魔王狩り、その3~管理人の視点~
「・・・これでいいかよ?」
「上出来じゃ。お主はこういう、ちょっと愛嬌がある程度の位置付でよい。そうでもないと、アルネリアに招いた時にいらぬ緊張を周囲に与えるでな」
「やっぱそのつもりか。俺を、いや、俺達をテメェの城に招くほど切羽詰まってんのか」
ジャバウォックは信じられないといった表情でミリアザールを見たが、彼女の表情は全く崩れず、その言葉が真実であることを示していた。
「・・・本気ってことか。喧嘩の相手は誰よ?」
「五賢者、オーランゼブル」
「はっ! あの頭カチンコチンのハイ・エルフかよ! いつかはやらかすと思ってたんだが、ここで来るとはな!」
ぎゃははは、とジャバウォックが笑う。だがミリアザールはそれほどの余裕が無いのか、ジャバウォックの笑いを冷静に否定した。
「何がおかしい。まさか予想していたとでもいうのか?」
「まぁな。ああいうお堅い奴は、一つ間違えるとどこまでも突っ切っちまう。俺みたいな適当な生き方をしてりゃあ、必要以上に怒りを感じる事も執着もないだろうによ。道を間違っても修正ができるってもんだ」
「ほほう、良い事をいうではないか」
「当然だ。俺はこう見えてテメェの四倍以上生きている。オーランゼブルはちょっと俺より年上なくらいで、ほとんど同世代だからな」
ジャバウォックはしたり顔をミリアザールに見せつけるが、彼女はそれをふいと流した。
「確かにそうよな。そなたが余りに軽薄だから、つい忘れておったわ」
「軽いのと思考の深さは相関しないぜ、ミリアザールよぉ。だからこそ俺は、はるか年下の貴様と対等に話すんだからな。で、敵はどのくらいの戦力だ?」
「以前炎獣を仕留めた男がいるな?」
「ああん、あの馬鹿っぽい人間か。確かに炎獣を素手でぶっとばしてたな、あいつ」
「その男と同等、もしくはそれ以上が10人」
ミリアザールの言葉に、ジャバウォックの顔から笑いが消えた。
「・・・マジに言ってんのか?」
「大マジじゃよ。だからこうして貴様にも援助を乞うておる。どうか?」
「・・・その前によ、いくつか確認しておきたいことがある」
ジャバウォックはその場に座り込むと、ミリアザールに座れと地面をちょいちょいと指さした。ミリアザールはそこに足を崩して、非常に女性らしい座り方をした。彼女がそのように女性らしいふるまいをするのは、限られた相手の時だけだ。
そのミリアザールに顔をジャバウォックは近づけると、すんすんと匂いを嗅いだ。だがミリアザールも嫌がりはせず、されるがままに任していたのだ。
「ミリアザールよ。お前、あとどのくらい生きていられる?」
「・・・わかるのか」
「もちろんだ。今のお前からは威圧感を感じない。以前俺や他の連中と渡り合った時の輝きがないんだよ、お前。そんな状態であの化け物とやり合おうなんざ、無謀もいい所だ。いや、自殺ってやつに等しいな」
「ふん、それでもやらねばならんのだ」
「なぜだ? 貴様が大事にしていた男はとっくに死んだろうが」
その言葉に、ミリアザールはぐっと詰まる。
「・・・確かに奴は死んだがな、その意志は衰えることなくいまだに生きておるよ。いや、輝きは増しておるかもしれん」
「ほう、ではあいつがやはりそうか。まあそんな事だろうとは思ったがな。だがどれだけ掲げる思想が立派でも、実力が伴わなければただのお題目だ」
「だからこうして恥を忍んでお主にだな」
「無理だ」
ジャバウォックは言い放った。その言葉にミリアザールが怒りの表情を浮かべる。
「ジャバウォック、貴様臆したか? まさかワシと交わした約束を反故にするつもりではなかろうな?」
「馬鹿言え、俺は約束は守る男だ。それに、約束はそもそも俺から持ちかけたしな。『お前の敵になるであろう者が尋常ではない時、俺はお前を助けに行こう』と」
「『その代わり、俺の言う事を一つだけ聞いてもらうぞ』ともな。それが何を意味するかはわかっておるつもりじゃ。だからこそ、ワシは今までお主の力を借りなんだ」
「実際、お前は自分でどうにかしちまう女だからな。だが今回の相手だけは無理だ。無理ってのは俺が力を貸さないってことじゃねぇ。俺にはお前との約束以外にも、草原竜の旦那との約束もあるんだ。その約束にかけて、今回の敵は確かに見逃すわけにはいかねぇだろうさ。俺は約束通り力を貸すが、それでも俺は炎獣を倒したあの男に勝てねぇよ」
