった。

 オシリアの魔力が際限なく広がっていく。スウェードが今まで見たことのある、どんな相手よりも強力な邪気。イネイブラーなど既に及ぶべくもない事を、スウェードは理解した。


「ふ・・・ふ。ここまでの格を持つか。だが、時間稼ぎくらいはしてくれるぞ悪霊!」

「そう? 確かに足掻いてくれないと面白くないわ。すぐに死んでしまってはつまらないもの。そんなので、私の怨讐は晴れはしない」

「自分と憎まれたものだ。だが一つ聞きたい。どうして魔女が憎い?」

「そうね・・・きっと、私がもはや届かないものだから」

「何?」


 またしてもスウェードは後悔した。オシリアの言動が意外過ぎて、つい反応してしまったのだ。詠唱のタイミングが一つ遅れる。

 対して、オシリアの力は詠唱を必要としない。オシリアに睨みつけられ、反射的にスウェードはその場を飛びのいた。直後、地面が何かに押しつぶされたように凹んだのだ。


「地面が・・・魔眼か?」

「そう呼ぶ物らしいわね。あまりに当たり前すぎる力だから、別に呼び名なんてつけてないけど。いつまでかわせるかしら?」


 オシリアが睨みつけると、地面が次々と凹む。スウェードは飛びずさってそれらを躱していたが、いつまでも躱せるものでない事くらい、彼女も承知している。オシリアもそんなことは分かっているから、余裕をもって追い詰めている。


「もう逃げ場がないわよ?」

「どうかな?」


 スウェードの背後に木が迫り、オシリアは命中を確信した。もちろん一撃で終わらせる気はない。それではつまらないのだ。だがオシリアの必中のはずの一撃はあえなくはずれた。スウェードが妙な動きをしたからだ。スウェードの体が、ありえない速度でスライドするように動く。

 足元を見れば、スウェードの足元だけが氷で覆われているのだ。よく見れば、スウェードが通った後だけがそのような変化を起こしている。


「地面を瞬間的に凍らせた?」

「だから氷の魔女だと言ったろう? 舐めてもらっては困る」

「鼠のようにちょろちょろと動く・・・!」


 オシリアが先ほどよりも激しい速度で地面を凹ませ始める。その勢いは凄まじく、地面をわしづかみにして抉り、変形させていた。土だけでなく、地面の中にいたであろう小動物や、あるいは下草の根っこ、さらには大木の根までもが跳ね上げられる。

 あまりに激しい攻撃にスウェードの回避は徐々に間に合わなくなり、ついにその攻撃はスウェードの直上に降ってきた。スウェードの体が抉られた地面の中に埋もれ、オシリアの視界からはスウェードの体が消えた。その目に映るのは、スウェードの右手だけ。

 無念なのか、脱出が間に合わなかったのか。その右手は地面をつかむ暇なく、抉られた地面から地表に伸びていた。オシリアの体がすうー、と地面を滑るように動きスウェードの死体を確認しようとする。その途中で、オシリアははっと立ち止まると、目の前に巨大な氷柱が刺さったのだ。

 聞こえたのは、天からのスウェードの声。


「惜しいな」

「馬鹿な、確かに命中――」


 そう言いながらオシリアが見たのは、千切れたはずのスウェードの手の下に、わずかに霜の降りる地面。そう、千切れたかに見えた腕は氷でできた造形物だったのだ。その見事さは、オシリアも指摘されるまでまるで気づかぬほど。

 オシリアがはっと気が付き、後ずさった時にはもう遅い。


「自惚れたな。本物の魔女とやりあったのは初めてか?」

「何を――」

「魔女とは魔術を使う女のことではない。魔性の女なのだよ。年季の違いを知れ、小娘が」


 オシリアを囲むのは氷でできた細い檻。オシリアが囲まれた事を知った時には、その檻を囲むように無数の氷槍が出来上がっていた。


≪荒れ狂う氷槍のバラス・シュトゥルム≫!


