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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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騎士の務め、その6~覚悟~


***


 戸に衝撃が走る直前、ジェイクはレイファンを引き倒していた。戸を押し広げようとしたレイファンの手が空を掴む。だがその戸からは金属の巨大な斧が突如として生えた。木製の戸を突き破ったせいで飛んで来たささくれがレイファンの頬に当たる。そしてだらしなく開いた戸からは、首のなくなったアルマードがゆっくりと崩れ落ちる様が見て取れた。


「そん・・・な」

「!」


 衝撃を受けるレイファンだが、ジェイクの反応はゆるむことなく、いつもにまして速かった。反対側の扉を開けて入ってこようとしたゴブリンが剣を振り下ろす暇もないまま、その喉に剣を突き刺したのだ。ゴブリンの顔が信じられないと言った様な表情を浮かべかけた時、ジェイクはそのゴブリンを蹴飛ばして剣を引き抜いた。


「女王、脱出します! こちらへ!」

「え、ええ!」


 レイファンもジェイクの強い言葉に促され、そのまま馬車の外へと脱出した。だが外は既に阿鼻叫喚の渦。レイファンに心労をかけぬため施した簡易の防音魔術がいけなかったのか。レイファンの護衛を務めていたはずの騎士達も分断され、魔物の突入を許している状態だった。外ではオークやゴブリンと人間達が切り結んでいる。喚声が上がり、先ほどまで戦闘とは無縁であったはずの後陣が朱に染まっていた。

 その中でレイファンが場所の外へと転げるように脱出したのを見て、騎士達の何人かが彼女の元へと駆けてくる。


「小女王、ご無事で!?」

「一体なぜこのようなことに? ここまで接近を許してしまうなんて!」

「それが突如として周囲に転移の魔法陣が浮かび上がり、このような事態に・・・」

「これは・・・伏せろ!」


 騎士達がレイファンに十分な現状説明をする暇もなく、ジェイクはレイファンを再び引き倒した。そしてその直後一陣の風が頭上を薙いだかと思うと、騎士達と馬の動きが止まり、そして彼らの体は腰から上がずり落ちたのだった。馬の首も、馬車の天蓋も同様である。

 後から忘れたように、騎士達から噴き出した血の雨がジェイク達に降り注ぐ。


「あ、ああっ!」

「あいつか!」


 騎士達の血に染まるレイファンの悲鳴をよそにジェイクが見たのは、下半身はクモのような六本足の化け物。そしてそれぞれの膝関節に相当するであろう場所に、大きく裂けたのこぎりのような歯を持つ口がついている。胴体は太鼓腹のようにだらしなくたるみ、なのにあばらは浮き出ており、まるで栄養不良の子どものような体型をしているのだ。

 それに頭がない。だがよく見れば、右手の上に乗っている球体は頭のように見えなくもない。そして長く鞭のように伸びている左手は元に戻り、頭をまるでお手玉のように弄び始めた。


「あいつ、普通じゃない」


 ジェイクの全身の毛が逆立つ。それは彼にとって最大の危険が訪れていることを示していた。今までにない緊張感。それは以前魔獣と対峙した時よりも、あるいは正体不明の執事と対峙した時よりも、はるかに危険度が上だということを示していた。

 ジェイクがゆっくりと立ち上がり身構えると、周囲にいたオーク達が斧を両手で振り下ろしながら襲い掛かってくる。


「危ない!」


 ジェイクの姿を後ろから見ていたレイファンは、ジェイクの頭から足元に斧が突き抜けたように見えた。だが実際にはジェイクは鼻先で斧を躱し、斧が大地に届く時にはオークの喉に剣を突き立てていた。喉を貫かれたオークがかっと目を見開いたが、ジェイクがぐるりと剣をひねると同時にオークの目も白く反転し、ジェイクが剣を引き抜くと同時にその場に突っ伏した。

