少年達、その48~本体~
「きぃいいいい!」
「あああああぁああ!」
マンイーターの首達がそれぞれ先手必勝とばかりに、悲鳴とも雄叫びともつかぬ声でアルフィリースに襲い掛かる。それを見たアルフィリースは右手に集めた火の粉を地面に叩きつけ、瞬間的に炎の壁を作り出した。
「ぎぅ!」
「あついよぉ!」
何本かの顔が焼け、思わずマンイーターがのけぞった隙をついてアルフィリースが詠唱を開始する。
【集いし精霊を分けて分けて虚ろなる器に収めて舞い遊ばす。我、舞いし精霊にさらなる贄を捧げん】
≪炎獣の狂想曲≫
アルフィリースに取っては得意の魔術だが、周囲で大量の火災が起きているからか、炎の魔術は非常に相性が良い。普段よりも火力と凶暴性を増した炎の獣の群れは、唸りを上げてマンイーター達に襲い掛かる。
噛みつき、爪を立て、足蹴にしてマンイーター達に襲い掛かる炎の獣達。たちまちマンイーターは炎に包まれ、苦しみにもがき始めた。だが、闇からはさらなる数の首達が姿を現す。その様子を見てまるで悪夢のようだと仲間達は思ったが、アルフィリースは一向にひるまない。
「数が多いだけで勝てると思うな。獣ども、焼き尽くせっ!」
アルフィリースが叫ぶと同時に、燃える周囲の建物から炎の鳥が何体も彼女の元に舞い降りる。そしてアルフィリースに挨拶するように彼女の周りを一回りすると、次々にマンイーターにとびかかった。マンイーターもさらなる首の数を出して応戦しようとするが、アルフィリースの元に飛来する鳥のは数知れず。そして燃え盛るマンイーターの首は苦しみのあまり、周囲の建物にぶつかりそれらを壊し始めた。
絶叫する無数の首が炎と建物の崩壊に巻き込まれていく様は、まさに地獄絵図だった。それを見ていたアルフィリースの仲間達は、見たこともない光景に驚愕していた。
「すげぇ・・・」
「なんて光景だよ・・・」
だがアルフィリースは使用する魔術の割に、非常に冷静だった。その様子を心配そうにリサやエアリアル、ラーナは見守るが、他の面々はアルフィリースの様子よりも、目の前の光景に注目せざるをえなかった。
「来るわ」
アルフィリースがリサにしか聞こえないような小さな声でつぶやくと、ずるずると何かを引き摺るような音が聞こえ始めた。同時に、建物が崩壊する音が徐々に大きくなる。確実に何かがアルフィリース達の方に近づいて来ているのだ。
その重苦しい崩壊音が止まらず、その最後の足音が聞こえた時、それは姿をアルフィリース達の前に表した。
「何、これ・・・」
「ちょっと、さあ」
「物事には限度ってものがあるだろう」
「でかっ!」
ユーティの言葉は決して大げさではなく、おそらくはマンイーターの本体であろう巨大な黒い塊は、目の前の四階建ての建物群を突き抜けてその姿を現した。高さは四階建ての建物におよび、幅は三棟にもおよぼうかというその巨大な生き物は、無数の首をその胴体と思しき黒光りする物体から伸ばしていたのだ。それどころか、その胴体らしき部分から次々と新しい首が生えてくるのだった。
その生き物に足はない。また目もない。体の周縁部には無数の短い不完全な触手様の吸盤がくっついているが、あまりに不完全な形のそれは誰もが見たことのない生き物だった。その場の人間全てが初めて見る姿に、呆然とする。それはアルフィリースも同様だった。
「何、この生き物・・・」
「まさかスキュラの本体があんなものだとは」
「どうりで200年の間討伐の報告がないはずだわ。暗闇ではあの本体には気が付かないし、誰もその全容に気が付かなかったに違いない。息を潜めてしまえば、センサーですら気が付かないかもしれない。あれだけ大きい生き物がいるとは思わないもの。岩か何かだと思われていたのね」
「実際、リサのセンサーも届きません。何かがあることはわかっても、あれが生き物だとはリサでもわからなかったのです。それに、あれの周囲に光る液体のせいでしょうか、センサーを反響しています。外殻だけはつかめますが、光のない洞窟の中ではやはり岩程度にしか思えないでしょうね」
「あんなもの、どこから生まれやがった」
ロゼッタの疑問はもっともだが、誰もその疑問に対する明確な答えは持っていない。問題はそれよりも、どうやって目の前の巨大な化け物を倒すか。アルフィリースの思考は、適切な殺し方を想像するためにフル回転を始めていた。
「さて、煮て食うか焼いて食うか。どっちにしても食べれそうにないけどね。燃やし尽くすと時間はかかるだろうし、凍らせれば後処理に困る。と、なると・・・」
アルフィリースが良いことを思いついたとばかりに口の端を吊り上げ、次なる魔術の詠唱を始めようとする。すると、マンイーター達が突如として一斉に吠えた。
