魔王狩り、その5~魔王を狩る者~
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「いやー、助かりました! もう仲間とはぐれてからこっち、どっちがどっちやらさっぱりでして」
「ふふ、間抜けな勇者様だこと。戦いの最中に仲間とはぐれるなんて」
「ははは、よく言われます!」
元気の良い若者と、シスターにしては色気のありすぎる女が連れだって歩く。男はまだ年若いのだろう、その表情には幼さが見え隠れする。後ろからは、筋肉質な戦士然とした大男が続き、その隣には細面の、魔術士風の男が続く。
魔術士風の男は、その間抜けと言われた勇者に向かって話しかける。
「で、リディル様。お仲間はあちらの森で?」
「いやいや、『様』付けなんてよしてくださいよ。まだ勇者って言われてから一年も経ってないんですから。うまいこと何体か魔王を倒すことはできましたけど、そんなの仲間の援護がなければとても」
「偶然じゃあ魔王は倒せませんよ。それに先ほどの動きをみたが、中々どうして強いです」
「勇者ゼムスのお仲間にそう言ってもらえるんなら、俺としても光栄ですけどね」
だがリディルはそう言われながらも、まんざらでもない様子であった。その様子を見て微笑むゼムスの仲間達。
リディルは照れながらも、先輩でもある彼らに話しかけた。
「ああ、俺の仲間はあそこの森だと思うんです。大樹が一本だけ見える森の、その麓で待っていると言っていましたから。えーと・・・」
「ダートです。こっちのむさ苦しいのはアナーセス。そちらのシスターはエネーマ」
「ああ、そうでした! 俺、馬鹿なもんで」
頭をかきながら照れるリディルに、またしても微笑むゼムスの仲間達。彼らは和気あいあいとしながら、リディルの仲間が待っているであろう森に足を踏み入れた。その森を歩きながらリディルはしきりと彼らに話しかけるのだ。それもそうだろう。勇者であるリディルだが、彼は勇者ゼムスの事を尊敬していた。勇者として数多の業績を持つゼムスは、駆け出しのリディルにとって目標でもある。いずれは彼の様に大陸に名を轟かせてみたい。それがリディルの秘かな要求でもあった。
今回、勇者に任命されてから初の大仕事。ギルド事態の依頼である魔王狩りに召集され、他の勇者と肩を並べて戦う事にリディルは張り切っていた。そして、実に今回10を超える魔王を仲間と共に倒したのだ。現実ではもっと多くの魔王を他の者達は倒しているのだが、経験の浅いリディルとその仲間にとって、10を超える魔王征伐は彼の能力を大きく超える奮闘ぶりだった。
この業績を聞いたら、田舎にいる両親はどれほど喜ぶだろう。そんな期待胸を膨らませながら森を歩くリディルだが、段々と彼の顔は強張っていた。そして、ついに彼の口は閉じ、笑顔もまた顔から消えて戦闘態勢に入っていた。その顔を見て、ダートが様子を窺う。
「どうしたのです、リディル様」
「おかしいと思いませんか? 森に入ってからこっち、まるで生き物の気配がない。それに辺り一面には血の匂い。何かが――いる」
「・・・そうですか? 私には何も」
「こっちだ!」
突然走り始めたリディルを追うダート達。だが山育ち、森育ちのリディルの足は速い、茂みを飛び越え木を蹴りながら走る彼とは、徐々に距離が離れていった。
「速い!」
「待てよぉ! 俺はそんなに速く走れねぇ」
「ちょっとは節制しなさいな。最近腹が出ていますよ」
エネーマがアナーセスを叱責しながら走る。そしてリディルが大樹の元に辿り着いた時、彼は地に伏す自分の仲間を見たのだ。
「バルド! オルティナ! ミーシャ!!」
