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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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戦いの合間、その3~エルシア、ゲイル、ロゼッタの場合~


***


「ちょっとお、早く運んでよね! その無駄にデカイ図体は何のためなの?」

「だってよ、前が見え・・・」


 籠に山と盛った洗濯物を運ぶのはエルシアとゲイル。もっともエルシアの持っている洗濯物はわずかなのに対し、ゲイルは明らかに前が見えぬほどの洗濯物を抱えている。明らかにエルシアが押し付けた物だった。

 だがエルシアの口調はさらに容赦がない。


「使えない男ねぇ。だらしないったらありゃしない。これならレイヤーの方がよっぽどマシだわ」

「ふざけんな! あんなひょろひょろのどこが――」

「さあって、どこかしらねぇ?」


 その言葉と共に、エルシアがゲイルの耳に息を吹きかけた。すると慌てたゲイルが、洗濯ものをひっくり返してその場にこけてしまった。


「うわぁ!」

「本っ当に使えない男!」


 エルシアは転んだゲイルをおいて、苛立ちもそのままにその場から去っていく。彼らは傭兵団イェーガーに住まわせてもらう代わりに、その生活費を団員の生活の世話や、あるいは小間使いの様な事をして日々を暮らしている。そしてアルフィリースの方針で、レイヤーを含めた三人は読み書きもや剣技も習わされていた。

 エルシアは比較的頭が良く、読み書き程度はすぐに覚えてしまった。だがいかんせんやる気がないのか、それ以上の事はなんとなく理由を見つけては習得をさぼっていた。ゲイルは正直頭が良くなかった。だから読み書きについてもほとんどおぼつかない。どのぐらい読み書きができるかと言うと、ほとんど物ごころついた年に毛が生えた程度だった。

 一方でレイヤーは、既に読み書きに関しては事欠かなかった。その事実にエルシアとゲイルは驚いたが、レイヤーにしてみれば一人生き抜いてきた現実で、読み書きができぬことなどありえなかった。ただその事実を誰に向けても披露したことがないため、誰も知らなかったのだ。

 そうして一般的に考えれば平和な時間。だがエルシアにしてみれば退屈で、ゲイルにしてみれば閉塞的で、そしてレイヤーにしてみればただ今まで通り二人を守るという生活は時が過ぎていった。

 そしてゲイルは苛立つエルシアの感情のはけ口として利用されていたが、その彼に近づく人影が一つあった。


「よぉ、ガキ。こき使われてんな」

「えーっと、たしか・・・ロゼッタ、さん?」


 尻もちをついたままのゲイルの正面にいるのはロゼッタ。戦場でも軽装を好む彼女は、普段の服装もさらに軽装である。ほとんど尻が見えるようなショートパンツか、あるいは下着がそのまま見えそうな短いスカート。それに腹は必ずと言っていいほど出しているし、上半身の下着はつけないことがほとんどだった。いわゆる、目のやり場に困る、という恰好である。

 ロゼッタのあっさりした性格からいって、慣れてしまえば男が煽られるほどではなかったが、元々肉付きはかなり良いし、彼女は色気の出し方も知っている。まだ少年であるゲイルにとって、ロゼッタはたとえ混血種族だろうが赤目だろうが、悩ましすぎる存在だった。ゲイルの口調も自然と上ずる。


「な、ななな。何の用だよ? ですか?」

「別に。強いて言えば、かわいい坊やがこけているからそのまま押し倒しちまおうか、なーんてな」


 ロゼッタが蛇のように赤い舌をぺろりと出して舌なめずりする仕草をすると、ゲイルは背筋がぞわっとするのを感じた。そのロゼッタの頭を、ターシャがぺちりと叩く。


「何してるのさ、ロゼッタ」

「え、見りゃあわかんだろ。粉かけてんだよ」

「やめなさい。あんたがやると冗談に見えないから」

「んだよ~洒落の通じねぇ連中だな」


 ロゼッタ重たそうに腰を上げてその場を去ろうとする。その後ろ姿を呆然と見送るゲイル。そのゲイルを振り返ってロゼッタが一言。


「おあずけ食って悶々とするかい、ぼーや? その可愛らしーモノが、今の倍になったら相手してやんよ」

「だからやめなさいって」


 たしなめるターシャと、けらけらと笑いながら去っていくロゼッタ。ゲイルはなぜか、内股になった姿勢で彼女達を見送るのだった。


***


 アルフィリースからの命令が下ると、傭兵団は俄かに忙しくなる。まだ彼らはスラスムンドから帰国したばかり。疲れ知らずの連中や血気盛んな者達は新しい依頼を個人的に受けるべく既に団を一時離れていたが、幹部達には近隣のみで受ける事のできる依頼だけをこなすようにアルフィリースが命じていた。

