暗躍、その1~黒の魔術士たち~
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「前回は森で、今回は廃虚ねぇ。うちの師匠って絶対陰気な性格だよね。なんでこんなにコソコソするかな」
「・・・しょうがないさ、世間一般常識から見たら僕達は悪だからね・・・」
「ですがしかし、我々は真にこの世界を憂えている」
「それならもっとイイ所で集合したらいいのに。どっかの宿場を貸し切るとか、一流料亭を貸し切るとかさあ」
「静かに、お師匠様のお出ましだよ」
ひそひそ話を続けていた少年3人、――いや一人の容貌は老人だが――と、紅顔の美青年はたたずまいを直す。そう、アルフィリース達は直接会ってはいないが、ダルカスの森に出向いていたあの4人である。
そしてその場に一人の青年を伴い、音もなく入ってくる老人。青年はやせこけたと言ってもいいほどの頬のくぼみに加え、ギラギラした目つきをしている。高い知性を窺わせる容貌の一方、まるでなにかの中毒患者が依存物を切らせたように目が血走っていた。
そして老人は全員がまとうローブに加えフードを深くかぶり、表情が窺い知れない。だが彼の威厳はローブの上からでも十分感じることができる。身にまとう魔力からも、彼がこの集団の長であることは魔術士なら想像にやすいだろう。
と、後ろに控えた青年が4人に向けて質問を投げかけた。
「お前達4人だけか?」
「つーか、僕は仲間が何人いるか知らないんですけど?」
「・・・女の人達がいないね・・・」
「そういえば三人ともいないね」
「ここにいますよ」
暗がりからすう、と大剣を2本背中に背負った長身の女性が姿を現す。彼女だけはローブではなく、男性が旅の時に身につけるような服装、いや襟つきの細身の服に加え、きちりとしたズボンをはいていることを見れば、さしずめ男装の令嬢といったところか。あまりの足音と気配のなさに全員が少し驚くが、彼女はいつもこうなので驚くことまで含めて慣れたものである。
「師匠、集合に遅れたことを深くお詫びいたします」
「うむ。回収に手間取ったのか?」
「はい、ですが首尾は上々。まだ目標にはほど遠いことは重ねてお詫びせねばなりませんが・・・」
「よい、励むがよかろう」
「ありがたきお言葉」
女性は一礼して下がり控える。下がる時に黒く長い髪がふわりとたなびき、なんとも見目麗しい女性だ。地面にも届くほどの長髪を、中ほどで赤いリボンを使い一つにくくっている。ドレスに身をつつめばどこぞの貴族令嬢と言われても、何の違和感もないだろう。
「お久しぶり、『おネェ』。相変わらずお綺麗で」
「私はその呼び名をあまり好んではいないのですが」
明るい少年に『おネェ』と呼ばれた黒髪の女性が、ややむっとした表情で反論する。表情に乏しい彼女は、むっとすると言っても、せいぜい眉がぴくりと動く程度のものだ。
「そう言うなよ。うかつに俺達は名前を呼べないんだからさ。っていうか名前とか互いに知らない奴らの方が多いしね。だから特徴を呼ぶしかないじゃん」
「他の二人は『姫』と『お嬢』と呼んでいましたか? その呼び名を呼ばれる方が好むとは思えませんね。その『姫』からは言付けを受け取っていますが、お師匠様の元に届いているでしょうか?」
「いや、聞いておらん」
師匠はうっそりと答えた。その反応に何か思いついたのか、明るい少年が意地の悪い質問をする。
「へー、姫はなんて? あ、ちゃんと正確に再現してよ?」
「・・・『仕事が忙しくっていけませぇン、お師匠様♪ お許しォン』・・・だそうだ」
言った後でおネェと呼ばれた女性は顔を赤くする。気真面目と言うかなんというか。おそらく姫と呼ばれた女性も、この展開を読んでわざとそのような伝言にしたのだろう。明るい少年と老人顔の少年は腹を抱えて笑っているが、静かな少年、師匠と青年組は笑っていない。この黒髪の女性の実力を良く知る者なら、決してこんなからかい方をしようとは思わないからだ。
一方で師匠の後ろに控える青年は、額に青筋を浮かべていた。そして彼はおもむろに怒り始める。
「まったく、あの女はこの集まりをなんだと心得ているのだ!」
「よせ、ヒドゥン。あれは一番大きな仕事をしており、確かに手が離せん。後でワシが出向くことにしよう」
「お師匠が自ら出向かずとも・・・」
「よい、久しぶりに顔も見ておきたいしな」
「つーか、兄弟子様の名前って『ヒドゥン』なんだ? 初めて知ったよ」
「僕もだよ」
「私もです」
「・・・ボクは付き合いが長いから知ってたけど・・・それでも久しぶりに聞いたな・・・」
