戦いの合間、その7~ドライド、エスピス、リネラの場合~
「時にエスピス、リネラはエルザの補佐をしなくてもよいのか?」
「はい、当座我々は必要ないかと。あの方には既にご自分の情報網をお持ちです。我々もしかり。我々に関してはエルザ殿があれこれと指示を出すよりも、好き勝手にさせた方が成果を出すと踏んだのでしょう」
「その過程で情報交換をし、徐々に我々は互いを知ればよいでしょう。今は現状把握にエルザ殿も精一杯で、なのに任務は湧いてくる状況。そのくらいでなければ、いかなエルザ殿でも倒れてしまいますよ」
「なるほど。それで今回はそなたたちが深緑宮にて、事務作業を片付けているというわけか」
ドライドは納得したが、逆にエルピスとリネラは納得していなかった。
「今度は我々から質問です。大司教殿にこういた質問を投げかけるのは非常に失礼だとわかっているのですが、なぜご自分の副官を補助につけなかったのです? まるで厭うように任務を与え、外部へと追いやったと小耳にはさみましたが」
「・・・流石ミナールに鍛えられただけのことはある。実に正鵠を射た質問だ」
先ほどまでの穏やかな雰囲気はどこへやら。急に緊張感を増した場に、ドライドはなおもお茶をすすりながら答える。
「そなたたちはどう思う? 自分の考えもなしに質問をすまい」
「色々とありますが・・・さきほどの質問が一つかと。つまり我々の動向を知り、あわよくば自分の手駒として使いたい」
「なぜ?」
「自分の部下が信用ならないからですね?」
リネラが忌憚なく述べた意見に、ドライドがじっと彼女の目を見据えた。、
「信用ならない、とは?」
「忘れたわけではありますまい。以前このアルネリアでは、大司教補佐であるマーロン殿が殺害されるという由々しき事態が起きています。結局の所その犯人は捕まりましたが、真相がわかる前にその当人は自決した。結局の所、その動機やまた彼が本当に犯人だったかどうかも、結局はわかりませんでした。
その代わりとして大司教補佐についたフォルテ殿はまだ経験が浅い。そもそも家柄が非常に良いため、その実績よりも家柄を買われてこのアルネリアで出世した方です。その実務能力には、どうしても常なる大司教補佐と比べると、見劣りする部分があるのは止むをえないでしょう。
平和な時ならそれでもよかった。ですが、この火急の時にあのようなのんびりとした穏やかな性格の方が重役についていると、まとまる話もまとまらないでしょう」
「それに、私の得た情報ではあの事件はまだ終わってはいない。むしろ、真実はより深くへともぐってしまい、その手がかりを捕える事すら難しくなったのではないかと睨んでいます」
「根拠は?」
ドライドがエスピスを睨む。その思わぬ目の鋭さにエスピスはふうと一息入れてから答え始めた。
「根拠は申せません。ですが、この考えはかなりの確率で真実に近いと思います。
今回の大司教補佐マーロン殿の殺害は、内部の犯行です。しかもかなり身分が上の者。下手をすると、我々に近い者」
「何が言いたい?」
「・・・ドライド大司教は、マーロン殿の殺害の犯人を、もう一人の大司教補佐である、アーリアル殿と疑っておいでではないのですか?」
エスピスの射るような目をじっとドライドは見返すと、どうすべきかという逡巡が一瞬目に浮かんだのがエスピスにもわかった。ドライドは唇を動かすのも重たそうに、ややのろのろと答えたのだ。
「・・・ここは深緑宮だ。滅多な事をいうものではない」
「なるほど、それがあなたの答えなら何も言いますまい。我々とてその件に関しては、あまり調査が進んでいませんから。このアルネリア教会で陰謀が巡らされるのは何も初めてではない」
「ですがこれだけアルネリアが窮地に追い込まれた状況において、この小さな流れが致命的にならぬとも限りません。普段のミリアザール様であれば一蹴するでしょうが、誰もこの問題に手を打たぬ間に、小さな綻びが土台を崩した、なんてことにはなってほしくないですからね」
リネラの問いかけにドライは目を細めたが、問題が問題なだけに迂闊なことをドライドも口にできなかった。その代わりその灰色の瞳が物憂げに彼ら二人に語るのだ。「この問題の始末は私が付ける――」と。
エルピスとリネラはお互いを見交わすと、これ以上この問題に関する追及を止めた。彼らとて現在はそれほどの余裕がないし、手に抱える案件でもはや身動きが取れないほどに忙しいのだ。それにこの火急の事態――おそらくもはやいくばくもなく表面化してくるであろう問題を前に、権力争いなどを始める輩が出るとは彼らは思っていなかった。エスピスもリネラも、一連の動きはアルネリアによくありがちな、権力争いの一環だと思っていたのだ。もちろんそれなりの情報があってこそ、である。
そんな中、彼らに書類を持って来たり仕事の手伝いをしていた楓が、次の書類の山を持ってくる。同時に彼らの前にあったお茶は片付けられ、仕事道具一式にすり替えられた。
「休憩は終わりです。次の仕事に取り掛かってください」
「ええ? もうですか?」
「あとほんの少し。せめてお茶をもう一杯だけでも」
「ダメです」
楓はエスピスとリネラの半ば冗談の抗議を一蹴すると、書類の山をそれぞれに分割した。そのうちの一枚をドライドがめくると、彼の表情が自然と険しい物になった。そして目が書類の一点に注がれ、完全に手が止まっていたのだ。その様子にエスピスが気が付き、ふっと顔を上げる。
「ドライド様、その書類は?」
「いや、アルネリアの任務内容の報告書だが・・・なんだと!?」
滅多に驚かぬドライドの、だがしかしやや頓狂ともいえるその声にエスピスとリネラは席を立って彼の元に行き、その書類を同時に見た。
続く
次回投稿は、6/30(土)19:00です。