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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
481/2685

魔王狩り、その1~大草原、再び~


***


 アルフィリース達がスラスムンドで戦いを繰り広げる少し前、大草原ではある動きが起きていた。人も魔獣もまばらにしか存在せぬこの大草原に、今は黒い人だかりが溢れかえっている。それらは喚声を挙げ、波の様に揺れうねり、そして時に散り散りになっていく。


「かかれ!」

「いいか、決して単独で先行するな! 最低でも二小隊でかかるんだ!」

「そちらだ。一体そちらにいったぞ!」


 大草原では神殿騎士団を中心とした諸国連合が、激しい戦闘を繰り広げていた。相手は魔王の群れ。飛翔する個体、獣のような固体、植物の様な個体、あるいは無機物の様な個体。実に様々な魔王の群れが人間達と戦いを繰り広げていた。

 その中心で指揮を執るのは、ミリアザール。少なくとも、公的にはそう言う事になっている。


「マナディル様、報告を!」

「聞こう」


 本陣陣頭指揮を執るのは大司教マナディル。彼が今作戦の実質上の総指揮官という事になっている。彼に報告をして来たのは大草原に面する国の一つ、アエロウィダの兵士であった。


「我が国の被害は軽度。指示の通り撤退と出撃を繰り返しております。アルネリア教会の援護もあり、また兵士達も徐々に戦い方に慣れてきた様子。魔術教会から派遣されてきた魔術士との連携も良好で、徐々に負傷者は減っております」

「うむ。あの姿に恐怖さえしなければ、魔王と言えど強い魔獣のようなもの。斬れば傷つき、そして死ぬのだ。だが油断はするな。奴らは生命力が強いし、個体の種類が非常に豊富だ。用心するにこしたことはない。不足があればまた申し出よ」

「はっ! お気遣いいたみいります! ではこれにて」


 兵士は一礼をして去って行った。その後ろ姿を見送ると、マナディルは急ごしらえの天幕の椅子に深く腰かける。その彼に副官が話しかける。


「大司教、だいぶ順当の様ですな」

「当然だ。4カ国、アルネリア教会、魔術協会、ギルドの連合軍だぞ? 私が三カ月にもわたって仕込んだのだ。これで上手くいってもらわねば困るよ。最初こそ被害が大きかったが、どの国も慣れたようだな」

「アルネリアの防護、回復の魔術でちょっとやそってでは死なないようになっていますからね。もっとも、うまくいっているというのも表向きのことですが」


 副官が意味深に言った言葉に、マナディルは少し困ったような顔をした。


「滅多な事を口にするな。実は我々が引き受けている魔王の数が、本当の前線が取りこぼした者だとは知られたくない。この諸国連合の目的は、魔王の存在に諸国を慣れさせること。戦って勝てる存在だと、彼らに教え込まねばならん。その彼らに裏事情を知られては非常にまずい」

「はい。まさか聖女が裏の幕舎におらず、実は前線に出て戦っておるなど知られるわけにはいきませんものね」


 話すなと言ったのについ口にする自分の副官を見て、マナディルは少しため息をついた。もっともため息の理由は、それだけではなかったろうが。


「貴様な・・・だが頭痛の種は確かにそうだ。我が主ながら、あの女狐めは大衆の前で『どうか皆さまの力を、何の力もないか弱い私に』などとのたまいながら、今頃は前線で嬉々として魔王をぶちのめしている頃だろうよ。全く持って腹立たしい」

「ですがそれが一番の安全策ですものね。深緑宮からもアルベルト殿を始めとしてかなりの数が出陣しているようですし、巡礼からも人を出しているのでしょう? それに口無しからも特殊部隊を出していると聞きました。それに人に言えぬ手勢をどこの勢力も出しているでしょうし、それぞれが公にはできないでしょうね」

「だが実際は、それだけ後が無いとも言える。まあミリアザール様が出陣された理由は他にあるのだがな」

「それはいかような理由で?」


 副官は呑気な調子でマナディルに問いかけた。彼は優秀なのだが、いつも緊張感のない男だった。だが優秀には違いないので、マナディルは彼を自分の大司教補佐として任命した。もう十年前のことになる。その間一度たりとも仕事をやり遂げなかった事はないが、自分を小馬鹿にしたような態度を取る時もあり、その補佐官との会話が重圧に感じることもあるのは否めない。もしかすると、それが自分の頭が早く禿げあがった原因ではないかと、勝手にマナディルは被害妄想をしている。

 だが今回のミリアザールの個人的な目的については、マナディルとてこっそりと教えられただけであり、彼もまた初めて聞いたのである。本当は自分も前線に赴きたかったが、立場上それは叶わなかった。ミリアザールと肩を並べて戦う時の爽快感を得られないのは、彼としても非常に残念だった。

 マナディルはやや神妙かつ残念そうな面持ちで自分の副官に説明した。


「私も聞いたばかりだが、これは言うわけにはいかんな。だがいずれわかる事だろうよ。今回の件が上手くいけばな」

「そのようなものですか」

「そのようなものなのだよ」

「そうですか。しかしやはり我らの最高教主は頼もしいお方ですね。この後に及んで、まだ切るだけの手札があるとは」

「そうだな・・・」


 それだけは確かにすばらしいと、マナディルも思うのだ。伊達に千年近く、人の護り手であったわけではない。

 もし。ミリアザールの身に何かあった時、我々は次なる手段を失うだろうとマナディルは思う。それは夜の海の中で、灯台の導きを失うに等しい。自分はいかほどミリアザールの力に慣れ、縋っているのだろうかと、マナディルは疑問に思う。彼の者がいなくなれば、我々にどれほどのことができるのだろうと。そのためにマナディルは若き日より研鑽を重ねてきたはずなのだが。


