表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第一章~平穏が終わる時~
48/2685

ヴァンダル=ヴァルサス=ブラックホーク、その3~憂慮~


「いよう! ヴァルサスの小僧、元気か⁉ 遅れてすまねぇ、ちょいと用を足すのに手間取ってよ」


 全員が思わず耳をふさぐほど大きな声と共に入ってきたのはゼルドス。隣ではラッシャが頭を抱えていた。ほぼ全員が何事かと思うが、何人かはゼルドスに心当たりがあるようだ。

 真っ先に素っ頓狂な声を上げたのはマックス。


「げ、ゼルドスのとっつぁん⁉」

「おー! マックスのぼうやじゃねぇか? なんだおまえ眼帯なんぞしやがって。威厳を出してるつもりか、小便を漏らす癖は治ったのか?」

「いつのことを言ってやがる!」


 マックスはむっすりとしたが、すかさずラバーズにからかわれた。


「えー、マックスって小便小僧なのー? ださーい」

「っていうか、このナイスミドルなオオカミさんだれー?」

「お前らに名乗る名はねぇ!」

「いや、名乗ってくださいよ、隊長……」

「あはは、このおじさん面白―い!」


 ラッシャが横で頭を痛めているようだが、奔放なラバーズたちはゼルドスの返事に笑い転げていた。その横でマックスは意外な人物の登場に泡を食っているようだ。他の面子も最近入隊した者が多いためか、事情がよく呑み込めていない。そんな連中をさておいて、ゼルドスはさらに知己を見つける。


「おお⁉ そこの白髪はベッツか? いやー、老けたな、お前」

「貴様のような獣人とは寿命が違うんだよ」


 副長であるベッツが、こちらも眉をひそめてむすっとした。そんなベッツの背中をばんばんと

乱暴に叩くゼルドス。


「ハッハッハ、お前いくつになったのよ? そろそろ七十だっけ?」

「五十八だ。まだまだ男盛りよ」

「じゃあなんで白髪なんだよ」

「こいつらを率いてみろ、気苦労が絶えんわ。昔と違って曲者揃いでよ」


 ベッツが団員たちをじろりと睨んだが、それぞれ笑って流すだけである。そんなベッツの肩に腕を回して抱え込むようにし、ニヤニヤするゼルドス。


「よく言うぜ。若い頃はお前が一番苦労かけたじゃねぇの」

「何を馬鹿なことを」

「じゃあゼムダ砦守ってる時に、給仕の姉ちゃんとしけこんでたせいで、相手の夜襲時にも一人だけ服も鎧も着る暇がなく、パンツ一枚で戦って尻に矢を受けたのは誰だっけ?」

「貴様! それは言わん約束だろうが⁉」


 突然の暴露に、ベッツが顔を真っ赤にする。


「いやー、あの時は笑った笑った。あの後防衛戦で、俺達の目覚ましい活躍の褒賞に伯爵様が晩餐に招待してくれたってのに、お前は尻の傷が痛くて参加できず、しかも給仕の姉ちゃんと庭師の姉ちゃんに二股かけたことが発覚して、両頬に手形作ってきたよなぁ? あ、そういや他にもベセダ湿原では……」

「貴様ぁ、そこになおれ! ぶった切ってやる!」


 つらつらとベッツの過去を暴露するゼルドスに、あっという間にベッツの堪忍袋の緒が切れて剣を抜き放った。

 そんな彼を見ても、ゼルドスはニヤニヤしたままだ。彼にとっては昔から繰り返されるた、懐かしの光景である。ゼルドスがベッツを怒らせ、周囲が止める。だが、戦場でもっとも連携がいいのもこの二人である。


「へっへへ、まだまだ気持ちは若いみてぇだが、無理すんなよ? ぎっくり腰になったら、今の歳じゃ寝たきりになるぜ?」

「まだ言うか!」

「……その辺にしておけ、ベッツ、ゼルドス」


 今まさに喧嘩に入ろうとした二人を、静かな声が制する。


「ベッツ、お前は止める立場だろう。お前が一番に熱くなってどうする」

「ち、すみません団長……」


 年下ではあるがヴァルサスに(もっと)もな事を言われ、しょぼくれて剣を収めるベッツ。


「わかればいい。それよりゼルドス、よく来てくれた。歓迎するよ」

「フン、久しぶりだなヴァルサス。十二年ぶりくらいか?」


 ゼルドスが久しぶりに会うヴァルサスをじろじろと観察する。ゼルドスの中ではヴァルサスも青い雰囲気が抜けなかった青年だったが、今では随分と貫禄を備えるようになっていた。暗がりにいてもわかるその雰囲気は、昔見られたような隙はもはや見受けられない。そこには人として経験をさらに積んだ、頼もしい男が座っていたのだった。


