騎士の務め、その8~決着~
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戦闘は激戦を極めた。相手は中級以上の魔獣、そして無数の魔物達。さしもの精鋭達も傷つき、一人、また一人と倒れて行く。
だがアルネリアの僧侶、シスター達の援護があればそうそう簡単に死者は出ぬ。それこそ一時に首や胸を貫かれない限り、アルネリアの者達の援護は早い。勇士達はまるで死を恐れぬ兵士のごとく突撃を繰り返し、魔物達を一体、また一体と倒していった。
その勢いに巻き込まれ、新参の兵士達も拙い突撃を敢行する。彼らの一撃が魔物に致命的な打撃を与えることはないが、それでも手数にはなる。彼らの突撃は確実に魔物を焦らせ、追い込み、その勢いをそいだ。
その魔物に致命的な打撃を与えるのは、アルネリアの神殿騎士団達。その事実は戦場の興奮に紛れほとんどの者が認識できていないが、指揮官の立場から全体を眺めるラスティにはおおよその動きが分かっていた。
「(なんだ、あの異常なまでに強い騎士達は。彼らは一体なんなのだ? あの瞬発力、膂力共にどう考えても普通の人間の動きではない。一体、どういう訓練をすればああなるのだ?)」
日々各国の魔物討伐や戦争の調停を行う、練度の高いアルネリアの兵士はアレクサンドリア、ローマンズランドと共に世界最強の兵士達と言われる。中でも神殿騎士団はその中の精鋭。一人一人が100体のオークを殺せると言われる神殿騎士達。その者達が先頭に立てばいやおうなしに士気は高まるというもの。たとえ相手が滅多に見ぬような強力な魔物でも、彼らは次々と打倒していった。
二つ首の巨人グランテスはその四つの瞳が追いつかぬほどの矢の雨にさらされ、目を潰された。そして足の腱を切られると、その巨体があだとなって二度と立ち上がることはなかった。やがて群がる兵士達の剣や槍に串刺しにされ、その命を終えることとなる。
ヌエはその強固な外皮に身を守られていたが、アルネリアのシスターや僧侶が次々と唱える魔術に辟易し、彼らを薙ぎ払おうと炎を吐こうとのけっぞた瞬間に喉笛をアリストにかき斬られ、喉から炎を出して絶命した。
ヘクトパスは7本の足を駆使して応戦していたが、四方八方から襲い掛かる騎士達によって足を一本一本切り取られ、ついにその足がなくなったところで胴体やら頭に無慈悲に打ち立てられる剣や斧によって、細切れにされていった。
残るは魔王だが、そちらの戦いはさすがに他人が割って入れるものではなかった。一通りの戦いを終えた者達が自分達の対象であるラファティと魔王の戦いを見守っていたが、何が起こっているかを正確に把握している者は誰一人としていなかった。相手が保護色であるのせいもあるが、ラファティの方は動きが速すぎる。せいぜい副官のアリストが目で追うのが精一杯くらいで、ジェイクですら何もつかめていない。
それでもジェイクは、ひたすらラファティが魔王の隙を作るのを待っている。ラファティはやると言ったら必ずやる人物だと、ジェイクは心から信じていた。
「ぬうううううっ」
「キャキャキャ」
ラファティの力を込めた声と、魔王の笑い声が交差する。対照的なその声だが、聞こえる声と戦闘の内容は逆である。笑い声を立てている魔王が、明らかに押されていた。
二体の間から聞こえるであろう金属音。一体一つの交差で何撃放っているのかと言われるほどの手数の中、確かに一つだけ鈍い音が入る。そのたび、魔王の体の一部が落ちてくる。魔王は体を再生しながら、あるいは手の本数を増やしながらラファティに応対していたが、やがてその対応力が限界を超えた。
「キッ?」
「せあああ!」
魔王がいまや6本に増えた手から繰り出される鞭のような攻撃を、ラファティが全て弾き飛ばす。同時にその腕を切り落とすと、さらに繰り出される連撃で魔王の体は再び八つ裂きにされた。
「今だ!」
「うおおお!」
ラファティの掛け声とジェイクの突撃は同時。これがラファティにできる最大限の助力であり、彼にはついぞ魔王を倒すことは適わなかった。一見倒したように見える魔王も、確かにラファティには手ごたえがあまり感じられなかった。敵を倒した時、相手の命を奪った時に感じられる剣の重みがないのだ。
ラファティは確信する。この戦いの幕を引くのはジェイクなのだと。なぜかはわからずとも、人並み外れた戦う者としてのラファティの感性がそう告げる。そしてそれは魔王も同じなのか、動かないと思われた八つ裂きにされた魔王の体の各部位が動いたのだ。
「キャキキキ!」
もはや頭を裂かれろくに笑い声も上げられない魔王だが、それでも笑うことが義務だとばかりに魔王は笑おうとした。そして足にあった膝からは血のような吐瀉物が、鞭はまだ二つが動き、頭からは針のような物体が吐かれた。
それらすべてをジェイクは予め知っていたかのように躱し、斬り飛ばされた脚の一本に斬り込んだ。一太刀、そして二つ、三つとその足を輪切りにするように追い詰め、五つ目の太刀を食らわせた所で、膝に残った口が突然喋ったのだ。
「なぜここが本体だとわかった?」
「教える義理はないね」
その直後、ジェイクは話した口の丁度真下の部位を十字に切り裂いた。するとジェイクに向けてさらに放たれようとした鞭がぴたりと止まり、一瞬で風化していった。体の残りも同様である。
目の前の出来事が信じられないと言ったように、当たりは一斉に静まり返った。そしてジェイクが剣をラファティに返すと互いに頷き合い、ラファティが叫ぶ。