周りは兄弟子の名前を知ったことに関心を示しているが、当のヒドゥンは苛立ちが治まってないようである。その時、さらに彼を苛立たせる要因が高笑いと共に部屋に入ってきた。
「キャハハハ! 遅れま~したー! ごぉめんなさぁい、お、し、しょうサマ~。キャハハハ!」
「げぇ、『お嬢』だ」
「・・・あの子は苦手だ・・・」
「彼女を得意な人などいないと思いますが」
「兄弟子様、血管切れるんじゃないの?」
彼らの心配通りヒドゥンの青筋がさらに浮き出るが、このお嬢と呼ばれた少女――外見上は少年達よりさらに年齢が小さく見え、金髪の縦ロールに、ローブではなくいやにひらひら、ゴテゴテした華美な服を着ている――は、到着するなりヒドゥンの周りを観察するようにくるくる回りながら、さらに致命的な一言を発した。
「ねーねーヒドゥン~、ちょっと髪が薄くなったかしら?」
「げっ」
「・・・ああいうの、『空気が読めない』って言うんだっけ?・・・」
「いくら僕でも、あそこまでやれない」
「フ、フフフフフ・・・」
周囲が嫌な予感にじりじりと後ずさりを始める中、ヒドゥンが一人変な笑い方を始めた。その周囲では、さらにお嬢が彼の苛立つ様子を楽しむかのようにくるくると彼の周りを回る。このままでは、遠からずヒドゥンの頭の血管は切れ、憤死するだろう。そこで、あたふたと他のメンバーが話題を変える。
「そ、そういえばあのデカブツはいないの?」
明るい少年が、ぽんと手を叩いて話題を変える。
「えーと、『バカ』だっけ?」
「・・・ひどい呼び名だな・・・」
「彼なら来る前に様子を見てきましたが、寝てましたよ? 一応起こしたのですが、微塵も起きる気配がありませんでした。まあいつもの通りです」
「歪みないね」
「・・・それは本物のバカだね・・・」
静かな少年が呆れたようにため息を一つついた。そんなおかしなやりとりを見ながらも、師匠と呼ばれた男は冷静に言葉を紡ぐ。
「よい、奴は後で起こしに行くことにしよう。奴にはやってもらいたい仕事があるからな。報告があるものは受けるが、皆いかがか?」
「それじゃあ~、ア・タ・シ☆からぁ~」
『お嬢』と呼ばれた少女は間延びしつつも、実に調子のよい口調で答える。
「お師匠様のいいつけ通り、この大陸での拠点作りは終了しました~。予定より2月以上早いですけど~、良かったですかぁ?」
「うむ、早いに越したことはない」
「大変だったんですよお~? 部下はこき使いすぎて過労死するし~、関わった奴らは口封じのため皆殺しにしなきゃいけないし~。御褒美としてぇ~、余った時間は休暇にしたいんですけどぉ~、行ってもいいですかぁ?」
「・・・まあよいだろう。許可する」
「やっっっっっったぁぁぁぁぁぁ~お師匠さま太っ腹~! お腹はでてないけど~!」
「あの子、いつも一言多いな」
「・・・めんどくさい・・・」
お嬢は師匠の周りをまとわりつくように跳ねまわっている。余程休暇が嬉しいのか。だが、その休暇がろくでもない内容なのはここにいる全員が知っている。どうせ血の雨を降らせる虐殺となるのだろう。彼女が遊びに来る地域の生物にはたまったものではない。
お嬢がけらけらと笑う声が室内に響くが、彼女を無視するかのように静かな少年が口を開く。
「・・・そういえばお師匠様、質問が・・・」
「なんだ」
「・・・最近ボク達くらいの歳に見える子が仲間に入ったと聞きましたが?・・・」
「うむ。まだ私以外は会ったことがないはずだな。一度連れてこねばとは思っているのだが」
「新米なんだから先輩達に挨拶ぐらいしろってーの」
明るい少年が地面を蹴りながら文句を言った。
「今までは貴方が一番後輩でしたものね」
「君は先輩風をむやみに吹かせそうだな」
「はん! 否定はしないね。せいぜいこき使ってやるさ」
「貴方に使われるほど間抜けではない」
今度は全員が虚を突かれ、はっと息をのむ。ここにいる全員が、その存在を感知していなかったのだ。そして何もないはずの部屋の隅の暗がりから、少年が姿を現した。黒髪、黒いローブ、黒い瞳。インナーまで黒だ。真正の暗黒魔術士を思わせる装いに対し、いやに優しげで貴族的な整った顔立ちが逆に不気味さを醸し出す。
少年は黒い瞳を全員に向け、彼らを一通り観察すると、もはや興味は失せたとでもいいたげに顔をそらした。その態度が気に食わなかったのか、明るい少年が喰ってかかる。
「おい、いつからそこにいた?」
「最初から。さすがにいつまでも挨拶しないと、師匠殿の面子を潰しっぱなしになってもまずいと思ったもので。だがしかし私が一番に来ていたけども、誰も私に気づかないとはね。多少たるんでるんじゃありませんか、皆様?」
