戦いの合間、その9~ユーティの場合~
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「うーむ、暇だ」
どこかの誰かと同じような言葉を発した者がまた一人。ユーティは出陣前の喧騒に取り残されていた。いや、本当に暇だったわけではない。だが彼女は力仕事もできず、純粋に連絡役としてしか用向きがない。一通り準備のための連絡が終われば、実務の上ではユーティは役に立たないのだった。むしろサボりがち、楽をしたがりのユーティにとってはこの最近の働きぶりは奇跡に等しいと自分でも思っている。
それもこれもアルフィリースやエクラが次から次へとユーティに新たな仕事を持ってくるからなのだが、ユーティはよくわからないままそれらの仕事をこなしていた。気が付けば自分を乗せているアルフィリースは憎らしくも感心し、そして最後は憎めないユーティなのだが、さすがに最近の忙しさは元々気ままな生き方をしてきた彼女にはこたえていた。
それにユーティには本来、別の目的がある。なし崩し的にここまでアルフィリース達についてきたが、ユーティには上位精霊を目指すという目的があるのだ。
「このままアルフィリース達について行ってもいいのかなぁ。それとも別の場所に行くべきかなぁ・・・でも何のあてもないしなぁ。あ~、う~」
一人傭兵団の宿舎の屋根の上で悶えるユーティだが、そんな彼女の悶えをにこにこと見守る者がいた。
「お悩みのようですねぇ、妖精さん?」
ユーティに声をかけてきたのは黒い髪の青年であった。ユーティは今は誰とも話したくないから認識阻害の魔術をかけていたのだが、青年には全く通じていなった。
その理由はユーティが青年を見るや否や、すぐにわかったのだ。
「なんだ、同業者か」
「同業者って・・・精霊は職業ですか?」
「何の用? アタシは忙しいんだけど」
「寝転がって背中を掻きながら言う台詞ではないですね」
青年は苦笑すると、ユーティの隣に座り込んだ。その青年をちらりとユーティは見やる。
「・・・相当強い力を持っているんだね、あなた。上位精霊、いや、もっと上なの?」
「上位精霊より上となると、それはもはや自然そのものに近い領域の話ですね。あるいは神と言ってもいいかもしれません」
「あるいは魔王とかね」
「中々鋭い発言です」
青年ことピートフロートはにっこりと微笑んだ。ユーティは彼の事を知っているわけではない。だが彼らには互いの事など言葉にしなくても周囲の元素が囁くし、自己紹介などなくても最低限の事は顔を合わせればすぐにわかってしまう。ゆえに彼らには本来交わす言葉は多くは必要ないのだが、ユーティは生まれつき多くを言葉にして表現したい性格だから、彼らの間には会話という行為が成立するのだ。
ただこの場合、会話を望んだのはピートフロートの方だったのかもしれない。
「こんなところで妖精に会うとはね、しかも自我をはっきり持った。将来の上位精霊候補かな」
「そりゃどうも。だけどそこまでの道筋がとんとわからなくてね。今からグレてやろうかと思ってたところよ」
「もう十分やさぐれているように見えますが・・・」
「うっさい!」
番犬さながらにユーティが吠えながら威嚇したので、ピートフロートは一歩飛びずさって彼女を刺激しないようにした。
ユーティにとってさして機嫌も良くない時にこういった輩が隣にいるのは非常に不快だったが、それでも聞いてみたいことがあった。
「ねぇ、あんた上位精霊なんでしょ? どうやって上位精霊になったのさ?」
「聞きたいですか? ちょっとえげつないですが」
「いちおう、ね。今はなんでも参考にしたいのよ」
「・・・いいでしょう」
ピートフロートは多少困ったような顔を見せながらも、ユーティに向き直った。そして彼は100年来、記憶の彼方にやっていた古い思い出を呼び起こす。
「私の司る属性は『闇』です」
「それはみればわかる」
「闇を司る者達の性格をご存じで?」
「・・・一般的には邪悪だとかなんだとか言われるけど、実際は貪欲さや不変、などを支配することが多いはず。それらは間違えれば強欲や停滞を意味するけど、ともすれば真理の探究や寛容にもつながるわ。誤解されやすいけど、決して悪い意味ばかりじゃあないはず」
「ご名答」
ピートフロートがユーティを指さし、彼女の言が的を射ていることを示した。ユーティにしてみれば当然のことだったので、彼女はなんの反応も示さない。
ピートフロートは続けて語る。
「私の場合、『知識の探究』といった方向に性格が出ました。この世に生まれてすぐ、私はあらゆる者達に質問を始めました。なぜこの世は存在するのか。なぜこの世に自分は生まれたのか。なぜ私はピートフロートであるのか」
「うわ~・・・うざっ」
ユーティの情け容赦ない一言が投げられるが、既にピートフロートは聞いていなかった。
「そういった哲学的、抽象的な質問から始まり、やがてもっと明確な答えが出るような質問を私は求めました。どうして花は咲いて枯れるのか。どうして木は生えてくるのか。どうして生き物は死ぬのか・・・」
「めんどくさい疑問ねぇ。アタシ、闇の精霊と友達になるのやめるわ」
「そう、そして私の疑問に答えることができる者は同じ精霊にはいなかった。ほどなくして、私の興味は人間に移りました。感情豊かな彼らなら質問に答えてくれるかと思ったのです。
ですが人間はその日を生きることに精一杯で、私の質問に答えてくれる者などいなかったのです。多くは突然聞こえた声に驚き逃げ、あるいは私の姿を探そうと躍起になり、とても質問の答えをもらえる状況ではなかった。そこで私は一計を案じたのです」
ピートフロートがにやりとした。その笑みに、ユーティは少しぞっとしたのだ。
続く
次回投稿は、7/4(水)19:00です。