魔女の団欒、その3~氷の魔女~
「スウェード、今回の団欒の目的を聞いてほしい」
「やはり何かあるのか。まあなんとなく見当はつくがな」
「実は・・・」
フェアトゥーセはスウェードに向けて、縋るように話し始めた。各地で増加する魔王の事。そして復活した英雄王、今を生きる剣帝を始めとした常識外の強者たちを率いて、ハイエルフの長であるオーランゼブルが人類の不当な虐殺を始めたこと。そしてその目的がわからないことも。フェアトゥーセは勇んで今回の団欒の招集を決定したものの、調べれば調べる程に事態が想像以上に大きいことに、絶望感を覚えていたのだ。
一通り話し終えるまでスウェードは黙って聞いていたが、フェアトゥーセが語り終えた時の表情を見るにつけ、大きくため息を発した。
「酒を一杯やりたい気分じゃな。それも熱いのがいい」
「スウェード・・・」
「久方ぶりに俗世に呼ばれたかと思えば、何とも大事件が起こっているものよ。私には氷原の結界を護る事だけで精一杯じゃというのに」
スウェードがどっかりとその辺の石に腰を下ろした。これはいつも慎み深い彼女には珍しい行動である。
「オーランゼブルがなぁ・・・私は直接会ったことはもちろんないのじゃが、その業績や行為、言動を知るにつけなんとも偉大な魔法使いだと尊敬もしていたが・・・それが人間を殺して回るとはな」
「我々はどうしたらいい?」
「ふん、それを決めるのは貴様だろうが。いくら私が年長だといっても、結論を丸投げするでないわ」
「もっともね」
イングバルが頷いたが、フェアトゥーセは引き下がらない。
「普段ならそうするわ。でも今回は問題が大きすぎる。一つ間違えば魔女の存在自体を危うくするような決断を、私一人ではできないわ。もう魔女狩りの歴史を繰り返すことはできない」
「だが顔を見れば、もうおぬしは結論や方策のいくらかは思いついているようだがなぁ。強いて言えば、その可能性が恐ろしゅうて、とても口にする気がない、とかかの」
スウェードの指摘にフェアトゥーセがうなだれた。驚いたのはイングバル。
「・・・さすがもっとも聡明と謳われた氷の魔女だわ。お見通しなのね?」
「フェア、どういうことだ?」
「そこの白き魔女は気が付いたのだ。『もしかすると人間が間違っていて、オーランゼブルが正しいのではないか』、という可能性にな」
驚くイングバルの目の前で、スウェードは鼻を鳴らして笑った。
「驚くな、闇の魔女よ。別段おかしいことではない。元々オーランゼブルの行動理念とは、彼の業績を読み解けばそのようなものであろう。五賢者はこの大陸の調停を行う者達であり、以前は魔王と呼ばれた連中がこの大陸の均衡を崩していた。
だが、現在では人間が増えすぎ、人間達は魔物そっちのけで互いに争っているではないか。この状況を見て、人間の粛清を行おうとオーランゼブルが考えてもおかしくはないと思うがな。今は人間がこの大陸の均衡を崩しておるのだ。
知っておるか? 人間達の中には、享楽のためだけに捕えた魔物達を互いに戦わせたり、異種族を捕まえては競りにかけたりすることもあるそうな。その程度で済めばまだ可愛いが、世の中にはもっと下卑た行為を行う者もおるそうな。我々が守ってきた人間達は、大した堕落ぶりを見せてくれるじゃないか、ええ?」
自嘲気味に笑うスウェードに、イングバルは青ざめていた。その様子をフェアトゥーセとドラファネラは冷静に見守っていたが。
スウェードは続ける。氷の魔女がこれほど話し続けるのは非常に珍しかった。
「まあ私の行動理念はおよそ人間の守護とは程遠い。そもそも人間と関わるような場所に住んでいないしの。私のやる事は、今もこれからも氷原の結界を護る事だけだ。人間なんぞ、むしろいなくなってくれた方がせいせいするとは思うが・・・一つ気になるとすれば、我々は全て想像で物を言っておるのであって、誰もオーランゼブル本人に確認したわけではないということだ。我々の立場を決めるのは、かの者の本心を確認してからでもよいのではないか?」
「それはそう・・・ですが。オーランゼブル本人にどうやって会えばいいのか」
「その方法をみつけるための団欒、ということになりそうだな。もっとも私は知らないし、興味もないが。それに不肖の弟子から連絡があってな。氷原の結界の様子がおかしいそうだ。私は今日にでも引き返して、様子を見にいかねばならん。なので、話し合いは私抜きでやってくれるとありがたい」
「そんな勝手な!」
イングバルの言葉に、スウェードがぎろりと彼女を睨む。その視線はまさに氷の刃。闇の魔女として数々の恐怖に触れるイングバルも、その身を思わずすくめた。
「確かに勝手。だがのう、そもそもこの団欒自体への参加が本来自由なのだ。私もここに来るつもりはあまりなかったが、魔女の長がたっての願いとあれば私自ら魔女の結束を乱すわけにもいかぬ。そうでなければ、いけ好かぬグランシェルなどと誰が話し込むか」
「相変わらずグランシェルと、仲は悪いのね・・・」
「当然だ。あのようなその場の感情で動く女と気が合うわけがない。今回は不肖の弟子クローゼスがどの程度働けるかを見るために氷原を空けたが、そうでなければ出てきておらぬ。だれがあの爆発女と・・・」
そういって炎の魔女グランシェルの悪口を言うスウェードは、だがしかし最も生き生きとしていると言わざるをえないのは、全ての魔女が良く知っていることであった。
怒りだして収集のつかぬスウェードをイングバルとドラファネラがなだめながら、フェアトゥーセは今後の事について考えていた。
「(どうしたものか・・・確かにこれ以上アンシェーレンを待っていても埒があかないかもしれない。それに彼女の占いも、せいぜい近い危険を回避するくらい。それよりも、全員で話し合えばもっと良策もでるのではないだろうか。可能性はもうスウェードが示してくれたのだし。
悩むより行動か。イングバルも私の事をそう言っていた。結局私らしくない行動だったのか、これは。よし、やってみるか)」
フェアトゥーセがそのような決意を固めた時、彼女の脳裏にふっと思い出された疑問があった。そもそもアンシェーレンに相談しようと思っていたのだが、年配の魔女であるスウェードなら適切な話題かもしれない。
「そういえば氷の魔女スウェードに、相談したい人物がいるのだけれど」
「なんだ?」
続く
次回投稿は、7/14(土)18:00です。




