魔王狩り、その8~監視する者~
「待ちな、姉ちゃん。こんだけ迷惑かけておいて、挨拶一つなしかい?」
全員が「余計な事を」と思う。ここで得体のしれない連中と揉めても、ブラックホークには何一つ利点はない。依頼外だし、仮に争い勝利するとしても、得る物はないのだ。彼らは戦場のプロ。利でしか動かぬ。
だがゲルゲダの団内での役割は「揉め事を作る」であるし、その点においてゲルゲダもまた確かにプロであった。彼は愚かだが馬鹿ではない。ゲルゲダが一言を発するからには、必ず意図があるのだと全員がなんとなくは感じていたし、また気持ちは少なからず同じであったが、ヴァルサスがいないこの状況で揉めること自体にやや不安があったのは否めない。
ゲルゲダの一言にエーリュアレと呼ばれた魔術士風の女性は足を止め、ブラックホークの面々を改めて振り返り、その表情を観察した。
「何か用か?」
「さっきのスベタ共の監督役なら、一言詫びな。殺気を戦場で向けたなら、たとえガキでも殺されても文句は言えねぇはずだぜ?」
「ふん、そんなことか。だが謝る必要はない。むしろ貴様達を助けたのは私の方だということに、この場の何人かは気が付いているようだが?」
エーリュアレが言った通り、一見失礼な彼女の言葉にも誰も怒りの表情は示さなかった。そしてそれはゲルゲダも同じ事を感じていたため、あえて反論はしない。ゲルゲダがエーリュアレに絡んだのは彼の性格でもあるが、もう一つ別の目的もあった。
そして何も言わぬゲルゲダに、エーリュアレは表情一つ変えずに再び踵を返そうとしたが、そのタイミングでやはりゲルゲダはまたしても彼女を呼びとめたのだ。
「待ちな」
「・・・まだ何か用か。人を苛々させる男だな」
「よく言われるよ、だが後一つだけだ。なぜ、最初は見ていただけのくせに途中で割って入った?」
その言葉に今度はゲルゲダに注目が集まった。それはレクサスとて同じであり、レクサスはエーリュアレが先ほどの現場を除いていたとは知らない。だからこそ、これほど近くに彼女の気配が突如として出現し、内心では驚いていたのだから。
ゲルゲダの言葉に、エーリュアレの眉が初めて微かに動いた。そしてエーリュアレは答える義務がないにも関わらず、思わずゲルゲダの質問に答えてしまったのだ。
「・・・無関係だとわかったからな」
「自分とか?」
「なぜそう思う」
「そういう面構えだってことだよ。中々見れる面してる割に、表情一つ動かさず何年も過ごしてきたような顔してるぜ、あんた。鉄面皮もいいところだ。何か心のうちに秘めた決意があるってな面だ。それも、相当に後ろ暗いことがな」
「ふん、探し人が傭兵にいてな。貴様達がそうではないかと少し疑っていたのだ」
ゲルゲダの質問がまさに正鵠を射ていたからか、エーリュアレが自分から口を割り始めた。あるいは彼女にしてみれば、ここで探していた者に会えなかった憤りも多少あったのかもしれない。
今度はゲルゲダが聞くまでもなく、彼女の方から話し始めた。
「ここにはアルネリアの大司教が出てきている」
「ああ、らしいな」
「最近、アルネリア教会と縁の深い傭兵団を率いている、女傭兵を知っているか?」
「さあ? 女だってのは知っているが、誰かまでは知らん」
「名をアルフィリースと言う。髪が黒く、背の高い女傭兵だ。アルネリア教会が出てきているのなら、もしかしてこいつも、と思ったが」
「その傭兵がどうかしたか」
口をここで挟んだのはルイだった。アルフィリースの名に反応したのだ。ルイはアルフィリースが傭兵団を作ると言っていた所までは知っているが、その先早くも傭兵団を結成しているとは知らなかった。ルイとしてもここのところ北や西を拠点として動いていたので、アルネリアのある東側の最近の情勢は気になる所ではある。
口を挟んだルイだが、それに対してもエーリュアレは特に気分を害さなかった。むしろ、腹の内を本当は語りたくて仕方がないのかもしれない。彼女の言葉が重みを増した。
「・・・仇だ」
「なんだと?」
「アルフィリースは父の仇だ」
エーリュアレの言葉は重く、だが剣のように鋭さを帯びていた。彼女の言葉は意志を持つかのように、ルイの胸に刻まれた。
傭兵などをやっていれば、恨み恨まれは当たり前。仇を討った者が誰かの仇で、など珍しくもなんともない。それは戦う者なら誰しもが覚悟せねばならぬ不文律であるが、エーリュアレの言葉には、さらに深い因縁や恨みが込められているように思われた。渦巻くようなただならぬ執念を感じ、ルイでさえぞくりとした。ただの仇ではあるまい。エーリュアレの表情をさらに注意深く観察するルイ。
「貴様達に忠告しておく。『天駆ける無数の羽の傭兵団』、通称イェーガーはいずれ滅び去る運命の傭兵団だ。あまり親密にしていると、後で泣きを見るぞ?」
「そりゃあ俺達の団長が決めることだ。脅しても無駄だぜ」
「脅しではない、事実だ。奴らに関われば、きっと後悔する事になる」
そう言い残し去っていくエーリュアレだが、その去り際に口元が薄く笑んだのを見て、ゲルゲダは不快な気持ちになった。後悔するのではない、後悔させてやる――と、その女が暗に言ったとわかったからだ。
