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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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戦いの合間、その10~ユーティとピートフロートの場合~

「一計・・・って?」

「私は人間に自分の話を聞いてほしかった。自然の中には、私の問いに答えられるような精神構造を持つ者は存在しない。妖精も同様でした。そこで私は私の言うことを聞く魔物達を使い、人間を脅したのです。命を奪われたくなければ、私の問いかけに答えよ、と」

「ちょっと、それって」

「ええ、私の行為はほどなくして魔王のそれと考えられました。脅す過程で怯えた人間が誤って崖から転落してしまい、犠牲者が出てしまいましたから」


 ピートフロートは悪びれもせずにさらりと答えた。その態度に、ユーティはぞくりとした。確かに、ピートフロートは人を殺める事になった自らの行為を反省している。だが後悔は、微塵もしていないのだ。反省もまた、「次はどうすれば失敗しないか」という原因追求だけで、行為そのものが間違っているとそういった事は考えもしなかったのだろう。目の色が、ピートフロートはあまりに変わらなさ過ぎた。


「そこまでしても私の疑問に答えられる者は出現しなかった。業を煮やした私は、次々と人に質問をしていきました。その対象が多く、大きくなることにもさほど時間はかからなかった」

「それは、つまり」

「ええ、最終的には国家なるものと争っていました。おかしなものです。私自身はただの妖精で、なんの力もなかったというのに。私という存在は、口先だけで戦争を起こしてしまったのです」


 ピートフロートはまたしても悪びれずに恐ろしいことを言ってのけたが、ユーティはその話を彼女にしては真面目に聞いていた。むしろ、その態度はいつになく真摯である。

 そんな聞き手のことなどどうでもいいかのように、ピートフロートの弁舌は止まらない。


「そして私はその戦いの最中、現在の主人に出会った。彼は私を見て一言、叱責するわけでもなく、ただ冷静にこう言ったのです。『お前は、自分が知らない事を知らないのだな』、と。

 気が付いた時には、私は上位精霊でした。きっと私にとっての上位精霊の資格とは、自らの無知を認める事だったのでしょうね。それからずっと、私はその主人のために尽くしています。私とて恩義を感じないわけではないですし、何よりあの方は話していると誰よりも独創的で柔軟な思考の持ち主なので、飽きないのですよ」

「ふーん。で、何が言いたいわけ?」

「要は出会いってことです。誰と出会い、何を感じ、そして何を欲するのか。それは人も妖精も変わらず重要だということでしょう」


 ピートフロートはにこにこしながら答えた。対するユーティは頭を抱えて考え込んでしまったが、彼女はほどなく普段の顔に戻り、ピートフロートに告げたのだ。


「あ~、やめやめ。難しく考えるのは私には合わないわ。私は本能の赴くまま、好き勝手やってる方がその性に合っているの。小難しいことは無しよ、ナ・シ。私はとりあえずこのまま、アルフィリース達にもうちょっとついていく方がいいのでしょうね」

「あなたがそう感じるなら、きっとそれが一番良い方法なんだろうけど」


 ピートフロートはまるで駄々子でもあやすように、ユーティに微笑みかけた。


「こういう偉そうな物言いは好きじゃないし、もうやらないって思ってたけど、一つだけ言わせておくれ。君は確かに心の赴くままに生きていくのが最も良いだろうし、精霊とは元来そうあるべきだ。でも、きっと君にはつらい決断を迫られる時がくるだろう。その時に、安易な選択をしないようにだけ気を付けておくれ。大事な時はしっかりと悩み、その後に決断を下す事。それだけは覚えてくといいだろう」

「ふーん、忠告してくれるんなら受けとっておきますけどね。そんな曖昧な表現じゃ何のことやらわからないわ。まあ、その時が来たら考えるわよ」

「ああ、それでいいと思うよ。私の言葉に縛られる必要はないんだ」

「じゃあねぇ、どこの誰だかよくわからない精霊さん。お話参考にしておくわ。いい暇つぶしにはなったかもね~」


 その時である。出立の準備があらかた終わったのか、ユーティを遠くから呼ぶ声が聞こえてきた。ユーティも彼らに同行することになっている。


「あーはいはい、すぐ行きますって。ほんっと、妖精使いが荒いんだから・・・」

「・・・」


 飛んでいくユーティを見送りながら、ピートフロートはぽそりと呟いた。


「頼むよ・・・君が最後の上位精霊になるのかもしれないんだからね」


 ピートフロートは晴天を、陰鬱たる気持ちで見上げていた。


***


 そのピートフロートが見上げた晴天の中、彼はおろか普通の者達の視力では見ることの能わない上空で、非常にこの大陸にとって重要な話し合いが行われようとしていた。


「・・・来たか」

「ノーティス!」


 空に羽ばたく、銀に輝く翼を持ち、一際大きな体躯を携えるのはノーティスであった。彼は宙にゆったりとはばたきながら、仲間達の到着を待っていたのだ。

 そこに風切音も激しく、またその音に負けじと叫びながら迫ってくるのは天空竜マイア。


「ノーティス、どういうことなの!?」

「落ち着け、マイア」


 ノーティスは低く冷静な声でマイアを窘めた。対するマイアは既に頭に血が上っているのか、カンカンなのは誰の目にも明らかなほどだった。

 マイアは確かに真竜としては比較的歳も若く、また感情豊かである。その彼女が怒っているのは一見当たり前のようにグウェンドルフやサーペントなどはとらえがちだが、マイアとて天空から大地の秩序を守る役目を与えられた真竜である。彼女の目線は時に感情的だが、おおよそは非常に大局的で中庸であった。

 そのマイアが怒るのだから、それなり以上の異常事態であることが予想される。ノーティスもまた真竜の姿に戻るのは実に百年以上が経過していたのだが、彼としてもそうとばかりは言っていられないのが事実であった。普段、のらりくらりと酒を飲みながら過ごしていた、だらしない中年の姿はもはやどこにもない。むしろマイアの記憶にあるその威厳漂う姿を取り戻した彼を見て、マイアもまた事態の重さを認識した。

 マイアは猛然と突進するように羽ばたいてきたその勢いを旋回することで殺すと、一つノーティスの目前でふわりと上に一つ羽ばたき、蒼青の体表に似合うだけの優雅な仕草を見せたのだった。


「一体どうしたというの、ノーティス様。何千年も以上前に、真竜達と袂を分かったあなたが真竜の召集を行うなんて」

「マイア、いまだに私を『様』づけで呼ぶのだな。そんな資格は、私にはとうにないというのに」

「貴方をどう呼ぼうが私の勝手です。それに私はいまだに貴方を尊敬申し上げております」

「・・・まあいい、好きにしろ。それよりもお前を含む真竜達に、火急の要件があるのだ」


 ノーティスはそこまで言ってくるりと周辺を見渡したが、周囲に他の真竜の気配はない。マイアは彼女の持つ飛行速度も考え、ちょうど他の真竜と合流が同じくらいになるように最後の方に連絡を寄越したとノーティスは思ったのだが、どうにも妙な展開だった。



続く

次話投稿は、7/6(金)19:00です。

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