 ジェイクの驚くべき早業にレイファンが目を丸くしたが、それ以上にジェイク自身もその結果に驚いていた。


「(今・・・これ以上ないくらいに自然に剣が出た。なぜだ?)」


 ジェイクは遠征で既に魔物との戦いは経験している。オークやゴブリンも、何体かは倒しているのだ。だが、もっと一体を仕留めるのに苦労していた。いかにアルベルト、ラファティ、ロクサーヌらに比べて魔物が劣るとはいえ、それでも実戦の緊張感や、本当に殺意をもって向かってくる敵との命のやりとりは言葉にするほど楽ではないし、実際に経験するまでジェイクにもその大変さは理解できなかった。

 オークやゴブリンといった、人間に対してほとんど敵意以外の感情を持たない生物でさえ、その命を奪う事の重みをジェイクは知っている。

 だからこそ、今自然とオークを殺すためにその手が出たことを、ジェイクは何よりも恐ろしく思った。


「(殺しに慣れてきているのかな、俺は・・・だけど!)」


 ジェイクが剣を握り直す。戦場において躊躇いや迷いは不要。迷いは剣先を鈍らせ、自らだけでなく守るべき者達の命を危うくする。少なくとも、レイファンの命を、背後にいる者の命を危うくすることは騎士として最悪の行いであるとジェイクは認識していた。


「(雑念は使命感で塗りつぶせ、迷いは剣で振り払えっ!)」


 ジェイクが、襲い掛かるオークとゴブリンに向かって駆け出す。先頭にいるオークは大刀を振り下ろすがジェイクは臆することなく突進し、むしろ一歩踏み込んで袈裟懸けにその喉を掻っ切った。

 通常ならその場で剣をいなして切り返すが、一見無謀にも見えるジェイクの突進は次の一手を速くする。オークの影から速度を落とさぬまま現れたジェイクに、後ろのゴブリン達は反応が遅れる。ゴブリン達はその得物をジェイクに向ける暇もなく切り捨てられた。

 普段アルベルト達と手合わせをするジェイクにとって、オーク程度の殺気はもはや障害にもならぬ。ジェイクはオーク程度の殺気に慣れてもいたし、それ以上に集中力が高まっていたのだ。それにしてもあっさりと魔物を切り捨てる少年の騎士に、レイファンは目を丸くし通しだった。


「(侮っていたわ、伊達に私の護衛に指名されたわけではなかったのね。それにしてもなんていう子だろう。私よりも年が下だと聞いたけど、あれほどたやすく魔物を切り捨てる。頼もしいけど、末恐ろしいわ)」


 レイファンはジェイクに感心しながらも、彼に一抹の恐怖を抱いていた。そうとは知らぬジェイクは自分に向かってきた魔物を切り捨てると、レイファンの元に戻ってくる。そして彼女の手を引くと、そのまま脱出しようとするのだ。


「どこへ?」

「中陣へ。この混戦はまずい、一旦離れよう」


 ジェイクの言葉づかいが普段のものに戻っていた。それだけ彼は余裕がなかったのだが、レイファンもまた気にも留めず、手を引かれるままに任せようとしたが、ジェイクの動きが突然止まり、レイファンはジェイクの後頭部に鼻先をぶつけるかっこうになった。


「きゃっ!」

「・・・そう上手くはいかないか」


 ジェイクの進行方向に立ちはだかったのは、先ほど見た奇妙な魔物。ジェイクがその魔物を避けるように一歩踏み出すと、魔物はそちらにかさかさと音もなく動く。ジェイクが反対に足を出すと、やはりその魔物も足を出すのだ。そしてジェイクが後ずさろうとすると一歩踏み込んでき、前に出ると一歩魔物が後ずさる。

