魔王狩り、その4~四人の勇者~
「その顔だ、俺が惚れたのはな」
「感謝するぞ。ワシの原点を取り戻したわ」
「むかつくことによ、あの人間は確かにたいしたものだった。誰にも知られることなくゆっくりと腐っていたお前の心を癒し、そして自身も強くなってみせた。ただお前を手に入れるためだけに俺達に戦いを挑んで手傷を負わせるなんざ、並みの覚悟じゃできねぇよ。俺もその点だけはあいつを評価していた。だがよ」
ジャバウォックの目がふいに遠くなる。
「やっぱり人間だな、あっさり死にやがった。せっかくの俺達と対等に口のきける人間だったってのによ。だから人間ってやつは嫌いだよ」
「ジャバウォック、おぬし・・・まあそれは何も言わないでおこう。それに人間は確かに短命じゃが、その意志を後に伝えることはできる。それが人間と我々の違いじゃろうて」
「その意志も劣化するばかりだと思うのは俺だけかね。さてと、俺はもう行くぜ」
ジャバウォックがため息と共にミリアザールから離れていく。その姿を見送りながら、ミリアザールが話しかける。
「他の連中を呼んでくれるのか?」
「ああ、まだあいつらが生きてたらな。だがお前も気をつけろよ。おそらくオーランゼブルの奴は、俺達がミリアザールの味方をすることを想定して戦力を組んでいる。俺達が参加しようがしまいが、結果に変わりはねぇのかもな」
「じゃが、オーランゼブルとて完璧ではない」
「もちろんだ。あいつは生真面目すぎて、自分でなんでもしょいこんじまう。だから思ってもみない可能性が、奴の思考からは抜け落ちているだろうよ。突くとしたらそこだが、それがなんなのかは難しいな。で、奴がこんな凶行に走るのを、奴の一族や娘は容認したのかい?」
「は・・・娘?」
ミリアザールがきょとんとするのを見て、ジャバウォックは呆れたようにうなだれた。
「なんだ、そんな事も調べてねぇのか。あいつが木の股座からでも生まれたと思ってんのか?」
「いや、それは・・・確かに」
「あいつがこんな暴走をするのに誰の認可も得ていないのならまだ交渉でもつけいる隙はあるだろうが、これが一族全員の許可だとすると厄介だ。だが、お前の話を簡単に聞いただけでも、ハイエルフの一族の影は今回の件に見られないけどな」
「ふむ」
ミリアザールは手を組んで考え始めた。確かにオーランゼブルは五賢者の一人だが、彼は決して単一の個体というわけではない。その姿を見なくなって数百年は経つと言われるが、確かに彼はハイエルフの一族なのだ。
今回のオーランゼブルの暴走、少なくともミリアザール達にはそう見える行為だが、確かにこれらは一族の許可を得ての行動なのだろうかと彼女は今さらながらに疑問に思ったのだ。
ミリアザールの考えを促すように、ジャバウォックは続ける。
「ハイエルフの一族は、変わってなければピレボスの向こうの大地にいるはずだ。尋ねてみたらどうだ? もっとも、北の大地は氷原の魔女によって封印されているがな。そうでなくても奴らの里を見つけるのは非常に難しいが」
「開いてもらおうにも、あやつらは確か誰も命令も聞かないはずだが」
「それをどうにかするのがお前の仕事だ。そこまで甘えるんじゃねえよ」
ジャバウォックもまた聞かれても困るのか、ミリアザールの疑問に対して明確な答えを出せぬまま曖昧にその場を去ろうとする。
だがもう一つ思い出したことがあるのか、くるりと振りかえった。
「あ、そうそう。一つ気になる事があってな」
「なんだ?」
「今回の一掃作戦で気になる奴がいた。人間で、以前からちょくちょくこの大草原に顔を出す奴だ」
「特徴は?」
「さて、俺は人間には基本興味がないからな。だけどな、こいつはヤバい。俺が言うのもなんだが、あいつは血に飢えた獣だ。血を見るのが好きで好きでしょうがない奴だ。凶暴ではなく、残忍。そんな言葉が似合う奴だ。あんなやばい人間は、そうそういないだろう。
それに強い。もしかすると俺と同じくらいかもしれん」
「く・・・ははは!」
その言葉にミリアザールが突如として笑い始めた。何事かとジャバウォックが訝しむも、ミリアザールは腹を抱えて笑っている。
「お主と同じくらい強いじゃと? ありえん、ありえんよ。炎獣より強く、前代の大草原の管理人であったお主と? 全盛期のワシと互角以上に戦えるお主と? そんな人間がいてたまるものか。お主、一人で大草原にこもっていたせいでボケたのではないか?」
「ちっ。まあ、信じる信じないはお前の勝手だがな。そういう可能性もあるということだ。俺も確認したわけじゃねえし、直感がそう告げているだけってだけのことさ。だがよ、うかつに敵にだけは回すなよ?」
それだけをやや不安そうに言い残し、ジャバウォックは疾風のように去って行った。ジャバウォックが後ろ脚に力を込めて大地を蹴ると、次の瞬間にはもはや彼の姿ははるか彼方へと去っていくところだった。
