騎士の務め、その2~謁見~
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日は経ち、既にジェイクはクルムスに到着していた。彼の傍には、今回の遠征の総指揮官であるラファティが立っている。ここはクルムス王宮謁見の間の奥、ブロッサムガーデンを抜けたさらに奥にある、レイファン王女の私邸の一画である。
ラファティは遠征軍到着後の挨拶としてここクルムス王宮に赴いたのだが、隣にはジェイクを同席させていた。これはいくつか意味があるのだが、一つにはジェイクが王族への挨拶を滞りなく行えるかどうかを直接その目で見たいと思ったからだった。今回はアルネリア教会の方が援助を乞われた形になるのである程度気楽だが、これ以降ジェイクが調停役として紛争地帯などへと赴くときは、その態度一つが新たな火種を起こしかねない。ジェイクは剣の鍛錬に比べこういった礼儀作法が苦手だと、普段のジェイクとミリアザールの絡みを見ていてラファティは想像していたのだが、それはラファティの思いすごしであったらしい。ジェイクはつつがなく挨拶を終えると、決められた作法の通りに振舞っていた。あまりに完璧なので、ラファティの方が驚いたくらいである。
「(やればできるもんだなぁ)」
ラファティが内心で感心していると、レイファン王女、いや即位に合わせて女王になったわけだが(成人前なので小女王という尊称になってはいる)、彼女が詳細な打ち合わせを事前に行っておきたいということで彼らを私邸に招待したのだ。
宰相であるラスティももちろん同席するのだが、これはラファティにとって意外であった。レイファン小女王が自ら軍議に参加するとは思っていなかったからだ。非常に聡明な女王だとはラファティも聞いていたし、実際に会話してなるほどそう思ったのだが、まさか軍議に対して口を出せるほどだとは思わなかった。
半信半疑で乗り込んだ私邸だが、そこにはクルムス全体の地図とまた周辺諸国を含んだ地図が張り出されており、また今回の主戦場になるであろう地域の地図が展開され、そこには様々な印がしてあった。レイファン小女王の再度の登場まで地図を見ていたラファティだが、その印を見て実に的確な指摘がなされていると思い、自分の認識を改めていたのだった。
「これは・・・すごいな」
「そうなのか?」
隣のジェイクが首を傾げながら、ラファティの独り言を拾う。ラファティは自分の副官であるアリストと共に、その地図に見入っている。
「ああ、とても素人のできる指摘ではない。歴戦の軍略家を見ているような印象だ」
「そうなんだ」
「とてもジェイクと二つしか違わないとは思えないな。恐ろしい少女だ、かの王女は」
「お待たせいたしました、騎士様。お褒めに預かり光栄ですわ」
先ほどの謁見より控えめな服装にしたレイファンが、小姓と宰相と共に登場した。自分の言を聞かれていたと知ったラファティは少々気恥ずかしそうに彼女に騎士の礼を取ったが、さすがにその態度に大きな動揺は見られない。ジェイクもまたラファティと彼の副官であるアリストに続き礼をしたが、ジェイクは改めて王女の姿を忍び見た。
レイファンは先ほどのゆったりとした細工をちりばめたドレスから、簡易な動きやすい軽装へと服装を変えていた。グレーを基調としたドレスにヴェールを一枚羽織るだけで、アクセサリも鎖のみのネックレスにとどめるのみ。先ほどまでつけていた王冠代わりの豪華な髪留めも、簡単なカチューシャへと形を変える。戦後の財政難にあるとはいえ、一国の王女にしてはさすがに質素すぎるのではないかと思われる服装だが、それでも本人の気品は隠せるものではなく、むしろ服装が本人に負けているため違和感があると言っても過言ではなかった。
それだけジェイクの目にも、レイファンは美しかった。はっきりとした目鼻立ちも、きめ細かな肌も、優雅な物腰や柔らかくも威厳のある声も、そのどれもがジェイクの知っている女性とは違うものだった。ジェイクはデュートヒルデの金切声と比較し、内心で彼女に勝手に呆れていた。本当にあれは公爵の娘なのかと、レイファンを目の前にして思うのだ。比較対象が悪いともいえるが。
レイファンが地図の前に立ち、ラファティに意見を求め始める。どうやら彼女は軍議にかける前に、ある程度の打ち合わせをラファティと行っておきたいようであった。彼女がラファティと話し合いながら、時にラスティやアリストの意見を採用し、話合いを進めている。
「ではラファティ殿も、主戦場はハルハードの丘でよろしいとお考えなのですね?」
「はい。小女王の睨んだ通りハルハードの丘は丘陵もなだらかで、騎兵を用いることが可能です。また魔物達が占領したとみられるウィンジーの街には大した防壁もなく、街の中の魔物達を追い立てることも簡単でしょう。こちらの兵力はクルムスが1500、我々が1000の計2500でよろしいでしょうか?」
