騎士の務め、その5~奇襲~
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「第一小隊から第三小隊までは散開し、前進せよ。第三、第四中隊は側面から後方へ。第一中隊、第二中隊は突撃準備のまま待機。小隊の合図とともに突撃せよ」
先頭で声をかける隊長の中、兵士達は無言で配置につこうとしていた。ウィンジーの街に到着した前線は、まずは正攻法にて攻める準備をしている。普段なら騎士の戦いとは相手の大将同士がまず会談の場を持ち、その後陣立てや兵士同士の争いにするのか、開戦の場はどこに何時であるとか、そのような細かい話し合いを持たれることがほとんどだが、魔物相手の戦争にそのような礼儀は存在しない。
兵士達は息を潜め、殺気を抑え、ただ敵の首を獲るためだけにひたひたと歩を進めていた。魔物に見張りなどという概念は存在しない。ウィンジーの街は防戦用の備えはほとんどないに等しく、むしろ生活しやすいようにそこらじゅうに街の中と外をつなぐ通用口が存在した。兵士達はそれでも慎重に街の至る所にある入り口から潜入すると、通用口からもっとも近い建物に取りつく。一定以上の兵士が取りついたところで、伝令が次々と合図を攻撃隊長の元に送る。
今回の戦いで人質の命は考慮されない。魔物達がこの街を占拠して一月以上が経過している。もはや人間などほとんど生きてはいないだろうし、生きていたとしても魔物に家畜扱いを受けて、もはや人としての生活ができないくらいにまで壊されている可能性はある。そういった人間達は戦場のいざこざにみせかけて密かに処理され、上官達には「生存者はいませんでした」として報告される。上官とて現場の事情はわかっているし、悲しいことにそれが現実であった。このたびの戦いでも、ラスティは最終的にはそのような報告をレイファンにすることになるだろう。
おおよその配置完了の報告が届いた段階で、攻撃隊長の任を受けた者が突撃の合図を出した。兵士達は扉を開け、あるいは打ちこわし、窓から火のついた油を投げ込み明かりをともし、魔物達を恐慌状態にしたうえで戦闘を開始したのだ。
魔物達は虚をつかれ討ち取られ、あるいは驚いて外に飛び出した所を待っていた兵士隊に討ち取られた。だがそれも最初だけ。やがて悲鳴が多数上がり始めると、他の建物からも魔物達が今度は武装した状態で出現したのだ。
「ここからが正念場だぞ!」
「一体も打ち漏らすな!」
たちまちウィンジーの街には戦闘の喧騒が立ち込め始めた。そこかしこで斬り結ばれ、上がる悲鳴は戦いをさらに加速させる。そして街中からはひっきりなしに報告がなされる。
「北側では優勢。敵の数も少数!」
「西側では数が多く、包囲網を突破される恐れがあります。増援を!」
「南側には大型のサイクロプスを複数確認。魔術士の応援を至急願います」
なされる報告に応答する隊長達。その働きぶりをラスティとラファティは眺めながら、互いの感想を口にした。
「妙だな・・・」
「宰相閣下もそう思われますか」
ラファティの言葉が最初自分を呼んだことに気が付かず、ラスティはしばし沈黙をしていた。だが『宰相』という尊称が自分を指しているのだと思いだし、慌ててラファティに向き直った。
「や、これは失礼を。いまだ宰相という肩書に慣れぬものでして」
「貴方は立派な宰相だと私は思いますけどね。ですがそれはともかく、妙だと感じられる理由は?」
「ええ、魔物の配置そのものがですね。なぜ奴らはここに留まっていたのだろうと」
ラスティの指摘はもっともであり、それはラファティも戦闘の前に感じていたことだった。この戦いは、そもそも魔物の発生自体に納得がいかないのだ。そしてこれほど大規模の魔物が街を襲う理由は一つ。魔物に指導者的存在である、魔王が発生したと言う事。それもこれほど大規模の軍隊となると、かなりの力を持った魔王が発生したとラファティは考えたのだ。
ミリアザールもそう考えたからこそ、神殿騎士でも二番手に当たるラファティを派遣した。そして彼がジェイクを前線から外した理由の二つ目は、魔王の存在である。さすがに魔王の相手はジェイクにとって早過ぎるとふんだのだ。
だがラファティはこの戦闘が始まってから違和感を感じていた。魔物達は確かにこの街にいる。規模にも報告とほぼ偽りが無い。だが彼らはなぜここに留まっていたのだろうか。この街の資源など、もはや奪い尽くしているだろうに。それでも魔物がいるのが事実ならば戦闘をせざるをえないし、また適当に突っかけてみれば、何かがわかるかと思ったが。
その現実に、ラファティが最悪の想定を始める。もし相手が自分が知っている以上の魔王だとしたら。そしてもし自分が魔王だとしたら、この戦闘に勝つために何をするであろうかと。
「・・・まさかとは思うが」
「ラファティ殿、私は非常に嫌な考えを思いついてしまいました」
「奇遇なことに私もです」
「同時に言ってみませんか?」
ラファティとラスティは顔を見合わせる。そして彼らが同時に放った言葉は、確かに最悪なことに調和した。
「「ここは囮だ」」
***
ガナンは緊張していた。一介の農民出身である彼が30人の部下をまとめる隊長に抜擢されたのは、幸か不幸か。今までのクルムスの体制では、学もさしてない農民出身の人間は、10人の隊長を任されるのが最大の出世。特に武芸に秀でる者は上層部の護衛などに任命される事はあっても、隊長として人を率いる立場に抜擢されることはまずなかった。
