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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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戦いの合間、その1~ルナティカとレイヤーの場合~


***


 降り注ぐ日差しの中、アルフィリース達が生活する傭兵団の宿舎の屋上で交差する影が二つ。とても人間とは思えぬ速度で動く二つの影の名を、ルナティカとレイヤーと言った。

 二人の手にはそれぞれ小刀と剣。ルナティカは得意の二刀で出入りの妙で戦うのに対し、レイヤーは後ろに進むのを知らぬがごとく一挙に間合いを詰める攻撃性で勝負している。無言で戦い続ける二人だが、そのうちにルナティカの多方向からの攻撃にレイヤーの手が押され始める。そして数瞬後、レイヤーの剣は弾き飛ばされた。


「今日はここまでだ」

「・・・わかった」


 ルナティカが喉元にぴたりと小刀をつきつけ、レイヤーが降参の姿勢を取る。ルナティカは手慣れた動作で小刀を収めると、レイヤーの剣を取るべく弾かれ刺さった剣の方に歩きながら彼を諭す。


「レイヤーは剣にこだわる。こだわり過ぎと言ってもいい」

「そうだろうか」

「多様な武器は選択肢の多さにつながる。剣で勝てない相手でも、槍や飛び道具なら勝てるかもしれない。それに剣が無い状況での戦闘も十分に考えられる」

「器用貧乏という言葉もあるはずだけど」

「確かに」


 ルナティカは剣を抜くと、レイヤーに放り投げる。そしてその剣を腰の鞘にしまうように促した。


「達人というものは恐ろしい。私は剣の達人と言われる人間を四人ほど仕留めたことがあるが、どれもまともにやりあっては勝てそうにもなかった。どうやってそれらを仕留めたと思う?」

「不意をついた」

「二人は。だが二人は不意を突かず、正面から戦った」


 ルナティカのなぞなぞの様な問いかけに、レイヤーはしばし悩む。


「・・・わからない」

「教えてやる。剣を抜け」


 そう言ってレイヤーが剣を抜こうとした瞬間、その柄をルナティカが足で押さえた。レイヤーは剣を抜きかけの恰好で止まったことになる。そしてその表情がはっとする。


「わかったか? 剣と言うものは鞘を伴う。抜き身のままの剣などすぐ刀身が錆びつくし、何より危険。だから鞘があるのは仕方ないが、どんな剣士であれ、剣を鞘から抜く動作というものに差は大してない。剣は腰に佩くか、あるいは背中に背負うか。そこから取れる動作はおよそ限られる。剣に限らず、どんな武器でもそうかもしれないけど」

「・・・なるほど」

「だから私は色々な武器を体中に仕込んでいる。一見無造作に見えるが、かなり計算された仕込み方だ。立ったまま、座った状態、後ろ手、万歳、握手の最中。どの状態でも何らかの武器が取り出せる。多様性で私に勝てる事はまずないだろう。そして一撃入れば毒がまわる。それが私の戦い方」


 そこまで説明してルナティカは剣から足を離した。レイヤーは黙って彼女の説明を聞いていたが、やがて納得したように彼女に向き直った。


「でもやはり、僕は剣にこだわりたい」

「そうか。それは個人の自由だし、何も私も無理にやめろとは言わない。ただ、欠点は知っておくがいい。だが一つ聞く。なぜ剣にこだわる?」

「剣が僕の全てだから」


 レイヤーは剣を抜き、その刀身を陽に当てながら答える。反射する光に、レイヤーが眩しそうに目を瞑った。


「最初に人を殺したのは6歳の時だ。相手は奴隷商人。一般的な概念でいえば酷い奴だが、奴隷商人としてはごくまともだったと思う。だけど、とんだ変態だった。アレの最中に人の首を絞めて喜ぶ――そんな奴だった。

 ある日奴は酒に酔っていた。酒に酔った勢いで自分の商品達に手を出し、そして何人かが死んだ。だが奴はそれを気にかけず、次々と手を伸ばしていった。隣の少年が首を絞められ泡を吹く中、次は僕だと思った。

 だから先手を打って殺そうと思った。どんな酷い責めにも耐える自信はあったけど、殺されることだけは本能が拒絶した。僕は奴の商品の中にあった剣を握った。剣を握った瞬間、何かの力が流れ込んでくるようだった。剣に僕の血が通った気がした。僕は初めて自分に血が通った気がした。きっと気のせいだけど、剣は僕に無限の力を与えてくれるようだった。

 そこから先の事はあまりに自然だった。剣の赴くままに殺し、商人とその部下を全滅させた。腕の立つ傭兵もいた気がしたけど、ただ殺す対象としてそれほど素人と差があるわけじゃなかった。だけど余りに殺すと、目立つ事を僕は知っていた。だからそれからほとんど剣を振るったことはない。殴られようが蹴られようが、剣を使わない方が色んな事が上手くいく」

「なるほど」


 ルナティカは納得した。普通なら誰もが信じられないような話だが、彼女の業界ではままある出来事だった。たまに存在する、人を殺すためだけに生まれてきたとしか思えない天性の殺戮者。きっとレイヤーはその類いだとルナティカは考えた。

 レイヤーは事実剣を握っていない時は多少動きのすばしこい、無口で一見ドジにも見える少年だった。いまだに彼らの友人であるエルシアやゲイルも気が付いていないようだし、まるで殺人者のような気配を一切漂わせない。これは彼が殺しを日常の一分とし、命を奪う事に毛ほどの躊躇いを持たないことを示している。

 感情の封印の仕方は普通訓練で身に付く。だがレイヤーがそれらを誰にも教わることなく完璧に制御できている段階で、彼は十分に化け物だった。


「では私から何も言う事はない。工夫にて剣で私を上回ってみせろ」

「わかった。努力する」

「その調子。だが一つだけ。その力、私以外に言う気はないのか?」

「そうだ・・・ね。もしこの事をアルフィリース団長が知ったら、彼女は嫌がるかな?」


 レイヤーの質問に、ルナティカは首をひねった。


「わからん・・・私にはそんな事は難し過ぎる問題だ。リサに聞くのが一番だが、聞いた時点でばれる」

「僕らの訓練も場所と時を選ぶからね。リサさんがいる時は、迂闊に訓練もできやしない」

「そう。今はアルフィリースともども別の依頼に出掛けるために準備をしているから良い様なものの、リサに知られやしないかといつもひやひやする」

「確かに。彼女のセンサーが通用しない様な場所をもっと探さないと。ではやはりしばらくは秘密にしておこう。その方が、都合がいいかもしれない」


 レイヤーは剣を収め、空を見上げた。既に春は訪れ、暖かな風が彼らの間に流れるある朝のひと時。レイヤーはルナティカに教わりながら家族を守れるだけの強さを追求し、ルナティカは自らも説明できぬような奇妙な本能に駆りたてられるようにレイヤーの特訓を行っていた。

 最初はその行動を訝しんだレイヤーだが、彼にとって不都合は何も無く。レイヤーは誰にも知られぬ所でその刃を研ぎ澄ますのだった。



続く

次回投稿は、6/18(月)20:00です。

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