「勝鬨を上げろ! 敵の大将は討ち取ったぞ!!」
直後、騎士達が剣を天上に掲げ叫んだ。実質召喚された魔物達はまだ残っていたのだが、その勝鬨を聞いて戦意を喪失しかけていた。やがてラスティの命令が残敵の掃討へと変わると、敵は武器を捨てて逃走を始めたのだ。
追撃戦、掃討戦は武功を上げる最大の機会である。生き残ったクルムス―アルネリア両軍は先を競うように敵の追撃を始めた。その興奮の中、ジェイクは毅然とした態度で戦いを見守っていたレイファンの元にそっと寄る。
「怪我はありませんか、小女王」
「ジェイク殿のおかげで無事に。見事な戦いぶりでした」
「光栄にございます、小女王」
恭しく礼をするジェイクに、レイファンはその面を上げさせた。
「このような場所ではありますが、何かの褒賞を持って貴殿の働きに報いたいかと。どのような物を所望されますか?」
「いえ、私はそのような物は何も。与えられた任務をこなしただけです。しかるべき評価は、やがて我が教会から下されるかと」
「ですが、それでは私の方が納得できません。今でなければ、将来的にでも何らかの形でこの恩に報いたいと思います。そうでなければ、私の方が中原の恩知らずと誹りを受けるでしょう。どうかここは諦めて、私に恩を返させてください」
思ったより強引なレイファンにジェイクは困り顔をしたが、レイファンはそんなジェイクの表情を楽しむかのように笑顔で立っている。
ジェイクは困り果ててラファティに助けを求めるが、ラファティはその状況を楽しむようににやにやとしており、そしてやがて報告に追われてその場を去ってしまった。
ジェイクはしょうがないとため息をつくと、改めてレイファンに向き直る。
「では小女王、一つだけ私の頼みを聞いてくださいませ」
「何なりと」
「私には兄弟同然に育った者が何人かいます。彼らが大きくなり、やがて将来の事を考えるようになったとき、彼らの援助をしてはいただけないでしょうか。その形は何でも結構です。例えば士官の手伝いでも、あるいは金銭的な援助でも」
「つまり、兄弟の将来の処遇を私に任せると?」
レイファンは笑顔のまま、質問した。
「はい。彼らが望んだ場合、俺・・・私は然るべき道を指し示してあげたいのです。それは私が今まで年上の者にされてきたことであり、今度は私の番だと考えています」
「それは自らできるのでは? 現時点でこれほど立派な騎士なのですから」
レイファンはお世辞なく素直な感想を述べたのだが、ジェイクは首を横に振った。
「いえ、私は所詮剣を振るう身。それ以外の事は知りません。私では経験が不足しすぎているのです。自らの行くべき道もはっきりと歩めぬ者が、どうして人の歩く道まで指導できましょう。分はわきまえているつもりです。
ですが王族の貴女なら。少なくとも、選択肢を多く与えることはできるのではないでしょうか?」
「なるほど・・・そういう事情であれば、このレイファン=クルムス=ランカスターが確かにその約束承りました。私とて女王という身分でありながら、まだ修行中の身。どれほどの事ができるかわかりませんが、私にできることはさせていただきましょう。クルムス女王の名にかけて」
レイファンが毅然とした態度で答えたので、ジェイクはそれ以上何も言うことなく再びレイファンの護衛の任に戻った。任務はレイファンが王都に帰るまで。彼女は帰還に関しての移動手段は竜だろうが、それまではジェイクが彼女の護衛を務める。
そのジェイクを、ラファティは戦後処理の指示を飛ばしながら横目でそっと見ていた。ミリアザールの言葉が、今さら頭の中を駆け巡る。
「(ミリアザール様は何を考えておいでだ・・・そして何を知っている? ジェイクはもはや普通の人間ではない。敵も私やレイファン女王ではなくジェイクを優先的に襲ったし、本能で彼の方が危険な事を知ったのか。明らかにジェイクは何らかの能力を有していて、そしてミリアザール様はそのことを知っているのだ。どうやらこれは問いただす必要があるようだな。
また今際の際、確かに人造の魔王が人語を話した。そんな報告は今まで受けておらぬ。これは調査が改めて必要だ。
そしてミリアザール様はアルベルトを大草原に連れて行った・・・まさか、あの力の試運転をするつもりか。確かにあの力を使うのが一番上手いのはクルーダスだ。私はそれほど才能がないし、アルベルトとてまだ使いこなしていない。だがそこまでして、私にやつらと戦う必要があるのか。私にはベリアーチェも、ジャスティンもいる。今さらあの力に手を出すのは・・・)」
ラファティは一人悩む。答えが出ることなどない事を彼は良く知っている。これはラザール家の者であれば誰しも一度は悩む問題であり、父であるモルダードはついに決断ができなかった。クルーダスは幼くして非凡な才能を見せたが、ラファティは扱う力の困難さと大きさに早々に辞退し、アルベルトですら決断ができていない。歴代でも、この力を制御できたものは僅かと言われている。そして、使用した者が一様に気が触れたことも。
ラファティはアルネリアの襲撃以降、再びラザール家の中で持ち上がった議題について、再考を求められている気がしたのだ。
「私はどうするべきか・・・まだ見ぬ戦いにおいて、前線で敵を駆逐するのか、あるいは大切な者を護るのか・・・力を持つ者の責務とはいえこれは辛いですよ、ミリアザール様」
ラファティはいつも無理難題をふっかけてくる最高教主を恨むように、やや陰り始めた空の雲を眺めるのだった。
続く
次回投稿は、6/14(木)20:00です。