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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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魔王狩り、その6~恨みの残滓~


***


「ゼムス様、後はいかように?」

「――いつものように」

「了解です。じゃあ土葬にしときますね。火葬だとさすがに目立つので」


 ダートが魔術を唱えると土がゆっくりと口の形になり、まず離れた位置にいるバルドの死体を呑みこんだ。次にオルティナ。最後にミーシャと、その横に四肢を切断されて横たわるリディルが呑みこまれていく。

 リディルはまだ死んでいない。だがその表情に怒りはなく、ただ絶望のみが見て取れた。リディルは全力を尽くした。森の中で育ち、大自然を相手に培ったその身体能力と、バルドに指導された剣技と、オルティナに教わった魔術を用い、自身の全身全霊をかけて戦った。だが、その努力は実を結ぶどころか、ゼムスにまともに傷を付けることすら敵わなかった。

 負けが決まった時、リディルは不思議な感覚に見舞われた。自分は魔王を倒す勇者だ。その自分を倒す者は、一体何者なんだろうと。そして、正義のはずの自分を倒す者はなんなのだろうと。自分達がこんな死に方を迎えるだけの、一体何をしたというのか。リディルには全く納得がいかなかった。

 そんな疑問が頭の中をぐるぐると舞い、そして彼の視界は土によって閉ざされかける中、リディルははっきりと声を聞いた。声を発したのはダートだったが、それが誰の言葉でもどうでもいい。ただその内容と表情だけがリディルの脳裏に符号の様に深く、深く刻み込まれた。


「なんで私達がこんなことをしたって? 決まっているじゃないですか、楽しいからですよ。我々の顔を見ればわかるでしょう?」


 リディルの目が一瞬だけかっと見開かれ、その形相が恨みを集約したものへと変わった。だがそのリディルの表情すら、彼らにとっては悦楽をそそる一要素にしか過ぎない。リディル達が地の底深くに呑みこまれたのを見ると、ゼムス達はゆっくりとその場を去っていった。そしてその後にはただ静寂が――いや、この惨劇の一部始終を見守る者が実はいたのだ。それは彼らのはるか頭上。この森の中でも一際大きい、大樹の上。


「さっきのは・・・」

「うーん、まさかここまでやるとはなぁ」


 若者と、背中に羽の生えた女性がこの光景の一部始終を見ていたのだ。青ざめ切った女性は、顎に手をやり何かを考え込む若者に救いを求めるように彼を見た。


「ここまでやるとはって、まさかある程度想像はついていたのですか。アーシュハントラ?」

「まあ、ね。彼の周囲に寄っている空気を見ればわかる事さ。なんとなくだけど、とんでもなくロクでもない事をしているのだけは知っていた、というよりも、見てわかっていたのさ」

「ならばどうして見過ごすのです? 貴方も勇者なのでしょう?」


 女性は問いただすようにアーシュハントラを覗きこんだ。だがアーシュハントラは困ったように頭をかくと、首を振ったのだ。


「無理だね。私は戦いは好きじゃない。それにゼムスは最強だ。彼に勝とうと思ったら、最初から彼を嵌めて殺すつもりで策を練らないとダメだ。そんな殺伐とした事、私は好きじゃない」

「好きとか嫌いとかの問題ではなくてですね・・・」

「いや、そういう問題なんだよ。私にとっては」


 アーシュハントラはきっぱりと言い切った。彼にしては珍しく、女性に二の口を告げさせないだけの言いきりだった。普段からふらふらとしており、何を考えているのかわからない男の口調にしては、非常に強い物であった。


「自慢じゃないが、私は風来坊。好きな事をやって、好きなように生きる。だって、人生は短いのだから。その間に好きな事をして何が悪い? 確かに、わざわざ人に迷惑をかけようとは思わないけどね。だけど逆に、わざわざ悪人を捌こうなんて大それたことを考えたことはないのさ」

「しかし」

「しかしもへったくれもないよ。確かに誰かの罪を罰するのは簡単だろう。だがその罰は、本当に罪に見合っているのだろうか? ゼムスは殺せば止まるのかもしれない。でもただ殺すだけが彼の罪に見合うのか? また殺さねばならぬほどの重罪なのか? 彼が救っている人達の事はどうか? それに私が彼を殺したとして、私の罪は誰が裁くのか?」


 アーシュハントラは吟遊詩人のように情熱的に語って見せる。その口調に、女性は押し負けてしまうように口をつぐんだ。アーシュハントラは一端間をおくと、ひょいと自分が座っていた木の枝から一つ下の枝へと飛び移る。


「私が言いたいのは、まあそんな事をここで考えてもきりが無いと言う事さ。彼らの罪にはやがて罰が下るだろう。それは私が下すかもしれないし、あるいは別の誰かかも。あるいはもっと別の形でくだるかもしれないし、何もないかもしれない。だけど、俺の知る限りあれほどの事をやっておいて、何も無いなんてことはないだろうね。それが因果ってやつなのさ」