 それはハウゼンからの依頼をアルフィリースが予想したからではなく、一月近くアルネリアを空けたことでどのように状況が変化しているかを掴むまで、彼らの力が必要だとアルフィリースが考えたからである。

 事実、新しい入団希望者はさらに100人をゆうに超えていた。彼らが集まったのは、アルフィリース達が魔王を倒す事のできる傭兵団だと知ったからである。魔王討伐は一般的に非常に金銭的には儲かる仕事であるが、大抵は討伐の苦労に見合わぬ結果となることが多い。人は死ぬし、準備にもそれなり以上に金と時間がかかることが多い。

 だがアルフィリース達は、人的被害がほとんど無い状態で魔王討伐をこなしたことが噂になった。しかも討伐、遠征時の準備費用は半分以上が団のからの出費であるのに、報酬は十分量に支払われると来た。もちろんアルフィリース達の策略によりそういった段取りになっているのだが、それにしても世の中一般の基準から考えれば破格の待遇であることに違いはない。

 そしてもう一つ大きな理由は、アルフィリースは人種による差別をしない。ロゼッタが参入したことでも傭兵の界隈ではちょっとした話題になったし、ダークエルフと認識されるシーカーがアルフィリースの団内で活躍する事も大きい宣伝効果となった。その中にはかなり名の通った傭兵や騎士、流れ者も混じっていたが、彼らは以後の戦いでまたその頭角を現してくることになる。またその都度、彼らについては語るとしよう。

 そうした中、アルフィリースの傭兵団は実に500を超える所帯となっていった。彼らの中には天馬騎士あり、獣人あり、巨人あり、魔族と言われる民族もあり。そしてハルピュイアやシーカーまでが存在するのだ。

 そしてその職業も、騎士、戦士、弓兵、魔術士、僧侶などなど。多種多様なものであった。アルフィリースはそのような混成部隊を好むと同時に、騎兵隊の設立に心を砕いていた。平地戦において騎兵隊の働きは絶大。兵法を知らずとも、戦地を知る者なら誰でも知っているその事実。

 馬は多少傷つけても死なぬし、傷つければ臆病な生き物ゆえに暴走するが、敵にとって暴走した馬は余計に手に負えぬ。踏まれれば確実に人の骨など砕けるし、何より走る速度が人とは全く違う。兵法の中には馬の尻に火をつけて敵軍の方に追いやる戦術も存在するほどであり、騎兵というものの大切さをアルフィリースは十分に認識していると自負していた。

 騎兵隊の指揮官はヴェン。その中でさらに選抜された者が、エアリアルと共に突撃する事を許される。エアリアルがシルフィードに跨って戦場を駆ける様はちょっとした噂になっており、男女問わず彼女は憧れの対象だった。そうとは知らず彼女は今日もシルフィードに乗って遠乗りをするのだが、それ自体が相当な宣伝効果であることを本人は自覚していない。

 だがアルフィリースの虎の子の騎兵隊も、完成度はまだ半分にも満たぬとヴェンからの報告があった。アルフィリースがミューゼからの依頼を渋る理由もこれである。本格的な戦場において、馬を扱える者が少ないのは致命的だと彼女は考えた。せめて100。アルフィリースはそれだけの騎兵を揃えてから戦場に臨みたかった。なぜなら、傭兵団として戦場に雇われたからといって、運よく彼らに援護がくるなどアルフィリ-スは髪先一筋ほどにも期待していないのだ。だから自軍だけである程度以上に何とかできる数。それがアルフィリースにとって、100の騎兵隊という存在だったのだ。

 そうした騎士達の選抜が進み、またリサやエアリアルが続々と先発隊として傭兵団から姿を消す中、一人やることがなかったのは、真竜であるマイア。



続く

次回投稿は、6/22(金)20:00です。

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