暗躍、その2~眠れる獅子~
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「ぐごー。んごー」
ここはどこかの洞穴の中。かなり奥深く、かつ暗くてジメジメした場所であり、魔物・魔獣や奇妙な虫などが出没する場所である。ここはかなり危険な場所とされ、人間はおろか亜人種や獣人の姿・集落も近辺にはない。そんな洞穴で大いびきをかきながら寝ている大柄な男。男の髪の毛やひげも伸び放題で、まさに獅子のような風体だった。その無防備な姿は恰好の獲物にしか見えないが、なぜか魔物や虫が彼に近寄る気配はない。そんな彼の近くに、何の前触れもなく3人の魔術士の姿が突如として現れた。
「うわー、本当に爆睡してるわ」
「まったくだらしのない」
「・・・起きろ、百獣王。ドラグレオよ」
「ぐごごごご」
師匠と呼ばれる男の言葉にも、ドラグレオと呼ばれた男は一向に起きる気配がない。むしろいびきが大きくなっており、実に気持ちよさそうに寝ているのだった。
「こいつ大丈夫か?」
「師匠、少々手荒になってもよろしいでしょうか?」
「いいだろう」
するとヒドゥンはおもむろに何か魔術を唱え始め、突然目の前に火球を打ち出した。下級が炸裂する轟音と共に、目の前で燃え盛る炎。視界が爆発の煙で全くきかない。
「兄弟子様、それ無茶苦茶じゃない!? 死ぬでしょー?」
「・・・この程度で起きてくれれば苦労はいらないのだがな」
「え?」
渋い顔をするヒドゥン。ドゥームが目を凝らすと、徐々に薄くなった煙からドラグレオの姿が見える。どうやら彼は無事のようだ。というより、この至近距離で何の防御もなく魔術を喰らって無事なのは、おかしいんじゃないかとドゥームは思うのだが。しかしさらに驚愕だったのは、
「ごー、ごー」
「ウッソォ、まだ寝てる」
「ちっ、このぐうたらめ」
「もう、これをぐうたらと呼んでいいのかどうかもわからないけどね」
ドゥームが呆れたように寝続けるドラグレオを見る。
「・・・2人とも構わん、もっと派手に、殺すつもりでやれ。命令だ」
ドゥームとヒドゥンは思わず師匠を見たが、命令と言われれば仕方がない。
「じゃあ、この洞穴ごとブッ飛ばすつもりでやってみるよ」
「お師匠様の命令とあれば」
そして2人は魔術を連続で使い始めた。凄まじい爆音や衝撃が当たりに響き、洞穴にいた魔物や魔獣が慌てふためいて逃げ出していく。まさに洞穴を崩壊させる勢いだ。というより、実際に崩壊が始まっていた。だが崩れ落ちる岩盤もお構いなく魔術を連発していく2人。そしてヒドゥンの放った特大の一発が、ついに洞窟を反対側に突き破り、空いた穴からは陽光が射してくる。
「ハァハァ・・・」
「ゼェゼェ・・・どうだ?」
「・・・」
その様子をじっと見守っていた師匠と呼ばれる男が煙を注意深く見つめると、むくりと起き上がる人影がある。
「くぁ~~~~~、よく寝たな。おお、今日もいい天気だ」
ドラグレオは何事もなかったかのように起きていた。そして爽やかな朝を迎えたかのように、背伸びをしている。その様子にぐったりとするドゥームとヒドゥン。
「なんだアレ。あれだけ魔術を受けてダメージが無いっての?」
「相変わらずのタフさだな」
呆れる二人を尻目にひとしきり背伸びを終えた後、なぜか彼らに背を向け再び横たわるドラグレオ。まさかの二度寝である。
「寝るなー!!!!」
これにはさすがに怒ったドゥームが巨大な氷の塊をドラグレオに向けて発射するが、ドラグレオは背を向けたままそれを鷲掴みにする。
「んなっ?」
「なんだ騒がしい・・・む!?」
ドラグレオがようやく彼らに気付いたようだ。ようやく気付いたかと全員が安堵するが、その口から発せられた言葉は、さらに意外なものであった。