 無数の氷槍はオシリアがその中に埋もれるほどの勢いで彼女に襲い掛かり、串刺しにした。だがその程度で攻撃の手を止めるスウェードではない。


【大気に収束する氷の精霊、素子よ、止まれ。汝とその触れる物に自由はない。その罪の数を数え、我が命にて裁き、永久に氷の獄舎に束縛せよ】

≪氷の評決コンゲーラーティオ≫!


 オシリアに命中した槍はスウェードの命令と共に大気を急速に冷やし、一気に巨大な氷のオブジェを作り出した。巨大な氷の形は、煉獄の一つともいわれる針山の試練のようにも見える

 オシリアがその中に閉じ込められたのを確認すると、最初に地面に直撃した氷柱から身軽にスウェードが飛び降りてくる。


「仕留めたの?」

「いや、まだだ。だが千載一隅の好機。逃すな」

「わかってる!」


 そう言って応えたフェアトゥーセの頭上には、ありえないほどの巨大な光の球が構築されていた。もちろんスウェードが稼いだ時間で詠唱を終えたのである。

 フェアトゥーセの全力。光の魔女と言われ、聖なる力の使い手としては大陸でも有数の力を持つ彼女の、最高の威力を持った一撃である。フェアトゥーセには確信があった。この一撃を食らって存在できる悪霊など、いはしないと。


「受けなさい、≪完全なる浄化ベーレイニーガン≫!」


 フェアトゥーセが唱えると、辺りはまるで陽が嫌というほど降り注ぐ真夏よりも明るく、まるで光に押しつぶされるように明るくなった。目を開けることはおろか、息をすることも許されぬほどの光による一帯の浄化。それはかつて、悪霊や不浄なる者によって汚れた土地を何とかしたいと思った女が、人生を捧げて完成させた魔術。彼女は白き物を好んだことからやがて白の魔女と呼ばれ、白き魔女の初代となったのだった。

 一度使えば、不浄なる者を何年間も寄せ付けないと言われるこの魔術。アルネリア教会が行う「聖化」も、この魔術を応用したものである。アルネリア教会の僧侶たちが数人、あるいは数十人がかりで行うこの魔術を何倍もの規模で放つフェアトゥーセは、やはり誰がなんと言おうと白き魔女であったのだ。

 魔女達は闇の魔女イングバルも含めてこの魔術による直接的な障害は受けないが、あまりに強い聖の魔術によって一時的に魔術が使用しにくくなる。だが魔王達はやはり不浄な者なのか、この魔術で焼け焦げる者や、あるいは逃走する者が続出した。

 明かりがやがて落ち着くと、その光源に向かって魔女達が集結する。彼女達が集結した時には、その場には颯爽と佇むフェアトゥーセがいたのだった。そして、過剰なまでの光にさらされ、文字通り真っ白になったオシリアも。


「フェア!」

「大丈夫ですか?」

「ええ、何とかね」


 魔法にも等しい大魔術を行使し、疲労から汗をかくフェアトゥーセ。そんな彼女の元に駆けよるイングバルとドラファネラ。仲の良い三人を少し微笑ましく見守り、少し安堵の色を見せるスウェード。やや離れて見守る魔女達。

 だがスウェードは年長者らしく、冷静にオシリアの様子を観察した。漆黒ともいえた髪色は白くなり、焼け焦げたように黒い欠片が剥げ落ちてきた。形が残っただけでも驚くことだが、もはや活動の兆候は認められない。あれほどあった邪気、邪念が根こそぎ消失しているのだ。これでは悪霊として成立し得まいと、スウェードは自らを納得させるように頷いた。

 だが、そもそも悪霊とはなんなのか。スウェードはその意味について本気で考察をしたことはなかった。だが、それは白き魔女のフェアトゥーセですら同じであった。アルネリア教会ですら同じであったかもしれない。この事実についてもっとも考察をしていたのは、きっとドゥームとオシリアだったのであろう。

 どこからともなく飛んできた鳥がオシリアの頭に留まりその髪を揺らした時、白く浄化された髪に隠れた瞳が外に出る。同時に、彼女の漆黒の瞳は確実にスウェードを捕えていたのだ。



続く

次回投稿は、7/22(日)17:00です。

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