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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
497/2685

騎士の務め、その9~帰還~


***


 ジェイクが魔王にとどめを刺した事を、誰に知られるわけでもなく遠くから見つめる人物が一人。


「見事。先に魔王を八つ裂きにした者もまだ余裕があるようですし、今世の騎士にも見所がある者がいる」


 なだらかな丘陵、その少し小高い丘から彼らを見下ろすのは剣帝ティタニア。彼女はアノーマリーの依頼にて、はぐれて長いこと回収も討伐もされていない魔王の追跡調査をしていた。可能であれば彼らを生け捕りにし、不可能ならばその一部を持って帰って研究の材料にしたいとのことだった。

 今回の魔王は比較的最近の制作物だが、保護色になる性質を知らなかったケルベロスが思わず逃がしてしまったという代物だ。そして本来クルムスに送り込むはずだった魔王と共に転移を無理矢理果たし、その魔王を殺害後、好き勝手な行動を始めたというわけだった。

 だがアノーマリーはその個体を愛した。作り主の予想を上回るほどの性能を発揮する魔王は、アノーマリーにとって愛すべき研究対象に他ならない。その愛し方に多少以上の問題があるとしてもだ。

 そしてアノーマリーはティタニアを派遣した。はぐれた魔王の生態を報告し、その活動内容を記録してほしいとして。だが、いかにティタニアとはいえそんなことが簡単にできるはずがない。相手は今の今まで見えなかったのだから。現に、センサーはその存在を察知しながらも、見えない魔王に殺されている。

 ティタニアが魔王の存在を確認した時、魔王は既にジェイクと切り結んでいた。そこからの事しかティタニアは知らない。だが、短い戦いだったが魔王の事は十分に理解した。


「戦闘能力自体は凡庸。ですが、姿を消すというのは面白い。私も最初はわかりませんでしたから。それに最後、人語を話したような気がしましたが、気のせいでしょうか?

 ですが、あの少年はどうして魔王の存在に気が付いたのだろう。興味がありますね」


 ティタニアはジェイクの姿をその脳裏に記憶すると、その場所を後にした。今は何もできることがない。だが、機会さえあれば・・・

 そのような事を密かにティタニアが思い、ジェイクに興味を持ったことなど、ジェイクには知る由もなかった。


***


 ジェイクは遠征を終え、アルネリアに帰還していた。彼は戦場での報告を終えると三日ばかりの休息を言い渡されたが、リサはスラスムンドの遠征から帰還後また別の依頼に赴いたようで、ジェイクは休息を過ごしたい相手を見つけられず、通常通りグローリアへと登校した。遠征の疲れは不思議と無く、むしろ新たに感じた手ごたえを早く自分のものにするために、訓練をしたいとさえ思っていた。

 そして遠征から帰還したジェイクを迎えるのは、当然のごとく級友たちの手厚い歓迎。出発前はうっとうしいと感じた彼らの質問責めも、少し懐かしいと感じるジェイクだった。


「ジェイク、遠征はどうだった?」

「大変だった。死にかけたかも」

「魔物は倒したのかい?」

「まあね。具体的には規定に抵触するから言えないけど」

「中原には新しい小王女レイファン様がいるらしいけど、俺達とそう年齢が変わらないんだってね?」

「確かに。背丈は俺と同じくらいだったかな」

「見たの!?」

「っていうより、護衛してた」


 ジェイクの言葉に教室がどよめく。ジェイクの何気ない一言が、観衆に火をつけたのをジェイクはやっと気が付いた。


「どんな様子だった、レイファン様! とても美しいんだろう?」

「おまけに頭も良いんだってね!?」

「手ぐらい握ったのかよ!」

「そんなことより、正規の神殿騎士に昇格する話はどうなりましたの!?」

「・・・ヒルデ、任せた!」

「はいぃ!?」


 デュートヒルデが最後に質問したのだが、そのデュートヒルデに観衆を押し任せるような格好にして、ジェイクは教室を後にした。デュートヒルデは観衆に押しつぶされるような格好になりながらも、その観衆をせき止めながら自分はジェイクに向けて、「私にもその顛末を詳しく教えなさい!」と野次馬根性を隠そうともしなかった。

 ジェイクは別段レイファン小女王に関して特別な感情を抱いておらぬ。確かに切れる人物ではあったし、何より美しかったのはジェイクも認める所だが、結局のところジェイクにとってリサ以上の存在はないのだ。どれほどレイファンが魅力的だろうと、ジェイクの心はククスの葉の一枚分ほども動かぬ。

 一つだけ思うとすれば、レイファンは最後に竜を自ら駆っている姿が一番生き生きとしていると感じたくらいか。その理由までジェイクにはわからないが。

 ジェイクは遠征前と同じように、練習場の鍵を使ってその中に侵入した。すると、想像通りドーラが庭の木の上で笛を吹いているのだ。


「やあ、おかえり」

「ただいま、ってのも変だけどな」


 ジェイクは木の上に登ると、ドーラの一段下の枝に腰掛ける。ジェイクはが自らドーラに話しかけるのは珍しいが、今は静かな話し相手が欲しかった。


「次の授業は?」

「あるけど、あんまりにもつまらないからサボる事にしたよ」

「やっぱり悪党だな、お前」

「君だって次の授業はどうするのさ」

「途中から参加するさ。こっそりとな」


 ジェイクが目を閉じて昼寝をし始めた所を見ると、参加など今更怪しいものだとドーラは思うが、敢えて追及はしないことにした。

 ジェイクはしばし寝ていたようだがドーラの笛が途切れたことに、ふっと目を覚ました。見れば、ドーラは何かの本を読んでいる。


「ドーラ、何を読んでいるんだ?」

「詩集だよ。『ニッケオによる王と英雄』。知らない?」

「興味がない」

「そうか。英雄王グラハム付きの詩人だったんだよ、彼は。僕は昔から彼の詩が好きなのさ。いわく、『みよ! 燦然と輝く王の冠を。王という呼称はあの方にこそふさわしい。敵も味方もあの方の威光の前に膝まづき、自らひれ伏すではないか。あの方は陽に照らされる事をよしとせず、陽こそあの方を照らしだすために存在するのだ。やがて万物に命を吹き込むその陽すら、その手につかむこともあるだろう』」

「なんだよ、ただ褒めちぎっただけじゃないか」


 ジェイクが正直な感想を述べたが、ドーラはジェイクに向けて微笑みかけただけだった。


「ニッケオはね、ただの詩人というだけではなく『呪歌使い』でもあったんだ。彼が直接話す言葉をただそれだけで人を魅了し、空想を現実に変える力があるとされた。彼に褒め称えられるというのは、それだけで将来を約束されたようなものだったんだよ。

 それにニッケオが讃えた個人は、後にも先にも英雄王だけだ。後は自然について謳う詩がほとんどさ。僕はどっちも好きだけどね」

「ふーん、詳しいな。芸術好きと自称するだけのことはある」

「自称、ね。ひどいな、本当に好きなのにさ」


 ドーラが寂しそうな顔をしたが、ジェイクはなぜか慰めや、言葉の撤回をするつもりになれなかった。ドーラが嘘を行っているとは思わなかったが、真実を話したとも思わなかったのだ。ジェイクはそのまま昼寝に入り、ドーラは読書を続ける。その中でドーラが1人呟いた。


「平和だねぇ。いつまでも君も、僕もこうだと良いんだけど」


 ドーラは澄んだ青空を見上げながら、葉の間から差す木漏れ日に目を細めるのだった。



続く


次回投稿は、6/16(土)20:00です。


次回から新シリーズです。感想・評価などお願いします。

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