「30年前と同じ問いだな」

「何かおっしゃりました?」

「なんでもない」


 マナディルは手元にあった水を飲み干し、副官との会話を切り上げたのだった。


***


「よっしゃあああ!」


 マナディルがそんな悩みを抱える頃、そうとは知らぬミリアザールは絶好調だった。今も叫びながら魔王の一体をブッ飛ばした所である。人間の三倍はあろう巨体の魔王が、明後日の方向に飛んでいく。


「次ぃ!」


 ミリアザールの前に、次なる魔王が出現する。ミリアザールを見た魔王は嬉々として彼女に突撃するが、それは虚しい結果に終わる。この大草原に、彼女を上回る程の魔王はいなかった。この魔王も、ミリアザールの凶暴な叫び声と共に吹き飛ばされる。

 ミリアザールは久方ぶりの大暴れで、存分にその鬱憤を晴らしていた。魔王にしてみればよい迷惑であるが、これも戦場の掟である。弱者は強者に蹂躙されるのが戦場の習わしだ。


「ミリアザール様、絶好調ですね」

「まあ、そうとも言う」


 そのミリアザールを遠目に見ながら、呑気な会話を交わすのは楓と梔子。彼女達の足元にも、十体を越える魔王が無残な姿で転がっている。

 息一つ切らしていない彼女達だが、その姿は返り血でさすがに汚れていた。だが彼女達は表情を崩さない。その楓に梔子が語りかける。


「楓よ、最高教主の戦いを見るのはこれで二度目か?」

「はい、前回はドゥームとやらの襲撃時に。非常にお強い方だと思いましたが、前回より調子が良いかと」

「ああ、戦う機会に最近は恵まれなかったからな。だがあれでもまだまだ本来ではない。むしろ、あの方は衰える一方だと、先代の梔子からは聞いている」

「あれで、ですか?」


 楓の目の前には、またしても別の個体がミリアザールに吹き飛ばされる光景が映る。これで今日はもはや50を超える魔王が倒されたことであろう。戦闘が始まってから8日後。ほぼ毎日変わらぬペースで行われる戦いは、既にアルネリア教の前線だけで500を超える魔王を征伐したことを証明していた。その過半数がミリアザールの手によるものである。

 楓が再びちらりとミリアザールを見ると、ミリアザールは倒した魔王の上に乗り、勝利の雄たけびを上げているところだった。


「もっと連れてこんかい! まだまだ足りんぞぉ!」

「・・・威厳も何もありゃしないですね」

「あの人の元に魔王を誘導しているのは、誰だと思っているのでしょうか。我々だけで狩った方が楽だというのに」


 梔子がため息をつきながら手持ちの旗を振り、各所に合図をする。すると、次の魔王がミリアザールの元に誘導されるのだ。認識阻害の魔術には応用があり、逆に認識されやすくする魔術がある。ミリアザールの戦っている100m四方にはそのような魔術が施されており、それらを魔王に意図的に見せてやることで彼らをミリアザールの方に誘導しているのだった。

 視線の誘導。それらを何らかの手段で行える者が各方面に配置され、その認識されやすい魔術を魔王達に見せ、ミリアザールの元に魔王の誘導をかけているのだった。もちろん不必要な数がミリアザールの元に一斉に集まらないように工夫はされているのである。

 ここはミリアザールのための戦場。8つの大きい部隊と、20の小さな部隊で彼女を中心に円を組むようにし、その外側に認識阻害の魔術、内側に認識促進の魔術をかけているのだ。彼女が戦う姿をうかつに見られるわけにはいかないからだ。しかも今回使っている認識阻害の魔術は特別製。蓮華という口無しがかけるのは方術の要素があるため、魔術教会の連中では破れない。無理に破ろうとすれば、それは蓮華がたちまち知る所になる。

 ミリアザールだけが暴れるように作られたこの空間は、非常な手間をかけている。こんなことをせずとも、本来は深緑宮に仕える面々くらいの手練になれば、魔王を狩るのはもっと容易く行える。今回は、ミリアザールの勘を取り戻すために設けられた、特殊な戦場なのだ。そうと最高教主に命じられれば、全員が彼女の言う通りに動かざるをえなかったのである。

 そして真の前線では、各方面の連中が思い思いに戦いを展開していた。下手に連携を組むよりも勝手気ままにやった方が早いと言う事だろう。最初に各方面の勢力と会合をした時、拙い連携を組むよりも勝手にやりたいという話合いに落ち着いたのだ。 

 アルネリア教会からは主にミリアザール、アルベルト、梔子が。魔術教会からはイングヴィルという征伐部隊の指揮官が。そしてギルドからは勇者認定を受けた者達4人全てが。とりあえずは、それだけのメンツで大草原の魔王達を狩りつくそうということだった。

 その目論見はおおよそ正しかった。事実、戦いを始めてから既に合計で1000を超える魔王を倒している。だが。



続く

次回投稿は、5/15(火)22:00です。

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