「全身が・・・いてぇよぉおぉぉぉぉ~!?」
あまりのドラグレオの反応に、ドゥームが思わずその場で大道芸士のように滑っていた。
「いや、遅いだろ!? このバカが!」
「オレはバカじゃねぇぇぇぇ!」
ドラグレオがドゥームを睨む。そのほとばしる殺気に思わず身構えるが、
「オレは・・・アホだぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!!!!」
凄まじい咆哮が当たりに響き渡り、その衝撃で洞穴の外にある木々がたなびいている。鳥や動物が一目散に逃げていくのがわかるが、凄まじく無駄な咆哮な気がする。ドゥームはなんだかもうどうでよくなってきていた。魔術を連発した疲労が倍になって襲ってくる気がする。隣のヒドゥンの青筋もまた増えていることだろう。だがそんなドゥームを気にかけず、師匠と呼ばれる男は淡々とドラグレオに問いかけた。
「久しいな、ドラグレオ」
「!? これは!」
ドラグレオがなぜかその場で正座をする。これで全てが円滑に進むのかと、ヒドゥンが安心した瞬間。
「えーと・・・誰だ?」
危うくヒドゥンの欠陥が破裂するところだった。どうやらこの男に一切の常識は通用しないらしい。だが、師匠と呼ばれる男はかすかにローブから見える口元に笑みを浮かべただけである。
「本当に相変わらずだ。わしはお主と誓約を結んだ魔術士だ。貴様も魔術士なら覚えているだろう?」
「・・・・・・・・・おお! お師匠様ですな!? ですが久しいというのは違うでしょう、昨日会ったばかりではないですか」
「前回貴様が寝てから、既に5年は経っているのだが?」
「・・・はっはっは! まあ細かいことは気になさりませんよう!」
ドラグレオが多少気まずいのを笑ってごまかした。全然細かくないだろうとドゥームは思ったのだが、「考えるだけ疲れるからやめておけ」とヒドゥンに目で諭されたので、ここは素直に忠告を受け取ることにした。その間にも2人の会話は続いている。
「貴様にやってもらいたい仕事がある」
「力仕事ならお任せあれ!」
「むしろ力仕事しかできんだろうが」
「うわはははは! これは師匠に一本取られましたな!」
ここにおいてドゥームは一つ理解した。この男にいちいち突っ込んでいたら自分の身が持たないことを。
「(兄弟子様、俺達は一応魔術士の集団のはずなんだけど、あの脳筋にも魔術は使えるの?)」
「(らしいな。私もどんな魔術かは知らないがな)」
「(全く使えそうにないけど)」
「(だが実力は確かだ)」
「(そうなの?)」
「ドゥーム」
「へぇ?」
どうやらいつの間にかドラグレオには説明が終わったらしい。ヒドゥンとのひそひそ話に熱中していたドゥームは思わず変な声を出してしまった。
「何を間の抜けた声を上げている。次は貴様に仕事を伝える」
「あ、はいはい!」
「まずは封印の回収だ。これは回収後、貴様が自由に使ってよい。むしろ貴様にしか使えないだろうしな」
「? いいけど」
不思議な内容の仕事に、ドゥームは首をかしげる。
「その後、貴様にはある勢力の戦力を確認してきてほしい。今回はあくまで確認であり、危ないと思ったら退くこと。どこまでやるかは貴様の判断に任せる」
「・・・ということは、相手次第では全滅させてもいいんだ?」
ドゥームが陰惨な笑みを浮かべた。師匠と呼ばれる男も、挑戦的に笑みを作る。
「できるものならな」
「で、標的は?」
「アルネリア教会とその教主ミリアザールだ」
続く
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