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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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魔女の団欒、その4~森の魔女~

 フェアトゥーセはアルフィリースの事を持ち出した。もちろんただの人物像だけではなく、彼女が見せる魔術の使い方、その魔術への親和性。そして二面性。今までそんな人間が存在したことがあるかどうか、フェアトゥーセは自分の疑問をぶつけてみたのだ。

 スウェードは真剣にその疑問を考えていたが、やがてかぶりをふった。


「なるほど。実に興味深い話だが、残念ながら私の知識にはそういった人物の例はない。すまんな」

「いえ、それならばいいのです」

「だがそのアルフィリースなる人物について、いくつかの推論を出すことはできる」


 スウェードの意外な言葉に、全員の注目が彼女に集まった。


「まず最初に。その娘は全属性の魔術を扱うといった。だがそんなことは現実にありえないとされている。皆も知ってのとおり、魔術はすべて八属性だが、その中には五行があり、それぞれの属性は相克を持つ。ゆえに相反する系統の魔術と契約するのは非常な労力を要するし、そもそも相性が成立しえないことがほとんどだ。歴史上の大魔術士、英雄王グラハムが六系統を扱うことで史上最高の魔術士とされたが、彼は『魔術士』であって、『魔法使い』ではない。それはグラハムが魔法使いになるほどの才能を秘めながら、その能力を多系統の魔術の習得に費やしたからだと考えられた。

 グラハムの才能は間違いなく千年に一度のもの。もちろんアルフィリースが彼を上回る才能の持ち主ということも考えられるが、可能性としては限りなく低いだろうな」

「確かに。それほどの才能の持ち主が生まれるならば、アンシェーレンといわず、私達ですらその存在を気取るわ。精霊がそれほどの魔力の持ち主の誕生を歓迎しないはずがないもの」


 ドラファネラが相槌をうった。


「そうだ。別の可能性としては、アルフィリースが理魔術を極めているということ。あれは魔術教会で発展した魔術だが、理論上は八系統全てを使用することが可能だ。だが、結局のところ精霊を収束してから魔術を発動するまでの演算に時間がかかりすぎる上に、その出力に関しても疑問視されている。千年もすればその問題も解決されているかもしれないが、現時点で可能性はやはり低いと言わざるをえない。

 今一つの可能性は、アルフィリースが今知られている魔術とは、全く別の魔術を使っているということ。だがこれが最も可能性が低いだろうな。何せ、真竜やハイエルフよりも魔力の強い種族は存在しない。魔力の強さはそのまま精霊や、自然のもっと最小の単位である素子を扱う力となる。ただの人間が彼らよりも秀でることなど、ありえんよ。かつて我々魔女に、ハイエルフや真竜よりも強い力を持つものが登場しなかったように、な」

「そうね・・・」


 フェアトゥーセはスウェードの理論的な言動に納得しかけているようだったが、イングバルは違っていた。彼女はいかにも理論的なスウェードの言葉に、どこかひっかかるものを覚えた。


「(本当に・・・そうだろうか? フェアは納得しているようだけど、彼女が納得している時こそ私はよく考えないといけない。それが相反する者だからこそできる利点でもある。

 確かにスウェードの意見はもっともだわ。でも、もっともすぎる。今まで私たちがそうだと信じ込まされた理屈では確かにアルフィリースは説明がつかない。でも、今までの理論そのものに矛盾が存在していたら? その点に疑問を抱くことはハイエルフや真竜の知識を否定することになるけども、でもそうとしか・・・)」


 考え込むイングバルの思考を邪魔したのは、ドラファネラの手。ドラファネラはその手をイングバルの肩に置くと、もう一つの手で森の一点を指し示した。

 気が付けば、もうほかの面々はそちらを凝視していた。


「みんな、いったいどうし・・・」

「い、いけない・・・」


 彼女たちが話していた森の一画に乱入してきたのは、なんと噂のアンシェーレンだった。アンシェーレンは元々地につくほどの長い髪をした魔女だが、いつもはその髪をカチューシャを使って後ろに流し、穏やかな笑みをたたえているのが特徴的だった。

 だが今はその髪を振り乱し、表情はよく見えない。だが、時折その長い髪の間から除く目は完全に血走っており、狂気すらうかがえた。そしてその衣服もすでにボロボロであり、女性としての矜持すら感じさせない有様だったのだ。

 魔女の中でも最も慎み深いといわれた森の魔女のあまりの様子に、フェアトゥーセは思わず彼女の元へ駆け寄った。イングバルは呆気にとられ、ドラファネラは何を考えているか表情すら動かず、そしてスウェードは非常に訝しんだ様子でアンシェーレンを見守っていた。

 そしてフェアトゥーセはよろめくアンシェーレンを抱き留めると、その肩をつかんで揺さぶった。


「どうしたの、アンシェーレン! 何があったの?」

「あ、あ・・・アアアアアアッ!」


 アンシェーレンの口から狂人のように叫び声がほとばしる。アンシェーレンの肩をつかんでいるフェアトゥーセは思わずその手をひっこめそうになるが、逆にその手をアンシェーレンに掴まれた。アンシェーレンの手は枯れ木のようにやせ細っており、まるで生気が感じられない。フェアトゥーセは驚きその手を振り払おうとするが、アンシェーレンの腕力はとても女のものとは思えないほど強かった。

 アンシェーレンの口からくぐもった音が漏れるように、言葉が発せられる。


「わ、わた・・・私は、ここに来てはならなかった・・・」


 がくがくと顎を震わせながら、虚ろな目で話すアンシェーレン。彼女の瞳は、既にフェアトゥーセを見ていない。

 アンシェーレンの爪がフェアトゥーセの二の腕に食い込むが、そんなことにお構いなしにアンシェーレンは話し続けた。


「み、見えたのに・・・私が災いの元になると。まるで干からびた枯れ木のように、いびつに歪んだ私の前で死んでいく仲間達が見えたのに・・・だから、だから私は自分の胸に短刀を――」

「しっかりしなさい、アンシェーレン! どうしたというの!?」


 ゆさぶるフェアトゥーセの目を、アンシェーレンが捕える。その瞳が徐々に焦点を合わせ、そして血走った狂気の瞳が一瞬だけ正気を取り戻したように見えた。


「フェアトゥーセ・・・」

「アンシェーレン、何があったの? 私は貴女に聞きたいことが――」

「ごめんなさい、全てがもう遅いわ」


 そう告げたアンシェーレンの顔は絶望と、そして安らぎに彩られた。直後、アンシェーレンの体は急速に生気を失い、波のように皺ができ、瞳は水分を失い、フェアトゥーセの腕をつかんだまま体が急速にミイラと化していったのだ。

 突如の出来事に悲鳴を上げる暇もないフェアトゥーセだが、やがてアンシェーレンの体から失われた何かは足元に吸い取られているようであり、影としてあり得ない方向に伸び始め、人型を取った。

 その人型になった影がローブを振り払うように翻ると、そこからは少年が出現したのだ。


「ふぅ・・・やっぱり憑依ってやつは苦手だなぁ。随分と力を消耗するし、どうにも効率が悪いや。魔女の結界を通り抜けるための行為とはいえ、二度とやりたくないね。窮屈でしょうがない」

「だ、誰だっ!」


 ミイラと化したアンシェーレンから解き放たれ、精一杯の悲鳴を上げたフェアトゥーセを見て、少年はくすくすと笑う。



続く

次回投稿は、7/16(月)18:00です。

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