「ええ。ですが我々の戦力は新参の徴収兵ばかり。彼らは経験に乏しく、鎧を着ただけの農民です。実質の戦力は、職業軍人である500と考えて差し支えないでしょう。怯えた味方は敵に勝りますが、彼らにも経験を積ませたい。
対して相手の戦力はおよそ800。1500対800なら、主戦場の選定さえ間違えなければ、新参兵を抱えても互角以上に戦闘を行えると考えています」
「アルネリアの兵士が援助すれば可能でしょうね。適切な戦力分析だと思います」
ラファティは頷きながらレイファンの意見を聞いていた。レイファンはその後も兵力の細かな内訳や配分、武器や食料の調達・輸送、さらにアルネリアとの連携方法まで打ち合わせていった。ジェイクは何とか自分も付いて行こうとしたが、なにぶんまだ軍略などに関しては初等科の基礎課程が途中のジェイクである。そのほとんどは意味がわからなかった。
ジェイクの頭がその容量の10倍近い情報を与えられたころ、話し合いは一応の終結を見たようだった。レイファンとラファティは話し合いの内容に満足したのか、互いに微笑みながら薄めた祝い酒で乾杯をしてその場を終了させた。
ジェイクはふらふらしながらも粗相だけはないように注意しラファティに付き従って退出したが、ラファティの表情は確かに満足を得つつも、どこか悲しそうでもあった。
「ラファティ、どうした?」
「ジェイク、これは正規の遠征なんだから何か尊称をつけなさい」
「じゃあラファティ総指揮官、いかがなされましたか?」
ジェイクが敬礼と共に発した敬語に、それはそれでやりにくそうな表情をするラファティ。
「いや、やはりやめた方がいい。いつもの態度が、私の方に違和感がないね」
「じゃあラファティ。表情がしっくりしていなかった。この話し合いは失敗なのか?」
「そういうわけじゃないけど・・・アリスト、どう見た?」
「おそらくはラファティ様と同意見でしょう。あの年の人間にしては、切れすぎます。末恐ろしいですな」
アリストがしかめっ面をしながら答えた。その返答に頷くラファティ。
「そうだね・・・確かに賢すぎる王はやりにくい。色々とね」
「ミリアザール様がどのような判断をされるかが問題です。あの年で戦術だけでなく戦略まで練れるとは、ちょっと記憶にないですな」
「どういうことだ?」
二人のやりとりに付いて行けず、ジェイクは口を挟んだ。まだジェイクには彼らの意図する所が理解できないのだ。だがここはまだクルムスの王宮内。うかつな事は口に出来ぬと二人は顔を見合せながらも、ジェイクをここまで連れてきたのは自分達であるからして、ある程度の説明は必要であると感じた。この場にジェイクを同席させた以上、彼を自分達が頼みとする戦力として認識したと、国際的に主張したことになるからだ。
ラファティはまだ自分の肩くらいにしかならぬジェイクの肩を掴み、そっと諭した。
「いいかい、ジェイク。あの小女王はこの戦だけでなく、この戦が及ぼす影響を自国、周辺諸国、第三国にわけて考えているのさ。彼女にとって今回の勝利は当たり前。それをいかなる形で勝つかに焦点を置いている。戦単体に対する作戦を『戦術』と呼ぶのに対し、戦を含めた国家運営の作戦を『戦略』と一般的には呼ぶ。
そもそもクルムスが1500程度しか兵を出せないこと自体、おかしな話なのだ。現在そこかしこ小競り合いは起きているものの、クルムス自体の兵士はそれほど中原の争いでも損耗していない。だから本来ならもっと兵力を出せるはずなんだ。それに、今回は我々がどれほど兵を出すかは事前通達していない。だが我々は独自の情報網を持って、ある程度今回の魔物の規模を調査し、勝利するに十分な戦力を遠征に送り込んでいる。
だがレイファン小女王は、我々がどれほどの戦力を送り込んでくるか想定したうえで、自分達の戦力を用意している。これは我々アルネリアの情報網が自国クルムスに伸びている事を想定しており、かつ今回の出来事で確認したと言うところか。1500の兵士の内訳も、我々の戦力が不足していたり過剰すぎる場合、新人兵士の割合が変化しただろう。
つまり、彼女にとって今回の戦は、アルネリアと渡りを付けるための政治的戦争なのさ。同時に我々の事も調べているんだろう。全く、喰えない少女さ」
「そんなものかな・・・?」
ジェイクには難しいことはわからない。だがレイファンの瞳は非常に澄んでおり、彼女が悪人でない事くらいはジェイクにもわかった。それだけでジェイクにとっては十分だったのだ。
そんなジェイクがラファティの言葉に悩んでいるのを見て、ラファティはジェイクに一つの提案をする。
「ところでジェイク、君にレイファン王女を引き合わせたのは理由があってだな・・・」
「?」
ラファティが悪戯っぽく笑うのを、ジェイクは不思議そうに眺めるのだった。
続く
次回投稿は、6/2(土)21:00です。