リディルが仲間の所に駆け寄る。バルドに既に息が無い事はすぐにわかった。リディルに剣を教えた剣士であった彼だが、既に剣は折れ、首から上はなかった。剣を握りしめたまま絶命している所を見ると、彼は戦いの最中で死んだのだろう。かつて統一剣技大会で上位に進んだ彼ほどの剣士を殺すなど、並の達人ではない。
オルティナは生きているのか死んでいるのかの判別がすぐにわからなかった。彼女は手を射抜かれ大樹に張り付けられており、足は膝から下は既になく、顔は原形がわからぬほど切り裂かれていた。彼女が微笑めば戦いも止まると言われた、美しい魔術士の面影はどこにもない。だが胸がかすかに動いているところを見ると、まだわずかに息はあるが、あれではもはや--
リディルはもう一人、自分の妹でもあるミーシャの姿を探した。だが彼女の姿を見つけた時、リディルはその場に膝をついてしまった。もはやどうやっても、ミーシャが生きているとは思えなかったからだ。手と足はあべこべに縫い合わされていた。服は既にぼろ布で、悪戯された後が如実に見て取れた。首は×××に埋め込まれていた。
そこから先は、リディルは認識をやめた。これ以上は理性が持たないからだ。
「おお・・・おおお! 何があった!」
リディルは妹であった者の残骸に寄り添うと、その亡骸を抱きしめた。そのままくぐもった嗚咽を出してむせび泣いたが、後ろにふと誰かの気配を感じて思わずオルティナの所に飛びのいた。リディルの目に移ったのは、開けた場所の一画にある程良い大きさの石に腰掛け、じっと彼を窺う男だった。
余りにそこに当然のように座っているからか、リディルは我が目を疑った。彼の姿は、この血塗られた光景に馴染み過ぎる。不吉。そうリディルが思った時、背後から微かな声が聞こえた。
「気を・・・つけて。あいつが・・・」
微かに聞えた声の主がオルティナだと気がついた時、彼女は括りつけられていた木に貫かれて絶命する所だった。リディルの顔に、仄かに恋心を抱いていた女性の温かな血が飛び散る。絶望に固まる彼に、届くのは軽薄な調子の声。
「あーあ、せっかくかけておいた『沈黙』の効果が切れちゃってた。もう少し楽しめるかと思ったのになぁ」
「詰めが甘ぇんだよ、詰めが」
「あそこまでぐっちゃぐちゃに酷使した誰かさんに言われたくありません」
「切り刻んだのはてめぇだろうが」
「はいはい、そこまで。全く、女を死なないように調節、回復する私の身にもなってみなさい」
ため息をつくのはエネーマ。もちろん姿を現したのはゼムスの仲間である。彼らはこの光景を目の前にして警戒するでなく、むしろ先ほどよりも落ち着いた表情を浮かべていた。そう、まるで家に帰って来た時の様に。
リディルは察した。こいつらが、この惨状を作りだしたのだと。ならば、先ほどから座ってこちらを窺っている男は――
「まさか、あんたが勇者ゼムス、か?」
「・・・そうだと言ったら?」
「どういうつもりだよ・・・なんでこんなことをするんだよ!?」
最後は悲鳴にも近いリディルの叫び声に、逆に興が冷めたかのような表情を浮かべるゼムス。
「この光景を見て問うか・・・愚かな」
「な、何が愚かだ! 貴様の方が――」
「だから言ったじゃないですか、こいつは我々と語らうに足らないと」
「そうだぜ。こんなのは玩具にしかならねぇ。いや、男じゃ玩具にもならねぇ」
「あら、私にとては丁度いいけど? まだ筆おろしも住んでなさそうな坊やじゃない。喰い手があるわぁ」
淫靡な表情を浮かべながら、エネーマが愉しそうに笑う。その表情を見て、リディルは確信した。こいつらは、真なる悪だと。
「貴様らぁ!」
「おおっとぉ」
リディルがゼムスに向けた繰り出した剣は、割って入ったアナーセスの斧に止められた。ハンドアックスの大きさの斧を二つ構えるアナーセスに対し、リディルは二つ目の短めの剣を抜き、二刀の構えを見せる。本気になったリディルに対し、余裕の表情を見せるアナーセス。
