魔女の団欒、その1~集結~
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「・・・予想より多くて驚きましたわ。でも、このことを真竜のノーティス殿がお知りになってどうされるというの?」
「それは私も何とも。私はただの使いですから」
「そう。ならノーティス殿によろしくお願いいたしますわ。いずれ白魔女フェアトゥーセが直々に挨拶に行かせていただきますと」
「そこまで気を遣われなくとも、折を見てからで十分ですよ。どうせ大した人じゃないんだし」
「はあ・・・」
軽薄そうに笑うのはピートフロート。彼をややぽかんとした目で見ているのは、白魔女フェアトゥーセ。ピートフロートはノーティスの使いとしてフェアトゥーセの元を訪れ、そして時をおいてから求める情報を受け取りに来たのだった。ピートフロートがアルネリアを訪れるほんの少し前の事である。
「ではまたお目にかかる事もありましょう。それまではどうかご健勝にて、美しい方々」
「・・・それはどうも」
それだけ言うとピートフロートは人の姿を解くと、妖精の姿に戻って高速で空に飛び去った。いかにもうさん臭く見えるピートフロートの行為だが、魔術としてはかなりの高等技術である。それがフェアトゥーセにもわかっているから、彼女は何も言わないのだった。
そしてピートフロートを見送ると、彼女の後ろから何人か歩いてくる者がいる。
「行ったの、フェア?」
「ええ、行ったわ。ドラファネラ、イングバル」
暗がりからすっと姿を現したのは、フェアトゥーセと同じく魔女である闇のイングバルと大地のドラファネラ。彼女達はフェアトゥーセがピートフロートと話をしている間、身を潜めてその話し合いを見守っていたのだ。
「でも、肝心の事は結局言わなかったわね。へらへらしているようで中々曲者だと思うわ、あの上位精霊。こっちからの情報は得たくせにね」
「随分と精霊っぽくもないしね。最初はとっくの昔に隠遁した『知恵の真竜』からの依頼と聞いて何事かと思ったけど、その理由までは教えてくれない、か」
「あたし達にすら秘密とはねぇ。一体どんな事を調べているやら。ま、おおよその見当はつくのだけれど」
ピートフロートが魔女達に告げたのは、最近各地で異常がないか、どんな些細な事でもいいから報告してくれということだった。真竜からの依頼となれば魔女達に断る道理もなく、彼女達は言われるがままにそれぞれが気が付いたことを報告した。それぞれが集めた情報はフェアトゥーセもなんとなく目を通したが、それらの符号が何を意味するかは彼女にもあまり見当はついていない。
三人は口々に不可解な依頼の内容を話し合いながら、開けた方へと歩いていく。彼女達にとって今気がかかりな事は、現在魔女の団欒の真っ最中、そしてこの三人が今回の進行役を務めているのである。
そもそも魔女の団欒とは何か。元々の意味といえば、単純に魔女達の交流という以上にはない。そもそも魔女は人数が少ない。彼女達は妖精や精霊と直に交流することを許可された人間達の中で、特に女性を指すのである(なお男は導師と呼ばれる)。彼女達は妖精や精霊、あるいはその他の人外の者達とやり取りをしながら、人間と彼らの仲の調整を図る。時に自然の求める者を人間に教え、あるいは魔女としての知識、特に薬剤や医療技術を駆使して人を助ける。それが現在の魔女である。
もちろん人との関わりを嫌っている者も少数ながらいるし、彼女達は人里から遠く離れ、もはや魔女同士ですら交流を持っていない者もいる。だが、フェアトゥーセは今回に限りそういった者達にも遠慮なく声をかけた。魔王の出現、そして黒の魔術士の暗躍を、四の五の言っていられない状況だと彼女は睨んだのだ。
そしてフェアトゥーセと最も仲が良く、ともに魔術教会のテトラスティンの元に乗り込んだイングバル、ドラファネラとフェアトゥーセが合流したのが三月以上前の事。その時をもって魔女の団欒の開始となったが、いまだに現在生きているであろう魔女達の7割程度しか集合していなかった。
ただ魔女の団欒は一年近く本来なら催されるものであるので、これくらいの集まり様が普通だった。むしろ今回は良く集まっている方と言える。それもこれも、今までフェアトゥーセが魔女の団欒の開催をサボっていたので、いかに世捨て人のような魔女達といえど互いに近況報告をしたいということと、フェアトゥーセが非常に急かしたから急いで集まってきた者達が多いということだった。もっと自己中心的な者が多いかとフェアトゥーセが睨んでいただけに、今回の集まり方は嬉しい誤算だった。
