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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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魔王狩り、その7~狩る者、狩られる者~


***


 同じく大草原。ギルドが集めた戦力は勇者達だけではない。ギルドが提示した高額の報酬につられ、蜜に虫が集まるように傭兵達は集まっていた。この募集にアルフィリース達が集まらなかったのは、ミリアザールの口添えがあってこそである。

 そして召集された人間達の中には、並々ならぬ連中も当然混じっている。


「ハァアアアア」

「きゃはは!」


 大草原に群れる魔王達を逆に蹂躙していくのは、ブラックホークの面々達。彼らは一人で一体の魔王を相手にできるほどの猛者揃い。いや、魔王を前にしても余裕を見せるほどの彼らは、思い思いに魔王達を粉砕していた。


「あー、歯ごたえないなぁ。もうこれで5体目だよう?」

「ミレイユ。相手を倒して自らも無事なのは、非常に良いことだ。嘆くようなことではない」

「グレイスは真面目だなぁ~。それじゃつまんない時もあるよ。もっと胸が躍るような戦いがしたいなぁ」


 ミレイユは倒した魔王の上にまたがり、あくびをかいていた。この魔王はまだ初期型。倒した後もすぐに腐り果てるわけではないが、醜悪な化け物の上で寝転がるミレイユの神経に、他のブラックホークの面々は呆れていた。だが、これほど図太い性格だからこそ、ミレイユはグルーザルドを一人離れることができたのだが。

 同時にミレイユがそのようにのんびりしていると言う事は、あらかた決着がついたと言う事でもある。現に、ルイが呪氷剣コキュートスセイバーでまとめて三体倒すのを最後に、戦いは鎮静化した。その集結を告げるかのように、副団長のベッツがぱんぱん、と手を鳴らす。


「よーし、片付いたな。一端集合だ」

「うーす」

「・・・」

「了解した」

「だりぃ~」

「仕切ってんじゃねぇよ、ハゲ。殺すぞ?」

「ほほほ、締りがありませんわねぇ」


 1番隊から6番隊までの隊長を先頭に、ベッツの元に黒い群れが集まる。ブラックホークはこの度の戦いにおいて、実に100を超える魔王の首を取った。彼らは魔王が大量に出没していることが認知される前から魔王の討伐に勤しんでおり、現時点で対魔王にもっとも特化した傭兵団と言っても過言ではない。

 特筆すべきは、これほど魔王を相手にしていても脱落者が一人もいないことである。それを可能にするのがグロースフェルドの広範囲治癒魔術の結界なのだが、全員がこの変態神父の世話にならざるを得ない事を耐えがたく思っていた。


「(まぁた変態神父が調子に乗るぜ)」

「(ヴァルサスがちょっとはずしていると、すーぐに羽目をはずすからなぁ)」

「(そういやヴァルサスは?)」

「(さあ? カナートと一緒にどこかに消えたが)」

「(便所か?)」

「(んなアホな)」

「(どうでもいいが、この後が面倒だな・・・)」


 そんな傭兵団の面々がベッツの言葉も耳に入らぬほど戦闘後の振る舞いと、誰をグロースフェルドの犠牲者にするかで詮索していたが、当の神父は奇妙なことに神妙な面持ちで草原の一点を見つめていた。

 その様子に、全員がベッツの話を無視して神父の視線を追ってしまう。


「貴様ら、俺の話を・・・」

「ベッツ、まずいぞ。とんでもないのが来る」

「あん?」


 ベッツがまた馬鹿にされたとひがむ前に、彼もまた異常を察知した。魔王がこちらに全速力で向かってくるのだ。その様子は尋常ではなく、まるで何かに怯えるように魔物は全速力でこちらに走って来るのだった。

 当然、ブラックホークの面々は身構える。その彼らを制して一歩前に出るのはゼルドス。彼は腰を落として構えると、その巨体に似合わぬ小さな構えから、右の掌を押し出すような型を取る。


「むうぅぅぅぅ・・・ぬん!」


 小さな動きだが、そこに込められた力は十分。ゼルドスの掛け声とともに押し出された右足は、地面の中にめり込んでいた。そして右手の前の大気が歪むように圧縮すると、その空気の弾丸ともいうべき塊は魔王に直撃し、その巨体をはるか後ろに吹き飛ばしたのだ。

 その一撃に、ブラックホークの面々が湧きたつ。そしてベッツがなぜか一番したり顔である。


「衰えんな、貴様の『遠当て』は」

「技は年がいっても練れるさ。衰える力をごまかしごまかし、だがな」

「それは俺も一緒だ。後数年もすればレクサスやルイにも勝てなくなるだろう。悲しいことだ」

「奴らの倍以上年経たじいさんのくせに、人間なら怪物だぜ。なんのかんの、ヴァルサスの代わりができるのはお前しかいねぇよ」

「当然だ。こんな癖のある連中を率いることなぞ、そうそう出来てたまるかよ。で、吹き飛んだ魔王の向うから来る奴が問題だな」

「ああ」


 ベッツとゼルドスが頷く中、遠くに吹き飛んだ魔王が突如として肉片に変わった。何か巨大な力で叩き潰されたように、地面に走る衝撃と空高く舞う血飛沫が全てを物語っていた。その事態になる前に気がついた者はほとんどいなかったが、グロースフェルドやレクサスは気が付いていた。そしてレクサスはゆっくりとその姿と気配を消したのだ。

