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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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魔女の団欒、その5~魔王襲来~

「お前達に名乗る名はない!」

「ふざけ・・・」


 フェアトゥーセが言い返すよりも早く、巨大な氷柱が少年を直撃した。放ったのは、もちろん氷の魔女であるスウェード。少年は氷柱に押しつぶされるように、そのまま森の中へと吹き飛ばされ、やがて衝撃と共に氷柱が地面に突き刺さったであろう音が聞こえた。

 突然の氷の魔女の攻撃に、フェアトゥーセの思考が停止していた。フェアトゥーセはスウェードの意図を確認するように彼女を見る。だが凶行ともいえる行動にもかかわらず、スウェードは平然とフェアトゥーセに歩み寄っていた。


「白き魔女よ、その餓鬼に名前なぞ必要ない。だが明らかに敵だ。敵ならば排除すればいい」

「だ、だけど」

「その躊躇が命取りになるぞ。本物の戦争、荒れた時代を経験していないおぬしにはわからんだろうがな。あの時代は不意打ち、だまし討ち、奇襲、闇討ち、脅迫、なんでもありだった。死んだ奴は恨み言をいう機会さえ与えられないのだから。

 見ろ、あの程度でくたばるような餓鬼ではない。何せ、魔女の団欒に乗り込んで喧嘩を売るようなやつだからな。それに周囲を警戒しろ。様子がおかしい」


 スウェードの言った通り、魔女の結界によって静かな一帯と化していたはずの森が、ざわめき以上の喧騒を取り戻していた。フェアトゥーセが異常を感じた時には、既にイングバルが緊急の合図を空に向けて打ち出していた。

 照明弾のように天に打ち上げられた光の仕掛けが宵闇を照らし、その明滅する明かりの中で少年がゆっくりと森から出てきた。


「やれやれ、乱暴な魔女もいたもんだなぁ。もっとお姉さんたちは慎み深いと思っていたけど?」

「相手による。我々の団欒を汚すような糞餓鬼にはお仕置きが必要だろう。まして、悪霊を率いるような史上まれにみる大悪霊にはな」


 少年はスウェードの言葉を聞いて、おどけたように手を広げた。


「糞餓鬼だってさ。あんまり嬉しくないなぁ・・・ちゃんとドゥームって名前で呼んでくれない?」

「古い言葉で『悪夢』を意味する名か。名付けた者も趣味が悪い。一体誰に名づけられた?」

「さあ・・・確かオーランゼブルかな? そういえば、その辺の事はボクもはっきりとしないんだけども」


 ドゥームが首をひねるが、その仕草と同時に森の中から次々と異形の軍団が出現してくる。


「魔王の軍勢・・・だと? 馬鹿な、結界はまだ――」

「どういうことだろうねぇ・・・ともかく! ボクの目的はこの団欒をぶち壊す事さ! 困るんだよ、こんなところで一大連合ができるとさ。人間達は力なくただ狩られる立場でありさえすればいい。徒党を組んで反撃、なんて正義の味方ごっこは必要ないんだよ」

「ふざけるな! 誰が狩られるままでいるものか。坐して死を待つ者など、人間にはいはしない!」


 フェアトゥーセが叫ぶと、その背後からは次々と魔女達とその従者、守護者が現れる。どれも並々ならぬ強者たち。フェアトゥーセは自身を持って構えていた。

 だが集結する魔女達を見てドゥームは不敵に笑うのだ。


「どうやらこの場を切り抜けられると思っているらしい。さてさて、できるかな?」

「できるかどうかではなく、やるのだよ。世界でも最高の戦力の前に立ちはだかったこと、後悔しろ!」


 フェアトゥーセの号令と共に、魔女達から次々と魔術が放たれる。静かであった森に、突如として戦争のごとき叫び声と、暴風が襲来したのだった。


***


「白き魔女よ、生きているか?」

「ええ、まだまだ何ともないわ。でも・・・」

「ああ、徐々に不利になってきている」


 スウェードの言うとおり、戦況は徐々に不利になっていた。まず夜間の戦闘。元々明かりのない土地の事、夜目が利く魔女ばかりでもないし、敵が視界に入ってからの詠唱では後手に回らざるをえない。魔女の魔力は強力だが、さすがに魔王に通じる一撃ともなると、それなりの詠唱を必要とする。

 それにフェアトゥーセにも非常に誤算だったのだが、この場所には多くの魔女が集結しすぎていたのだ。彼らはそれぞれの属性の魔術を使うが、それらの魔術が多様過ぎて場の精霊や素子が荒れていた。例えば炎の魔術を連続で使うことでより場の属性は炎の魔術を使いやすい方向へと傾くが、一方で多種の魔術を使うと精霊、素子同士がぶつかり合うことで魔術そのものが使用しにくくなるという欠点がある。

 もちろん魔術を使う彼女達がそのような基本事項を知らないわけがないのだが、それにしてもこれほどの量の魔術を使うことを彼女達は想定していなかった。魔女達が一堂に会してその力をふるうことなど歴史上一度もなかったし、魔女の団欒に乗り込んできて戦いを仕掛けるものなど、考えたことがあるはずもない。


「魔王の数が多すぎる・・・話には聞いていたが、これほどとは。先ほどからもう数十体は仕留めたつもりなのだがな」

「あたしもです。これほどの数の魔王、いったいどこから。それよりも、どうして我々の結界を突破できたのか」


 フェアトゥーセは何人かの魔女に協力してもらい、周囲一帯に『城』にも等しい結界を構築していた。この団欒は魔女とその客以外は禁制。うっかり樵や旅人が迷いこまぬような処置はもちろん施してある。ゆえに侵入者を撃退するする類の結界でもないが、近づくものは結界で囲まれた周囲から離れたくなるような気分にさせる『人払い』を限りなく強化した結界である。無理に近づけば、めまいと吐き気で歩くことも不可能になるほどの威力はある。

 また結界は実態を持たぬがゆえに、破ることもまた難しい。侵入を物理的に阻止する結界ならば力づくで破ることも考えられるが、魔術的な要因のみで組まれる結界は、解除するのにもコツが要る。破るとすればそれなり以上に魔術に造詣のある者だし、また破られた魔女達が気付かないはずがないのだ。

 確かに魔王にどこまで『人払い』が有効かは実証されていないが、鳥やその他の生き物、魔獣ですらこの結界には侵入できないのだ。魔王にもいくばくかの効果は必ずあるはずである。

 フェアトゥーセは戦いが一段落して、というよりは後方に下がったのだが、そこにおいて初めて考える余裕ができた。戦いの喧騒でもはや誰がどこにいるのかわからない。イングバルやドラファネラも戦っているのを視界の端にとらえたような気がするが、スウェードに腕をつかまれるまでフェアトゥーセに周囲を確認する余裕はなかった。

 あだ戦いの息切れが続くフェアトゥーセに、スウェードは飲み水を差し出した。


「飲むか?」

「ありがたく」


 フェアトゥーセはまるでエリクシャーを飲むかのように水にありついた。いかに自分が乾いていたのかよくわかる。

 一息ついて、やっとフェアトゥーセには冷静な思考が戻ってきた。



続く

次回投稿は、7/18(水)18:00です。

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