それでも大陸の端に住まう魔女もいるわけで、そういった者達がまだ到達していないのだろうとフェアトゥーセは考えている。魔女には魔女にしかできない連絡方法が代々あるので、団欒の開催自体が連絡されていない事はまずないのだ。
「(だいぶ面子もそろってきた・・・あと来ていないので力のあるのは、木の魔女アンシェーレンくらいか。もっともまだ年若い弟子達は来ていなようだけど。それも当然ね。各場所から全ての魔女がいなくなると、不都合な事もあるだろうし)」
フェアトゥーセが魔女の団欒の行われているその場所に戻り、それぞれの顔を見渡す。そこには様々な魔女がいたが、彼女達は皆年若く見える者が多かった。
魔女は精霊と契約している者が多い。その存在は自然そのものに近くなるため、彼らは極端に年を取るのが遅くなる。または全盛期で肉体年齢が止まってしまう。精霊守護者と同じ理屈であった。
フェアトゥーセが戻った場所では、鍋を囲んで数人から10人単位の輪がいくつかできていた。彼女達は四方山話に花を咲かせる者から、自分達の近況報告、そして弟子や研究成果の自慢だったり、あるいは今回の主題である『各地で増加する魔王について』なども話し合っていた。
その中にはちらほらと男の姿も見えたが、彼らは魔女の護衛であった。魔女の中には地域で絶大な信頼を誇る者もおり、中には領主が進んで護衛をつけたものや、あるいは自らの精霊守護者を従えている者もいた。ここには総じて100前後の人間がいるだけだが、その面々たるや、フェアトゥーセが以前テトラスティンに告げたように、ここは世界でも最高の戦力が集う場所となっていた。
そうでなければこのような森の奥深く、いつ魔物に襲われてもおかしくない闇の中で団欒を行おうとするものなどいないだろう。
フェアトゥーセは話し合う魔女達が彼女の方を向くと愛想を振りまき、適当にまだあまり話していない魔女の元へと歩み寄った。彼女は主催者として、自分の話をする前に現在の魔女達に対する礼儀と、そして長らく長としての義務を放棄していた謝罪をせねばならなかった。
彼女がイングバル、ドラファネラと歩み寄ったのは、炎と氷、それに鳥の魔女と言われる者達の話し合いであった。
「こんばんは、グランシェル、スウェード、アイヤード。お久しぶりね、お邪魔してもよいかしら?」
「ああ、炎の魔女グランシェルはフェアトゥーセとの会話を歓迎する」
「同じく氷の魔女スウェードも歓迎する」
「鳥の魔女アイヤードも同じく」
魔女達は挨拶代わりに抱擁を交わすとその場に再び座り込んだ。グランシェルの後ろには屈強な男が立っており、彼は目を瞑ったまま黙っていた。おそらくはグランシェルの護衛なのだろう。そしてスウェードの傍には雪のように白い一角獣と、アイヤードの傍には人よりも大きい巨鳥が体を横たえていた。いずれも高名な幻獣である。
イングバルも自分の護衛である騎士を呼び、傍に控えさせる。ドラファネラはそのように護衛を従えたことはないので、そのままその場所に座って鍋の中身をよそいながら会話に参加することにした。
フェアトゥーセが話の口火を切る。これが魔女の団欒に参加し、会話に新たに加わった者の礼儀である。最初は必ず自分の事ではなく、他愛のない事から話すのが最も良いとされた。
「皆さんと顔を合わせるのは何年振りかしら?」
「私は200年かな。フェアがまだ大陸を放浪している頃に会ったっきりだ」
「私も同様だ」
「私は鳥の使い魔を介してなら、ほんの50年前に。返事はもらえなかったが」
アイヤードが少し拗ねたように言ったので、フェアトゥーセは素直にお詫びした。
「ごめんなさいね、アイヤード。私もその時は色々とあってね」
「ふん、真竜サーペントがいつまでたっても行動に出ないから、業を煮やしていたのではないのか?」
「う。なぜそれを・・・」
「もう魔女の中ではもっぱらの噂だわ。だいたいが、海の真竜が海を捨ててあんな辺鄙な沼地に棲むこと自体、相当多くの者達の目を引いていることを自覚しなさいな」
「そうだ。あれでは大陸中に向けて自分達の仲を公表しているようなものだ。導師達はどうかしらんが、魔女の中ではいつになってもお前たちの仲が進展しないから、この200年とういうものどれだけ我々がやきもきしていたと思う? 少しは自覚を持て」
アイヤードはおろかドラファネラとイングバルも少し意地の悪い言葉を投げかけたので、予想もしない反撃にフェアトゥーセは唖然としつつ、目を白黒とさせていた。
その様子を見て三人の魔女はふふっと笑うと、何十年、あるいは何百年ぶりかに彼女達は魔女という軛から解放されて、少女のように他愛もない話に花を咲かせるのだった。
続く
次回投稿は、7/10(火)18:00です。