 何事が起きたのかと事実を確認しようとするブラックホークの面々の前に現れたのは、緑を基調としたおよそ大草原に似つかわしくないドレスの少女。その手には巨大な金棒ともいうべき、鋼鉄のすり鉢が握られていた。


「なんだぁ、こいつら。こんなところに人間がいやがるぜ、セローグレイス」

「どこかの傭兵さん達でしょう。私達と同じ仕事をしているのですよ、リアシェッド」

「へーえ? 結構やるみてぇだなあ・・・」


 リアシェッドと呼ばれた少女は、隣の妙に露出の高いドレスのセローグレイスとは対称に落ち着きが無い。着ている物と性格が逆なのだ。リアシェッドはじろじろとブラックホークの面々を品定めするように見ていたが、彼女達に最初に話しかけたのは意外なことにマックスだった。


「お嬢ちゃん達よ、何者だ?」

「あぁん? それをおっさんが知ってどうしようってんだ? 一発やろうってのか、俺達とよ?」

「・・・口の悪いお嬢ちゃんだ。そんなつもりはねぇ。どっちかってーと穏便にいきたいな」

「穏便にねぇ。行くと思うか?」


 ニヤニヤとリアシェッドがマックスを見つめると、マックスの表情が強張る。彼の目には少女など映っていない。彼の目に移るのは、少女の皮をかぶった飢えた獣。一度戦闘になれば、とことんまで戦う覚悟がマックスにはあった。

 だがそんな彼らの間に割って入るように、セローグレイスがお辞儀をした。短いドレスの裾をつまんでマックスに挨拶したのだ。


「失礼しましたおじさま。この者は礼儀知らずの大馬鹿者。多少の無礼は多めに見てくださいませ」

「おい、セローグレイス! 誰が大馬鹿者だ!」

「貴女以外、誰かいて?」

「テメェ・・・」

「おいおい、お嬢ちゃん達。喧嘩はよしな」


 だがマックスが制するのもむなしく、リアシェッドとセローグレイスは武器を取り出したのだ。リアシェッドは巨大な金棒、セローグレイスは巨大な骨切り包丁である。殺気を放ち始める二人に、訳も分からずその成り行きを見る面々。

 だが二人が斬り結ぼうとしたその瞬間、ブラックホークからは二人の人間が飛び出した。それは、


「そこまでだ、くそガキども」

「ですねぇ。少女同士の戦いは美しくない。少女は愛でるものです」

「!」

「っと」


 リアシェッドの金棒を押さえこんだのはグロースフェルド。そしてセローグレイスの包丁をそれぞれ片手の白刃取りで止めたのはベッツ。リアシェッドとセローグレイスの二人は突然の妨害者に驚いて距離を取った。


「おっさん、何しやがる!」

「ですわ。姉妹喧嘩なのですから、邪魔しないでくださいませ!」

「嘘はいけませんって、お嬢さん方。こっちを殺る気まんまんじゃないっすか」


 苛立つ二人をたしなめるように声が草むらから聞こえた。空気を無視するこの軽い調子は、紛れもなくレクサスのものだった。彼は草むらにいたもう一人の少女から、その手にある包丁を取り上げる所だった。レクサスに包丁を取り上げられたハムネットは、両手を挙げて降参の姿勢を示していたのだ。ハムネットは、それでもどこか納得がいかない様子でもある。


「い、つ、気がつい、た?」

「最初から。女性の視線には敏感なんで、俺」

「そういうレベルの話じゃない・・・なんて奴」


 ハムネットはその気になれば寝ている魔獣に気付かれることなく忍びより、起こすことなく解体する事も可能なのである。その自分が気配を隠しているにも関わらずに気が付くなんて、なんて人間だろうとハムネットは思ったのだ。

 そしてレクサスはさらに鋭い指摘を投げかける。


「大方そのお嬢さん達が喧嘩しているふりをして俺達を巻き込み、このお嬢さんがどさくさに紛れて一人ずつ殺して行こうって魂胆でしょうね。まあそうは問屋がおろしませんが」

「いい、がか、り」

「それならそれで俺が謝ってすませますよ。確かにこんな馬鹿げた発想は、事実で無い方が余程幸せですから」


 レクサスがそう言ったところで、一陣の風が吹いた。その風が吹く方向からは、魔術士の茶色のローブをまとった女性が現れたのだ。

 颯爽と登場した女性に、自然と注目が集まる。リアシェッド、セローグレイス、ハムネットの三人だけは決まりの悪そうな顔をしたが。その女性は強い口調で彼女達に問いただすように話しかけた。


「お前達、何をしている? もう魔王の討伐は終わったのか?」

「とっくの昔にね。あんたこそ何してんのさ、エーリュアレ」

「お前達が帰ってこないせいで、迎えをイングヴィル様に命じられた。さっさと帰るぞ、あまり手間をかけてくれるな」

「へいへい、ここいらが潮時かね」

「そうですね、今回はツキが無かったと言う事で」


 リアシェッドとセローグレイスが得物をしまい、大人しく引き揚げようとする。ハムネットはレクサスから投げ包丁を受け取ると、無言のまま引き返そうとした。三人ともが大人しく引き揚げるのを見ると、エーリュアレは挨拶一つなくその場を去ろうとする。その彼女に向けて、五番隊の隊長ゲルゲダが余計なひと言を発した。



続く

次回投稿は、5/27(日)21:00です。

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