 その動きを見て、レイファンが怪訝そうな顔をした。


「この魔物は一体」

「遊んでいるんだよ、たぶん」


 ジェイクが剣を構え、戦う姿勢を明らかにした。その動きをレイファンがたしなめる。


「ジェイク殿、まさか戦う気ですか?」

「ああ、こいつは俺達を逃がす気なんかさらさらない。ここで倒さないと、俺達はこいつの玩具にされるだけだ」

「どうしてそんなことが――」


 わかるのか、とレイファンは言いかけて、魔物の頭の部分についているのっぺらぼうの球体が横に裂け、口がにいぃと笑うのを見た。さらにそこから出された長い舌がなめずるのを見ると、レイファンは思わずジェイクの服の裾をつかむ自分に気が付いた。魔物の行動が、いかに邪悪なものであるかをかいま見た気がしたからだ。

 それは今まで醜悪な化け物達をレイファンに見せまいと、周囲が気をつかったおかげでもある。だからこそ前線で悪意ある敵に睨まれるなど初めての経験であり、思わず身がすくむ思いをするのも致し方ないことであった。

 だがそんなレイファンをかばうように、ジェイクはレイファンを自分の後ろに引き寄せ、近くにあった荷馬車にそっと近寄ると、そのほろを切り裂いていた。


「よし、やっぱりあったか」


 ジェイクは荷馬車の中にあった、大きな手桶のような容器を取り出した。それは下級兵士用の剣の入れ物であり、鞘のない大量生産用の剣が10本程度入っている容器だったのだが、ジェイクはその中身をおもむろにその辺にぶちまけ、同じように手の届く容器をいくつかばらまくと、ふうと大きく息をついた。その口調が一層真剣味を帯びる。


「小女王、ここから動かないように」

「どうするおつもり?」

「残念ながら俺・・・私ではやつに勝てないでしょう。それほど自分の腕に自信を持っているわけでもありません。だから、今から貴女を全力で守る事だけに集中して、救援を待ちます。どうか剣が先に尽きない事を祈っておいてください」


 ジェイクが覚悟を決めたように剣を構える。周囲には無数の剣。ジェイクは守の構えを取り、魔物と対峙した。


***


「後陣では何が起きている!」

「はっ! 後陣では突如として魔物の軍勢が出現。戦闘準備のできていない後陣は混乱の極みにあり、死者が多数出ている模様です!」

「多数ではない、肝心の女王の安否はどうなっている!」


 ラスティが馬を全力で走らせながら隣の騎士を怒鳴りつける。傍にはラファティも馬を走らせていた。騎士はラスティの剣幕に緊張感を高めながら、それでも自らの役目を全うする。


「申し訳ありませんが、それはまだ何とも・・・」

「申し訳ないでは済まぬ! あのお方に何かあれば、我が国は滅亡の一途をたどるのだぞ!」

「ラスティ殿、よされよ。その者を責めても始まらぬ。それよりもいち早く現場に辿り着いた方がよいだろう」


 ラファティがラスティを窘め、彼らは精鋭を連れて後陣へと急ぎ向かっていた。後陣に巻き起こる喧騒と土煙の中、いち早くレイファンとジェイクを見つけたのはラファティだった。


「あそこだ」

「どこだ!?」


 ラファティが見つけたようだが、ラスティには何も見えぬ。周囲には荷馬車や物資も散乱しているし、戦いの中心はまだ遠い。さらに散発的にではあるが魔物が襲いくる中、どこをどうやって見つけたものかとラスティが悩むうちにもラファティはぐんぐん一人進んでいく。

 だが周囲が死体や転がる物資などで馬が進めなくなってくると、ラファティが業を煮やしたように馬から飛び降りた。


「ラスティ殿、私は一足早く王女の元に向かう。後から精鋭を率いて、退路を確保しながら来てくれ」

「不本意ながらそれは仕方ないとして、どこに我々は向かえばよいのだ?」

「私が今から進む方向にまっすぐだ!」


 それだけ言い残すと、ラファティは疾風のような速度で走り去っていった。途中に散乱する障害物や魔物などないかのごとく、凄まじい速度で走り去る。後には呆然としたらラスティ達が取り残された。


「私が進む方向・・・土煙しか見えないぞ?」


 ラスティは半信半疑ながらも障害物をどかし、ラファティの後を追うのだった。



続く

次回投稿は、6/10(日)20:00です。

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