「そうだな、そのくらいだ。ゼルドスは相変わらずで何よりだ」

「お前さんはちいと老けたか。今いくつになった?」

「今年で三十五だ」


 ヴァルサスが暗がりから静かに答える。


「まだそんなもんか。そういや俺とお前が最初に会った時、お前はまだ十歳くらいだっけか」

「懐かしいな」


 ヴァルサスが席を立ち、ゆっくりと全員がいる方に歩いてくる。明るみに出たその顔は、かすかに笑っている。こうして笑い方や仕草をみていると、なるほど落ち着きも威厳もあるのだが、見た目の年齢はレクサスと大して変わらない。むしろレクサスの方が痩身な分、並んで見ると肌に張りのあるヴァルサスの方が若く見える可能性もある。

 この見た目が普通の好青年のような印象を受ける男が、大陸有数の傭兵団『ヴァンダル=ヴァルサス=ブラックホーク』を率いる団長のヴァルサスである。ぱっと見で人を威圧する容姿ではないため特に強そうな印象を受けるわけではないが、一度でも戦場で戦う彼を見たことがあるものはその恐ろしさを生涯忘れられないだろう。人が森に立ち入るときに枝葉や草を打ち払うように、戦場で人を斬る。単騎で五千人に突っ込んで大将首を取ったとか、一人で砦を一カ月守り抜いたとか戦場での伝説には事欠かない。

 その彼は味方からも畏怖の念でもって見られており、普段ならともかくこうやって彼の機嫌が悪い時に何の遠慮もなく話しかけられるのは副長のベッツと、怖いもの知らずのミレイユくらいだと皆思っていたので、ゼルドスという獣人の出現に皆驚いていた。別にヴァルサスが自分の機嫌程度で理不尽なことをしないのは皆よくわかっているのだが、怖いことには違いない。その当の二人はしばらく全員をほったらかして思い出話に花を咲かせていたが、しばらくしてヴァルサスがゼルドスを全員に紹介した。


「皆すまない、紹介が遅れた。こいつはゼルドス。見た目の通りの獣人で、俺がブラックホークを立ちあげる前からの付き合いだ。言っておくが、現在の仲間にもこのゼルドスに勝てる奴はそうはいまい。引退していたんだが、無理言って今回復帰してもらった」

「ってことだ。よろしくたのまぁ」


 ゼルドスが片手をあげて簡単に挨拶する。全員がそれで納得できたわけではなったが、ヴァルサスの言うこととあれば聞かざるをえない。だがミレイユは遠慮がなかった。


「団長~? 今回は四番隊をやった複数の魔王が相手でしょ~? なんでも人質を取られて四番隊はやられたって話だし、下準備があればぶっちゃけ零番隊の数人だけでもなんとかなる相手だと思うよ。そんなおっさんをわざわざ呼ぶ必要あるの? なんかワタシたち、信用されてない感じ?」

「おっさ……」


 ゼルドスが目をぱちくりさせているが、ミレイユの意見は自分達の強さに自信のある現行の仲間も同様であり、全員がヴァルサスを見た。その様子にヴァルサスは面喰う様子もなく、軽く微笑んで答えた。


「なるほど、ミレイユの言うことも尤もだな。でも俺はお前たちを信用してないわけじゃないことは最初に言っておこう」

「じゃあなんで~?」

「人間の世の中では俺たちの名前は轟【とどろ】いている。そのせいで、もうこのブラックホークに余計なちょっかいかける連中はいなくなった。俺はそれでいいと思っていたのだがが……魔物の世界ではまた別だったようだ。どうやら俺の考えが甘かった。許せ、皆」


 突然ヴァルサスが深々と頭を皆に下げる。その行動に全員が驚くが、さらに続けるヴァルサスの言葉にまたしても驚いた。


「今度はもっと徹底的にやろう。魔物の世界でも俺たちの名前が轟くように。ブラックホークの名前を、この黒いコートを見たら、魔物たちが恥も外聞もかなぐり捨てて逃げ出すように。そのために余すところなく人数を集めた。いいか、繰り返す。『徹底的に』だ。俺たちに喧嘩を売った魔物を一体残らず狩りつくせ。命乞いも投降も受け付けない。魔王だろうが大魔王だろうが知ったことか。完全にこの地上から奴らを消し去れ。その存在した痕跡すら残すな。お前たち、最近全力で暴れてないだろう? 俺が暴れる場所を与えてやる。俺が許す、全力で暴れろ。人間相手じゃ、中々こうはいかないからな。黒い鷹の全力の狩りだ。相手の肉も悲鳴も食い破ってしまえ!」


