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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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魔女の団欒、その6~最上位の悪霊~

「ふうー・・・さて、ここからどう戦ったものか」

「ようやく冷静になったか。指揮官が真っ先に突っ込むようでは、戦争はできん。おぬしもまだまだ未熟よな」

「う、反省してます」


 少し肩をすくめたフェアトゥーセの背中をスウェードは叩いた。


「まあそれも仕方ない。我々の時代と違い、そなたたちは魔女として戦う機会には恵まれていないからな。だが、それこそが古き時代に生きた者達の願いでもある。

 ともあれおぬしの言うように、ここから我々は挽回の手札を考えねばならん。どうしたものか」

「まずこの暗闇をなんとかしなくては。そこいらに飛び火したせいで、多少視界は開けていますが」


 確かに周囲には戦いの影響か、既に火の手が上がっていた。揺れる炎に照らされるように、そこかしこで戦いの影が見える。

 戦いの喚声を聞きながら、スウェードが鼻白んだ。


「ふん、これはグランシェルの仕業だろうな。下品な炎だ」

「またそういうことを・・・」

「だが奴は下品だが、馬鹿ではない。この炎は意図的だろうな。我々に少しでも明かりをという、あの女の配慮だろう。なにせ奴が全力で魔術を放てば、炎を残さぬほどの爆発となる。『爆炎』の二つ名は伊達ではないのだ」


 少し我がことのように語るスウェードが不思議だと、フェアトゥーセは思った。あるいはグランシェルとスウェードも、自分とイングバルのように対極にあるからこそ惹かれあうのかもしれない。

 フェアトゥーセは周囲を見渡し、他の魔女を探した。だが手近には仲間はいないようだ。途中から魔術を使用しやすいように、それぞれ自分の従者とともに離れていったのだろう。

 敵からすれば、各個撃破しやすいようにも見える。


「いけない、ばらばらに戦ってしまっている」

「やむをえまい。もともと我々は一人でいることが多いゆえに、協力して戦闘することを知らない。各個で戦ったほうがやりやすいのは私も認める。だが、この流れは敵が作り出したものだ。あの糞餓鬼、なかなかにやり手かもしれん。そもそも、最初におぬしに向けてつっかけてきたのも、狙ってやったことだろうしな」

「え・・・? まさか」

「いや、そうとも言い切れんから恐ろしい。ふざけた奴だが、だからこそ意図が読みにくい。それに寄せ手の方はどうにも本気には見えんな。我々の実力を試しているかのような――それとも他に狙いがあるのか。どちらにせよ、良い気分ではない。一度皆を終結し、後方に下がった方が無難かもしれん」

「そうね――そうしましょうか」


 フェアトゥーセはこうと決めるとその後は早い。事前に決めたとおり空に向けて光の魔術を発し、後方に集合することをそれぞれに伝えたのだった。

 フェアトゥーセとスウェードもその場所に急ぐ。だがスウェードの表情はうかないままだった。


「・・・」

「どうしましたか、スウェード」

「いや、結界が破られたのはまだよい。魔術に詳しい者が敵にいたとすれば納得がいく。この場所を知ったのも、アンシェーレンの思考を読んだと考えればまだわかる。だが、周囲の警戒は結界だけではなかったはずだ。アイヤードが放っている数百の鳥達の警戒網をどうやってくぐったのか」

「たまたまでは? あるいはアイヤードの鳥に干渉する能力とか、アイヤードが油断していたのかもしれませんし」

「その可能性もないではないが、眠りながら鳥に乗せてもらって空を旅するような魔女だぞ? それよりも考えられるのは・・・」


 スウェードの表情が再び嫌なものになる。何か嫌なことでも思い出したのか、スウェードの表情は暗く沈んだものへと変わった。


「スウェード、どうしました?