「こいつ・・・!」
にわかに明るい少年が殺気立つ。だが新しく現れた少年は相手にする様子もない。
「やめよ」
師匠が一喝すると活発な少年はしぶしぶ殺気をひっこめるが、表情は今にも飛びかかりそうな程苛立っていた。
そんな彼を気にする様子もなく、純正の黒の少年は師匠と呼ばれる男に向き直る。
「では師匠殿、もう顔見せも済んだので私はこれで。やることが山積みですから」
師匠の返事を待たずして闇の中に姿を消す少年。この面子をして、彼の態度には全員が呆気にとられている。
「なんだアイツ」
「失礼千万な新米ですね」
「ムカつくよね~子どものくせにさぁ!? キャハハハ」
「・・・お嬢がそれを言うか・・・」
「お師匠様、よろしいので?」
ヒドゥンが師匠に尋ねるが、師匠の方は別に何の感情も抱いてない様子だ。が、ふぅ、と一つため息を小さく漏らした後で全員に向き直る。
「・・・全員聞け。あやつが加入したことでこれ以上仲間が増えることはあるまい。これを持って計画を次の段階に移す。アノーマリー、現在の魔王の制作状況を述べよ」
「はい」
進み出たのは醜い老人。魔王制作者と呼ばれた彼である。
「現在ボクの工房にて、すぐにでも稼働できる魔王の数は140を超えております。制作中の個体を考えれば1000体はあるかと。ただ」
「ただ?」
「いくらか問題もあります。まず魔王に多様な嗜好性を持たせることに成功した反面、行動パターンにばらつきがあります。よって個体の能力に関係なく、成果に関してはかなり誤差がでるのではないかということ。それを補うためには我々のような指揮官が必要でしょう。また魔王の備えた能力がどのように高くとも、誕生時はレベル1。運用までに戦闘経験をいくらか積ませる必要があるでしょう。それに」
「まだあるのか?」
「残念ながら。仮に1000体同時に運用する場合、その配下となる魔物が足りません。ゴブリン・オークなどを積極的にとらえてはいますが、それぞれに100体部下として配備するにしても10万を超えます。とてもその数を捕獲・管理しておくのは場所的にも資産的にも厳しいかと。ただこれに関しては代案を既に考えております。実験が必要ではありますが、なんとか形にできるかもしれません。後でお師匠様の裁可を頂きたいと存じます」
「ふむ・・・」
山積みの問題に師匠は少し頭を悩ませたが、彼の頭がめまぐるしく回転し、すぐに対応策を考え付いてゆく。むしろ、彼の中ではもう何年も考え尽くした計画である。実に様々な局面、状況を考え抜いているのだ。悩むという作業は、彼の閉じた引き出しをあける作業に過ぎない。
「その代案にかかる期間は?」
「実験の進み具合にもよりますが、1年は最低みてほしいかと。あくまで完成品が出来上がるまでの時間、ということでですが」
「よかろう。ちなみにアノーマリーよ、お前が意図した嗜好性を魔王に持たせることは可能か?」
その質問に、待ってましたと言わんばかりに老人がニヤリとする。
「まだ魔王制作の法則の理解が完璧とは言えませんし、それは無理でしょう。ですがかなり法則はわかってきているので、およそ80%は意図通りのことができるかと」
「ならば、そろそろ相手方の戦力を正確に把握しておきたいな。加えて万全を期して、魔王2000体まで生産をしよう。工房の確保は・・・」
「はいはーい! それはア・タ・シ、の仕事~キャハハハ!」
「それでは資金・資材の調達は私が」
「・・・素材の調達は僕が・・・」
次々と各自が仕事を申し出る。
「よかろう。ヒドゥンには別にやってもらうことがある、よいな?」
「はい。と、おネェの方はいかがいたします?」
「お前は引き続き自分の仕事を行うがよい」
「御意」
黒髪の女剣士は優雅に一礼する。
「ドゥーム、貴様にもやってもらうことがある。私に同行せよ。ヒドゥンもな」
「あいよ」
「はい」
ドゥームと呼ばれた活発な容姿の少年とヒドゥンが返事をする。
「ではこれで一度解散とする。ドゥームとヒドゥンは残れ。後の者は定期的に進捗状況を私に報告すること。では皆、『世界の真実の解放のために』」
「「「「「「「世界の真実の解放のために」」」」」」」
その言葉を合図にそれぞれ次々と部屋から姿を消していく。そして残る師匠、ヒドゥン、ドゥームの3人。
「で、お師匠様。どうするの?」
「まずはあのバカ者、『百獣王』を起こしに行く」
その言葉と同時に3人の姿がゆらめき、そして部屋から消えた。
続く
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