 全員が最初は黙っていたが、やがてだれともなく剣を抜き始め歓声をあげ始めた。ヴァルサスが許可して「暴れろ」と言うのは珍しい。たしかに人間たちの戦争では色々と制約も多いため、存分に戦えないこともままあった。

 店から聞こえる歓声に仰天する住民がいたが、先ほど強面の連中が入っていったのを見ているので、とても覗きに来る程度胸のある人間はいない。

 そしてしばらくすると景気づけの宴会が始まった。カウンターで二人話し込む、ゼルドスとヴァルサス。


「でもよおヴァルサス、こいつらそんなに使えんのか? 昔と比べてどうなのよ?」

「心配するな、戦力的にはあの時よりもかなり上だ」

「マジかよ。あのウサギの娘といい、やっぱり何か不安だがな」

「そういうおっさんこそ使えるのか~? 歳とかブランクとか、言い訳にならないかんね」


 隣のテーブルからミレイユが会話に加わってくる。泡酒のジョッキを片手に二人を見据えるミレイユ。ゼルドスはミレイユに向き直って話しかけるが、ヴァルサスはそのままだ。


「じゃあこんなのはどうだ?」


 ゼルドスがミレイユの持っているジョッキに向けて掌をクン、と小さく突き出す。するとミレイユが持っているジョッキが何もしていないのにピキピキとひび割れていった。周りがおお、とため息を漏らす。


「予備動作なしからの遠当てかよ。おっさん、やるね」

「全力でやれば、五十歩先の人間の息の根を止めるだろうよ。お前の番だ、お嬢ちゃん」

「いいよ~」


 ミレイユが割れかけたジョッキをテーブルに置いた刹那、ミレイユの姿がふと消えた。そしていつの間にかゼルドスの座っているカウンターの上であぐらをかいている。その直後、ミレイユの持っていたジョッキがテーブルにおいた衝撃か、完全に割れた。


「ひーふーみー……おっさんしけてんなぁ」

「俺の財布……いつの間に」 


 ゼルドスが懐に入れておいた財布を抜き取って、その中身をミレイユが数えていた。いくら敵意や殺気が無かったからといって自分が全く反応できないとは、ゼルドスには未体験の出来事だった。その傍を看板娘が泡酒のジョッキを複数持って通ろうとして、床に(つまず)いた。空に舞いそうになるジョッキを、足だけで受け止め、娘まで受け止めるミレイユ。仲間たちはミレイユに歓声を送った。


「やるな、お嬢ちゃん。足癖の悪さは一級品だ」

「おっさんこそね。おっさんに酒が入ってなかったら、こんな芸当はできそうにないよ。ワタシもグルーザルドじゃあ暴れん坊で有名だったんだけど、おっさんみたいなのが上官にいたら暴れられなかったかもね」

「よく言うぜ。軍属のくせになぜこの団に?」

「ムカつく情感を蹴飛ばして辞めたんだよ」

「俺も似たようなもんだ。軍ってムカつくよな?」


 二人は見合ってニヤリと笑う。どうやら実力は互いに認め合ったようだ。ちょっとした余興に皆はさらに盛り上がったらしく、気分をよくしたミレイユは再び皆の輪に戻って行く。再びゼルドスはヴァルサスに向き直り、気になっていた質問をぶつけてみた。


「で、ヴァルサス。肝心の話だけどよ」

「ああ」

「こんなことをお前に聞くのも変な気がするんだが……お前、なにを心配している?」


 ゼルドスの真剣な質問に、ヴァルサスは静かに語った。


「ベッツとカナート、グロースフェルドは知っていることだ。実はここ三カ月ほど俺は一人で行動していてな。その間に魔王とおぼしき魔物を実に七体倒した」

「七……ちと多すぎるな。ギルドに報告をしていないな?」

「していない。最初は報告するつもりだったが実はここ数年で魔王を狩る頻度が異常に上がっている。しかもほとんどがギルドに報告されておらず、全く関係のない依頼の最中に出くわすケースだ。勇者たちや、他の傭兵団にも確認したから間違いない。レベルチェッカ―が同伴していなから認定が出ていないだけで、確実に魔王だったと。しかも聞いた話では、全く特徴が違う場合と、全く同じ魔王が出現した場合が想定される」