エーリュアレが去り全員が顔を見合わせる中、彼らの背後からカナートとヴァルサスが現れた。気付けば姿の見えなかった団長にいち早く気がついたのはミレイユ。ミレイユはエーリュアレなどどうでもよかったため、ヴァルサスの出現に一番に気がついたのだ。三番隊隊長のゼルヴァーが彼女に続く。
「あ、団長だ!」
「団長、今までどこに?」
「カナートが得体の知れん連中がいると言うからな。伏せてそっと様子を窺っていた」
「さっきの品のないガキどもそうだが、気になったのはあの女でね。あいつ、ずっとこの近くに伏せてたんだ。そして魔王をこっそり誘導して、俺達に半ばあのガキどもをけし掛けたんだぜ? 形勢が悪くなるかもしれなかったから、姿を現して引いたんだ。そんなことはあのガキどもも承知だろうさ。あの女にとって俺達なんざ、鳥についばまれる虫けらよりもどうでもいいんだろうな」
カナートがぺっと唾を吐きながら言ったので、ブラックホークの面々は全員が不快な気持ちになった。ブラックホークのセンサーでもあるカナートの意見は、誰もが耳を傾けざるをえない。彼の言葉には少なからず主観が入っているものの、普段から決して声を荒げないカナートの態度がこうまで悪いと、それだけで事情は察する事ができるというものだった。
横ではヴァルサスがしばし難しい顔をしたが、彼はカナートの肩になだめるように手をおくと全員に声をかけた。
「聞け、あの女とガキどもの事は忘れろ。そして以後関わるな。これは団長命令だ」
ヴァルサスの一言でブラックホークはこれ以上の追及をやめ撤収準備に入ったが、彼にそっとベッツとゼルドスが寄ってくる。彼らなりに気になる所がまだあるのだろう。
「ちなみにあの女、団長は何者だと思った?」
ゼルドスの質問に、ヴァルサスが難しい顔をしながら答えた。
「おそらくは魔術教会の征伐部隊。そして連れていたのはスピアーズの四姉妹」
「スピアーズ・・・って、それ大魔王じゃ――」
「声がでかいぞ」
ヴァルサスがゼルドスを制する。ベッツの方は意外にも冷静だった。
「やはり以前からある噂は真だったか。魔術教会が大魔王を飼い慣らしているというのは」
「どっちが飼い主かは知らんがな。俺は共闘関係、もしくは互いに監視し合う仲だと考えている。だが誰にも言うな。俺達がそれを知っていると向うにばれたら、魔術教会に俺達が標的にされかねん。得体の知れん魔術を使う連中の相手など、俺達は御免だからな」
「マジかよ・・・だが俺達も魔術には弱いのが唯一の欠点だからな。グロースフェルドがいなけりゃどうにもならん。たしかに奴らと事を構えるのは得策じゃない。だがよ、ゲルゲダは何を考えているかわからんぜ?」
「それも考慮の内だ」
ヴァルサスがゲルゲダの様子をチラリと見る。ゲルゲダは撤収の準備を自分の部下にさせながら、時ににやりとしている。ゲルゲダは隠し事が得意な類いの人間ではない。特に、自分の楽しみに関してはそうである。ゲルゲダはエーリュアレを見て、間違いなく面白い事を思いついたのだった。
一方でエーリュアレがイングヴィルの元に引き返し、一通りの報告を終える。イングヴィルは自分の仕事をしながら彼女の報告を受けていたが、報告の終了と共に彼は筆を止めた。
「ではリアシェッド、セローグレイス、ハムネットの三人は大人しくしていたのか?」
「はい、少なくとも無意味な暴走はありませんでした。我々に従っていると言うよりも、勝手に姉であるキュベェスの言いつけに逆らう方が恐ろしいのでしょうが」
「もちろんだ、だがそれでいい。キュベェスが城から出れない以上、彼女の言い付けを奴らが違える事はないだろう。それに我々の言う事にも、表向き従うだろうな。それで、ブラックホークには上手く釘をさせたのか?」
イングヴィルが机に肘をつき、手を組んでその上に顎を乗せエーリュアレを問いただす。エーリュアレもまた無表情で返した。
「団長であるヴァルサスの姿が見えませんでした。なのでどれほど効果があるかはわかりませんが、うかつにアルフィリース達の味方をすることはないと思われます。それだけでも収穫かと」
「確かにそうだな。この前の会議で、アルフィリースは厳重観察に処分は留まった。最後は会長の発言が大きかったが、今の段階で彼女の呪印がどれほど解放されているのかを見極めるのが先決だそうだ」
「では、私の出番はまだ・・・?」
「そうなるな。しばらくお前が仇を取る機会は訪れまい」
イングヴィルの言葉にぎり、と歯を噛んだエーリュアレ。その姿を見て、イングヴィルは狡猾な笑みを漏らす。
「心配するな、俺はあまり気の長い男ではない。アルフィリースの呪印が解放されるのを座して待つほど大人しくない事は、お前とて良く知っているだろう?」
「はい。では彼女をどうするおつもりで」
「まぁ見ていろ。俺が手を出さなくとも、いくらでもやりようがあることを見せてやる。我々の派閥の長の手前もあるしな。上手くやるさ」
イングヴィルはぱちんと指を鳴らすと、彼の元には一斉に使い魔である蝶が集まるのだった。一匹一匹は美しくとも、蝶が異常なまでに密集すると非常に薄気味が悪く、エーリュアレは自分の師匠でもある男の使い魔にいまだ慣れぬ自分を感じながら、妖しい美しさを放つその光景から目をそらすこともできず、ただ彼の行う事を見守るのであった。
続く
次回投稿は、5/29(火)21:00です。次号より新シリーズです。感想・評価などありましたらお願いします。