残されたミリアザールは笑いをぴたりとやめると、ジャバウォックの言ったことを考え始める。
「危険な奴、か。およその見当はついておるが、確証は何もない。だがジャバウォックまでがそういうなら、信憑性はやはり高いか」
今回ギルドに頼んで戦力を貸し出すように頼むと、なんと勇者認定を受けた者全てに声をかけるという、ギルドとしては最高の待遇で応じてくれた。元々ギルドそのものがミリアザールの手の内なので当然といえば当然だが、勇者認定を受けたほどの者達が日程調節をして、一堂に会することは世にも稀である。
現在ギルドが認定した勇者は四人。最近までもっとも勇者らしい勇者として大陸に名を馳せたグラシャスが高齢による引退を申し出て、現在は実績的に勇者ゼムスを筆頭に、風来坊の勇者アーシュハントラ、勤勉な女勇者フォスティナ、そして最近認定を受けたばかりの若き勇者リディルである。ギルドは全員に召集をかけたが、勇者ゼムスのパーティのうち集まったのはたった四人であり、フォスティナもまた期間限定、リディルは張り切って来たもののアーシュハントラに至っては、途中でどこかに行ってしまうというなんとも締まりきらない展開となった。
それでも彼らは並みの兵士の1000人分の働きをするのだが、ミリアザールは勇者ゼムスについてはその正体を危ぶんでいた。
「(リディルはわざわざワシの所に挨拶しようとしに来たし、フォスティナのような真面目な女は、その爪の垢を煎じてアルネリアのシスターに飲ませてやりたいくらいじゃ。アーシュハントラについてはワシでもその全容をつかみきれぬ変わり者じゃが、ゼムスに至ってはまさに謎。
その仲間も名前から出自まで全てが知れておりながら、あまりに空白の活動期間が長い勇者。大きな依頼の後、彼らは必ず姿を消す。そしてふらりと現れては、また勇名を轟かせる。そして空白の期間は、我々ですらろくにその足取りをつかめぬと来た。依頼は必ず達成するし、その実力も評判も折り紙つきじゃが、どうにも腑に落ちない点が多い勇者よ)」
ミリアザールは勇者ゼムスに会ったことはない。だが、その評判だけは聞いている。実に評判の良い男だが、ミリアザールはその評判を怪しんでいた。ミリアザールの耳に入るのは、良い評判なのだ。そう、良い評判だけが耳に届くのだ。
どんな人間にも正邪があるとミリアザールは信じているし、その方が健康的だとも思う。人間、もしくはそれに近しい精神構造を持つ者は、周囲の者達を意味もなく傷つけたくなるほど機嫌が悪い時もあれば、逆に自分に襲い掛かる魔獣ですら治療してしまうほどに慈悲深い時もあるだろう。不幸だから幸せを求めるし、弱いから強くなろうとも思う。
だが、ゼムスの行動理念はまるで見えない。姿を現しては、魔物を片付け続ける。人間相手の依頼は決して受けず、自分の仲間以外は絶対に同行させない。その依頼は完璧であり、仲間が負傷したという話すら聞かない。彼らの的になった魔物は、その運命を決定づけられたも同然だった。
逆にグラシャスは非常に人間臭い男で、大きな仕事の後は必ずのんびり過ごしたし、依頼も気分が乗らない時には断ったこともある。女との浮名もそれなりに流したし、依頼を失敗したこともある。仲間は一定ではなかったし、何人かは彼らから離れ、また何人かは死に別れ、その都度彼は新しい出会いを求めた。
だからグラシャスの周りには常に人がいたし、彼を求めて多くの人が集まった。彼自身人間が好きであったし、非常に気さくで冗談のわかる男ではあった。ミリアザールも会ったことがあるが、彼女の正体を知ってなお、彼の態度は変わらなかった。ミリアザールがアルネリア教以外で頼りとする、数少ない人物の一人であった。
ミリアザールはグラシャスとゼムスを比較し、その違いを検討したうえである策を練った。ゼムスに限らず四人の勇者全てが対象だが、彼らの働きぶりを見て今後誰を頼みとすべきかこの機会に見てやろうとしたのである。だがやはり彼らの戦いとその後を辿る事は口無しをもってしても不可能であり、ミリアザールの目論見は残念な結末に終わってしまうのであった。とはいえ、勇者ゼムスの事はいつまでも誰もが知らぬでおかない。彼らもまたこの世に存在する者である限り、自分達以外の全ての目を逃れられるわけではないのだから。
そして、予備の策は常に必要になる。いざという時のため、ゼムスに対抗しうる人間の育成は必須だとミリアザールは考えている。
「アルベルトの完成を急がねばな。それにジェイクの成長も。さらに今後の戦いも考えれば、魔晶石の量産も必要になるか。平和な時代を迎え、せっかく軍縮をしたのにな。これでは大戦期に逆戻りじゃの。まさかシュテルヴェーゼ様まで出てき・・・いやいや、それは勘弁願いたいのう」
ははっ、とミリアザールは乾いた笑いをこぼし、何か恐怖の記憶を振り払うように頭を振ると、その場を後にしたのだった。
続く
次回投稿は、5/21(月)22:00です。