「・・・嫌な記憶を思い出した。はるか昔、魔女狩りなどが平然と行われた時のことを。フェアトゥーセ、当時のことを知っているか?」

「噂程度には。確か、団欒の最中に意見が決定的に分かれて、争いになったとか」

「そんな生易しいものではない。実際に殺し合いに発展し、何人かの魔女は死んだのだ。そして我々から袂を分かった者達も出現した。私はまだ魔女見習いでありその団欒には出席していなかったが、師匠が大怪我をして帰ってきたのを覚えている。だから私はいち早く魔女の任を継いで、こんなにも長く魔女をやっているのだしな。

 それにこの空気・・・私も久方ぶりに忘れていたが、これは紛れもなく悲惨な戦場の匂いだ。以前、こういう状況があったような・・・あ」


 スウェードの足がぴたりと止まる。それに続いてフェアトゥーセも足を止めた。


「スウェード?」

「いかん・・・いかんぞ。昔私がまだ若いころ、国同士の争いに参加した時の状況に似ている。そうだ、あの時も敵はゆっくりと私のいた軍隊を取り囲んで攻撃し、一つだけ逃げ道を開け・・・そして撤退先に伏兵を置いて・・・」

「ちょっと待って、まさかこの流れも敵の策略だっていうの? そんなわけないわ、集合場所を知ることなんか、我々以外にできな・・・」


 そこまで言って二人は互いを見合わせた。二人の頭の中に最悪の想像が浮かんだのだ。そして進行方向から叫び声が聞こえるのは、同時だったかもしれない。


「くそっ! 嫌な予感しかしない!」

「行きましょう、スウェード!」


 フェアトゥーセとスウェードは走る。彼女たちがわずかな明かりを頼りに夜の森を疾走する。彼女たちの柔肌に木の枝による無数の傷がつくが、風を巻いて走る彼女達はそれどころではない。フェアトゥーセの心の中には最悪の想像があったのだ。


「(まさか・・・まさか、我々の中に裏切り者がいるというのか! もしそうだとすれば、最悪ここで全滅してしまう。それだけは、それだけはなんとしても避けなければ!)」


 フェアトゥーセの焦るのも無理からぬことだが、予定の合流場所にたどり着いた二人が見たのは、彼女たちの想像通り残酷な光景だった。


「う・・・」

「なんだ、これは?」


 確かにそこでは魔女達が死んでいた。だが、その光景は想像とは違っていた。フェアトゥーセもスウェードも、ここにはさらに強力な魔王や数多くの敵がいると考えていた。だが敵はたったの一人だったのだ。

 赤いドレスの少女。血の色に彩られた少女の両手には、かろうじて人の頭であったろうものの残骸が握られていた。それらを無造作に地面に叩きつけると、少女――オシリアは二人の方へと向き直ったのだった。

 闇色の瞳が二人を捉えると、思わず心臓が縮み上がるような思いをフェアトゥーセはしたのだった。


「お前・・・何をしている!?」

「邪魔者の処分。見てわからない?」

「そんなことを聞いているのではない!」

「だから熱くなるなと言っている、フェアトゥーセ」


 スウェードがフェアトゥーセの前に立つと、その両手には既に強大な魔力が集中していた。スウェードは既に臨戦態勢に入っていたが、先ほどまでとは様子が違う気がすると、フェアトゥーセは気が付いた。スウェードが背筋に汗をかいているのだ。それも、大量に。明らかにスウェードが焦っているのが、フェアトウーセにはわかった。


「スウェード、この少女は」

「想像が甘かった・・・まさこここに第五位の悪霊がいるとは。こんな化け物、何の準備もなしに倒すことは不可能に近い」

「第五位ですって?」


 最上位の悪霊の存在。それはもちろんフェアトゥーセも知っている。かつて先代の白き魔女から聞かされた史上最大の悪霊イネイブラーの討伐には魔女と人間と、そしてアルネリア教会の連合軍で倒したとの記述がある。大悪霊を浄化するために、広範囲の土地を一つ犠牲にした。連合軍の死傷者は千を超え、その土地は100年間人が住めない土地となった。戦いから500年近くが経った今も、その土地は人を寄せ付けないままだという。

 それが今、同等の規模の悪霊が目の前にいる。スウェードはイネイブラーを見たことがあったので、オシリアの凶悪性に気が付いたのだ。この段階で、とるべき選択肢は一つだった。



続く

次回投稿は、7/20(金)18:00です。

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