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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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魔王狩り、その2~先代の管理人~

「ここから先が問題となるの」


 ミリアザールが先ほど誘導した魔王を瞬殺し引き揚げてきた。手に付いた魔王の肉片を振り払い、梔子に話しかける。梔子は真新しい衣装を用意し、先ほどまでの悪態とも取れる態度をさっと改め、粛々と頭を垂れてミリアザールの着がえを促した。


「問題、とは」

「最初に想定した事態じゃ。魔王の姿形は見ての通り、ほとんど統一が無い。似たような個体も多いが、それぞれに個性がある。頭の良し悪しもしかり。ここまで戦った個体にほとんど知性はなかったが、中には慎重な個体もいるだろう。それらは、ここに我々がいるとわかった段階で仕掛けては来ぬよ」

「ではどうなさいます?」

「ワシが何の制限もなく出向けたら、一月もかけて狩りつくす所じゃがな。そうはいかぬから、ワシと旧知の仲の者にこっそりと依頼しておいた。ワシらが派手に目を引くから、背後から魔王達の喉笛をかっ切ってくれとな」

「旧知の?」

「うむ」


 ミリアザールが着替え終わり、純白の戦闘服に身を包む。魔王の血にまみれた衣装は楓がいち早く回収した。そしてミリアザールは同じく楓に出された飲み物をぐいと飲み干すと、梔子の問いに答えた。


「お前にも話した事はなかったな。ワシはこの大草原に知り合いがおる。ずっとずっと、古い友人がな」

「そのおっしゃりよう、相手は人間ではないですね?」

「まぁの。幻獣とでもいえばよいか・・・ほれ、そろそろ来るじゃろうて」


 ミリアザールがくいくいと草原の向うを指すと、そこには土煙りを挙げてこちらに向かってくる魔王の群れが見えた。その数、ざっと100体。魔王達が異様な空間を察知し、徒党を組んで対抗しようとしたのだろう。

 青ざめたのは、ミリアザールとアルベルトの他、全員である。


「いかん! 早急に迎撃態勢を・・・」

「必要ない、奴がおる。黒牙ジャバウォックがな」


 ミリアザールがくつろぎながら再び杯を口に運ぶのと、魔王の群れが首が一斉に飛ぶのはほとんど同時だった。剣を構えかけた神殿騎士達が呆然とする中、魔王の群れは再生不能なように細切れにされていった。そして血飛沫と肉片が落ちる煙が一陣の風によって巻き上げられたかと思うと、巨大な黒い塊がミリアザールの眼前に突如として出現したのだ。あまりに瞬間的な出来事に全員が事態を呑みこめず、ただ茫然と立ち尽くし、


「・・・はっ」


 梔子がその中でも最も早く我に返った時には、ミリアザールは既に目の前に現れた巨大な黒い塊と会話に入る所であった。


「久しいな、ジャバウォック」

「・・・久しいな、じゃねーよ。テメェ、10年に一度は顔を見せろって俺は言ったはずだが?」

「こちとら忙しい身じゃ。多少許せ」


 かっかっかと悪びれもせず笑うミリアザールに、ジャバウォックを呼ばれた物体は唾を吐き捨てた。


「だからってよ、300年近く顔を出さないのはどうかと思うぜぇ?」

「ほほう、暦もない大草原の奥で指折り時を数えておったか。案外とマメな正確じゃのう。それほどにワシが愛しかったか?」

「いんや、それくらいしかやることがねぇからな。大草原の実質的な管理はファランクスがやっちまうせいで、俺の出番はさっぱりだ。まああいつのおかげで楽させてもらったが、それももう終わっちまったがな」


 ジャバウォックは眠いのか、ふああと大きなあくびをすると、その場に伏せて寝転ぶようにしながらミリアザールと話し合いに入った。

 その魔王並の巨体を見ながら、梔子は遠慮がちにミリアザールに話しかけた。いや、話かけざるをえなかった。


「お話の最中申し訳ありません、マスター。ですがこのお方は何者でしょうか。その、尋常でない事は私にもわかるのですが・・・」

「ほほう、俺達の会話の腰を折るとは大した度胸の持ち主か、それとも小心者か。昔お前の傍にいたはしためは、もうちょっと肝の据わった女だったがな」

「虐めてやるな、ジャビーよ。ワシが何の説明もしておらんのが悪い」

「・・・その愛称は嫌いだって、以前言わなかったか?」

「ワシは気にいっておる。何せお主の名前は長い。愛称の一つも付けさせろ」

「俺がミリィって呼んだら、お前怒るだろーが」

「当然じゃ。その愛称を使ってよい男は生涯ただ一人だけじゃ。あ、女は別じゃがの」

「けっ」


 ふてくされるように、ジャバウォックはそっぽを向いてしまった。その殺気と威厳と、そしてわずかな愛嬌を備えた魔獣のような生き物のことを改めて梔子は聞いてみる。


「あの、マスター」

「おう、こいつの事じゃな。こいつは黒牙ジャバウォック。名前の通り、黒い2本の大型の牙を持った魔獣じゃ。もっとも、人間にはもはや害をなさぬから幻獣と言った方が正しいかもしれんがな。ワシの古くからの友人で、ファランクスの出現以前はこやつが大草原の管理人じゃった。

 ワシとは300年以上前の大草原の遠征中に知り合い、それからの付き合いじゃのう」

「知り合い、ってのは正しくねぇな。本気で殺しあった仲だろうが。あの時の決着はまだついてねえ」

「その勝負を、途中で『お前に惚れた』などと抜かして放棄したのはどこのどなたさんじゃ。貴様さえ望むのなら、ワシは今続きをしてもよいぞ」

「やなこった」


 ジャバウォックはまたしてもそっぽを向いてしまった。どうやら彼はミリアザールにとって良いからかい相手らしく、ミリアザールは面白そうにジャバウォックを観察していたのだ。

 梔子もまたこの不思議な魔獣を観察してみたのだが、何かに似ているようで非なる生き物である。まず顔だけならオオカミに似ている。だがその口からは大きな2本の黒い牙が出ており、他の歯は白だった。それに目は四つある。

 また手足も計6本。先ほどは6足歩行で登場したが、その後胡坐で座り、そして今寝そべっているが、その様子からも2足歩行が可能な生き物なのだろう。体毛は黒。闇に紛れればその金色の瞳だけがきっと爛々と光ることだろう。口調はお世辞にも美しいとは言えず、寝そべる姿もだらしないが、確かにこの獣は強者らしい威厳をはっきりと漂わせていた。人に害を成さないとすれば、幻獣と呼べなくもないが、明らかにその佇まいは好戦的である。

 梔子がまざまざと見ていることが気に障ったのか、ジャバウォックの四つある目の内の一つがぎろりと彼女を睨みつける。


「おい姉ちゃん。何見てんだ、コラ。食っちまうぞ」

「場末のチンピラか、お主。やめい」

「だってよお。こいつがじろじろ見るから・・・」

「どこの田舎者じゃ、お主。あ、田舎者か」

「大草原馬鹿にすんなよ、コラァ!」


 そうして口汚い罵り合いを始めながら、ジャバウォックとミリアザールは遠ざかっていった。後には呆然とした梔子、楓、アルベルトなどが残されるが、そのアルベルトだけは目つきが厳しかったのだ。

 そしてしばらく距離を取ると、ジャバウォックとミリアザールは突如として言い合いをやめた。その視線が一転、真剣味を帯びて重なり合う。いや。ふざけ合って見える時も、目つきだけはこの二匹はふざけていなかったかもしれない。



続く

次回投稿は、5/17(木)22:00です。

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