「ギルドやアルネリアが定期的に色んな土地を巡回させてるのに、んなことあるのか? いくら西側の国々に小競り合いが多くて、魔王が発生しやすいって言ってもよぅ」


 ゼルドスが空になった酒の代わりを頼むのも忘れて、そのままさらに飲もうとしてやっとジョッキが空になっていることに気がついた。それほど気が動転していたのだろう。


「だが現実だ。だが、こうは考えられないか? 魔王が発生しているのではなく、意図的に発生させられているとしたら?」


 ヴァルサスの言葉に、ゼルドスが目を見開く。


「それこそバカな話だ。人間の手で魔王を作るなんて、何のために? どうやって?」

「そこまではわからない。だが、魔物図鑑などでも類種が見当たらなかったり、今までと様子が違うのは確かだ。人の暗黒面を前面に押し出したように、醜い姿をしているやつが多いとな」

「……そういや、この前うちの店で飲んでた傭兵連中がどうやら魔王を狩ったみたいな話をしてたがな、小耳にはさむ限り相当気色悪い奴だったらしいな。もうちょっと聞いておけばよかったな」

「ミーシアでもか。そうなると、俺の推測が当たるかもしれんな」


 ヴァルサスがグビリと火酒を飲み干す。


「どんな推測だよ?」

「これが手始めに過ぎんということさ。西方だけでなく中原でも同じようなことが起こるなら、いずれ南、東、北でも同じことが起こるだろう。いや、人通りが活発な南や東と違って、北では既に何らかの変化が起きているかもな。そうすれば再び大陸中を巻き込んだ戦争が起きる。今度は人対人の戦争ではなく、人と魔物の戦争だ。大戦期の再現だな」

「……やめてくれよ、ろくでもねぇ。老後を貯めた金で平穏に送るつもりでいたのによ。ならどうしてアルネリアやギルドに連絡しねぇんだ」

「俺が権力や体制が嫌いなのは知っているだろう? アルネリアの最高教主は嫌いではないが、組織は信用していないからな。ギルドも同じだ」


 ヴァルサスが空中をじっと見つめている。ゼルドスにはどうすればいいのかよくわからないが、ヴァルサスの予感が良く当たることだけは知っていた。


「お前の名前で国やギルドに注意を促せないのか?」

「俺には戦士としての名声はあっても、人を導く立場ではない。勇者認定を断り続けたせいで、残念ながら諸国の高官には嫌われることはあっても、好かれることはなかったからな。今となっては仇となった」

「……グルーザルドのドライアンにかけ合ってやろうか?」

「それも考えたが、ドライアンに会う前に将軍たちと喧嘩になるだろう? 元グルーザルド最高軍事顧問殿」

「だよなぁ。あいつらにもドライアンにも恨まれているだろうからなぁ」


 グハハと豪快に笑うゼルドスに、小さく笑うヴァルサス。


「んじゃあどうすんだ?」

「まずは報復だ。その時どんな奴らが出てくるかで、さらに確証をつかめるだろう。それ次第だが、とりあえずはできるだけ隊の単位で固まって動くことを基本にし、国単位での大口の依頼を中心に受けようかと思っている。いざという時のために、各国高官とのつながりが欲しい」

「なるほど、妥当だろうな。まだ俺にもグルーザルドの軍部に顔がきくから、それとなく調べてもらうようにするよ」

「助かる」


 ヴァルサスが真剣に悩んでいるのを見て、ゼルドスは彼の肩を拳で小突いた。


「まあシケた話はこんくらいにしようや? 今は久しぶりの再会を楽しもうぜ!」

「ふふ、そうだな。そういえばさっきのベッツの話は本当か?」

「おお、あたぼうよ! お前がまだチビの頃の話だけどよ。他にも面白い話があってだな……」


 そうやってブラックホークの夜は更けていく。こののち、彼らの勇名はヴァルサスの言うとおり鳴り響くこととなる。狩った魔王の数、七日で実に八体。うち一体は大魔王に近いレ強さだったという。

 だが西方での魔王出現はブラックホークの活躍後も頻繁に聞かれるようになり、ヴァルサスの懸念は一足飛びに悪い方向で実現しようとしていた。



続く

次回投稿は11/13(土)12:00です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