ジャバウォックがきっぱりと言い切ったので、ミリアザールは信じられないといった様な顔をした。ミリアザールの知るジャバウォックは傲慢が歩くような生き物である。俺の物は俺の物、お前の物も俺の物だと豪語するような男である。強い相手を見れば血がうずき、大地の地形を変えてでも戦うような戦闘狂が、勝てないという言葉を吐くなど信じられなかったのだ。
言葉を失くしたミリアザールを見て、ジャバウォックは言葉を付けたす。
「いいか。あの男は炎獣の火球だけではなく、魔法まで凌いで見せた。しかも、魔法の直撃を受けていながら、溶岩の海で湯浴みをするような奴だぞ? 例え俺でも、炎獣の一撃はダメージを受ける。だがあの男はな、まるで効いている様子がなかったんだ。そんな化け物、仕留める方法が思いつかんよ。
それでも奴はまだいい。戦うだけの手段が取れるからな。だがもう一人――炎獣が使った魔法の後処理に来たあの小僧。奴とだけはやり合うのは御免だ。あれは俺ではどうにもならん」
「何? なんだ、それは」
「知らないのか?」
ジャバウォックは多少呆れたように、ミリアザールに一連の流れを説明した。炎獣の魔法を打ち消し、かつその場所に森を瞬間的に構築した少年がいることを。ミリアザールはその話を呆然と聞いていたが、説明が終わると信じられないと言った顔をした。
「そんな奴が敵にいるだと・・・だが、いやしかし」
「混乱するのも無理はないな。あれは純粋な『魔法使い』だ。今ではそんな奴はいないと思っていたが、どうやらまだ現存してるようだな。世の中は広い。単体の魔法を使う者はまだいるが、純然たる魔法使いに出会うとはな」
魔法使い――魔術と魔法の区別とは、そもその効果が永続的かどうかによる。ファランクスの炉心融解のように土地そのものを変形させるような魔術を『魔法』として定義しているが、そも魔法使いとは、使う魔術全てが魔法級の影響力を及ぼす事を指す。
使用する魔術が魔法になるかどうかは、収束する素子の量や速度、また本人の属性や大気の状態、季節、月の巡りなどにもよったりするので、必ずしもその効果は一定するとは言えない中、ユグドラシルはケタ違いの安定性でもって魔法を使用できるという事だった。
その世の理から外れた存在である魔法使いだが、ジャバウォックの見立てでは大草原で見た敵の一味が魔法使いだと言う。もしそうなら、ミリアザールがいかな計算を立てようとその者の意志一つで全てが覆る可能性が高くなるのだ。
「(そもそもワシのしている事自体が無意味じゃと言うのか? ワシらは座してオーランゼブルのなすがままを受け入れるしかないと? 馬鹿な! そんな事のためにワシは今まで努力をしてきたのではない。ワシは、そうワシは・・・)」
「しゃきっとしろよ、ミリアザール」
ジャバウォックが上から覗き込んでいることに気が付き、はっと見上げるミリアザール。ジャバウォックは心配するわけでもなく、ただそこにミリアザールの前に立っていたのだ。
「言い出しっぺがそれじゃあ、お前の後に続く連中はやりにくいだろう。もうお前は走り始めたんだ、今さら迷うのは無しだぜ。きっちり最後まで走りきって見せな。結果を考えるのは後だ」
「・・・じゃが、ワシが間違った道を行っていたら」
「そんなにお前の後に続く連中は頼りねぇのかよ? お前が死ねって言ったら、自分の意志もなく自決するような連中ばかりか? お前が間違っていてもその後に黙って従うだけの連中か? 違うだろ。あの時お前と奴が誓ったのはよぉ、そんな連中を育てるために戦って来たんじゃねぇはずだぜ、お前は」
その言葉に、ミリアザールが胸の内にしまっておいた記憶が、突如として滝のように押し寄せた。そしてその一つ一つを噛みしめるようにミリアザールが唇を噛んだが、再び顔を彼女が上げた時にはその顔は固い決意と意志にて引き締まっていた。
そのミリアザールの表情を見て、ジャバウォックもまたやや誇らしそうに鼻を鳴らす。
続く
次回投稿は、5/19(土)22:00です。