表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
479/2685

少年達、その50~悲しみと怒りと~

「アルフィ! ぼけっとするな、なのです!」

「え!?」


 アルフィリースの大柄な体をリサが必死で突き飛ばし、二人はもんどりうつように転げまわった。アルフィリース達が見たのは、先ほどまでアルフィリースが立っていた場所が抉れてなくなっている地面であった。

 リサが飛び付いていなければ、アルフィリースは地面と同様の運命を辿っていただろう。


「ち。なるほど、ドゥームが気にかけるだけの事はあるようね。だけど今度は」


アルフィリースとリサが青ざめる中、再びオシリアが掌をアルフィリース達の方に向けようとするが、その手は上がることなくオシリアの腕にまとわりついた黒い霧に押さえられた。


「オシリア、そこまでだよ」

「ドゥーム!」


 ドゥームが優しくオシリアの手を押さえると、そのまま彼女の手の甲にキスをした。だがオシリアはドゥームを一睨みすると、そのまま手を振り払い、マンイーターを伴って消えたのだ。

 一人残されて困ったような顔をするドゥーム。


「しょうがないね、うちのお姫様は。すぐにご機嫌斜めになってしまう」

「・・・どうしてここにいるのですか、このウスラトンカチ。まさか助けたつもりですか?」

「いやいや、そこまで傲慢なつもりはないよ。それに助かったのはどちらだったのか」


 ドゥームがちらりとラインとインパルス。それにレイヤーの方を見た。彼らはドゥームを油断なく見ていたが、何を言うわけでもない。

 ドゥームもまた何を具体的に言うわけでもなかった。


「これはボクの個人的な考えだけど、まさか君達だってあのオーランゼブルの協定が一生続くものだと考えてはいないだろう?」

「・・・どうかしら」

「はぐらかすならそれでいいさ。ボクはあんなもの、一時的なその場しのぎの契約以外の何者でもないと思っている。だから仮にその協定が破られてしまうならそれでもいいわけだけど、それはこんな場面じゃふさわしくないだろう? もっとやるなら互いに準備が整ってからじゃないと、お互いに困るはずさ。盛り上がりにも欠けるしね」


 ドゥームがウィンクを混ぜながら愛嬌たっぷりに語るが、アルフィリースを始めとして誰もが返事をしなかった。どうドゥームの言葉を捕えるべきか、どう返事をするべきか。誰も明確な答えを持っていなかったからだ。

 それでも初めに言葉を発したのはアルフィリース。


「・・・とにかく、ここではやり合う気はないってことね?」

「さっき言った通りだよ。こんな中途半端な場面じゃ面白くない。やるならもっと大々的に、ね?」

「それなら私達もこの場は引くわ。もうこの町に用はないの」


 去ろうとするアルフィリースを意外そうに、ドゥームが引きとめる。


「おいおい、難民を助けないのかい? まだ一杯この都市から逃げ遅れてるぜ?」

「勘違いしないで。私は正義の味方でも慈善事業家でもないわ。それに自分達の力もわきまえているつもり。ここで私達がさらに都市の奥に分け入って救済活動をしても、きっと結果は変わらないでしょう。この一連の流れを仕掛けた者は、私達が今介入した所で何もできないことを知っている。それは貴方だって知っているはずよ。そうなんでしょう?」


 そのアルフィリースの返答に、ドゥームは満足そうに笑った。その笑顔があまりに明朗快活なので、アルフィリース達が面喰う程であった。


「あはは! やっぱり君は面白いなぁ。確かにこの一連の流れを仕掛けた奴は相当だ。特に用意周到さと執念深さは一級だと思う。確かに君達が今から誰かを助けようと思っても、全部徒労に終わるだろうね。今この町は混乱の極致に見えて、全て演出された崩壊だ。何をどうやっても、今さら止まることはないだろう。

 だけどこんな奴にやられてくれるなよ? それじゃあ面白味が減るからね」

「言われなくても。こんなところで死にはしないわ」

「もし死んだら僕の仲間に加えてあげるよ。君は死んだら、悪霊の類いになってもおかしくないからね」

「丁重に断らせていただきます」


 アルフィリースはその言葉を最後に、炎上する町には目もくれずにその場を去った。ドゥームはその姿をしばし眺めると、ちらりとドゥームの方を振り返ったリサにウィンクだけしてその場を去った。

