騎士の務め、その4~小女王の護衛~
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「馬を押さえろ」
「食料の確認は済んでいなかったろう? 足りなければ補給所からの援助が必要だ。もう一度確認しろ」
時は進み、今はクルムス―アルネリア連合軍は魔物が占拠したと言われる、ウィンジーの街に向かうところだった。先行にはクルムスの精鋭が立ち、その後ろにアルネリアの兵士達とクルムスの新兵達が続く。兵士達の集合はウィンジーの街に最も近いクオル城にて行われ、レイファンは少数の護衛と共に直接クオル城に向かったのだった。
レイファンのこの戦法は通常の出兵とは違う。通常なら王自らが出兵する時は何日にも前に先触れを出し、吉日を選び、道を掃き清め、そして盛大な行進を行うのが常であった。だがレイファンはそのような現時点では意味のない出費は抑えたかったし、ウィンジーの街はかなりクルムスにとっては東に相当し、王城からまともに出兵すると到着だけで半月はかかりかねなかった。
また東側は先の戦争にて争ったクライアとの緊張が解けておらず、にらみ合いが続いている状態であった。そこに王女自らが兵を率いて出発するなど、余計な刺激を与えたくないのだ。できれば国内にいるであろうクライアの密偵が、第一報をもたらすくらいの時期には勝敗を決していたいとレイファンは思うのだ。
また出陣時に女王が自ら飛竜を駆るというのは、予想外に大きな反響を呼んだ。必要があれば女王自らが素早く動くことが可能であると知らしめることにもなり、また民衆が見る中で竜を駆って空を駆ける女王は非常に勇ましかった。彼らは空を駆けるレイファンを見て、あれこそが我らが扇ぐべき主と盛大な喚声を送ったのだ。
この事を考えたのは、レイファンがラインに連れられて飛竜に乗っている時。彼女はラインがいなくなってからラスティが止めるのもきかず、体に生傷を作りながら飛竜騎乗の練習を繰り返した。それはやがてきたるべき出陣に向けての派手な演出のためだとラスティには主張したが、レイファンにとってはいつでもその気になればラインの元に駆けつけるためであると、彼女自身が認めたくない本心によるものであったのである。今のレイファンは自分にすら嘘をつくしかない。そうでなければ、心が擦り切れてしまう。
レイファンはここまでは万事上手くいったことに満足を覚えながら、同時に物足りなさも感じていた。既に全ての指示を飛ばし終えたレイファンにとって、戦場で出来る事は何もない。レイファンは必要があれば自分が先頭に立って突撃する事も厭わないと告げたが、それはラスティだけではなく他の将軍達、またラファティにも止められてしまい、断念する事になった。そのため、天蓋に覆われた馬車にて護衛のジェイクと共に輸送隊と行進をしているのだった。
ジェイクがレイファンの護衛という大役に任命されたのは様々な思惑があるが、クルムス側は歳の近い騎士ならばレイファンも緊張がほぐれるだろうということで納得し、ジェイクは戦力として考えられてはいなかった。それもやむを得ない。ジェイクの歳では、まだ小姓でさえ見習いが普通。正規の騎士など、まだまだ先の話だと誰もが思っていたのだ。ラファティがこれほど大胆な人選をクルムスに提案したのには、彼なりの理由があるのだが。
「まったく、過保護なんだから・・・」
そんな状況でレイファンはやや不満げに漏らしたが、それはやむをえない。今回、相手の構成はトロルやオーガなど大型の魔物が多いとの情報だった。野蛮で知恵の足りないそれらが人間の街を占拠すればどうなるか。斥候の情報はある程度途中でまとめ上げられ、抽出された内容がレイファンの耳に届けられる。その過程で、まだ少女であるレイファンが聞くに堪えないような内容は当然省略される。人間の女が犯し殺される様や、子供が力づくで引き裂かれて暖炉にくべられる詳細な様子など、レイファンには必要ないと将軍達は判断したのだ。
それはジェイクとて同じ。ただジェイクは騎士であり、戦場でどのようなことになっているかはおおよその想像が付いているし、教えられている。だがジェイクにとっては初の遠征であり、まだグローリアの過程も終了してない少年に、いきなりそのような現場は荷がかち過ぎるとの判断でラファティが後方に回したのだった。
たとえ後方支援でもジェイクにとっても良い経験になるであろうとラファティは考えたし、今回は遠征の雰囲気だけを味わえればそれで構わないとさえ彼は思っていた。ただ一つ、ミリアザールが「できれば戦わせろ」と言っていたのがラファティは気になる。どんな優秀な兵士でも、初戦は後方支援に徹させるのがアルネリアの常道。アルベルトや、自分でさえそうだったのだ。ラファティは普段と違うミリアザールの命令に違和感を覚えながらも、通常通りの指示をジェイクには下したのだ。
