少年達、その51~壊滅、その後~
「すまないが話がある。いいだろうか?」
「どうぞ」
泣き崩れるエルシアの肩を抱きながら、レイヤーが平然と答えた。彼には動揺した様子が全く見られない。ルナティカにとっては話ができるかどうかが重要なので、それは彼女にとっては非常に好都合だった。だが同時に、レイヤーの人間としての感性も多少疑わざるを得なかったが。
「これからの話。お前達、当ては?」
「ないです。一緒に連れて行ってくれるとの話だったのでは?」
「それは私とお前の間の場合だけ。他の二人はどうか」
ルナティカは、エルシアとゲイルを交互に見た。ゲイルはなんとなく話をレイヤーから聞いていたし、彼自身現金な人間である。ゲイルはいち早く頷いたが、エルシアは違った。
「・・・やよ」
「聞こえない。もっとはっきり話せ」
「嫌って言ったのよ! 誰がここを離れるもんですか! だって、まだオブレスや皆の墓も作ってないのに!!」
エルシアが癇癪気味に言い放つと、残りの三者の反応は様々だった。ゲイルはうろたえ、レイヤーは多少困ったような顔をし、ルナティカはさらりと受け流した。
ルナティカがちらりとアルフィリース達の方を見ると、彼女達は既に出立の準備をほぼ終えている。余り時間に余裕のない事を悟ったルナティカは、割りきった行動に出た。
「そう、ならばお前だけがここに残れ。そう他の者に伝えておく」
「え・・・私だけって」
「他の二人は連れていく。もうそのように伝えてあるし、私自身がこの二人を気に入っている。鍛えれば戦士として使いものになるかも。今は人手が欲しい時期」
「ちょ、ちょっと待ってよ。レイヤーもゲイルも、私と残ってくれるんでしょう?」
「う・・・」
ゲイルが言葉に詰まる中、レイヤーはあっさりと言い放った。
「残らないよ。こんな町にもう用はないし、誰を弔おうにも、もう全て灰になって残っていないさ。墓に何を埋めていいかもわからない。だいたい墓なんて、生きている人間の自己満足だ。死人はどれほど悲しんでも帰ってこないし、そのために僕達が危険な目に会うなんて馬鹿げてる」
「・・・ひどいわ、レイヤー。そんな事を言うなんて・・・」
「おい、レイヤー。そんな言い方は・・・」
エルシアとゲイルが信じられないと言った様な表情をするが、レイヤーは冷酷とも言える表情を崩さなかった。やがて彼はくるりと踵を返すと、ルナティカを促してアルフィリース達の方に歩いて行った。後にはやや呆然としたゲイルとエルシアが残されている。
そして少し離れると、ルナティカが先を行くレイヤーに声をかけた。
「いいの?」
「何が?」
「あの二人。決断が遅れれば私達は出立してしまう」
「大丈夫だよ」
レイヤーは即答した。その答えには惑いが無い。
「エルシアはああ見えて甘えん坊だ。一見強気だけど、その中身は年相応だ。それに馬鹿じゃないし、一人じゃ何もできないのも彼女はよく知っている。今は頭が混乱しているけど、こちらにきっと付いてくるさ。
それにゲイルも図体ばかりでかいけど、それだけじゃ何もできないことを知っている。彼は生活に何が必要かよくわかっているし、二人きりじゃこの先どういう事になるかわかっている。いざとなればエルシアを担いででも連れてくるさ」
「大した言いよう。でも、信頼しているのか」
「そうかな」
レイヤーが素っ気なく言ったのが、ルナティカには不思議に感じられた。こういう感情を、なんと表現すればいいのかルナティカにはわからない。後でリサに聞いてみようと思うのだった。きっと正しい答えは帰ってこないだろうが。
二人はしばし沈黙したが、レイヤーは前を向いたままルナティカに唐突に感謝を述べた。
「ありがとう、と言えばいいのかな」
「何が?」
「いや。あそこで冷たくしてくれなかったら、きっと二人は決断しにくかったと思う。正直、僕一人ではどうするべきかと途方に暮れていたから」
「だが最終的には引き摺ってでも来るのでは?」
「まさか。引き摺るまでもなく、抱えてくるさ」
「それもそうか」
その会話はどこかずれているのだが、誰も指摘する人間がいなくてはそれ以上発展しようもない。生憎とリサもユーティもいないのだ。
前を行くレイヤーを見て、ルナティカは一人で考えることがある。
「(この少年、味方なら頼もしいが敵になればど恐ろしい・・・だが、この少年にきちんとした技術を教え込めば、まさに千人に匹敵する戦力。私がやってみたら・・・人に物を教えた事はないけど、やってみようか。でもしばらくアルフィリースには内緒にしよう。彼女は、子どもが戦うのは嫌がるだろうから)」
ルナティカはひっそりとその胸に決意を固めるのだった。一方でレイヤーは、
「(また借り宿か・・・今度の借り宿は長く続くといいけど。せめてエルシアとゲイルが幸せなら、僕は多少どうでもいいや。だけど、あの団長って人は面白いな。それになんだか強そうだし。名前はなんて言ったかな・・・)」
レイヤーがそんな事を考える中、後ろからはレイヤーの名前を呼びながら走ってくる足音が二つ、聞こえるのだった。
***
燃え盛るビュンスネル。その光景を眼下に見下ろしながら、ライフレスは上空を使い魔に乗って飛んでいた。街の様子は使い魔を通しても観察していたが、燃え盛る町を見ながら、彼は終焉の光景を思い出していたのだ。