「へぇ、二刀流ね。俺と同じか!」
「だからあんたのは両刀。意味が全然違うっての」
「いいじゃねぇか、どっちでも」
「ふざけるな!」
ふざけ合うアナーセスとダートを無視し、リディルは飛びかかった。その疾風のごとき突撃は、巨岩のごとき大男によって止められた。
「いいねぇ。速いぜ、お前」
「まだまだ!」
リディルの目にもとまらぬ連続の斬撃は、アナーセスによって全て弾かれている。だが疾風のごときリディルの攻撃は段々と激しさを増し、台風から嵐へ、竜巻のごとき連撃へと様相を変えていった。
「お、おお? おおお!?」
アナーセスの体が徐々に血にまみれて行く。いかに歴戦のアナーセスといえど、ここまで激しい攻撃はそう記憶にない。そして攻撃に回ろうとするアナーセスだが、余りの手数に押し切られ既にそれどころではなかった。
「この・・・ガキ!」
無理に力でねじ伏せようとしたアナーセスの一撃は、逆に大きな隙を作ることになる。そしてアナーセスの両斧は上にかち上げられ、彼は無防備な胴体を晒すことになったのだ。
「あ」
「フウッ!」
少しだけ息を吸い込んだリディルの斬撃がアナーセスを切り刻む。下から三つ、左右から七つ、上から四つ。計14の斬撃が、十分の一秒にも満たない時間でアナーセスに叩きこまれた。まさに目にもとまらぬ斬撃。だが、切り刻まれたはずのアナーセスは倒れるどころか、直後に両手の斧を振り下ろしたのだ。
「があぁ!」
「!」
だがリディルの反応は素早い。アナーセスの攻撃も決して遅くはないが、俊敏性において二人の間には天地ほども差があった。アナーセスの攻撃小馬鹿するかのように、振り下ろされる斧を蹴ってリディルは横に飛びのいたのだ。
だがリディルはアナーセスが倒れなかった事を不審に思った。確かにリディルの斬撃は速さの分で軽いが、先ほどの攻撃は筋肉の薄い所を全て狙ったのだ。剣の切れ味も考えれば、首くらいは致命傷になっていてもよかった。
その答えは目の前にある。アナーセスの体は先ほどよりも筋肉が遥かに隆起しており。まるで別人のように見えるからだ。急速に膨れた肉体に鎧が追いつかず、彼の状態は裸になっていた。
「あぶねぇ、もう少しで死んじまう所だった」
「油断大敵だ。一応あちらも、勇者なんだから」
「ちげぇねえ」
アナーセスの特殊能力。それは筋肉の増大を促し、一時的に限界以上の力を引き出すこと。彼が全力を出せば、サイクロプスすら捻り潰すと言われる程の膂力である。そして体は鉄よりも遥かに堅く。まさに全身凶器と化すのが、アナーセスの能力だった。
「がはは、こうなったからには俺はちょっとやそっとじゃ傷つかねぇ! さぁ、何でも来いよぉ。さっきのような貧弱な剣なら、俺にかすり傷一つも――」
アナーセスがその膂力を見せつけている時、リディルは再び疾風の様な動きでアナーセスに襲いかかっていた。だがアナーセスの言う通り、リディルの剣はアナーセスの皮膚で止まる。
「だから言った――」
「うおおおおお!」
気合一閃、今度はリディルの筋肉が盛り上がる。すると、鉄以上の硬度を誇るはずのアナーセスの体が、切り裂かれていく。そしてアナーセスの体からは血飛沫が吹き上がるのだ。
「ば、馬鹿な」
「死ねぇ!」
リディルがとどめをさそうとアナーセスに襲いかかるが、それは間一髪ダートの魔術によって妨害された。風の刃がリディルを襲う。そして氷、炎、土と実に様々な攻撃魔法が間断なくリディルに向けて放たれるのだ。
「だから油断すんなって言ったのにさ!」
「ちっ、一つ貸しにしていてくれ」
「しょうがないわねぇ。治してあげるけど、高いわよ?」
「仲間から金とんのかよ?」