そうとは知らないジェイクとレイファンは、お互いにやや退屈そうに、そして不満げに馬車の一室に押し込められて座っていた。当然最初の挨拶以外に会話らしいものは存在せず、彼らはかれこれ二刻は黙ったままだった。
「過保護なのはしょうがないだ・・・です、小女王」
「あら、聞こえたかしら?」
レイファンの思惑はいつの間にか口を突いて出ていたらしい。ジェイクが彼女の言葉に反応し、使い慣れない敬語で応答する。
「はい。女王は国の支え。軽々しく前線に赴くべきではないかと」
「知ったような口をきくのね、小さな騎士様。誰の受け売りかしら」
本来ならばレイファンはこんな嫌味を言うような性格ではないが、自分が後陣に押し込められたのが不満なのと、護衛の騎士がいかにも見習い然としているのと、そして政務の疲れもあってつい悪態をついてしまった。レイファンが内心で「しまった」という自責の念を持ちながらジェイクを見ると、彼は意外にも平然としてレイファンを見返していた。
「・・・小女王に至ってはお疲れの様子。しばし休憩をなされるのがよろしいかと」
「男子の前で寝顔を晒すなど、貴婦人としてあるまじき行為。お気遣い無用にございますわ」
「それは失礼いたしました。役目にて貴女の前を離れる事を適いませんので、せめてどうかなんなりと必要な事があれば申し付けくださいませ」
「騎士様の心遣い、ありがたく頂戴するといたしましょう」
そのような形式ばったやりとりではあったが、レイファンはジェイクに対する認識を少し改めた。たとえ形式的な事でも、自分よりも年若い少年がここまで口上を述べるのは並ではない。確かにジェイクは少年ではあるが、彼は既に騎士としての自覚を持って行動している。騎士に任命されたから、女王の護衛を任されたからと決して浮かれているわけではないと知り、レイファンは多少安心してこの馬車に乗っていられるようになった。
一方でジェイクは内心では非常に緊張していた。いかに少女とはいえ女王の護衛を任されるとは思ってもいなかったし、何より自分が貴族の口上などについては非常に苦手としていることをラファティは知りながらこの仕事に自分を就けたことに、ジェイクはただの嫌がらせだと考えていたのだ。なぜなら、今回の成果次第で正式な任命が決まるジェイクにしてみれば前線の仕事で手柄を立てたいのであり、女王の護衛などという栄誉こそあれ地味な任務では成果の出しようもないと彼は本気で考えていたのだ。だが与えられた仕事は仕事。今はただこれだけをやり遂げなくてはならないと、ちょうど思い直した矢先のレイファンの一言だった。
目の前にいる、人間離れした美しさを放とうとしている少女を前に、ジェイクは多少緊張していた。リサはきれいだとジェイクは思うし、アルフィリースの仲間を見ているジェイクにとって、ある程度の美人は見慣れたものだった。だが目の前の少女は何かが根本的に違う。それは少女が大人の女性へと変貌をとげる時の輝きでもあったし、恋する乙女の物憂げな面持ちであったろうし、また後に中原が生んだ至高の女性と呼ばれることになる女性の原型であったのだから、それはジェイクが緊張しようと仕方のないことだったろう。さしもジェイクにもそこまでの理解はない。その女性がふっと漏らした言葉に、彼女も自分と同じような意見を抱いているのだと知り、少しの親近感が持てた。
互いに相手の事を少し察した程度でそのまま再び無言に戻る二人であったが、レイファンが沈黙の中うつらうつらとしかけた時、ジェイクの一言にてレイファンは再び意識を引き戻された。
「小女王」
「・・・なんでしょう」
レイファンが、意識を現に戻すことをジェイクに悟られぬように彼に応えた。その時のジェイクの顔は先ほどまでの少年の顔とはうって変わり、騎士としての責任感に彩られた表情になっていた。レイファンはそれが騎士が戦時に出す表情であると知っており、一瞬で緊張感を取り戻し意識を清明にした。
ジェイクは馬車の戸についた覗き窓から、外の様子をうかがっている。
「騎士殿、一体何が」
「ジェイクでいい、女王。それより外の空気が変だ。外の連中もなんだか・・・」
ジェイクは形式ばった言葉づかいを止めていた。というより、自然にそうなった。それだけ余裕のある状況ではないかもしれないと、彼は悟ったのだった。首筋にいやにちりちりした緊張感を感じる。この戦闘のために城を出てからこっち、この嫌な感じがどうしても拭えなかった。安全なはずの後方にいて、なぜそのような嫌な感じがぬぐえないのかと、ジェイクは内心で自分の危険察知能力に疑問を抱いていたのだが。
だがジェイクが外の状況をうかがおうと必死になっている中、レイファンは自身もまた状況を確認しようと、馬車の外にいる随伴の騎士に問いかけようと戸に手をかけた。
「アルマード。一体何が起こっているのか、報告はどうし・・・」
「開けるな!」
ジェイクが叫びながらレイファンに飛びつくのと、戸に衝撃が走るのは同時だった。
続く
次回投稿は、6/6(水)21:00です。