「あの時も・・・こんな様子だったな」
ライフレスは自分が新しい魔術の発動をした時の事を思い出す。当時の事はあまり明確に思い出せない。長い時の幽閉の中で多少記憶がぼやけたのか、あるいは現在の体になって失われた物も多いのか。だがその時の光景だけは非常に鮮明に覚えているのだ。
そして記憶にかかる靄を振り払うため、ライフレスは思案をしている所だったのだ。
「なんだ、俺はもう一つこのような光景を知っている気がするが・・・思い出せない。俺のやって来た事を考えれば一つと言わず複数の様な気もするが、どうもおかしい。俺は何を忘れているのだ・・・?」
「それは自身にかけた魔術の影響を考えれば、仕方ないことだろうな」
ふいにさらに上空から声をかけられて、ライフレスははっと見上げた。上にはいつぞや集合の時に見た、名も知らぬ仲間の少年が浮かんでいた。
「久しぶりだね英雄王。前回会ったのは集合の時か」
「・・・いつからそこにいた。いや、それより貴様は何者だ? 俺の何を知っている?」
「そうだね、君の過去についてはおおよそ。それに君と言わず、君達全員の不死の秘密を知っているよ。それの対処法もね。君も上手い事を考えたものだ。確かに君の能力を持ってすれば、誰しもが君は不死身だと思うだろうね。その実、非常に危うい不死性ではあるが」
「おい、貴様は・・・」
「ユグドラシルだ」
ライフレスの言葉を遮って、ユグドラシルが語りかける。
「私の名前はユグドラシルだ。そういう事になった、これからはそう呼んでくれ。前回は名乗る名前も持ち合わせていなかったものでね。非礼を詫びよう」
「ふん、貴様の名前などどうでもいいが、俺達の不死の秘密を全部知っているとは図抜けた発言だな。貴様、何様のつもりだ?」
「何様ってほどの事もないけど、そうだね。魔術士としての格を問われれば、私は君達よりは遥かに格下だよ。だけど」
ユグドラシルからふいにざわつくものを感じて、ライフレスは距離を取った。恐怖など感じないはずのライフレスの体に、緊張が走る。
「なんだ、これは。貴様は一体」
「ああ、私の魔力に反応したんだね。流石にその体だけの事はある。そう、私は魔術としては格下だ。だが・・・」
そこからの言葉はライフレスのみが聞く所となった。その言葉に、いついかな戦場にても晒した事のなかった英雄王の顔色が変わる。
「き、貴様・・・貴様は!」
「英雄王、心しろ。貴様の選択はここから先、非常に重要になる。今回の騒動の主、サイレンスは必ず殺さなくてはならない。奴を殺せる可能性が一番高いのは、貴様なのだ。他の誰にも、そうオーランゼブルですら奴を殺すだけの方法を持ち合わせない。だがオーランゼブルがいようがいまいが、サイレンスの本質に変わりはないのだ。奴は人間を殺し尽くすまで止まらない」
「一体何の話をしている!?」
「いずれわかる時が来る。私の言葉を覚えておくといいだろう。いいか、サイレンスは必ず殺せ。あれは存在そのものが何も生み出さない者だ。生かしておいて誰の特にもならん」
それだけ言うとユグドラシルは姿を消した。後には呆然としたライフレスが残される。
「く・・・奴は何を偉そうに。だが、奴の言う事が真実だとしたら俺はとんでもない奴と会話をしていたのか? だがサイレンスとは・・・」
サイレンスの事は誰も知らない。オーランゼブルに選抜されるほどの魔術士でありながら、その素性に関しては10人の中では最も謎である。
今回のスラスムンドの崩壊に関しても、ほとんど抑止力が効かなかったのは裏がある。それはサイレンスの魔術の特性――多数の人間に模した人形を操ることで、その人心を操作したことにある。サイレンスは時間をかけて、スラスムンドの要職についていた人間を自分の人形と交換していった。そして今回の出来事が起きたのである。
火災を起こしたのは人形。御丁寧に、それぞれの建物にはちょっとずつよく燃える物、燃料を配置していた。そしてビュンスネルの建物には窓が少ない。これは脱出経路を未然に塞ぐため。そして建物の間も普通の町より狭かった。これは火がよく燃え移るようにするため。そして国の首都でありながら、街と外をつなぐ門は四カ所しかないという、予めこの末路を辿るために設計された町とも言えた。
そして火災が起きた時、命令を下すべき人間達は全て人形、あるいは人形が始末していた。サイレンスの手があまり加わっていない人間達は前日の宴で一同に集められ、そのおおよそがグンツの手によって始末されている。こうしてビュンスネルはまたたく間に滅びたのだった。この一連の流れを、なんとなくライフレスは予想していた。このスラスムンドはずっと前からサイレンスの所有地であるから、魔王をあまり放つなと命令されていたのだ。その時にライフレスが少し調べていたのである。
だが、現在のサイレンスの計画についてはどうか。具体的な事に付いてはそれぞれの仕事の事を知っているのはオーランゼブルと、せいぜいヒドゥンくらいである。サイレンスがどこで何をしているかは、ライフレスは知らないのだ。
「調べる必要があるのか・・・?」
ライフレスは炎上するビュンスネルの上、その熱気も気にならぬほど真剣に思考を始めるのだった。
続く
次回投稿は5/13(日)22:00です。次回より新シリーズです。感想などありましたらお願いします。