 その場を去る途中、エルザとアルフィリースはこっそりと話をする。


「アルフィリース、よろしいですか?」

「・・・ええ」

「何かお悩みの様子。どうされました」

「・・・今回も前回と同じ状況になったってことよ。倒しかけても、誰かが邪魔しに来る。今回はドゥームだったけど、ライフレスが来ていてもおかしくない。これじゃあ私達は、いつまでたってもオーランゼブルの手の内だわ」

「確かに。ですが、逆に良い手もあります」


 エルザがアルフィリースにこっそりと耳打ちすると、アルフィリースが目を丸くする。


「エルザって、結構えげつない手を考え付くのね」

「私の上司譲りです。ですが、それが一番かと。アルフィリース、枝葉はガンガン枯らしていきましょう。ミランダ様も同じことを思うはずです」

「アルネリアのシスターって過激だわ。ミリアザールの影響かしら」

「それにミランダ様も」


 少し悪戯っぽく囁いたエルザの言葉に、アルフィリースは勇気づけられるように頷くのだった。


***


 その後、外に出たアルフィリース達は隊列を整え帰路へとつく方法を確認すると、余分な糧食などを特に身寄りがなさそうな難民に分け与え、最寄りの村や町までの方向を指し示すとその場を去った。もちろん十分とは言えない量であったし、それらを配った対象はアルフィリースの達の完全なる主観によるものだったが、それで救われた命は100を下らなかったという。

 そしてビュンスネルを去り際の出来事である。ぱん、と乾いた音が響いた。だがその音は炎上する街の外での喧騒にかき消され、ほとんどの者の耳に入ることが無かった。その音を一番はっきり聞いたのは、ルナティカであったかもしれない。


「少年達、どうする?」


 準備を終えて時間のできたルナティカがレイヤー、ゲイル、エルシアの元に近づく。本来ならルナティカは斥候を請け負う事が多いが、今回は労働十分としてアルフィリースが命じて帰路では一切の仕事をしなくても良いこととした。代わりの斥候はターシャ、エメラルドで十分務まるし、地上の斥候が必要な時はドロシーやエアリアルも相当に勘が効く。危険度はもはや低いと判断したのだ。

 ルナティカはそれでも仕事がないと、なんとなく落ち着かない。彼女は仕事がないと、何をしていいのか判断に困るからだ。命令がないと動けない。彼女はそうなるように育てられたからだ。リサのいいつけで自分の趣味を見つけるようにと言われ、最近では花などをひっそりと育ててはいるものの、遠征先では何もやることがない。

 なので自分が助けることになってしまった少年達の様子を見に来たのだが、どうやら目を覚ましたエルシアがレイヤーの頬をひっぱたいた所だったのだ。隣ではゲイルがおろおろとしている。


「レイヤー! どうしてあんたは勝手にいつも!」

「・・・ごめん」

「エルシア、待てよ。こいつだってしょうがなくさ」

「ゲイルは黙ってて!!」

「・・・はい」


 エルシアに頭ごなしに怒鳴られて、ゲイルはしゅんとしてしまった。自分の体重の半分程度の少女に槍込められ、心なしかゲイルは一回り小さく見えた。いや、この場ではエルシアが一番小柄なのだが、一番大きくルナティカには見えていたのだ。それだけ怒っている彼女は迫力がある。

 ルナティカは事情を知らぬが、彼らのやりとりを聞いているとどうやら目を覚ましたエルシアに、レイヤーとゲイルが一通りの事情を説明した所らしい。ゲイルもまたオブレスが死んだことに驚きを隠せなかったが、それ以上にエルシアの動揺は激しかった。彼女にしてみれば通い慣れた教会で眠った次の瞬間には周囲の人間はほとんど死んでいて、そして帰る場所ももうないと言われたのだ。炎上するビュンスネルを遠目に見ればその事実はなんとなく理解されても、それでえ収まる彼女ではない。

 当然現実感は湧いていないし、それにエルシアはオブレスの事を多少異性として意識していた様子もある。エルシアの動揺や不安は、強気の彼女らしく怒りに変換されてレイヤーにぶつけられたというわけだった。涙をぼろぼろとこぼしながらレイヤーに当たる彼女は痛ましくもある。そうしたエルシアの心情を理解してか、レイヤーは何の抵抗もせず彼女にさせるがままだった。

 だが一通りエルシアの怒りが発散され今度は泣き声に変わる頃、ルナティカは彼らに声をかけた。



続く

次回投稿は、5/11(金)7:00です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