「・・・貴方はその因果から、解放されたいと望んでいるのですか?」

「さすが長い時を生きる精霊は聡いねぇ、ウィンティア。そう言う事さ。じゃあ私はもう行くからね」


 それだけ言うと、アーシュハントラはバイバイをしながら枝を飛び降りた。ウィンティアが呼びとめる暇ももなく、勇者は去ってしまったのだ。


「ああ! まったく、なんて気まぐれな・・・風の精霊である私よりも気ままな人間など、初めて見ました。でも、彼のおかげで私達は救われたのですが」


 ウィンティア達は元住んでいた場所をライフレスに追われてより、東へ東へと進路を取っていた。だが大草原には魔王が次々と出現し、彼女達は行き先を失っていたのだ。その最中、ぶらりと現れた若者によって、彼女達は救われた。それが勇者アーシュハントラなのである。

 彼は魔王をあっという間に蹴散らすと、この森を一種の結界で覆った。不思議なことに彼が築いた結界は魔王に侵入される事もなく、起動し続けたのである。この森に不浄なる魔獣の類いが出現していないのは、そのせいであった。もっとも気性が穏やかな生き物達は、この森で行われた残虐行為により、完全に怯えて気配を断っているのだが。

 ゼムスが血で汚したことでこの森ももはや生活圏としては使えないだろうが、アーシュハントラいわく、もう数日でこの大草原からはほとんど魔王の気配が消えてなくなるだろうということだった。なぜそんな事が言えるのかはウィンティア達にはわからなかったが、アーシュハントラがいい加減な男でありつつも、そのような重大な決定では決して適当な事を言わないと知っていたので、彼の言葉を信じることにしたのだった。

 ウィンティア達は再び自らの拠点を探さねばならぬ。今度はどこに流れて行こうかと、彼女達はしばし身を寄せていた大樹に感謝しながら、その場を飛び去ったのであった。


 そして――誰もいなくなった大樹の下、地面が一部隆起する。ぼこり、と盛り上がった土がめくれると、そこからは手のない腕が、地面をそれでもなんとか掴もうとざかざかと掴む物を探す。だがそのようなものはなく、腕はしばらくして動かなくなったが、今度は地面を一斉に弾き飛ばして何かが起きてきたのだ。


「ヒュウゥゥゥゥゥウ」


 その者はしばらくぶりにすった空気を肺一杯に吸い込むと、その場に突っ伏した。地面に出るだけで全ての力を使い果たしたのだ。こうなることはわかっていた。地面に出ても出なくても、自らの命は尽きるだろうと。

 ではなぜ、地面の下で安寧とした死に包まれるのをやめたか。それは、自分達のされたことが誰にも知られずに埋もれてしまうのだけは、我慢がならないと男が思ったからだ。自分達がされたことを知ってくれるなら、願わくば復讐まで果たしてくれるならたとえ精霊だろうが魔物だろうが、あるいは魔王だろうが男は魂を売っても構わないとさえ思っていた。


「誰か・・・誰か・・・まだ死ね、ない」

「はいはーい。呼んだかな?」


 男が見たのは、顔が醜く歪んだ老人の様な少年。これこそ魔王の様な風貌だと、その男は思ったのだ。だが、そんな事には構っていられなかった。こんなところになぜこのような者がいるかなど、もはやどうでもいいのだ。だが男は聞いてもいないことをぺらぺらと話し始めた。


「大草原に放った魔王の行く末を見届けに来て、あらびっくり! 随分と悲惨な事をする人間がいたもんだねぇ。ボクとは趣味が合いそうだけども!」

「頼む・・・仇を・・・」


 男は縋るように少年ににじり寄ったが、その足を掴むだけの手もない。だがその少年はにやにやと面白そうに男を見下ろすだけだった。


「仇? やだよ、面倒臭い。やりたいなら自分でやれば?」

「俺は・・・もうすぐ死ぬから・・・」

「じゃあ死ななきゃ自分でやるんだね? ボクなら君をここから助けてあげられるけど、どうする?」


 その言葉に、男の目に精気が戻って来た。だがそれも一瞬で、再び瞳は暗く沈みかける。


「誰でもいい・・・この恨みを果たしてくれるなら・・・」

「おっとと、このままじゃ本当に死んじゃうねぇ。後でどれだけ後悔しても知らないけど、じゃあ契約成立ってことで、ボクの名前はアノーマリー。君は確か・・・リディルだったかな?」


 男が軽く頷くと、アノーマリーは最高の笑顔で頷き返し、そして消えた。今度こそ、大樹の下には何もなかったのだ。そう、死体を掘り返した跡以外は、何も。


続く

次回投稿は5/25(金)22:00です。

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