「当然。血止めなら500ペント、痛みも飛ばすなら1000ペント、完治なら3000ペント」
「ぼったくりじゃねぇか!」
「そうでなければ、誰があんたみたいなムサいおっさんなんか治すもんですか。私は美しい者が好きなの。まだ仲間ってことで割り引いているのよ。感謝なさい」
散々な事を言われながら、アナーセスはエネーマに治療してもらっていた。その間はダートがリディルを押さえているが、そのダートも必死だった。
「こいつっ!」
ダートは四属性を操る魔術士である。彼の使う魔術は攻撃だけでなく間接的な補助もできるのだが、別段攻撃が苦手と言う事もない。だが、数々繰り出されるダートの攻撃魔術は、そのどれもがリディルを捕えなかった。距離を取ってダートの攻撃魔術を捌いていたリディルだが、ダートのおおよその詠唱傾向を掴むと、徐々にその間合いを詰めてきた。円を描くように内へ、内へ。徐々に詰まるその距離に、ダートが焦り始める。
「くそっ! 当たらん!」
ダートがさらに詠唱の勢いを挙げようとするが、その時彼はリディルが何かを呟いていることに気がついた。
「(なんだ、何を呟いて――)」
ダートがまさか、と思うと同時に、リディルからは≪圧搾大気≫が放たれた。ダートは詠唱中の攻撃魔術を中止し、自分の防御魔術を強化した。だがその一瞬が致命的。
ダートの目の前で大気が弾けた直後、既にリディルは目の前に斬り込んでいた。
「う・・・おお!」
ダートは相討ち覚悟で、目の前で爆発の魔術を使った。もちろん自分の魔術障壁も関係なく使ったため、ダートもリディルも相討ちの恰好で吹き飛んだのだ。
転げ回り受け見も取れないダートだったが、リディルの方は吹き飛ばされながらもきちんと受け身を取っていた。吹き飛ばされながらも彼は体勢を整え、悠然と構え直す。そして自分に回復魔術をかけながら、再び突貫の姿勢を整えているではないか。
「あのガキ、大したもんじゃねえか」
「そうね。最近の相手では随一かもね」
「油断とか、そういう相手じゃなさそうですね。さすが勇者。強い」
惜しみなく賛辞を贈る三人だが、リディル当人は油断をしていなかった。三人ならなんとかなるかもしれない。だが問題はまだ動かぬゼムスである。リディルが先ほどダートに追撃をしなかったのは、ゼムスと瞬間的に目が合ったから。ゆえにリディルは好機にもかかわらず、大人しく自分に回復魔術をかけて様子を見ているのだ。
だがついにゼムスが一歩前に出た。不甲斐ない仲間に代わって自分が相手をする気になったのか、あるいはリディルと戦いたくなったのか。それは誰にもわからない。だが、ゼムスは確かに無言のまま動いたのだ。
腰の剣が抜かれ、正眼に構えられる。正統派に見える構えは、リディルの戦育ちの野戦剣法とは一線を画すものだ。リディルはゼムスの隙を探すべく、彼の周りを回りながら様子を窺う。だが、リディルの動きに合わせて体の向きを変えるゼムスには隙が無い。
「(・・・この男、強い)」
リディルの頭からは、既に仲間がやられた憎しみは吹き飛んでいる。ただ純粋な戦士として、リディルはゼムスと対峙していた。そうでなければ、とても倒せそうな相手ではなかったからだ。むしろ、明らかな格上。リディルははっきりと、そのようにゼムスを認識していた。
それでもリディルが撤退しなかったのは。やはりゼムスへの恨みがあるからだろう。だがその恨みは、判断を鈍らせる。リディルはゼムスが格上だと感じた段階で撤退すべきだった。冷静な彼なら、間違いなくそうしていたからだ。後悔先に立たずという言葉があるが、この場合のリディルには適さないかもしれない。なぜなら、彼はどの道を選んでも後悔したに違いないから。
「うおおお!」
リディルの咆哮が、森の中にこだました。
続く
次回投稿は、5/23(木)22:00です。