だが先の内乱や、それ以前から続いていた戦争によりクルムスは慢性的な人材不足。それに新たに女王に就任したレイファンは今までの貴族中心の体制を変えるべく、身分の別に関係なく能力によって人材を登用していた。
ガナンもそのような改革の中、抜擢された一人である。彼には学もないし特に武芸に秀でたわけでもなかったが、彼には人に信頼されるだけの人格者だった。ガナンは仲間に信頼される人間であり、また人を素直に頼る事の出来る人間であった。また彼は人物の良し悪しを見分けるのがうまかった。彼に悪人だと指摘された人間はなにかしら軍内で必ず問題を起こしたし、彼に善人だと言われれば、たとえ何かの罪に問われても必ず濡れ衣だった。そんな彼の人物眼も信頼される要因だった。
そうしたガナンは他者の推挙により、30人の部下を従えるに至った。今まで出世には欲のなかったガナンだし、責任ある立場はあまり好きではなかったが、周囲の説得もあってこの役目に付いた。そしていざこの責任ある立場に付いてみると、それなりに彼にも考える所はある。クルムスが聡明な女王の元に一致団結して新たな一歩を踏み出そうとしているかと思うと、ガナンにも燃え立つような使命感が腹の底からふつふつと湧いてくるようでもあった。
今回任命された役目は後陣の補給部隊の一端を担う程度の、戦功とは縁のないであろう役目であったが、それでも彼はレイファン小女王をすぐ傍にて護衛する事になるのであれば、それは先陣に勝る名誉ある役目であると考え、張り切っていた。
そんなやや肩に力の入り過ぎな隊長を見ながら、部下達はほほえましく定時の報告をした。
「ガナン隊長、定時報告をいたします」
「うむ! 聞こう!」
ただの定期報告にも張りきった声を挙げるガナンに、部下は少し苦笑いをする。別に部隊の連中がくすりと笑うが、彼らもガナンの人格を知っているので、ガナンの部下に対して『頑張れ』と手を振った。
部下はそんな自分の隊長に、異常が無い事を報告した。
「右翼後方、少なくとも500mは人影もありません」
「よし、御苦労である! だが先ほどすれ違った羊飼いはどうした?」
ガナンは先ほど行軍の際に、端に避けようとした羊飼いを思い出す。まだ少年であったが、彼は羊の群れが上手く扱えないのか、羊の何頭かが後陣の行く手を遮ってしまった。今までのクルムスならば、あるいは他の国家でも斬首になってもおかしくないような行為だが、レイファンは笑ってその行為を見逃し、わざわざ騎士達に羊を捕獲させその少年の元に届けた。
少年はいたくその行為に感謝し、いずれこの群れを10倍にした羊の数を献上しに王都に上ると約束してその場を去った。礼儀も王に対する言葉の使い方も知らぬ少年ではあったが、その純朴な態度に後陣の騎士達は多少なりとも緊張がほぐれたのを覚えている。
ガナンはその少年が悪人ではないと一目でわかったが、いつもとは訳が違う。今回は女王の護衛をしているのだ。ガナンは自分という人間を完全に信頼しているわけでなく、それは謙虚という意味で非常に慎重だった。だからこそ、先ほどの羊飼いがどこかの刺客ではないかと頭の隅で疑っていた。低い確率だとは思うが、羊飼いが去っていく様子は斥候に見張らせていたのである。
だがガナンの懸念は杞憂に終わっていた。
「隊長。先ほどの羊飼いは、羊をまとめるのに苦労しながら南西に去って行きました。念のため姿が消えるまで見送りましたが、何も問題はなかろうと思われます」
「そうか、ならばよい」
ガナンは大きくため息をつくと、一つ緊張を解いたようだった。そんな隊長を見て、部下が苦笑する。
「隊長、それほど気を張っていると後が持ちませんよ。多少我々に任せて気を抜いてください。何、今回はアルネリア教会からも精鋭が派遣されています。センサーも付けてもらっていますし、何か特別なことがあれば彼らが知らせてくれるでしょう」
「うむ、私もそう思っているのだがな。物ごとに完璧はありえないと思っている。何かあった時、その時に後悔しては遅いからな。何ができるでもない私だが、せめて緊張だけはしておきたいのだ」
「ならいいんですけどね。いざという時に隊長が疲れて使い物になりませんでした、では我々としては他の部隊に比べて恥ずかしい思いをするので」
完全なる皮肉を言う部下に、ガナンはむすっとしながら答えた。
「酒の席の無礼講ではないのだぞ? 任務中だ、口を慎め」
「似合いませんって、隊長。もっといつものようにほんわかと、ね?」
懲りぬ若い部下を前に、窘めながらも余計な緊張がほぐれていくガナン。それが部下なりの気遣いだと理解できるまで、少し時間がかかった。
「お前は遠慮のないやつだな、本当に」
「それは取り柄だと思っています。ではそろそろ任務に戻りますので」
「ああ。もし何も無ければ、今夜は一献だけ酒を飲むことにしようか」
「私でよければお付き合いしますよ」
「貴様が呑みたいだけだろうが」
「ばれましたか!」
そんなやりとりをしながらガナンの傍を離れる部下。だが、一瞬ガナンが彼から目を離した時、ガナンの目には信じられない光景が見えた。それは、部隊の一番外に配備されたセンサーの首が、いつの間にか刈り取られている事。馬は乗り手が死んだことに気が付いていないのか、そのまま進軍を続けている。
「な・・・え?」
ガナンが誰かを呼ぼうと先ほどの部下の方を振り返ると、今度はその部下もまた首がなかった。噴き出す血に、馬がいなないている。
そしてガナンが次に見た物は、レイファンの馬車に向けて飛んでいく巨大な斧だった。
続く
次回投稿は、6/8(金)21:00です。