「「「キィイイイイイイ!」」」
金切声とも絶叫ともとれる奇声に、思わず他の人間達が耳をふさぐ。周囲の崩れかけた建物が一斉に崩壊を始めるが、唯一人、アルフィリースだけが冷静にマンイーターの動向を見守っていた。
そのマンイーターを見ると、触手のついていた部分だけが天高く上がって行く。その様子に合わせアルフィリースの仲間達は思わず天を見上げ、その後信じられないものを見たように、言葉を各自発した。
「ちょっと・・・ちょっと待て!」
「あれ、まさか頭なの?」
蛇が頭を立てるように、そして敵を威嚇するように。マンイーターは腹や尾の部分を支えにしてその頭であろう部分を持ち上げた。するとその高さは周囲の建物よりもはるか高くなり、マンイーターのその巨体は改めて露わになったのだった。
この巨体には、さしものラインやロゼッタでさえ驚きを隠せない。エアリアルもまた、ここまで巨大な生き物は見たことがなかった。ギガノトサウルスのゆうに倍はあろう高さにまでその体高は達している。
「どうするんだ、あれ」
「さあ・・・アルフィに聞いてくれ」
ラインとロゼッタがアルフィリースを見ると、当のアルフィリースは冷静に違う魔術の詠唱に入っていた。その髪色がまたしても変色を始めていることに、ラーナが気づく。
【幸いなる地の護り、汝の恩恵を我に与えよ。その形は盾。我に降りかかる災いを遮断すべし】
≪大地の大盾≫
アルフィリースの詠唱と共に、不動なる大地がめくれ上がる。フェンナの詠唱でも大地は隆起しうるが、彼女の詠唱とは比べ物にならぬほどの大地の隆起。瞬く間に集合住宅ほどに起き上った大地は、アルフィリースの前に巨大な盾として形成される。
同時に、アルフィリースの髪の色も先ほどとはうって変わっていた。赤から茶色へ。瞬間的に変化する彼女の髪の色は、アルフィリースの纏う空気も変える。先ほどまでの攻撃的な様相から、泰然自若とした一人の個へ。アルフィリースの仲間でさえ、彼女の様子を見て別人に思えるほどに。
「アルフィ、どうなっちゃうの?」
ユーティがリサにすら聞こえぬほどの独り言をつぶやく。その疑問は、誰しもが意識せぬほどの思考の底で湧いたに違いない。だがその疑問も消し飛ぶほど、目の前のマンイーターの脅威は凄まじかった。
マンイーターは蛇が相手を威嚇するときのように体を起こすと、触手の先端のような首が一斉に奇声を上げる。そしてその起こした体を思いきり、アルフィリースに叩きつけるべく倒れ込んできたのだ。
「げっ!」
「あわわわ。に、逃げるべさ!」
「あー、もう遅いですね。デカ女の魔術に頼る以外ないのです」
うろたえるドロシーに、妙に悟りきったように冷静なリサ。こういう時にはユーティは面白半分にドロシーと一緒になって騒ぐのだが、ユーティはなぜかその気にならなかった。慌てるまでもないと、彼女の本能が告げたからだ。
「大丈夫。そう、きっと大丈夫だから」
冷静なユーティが信じた通り、天から振り下ろされる巨大の鉄槌のようなマンイーターの体当たりは、アルフィリースの構築した壁によって防がれた。地震のように一帯は衝撃に揺れ、壁はマンイーターの体に沿って変形しアルフィリースを押しつぶさんとめり込んでくるが、大地の護りは固く、アルフィリースにはその衝撃すら届いていないようだった。
アルフィリースは冷静なまま事態を受け止め、窪んだ盾にひたりとその手を付けると次なる詠唱に入っていた。
【満たされぬ者、その虚ろなる体躯を大いなる無数の地の杭にて埋めよ。汝の体躯から流れるのは血ではなく、苦痛である】
≪大地の処女≫
アルフィリースの詠唱の直後、無数の杭が壁より飛び出て、マンイーターの体を串刺にした。はたから見れば巨大な剣山が突如として出現したように見えるこの魔術、通常の術者は一つの杭を出現させるのが精一杯だが、アルフィリースは小山のような魔獣を串刺しにするほどの規模でこの魔術を使ったのだ。
壁の向こうからは形容しがたいほどの苦痛の叫びが聞こえるが、壁に阻まれた一同にはその様子をうかがい知ることはできない。ただ、全員がその叫びを持ってアルフィリースの勝利を確信していた。
アルフィリースにもまた手ごたえは十分だったのか、その場を離れ仲間の方に向かう。
「もうこれで動けないわ。後は煮るなり焼くなりお好きにどうぞ、ってところね」
「とんでもない魔術だな。いつ覚えた?」
エアリアルがアルフィリースに尋ねる。
「いつっていうか、師匠から以前教えてもらったことがあるの。一通りの魔術書に私は目を通しているし、知っていれば使えるわ」
「ですが、この魔術はこんな規模で用いるものではないでしょう。それに魔術は知っていれば使えるというものではありません。一般には時間をかけて精霊と自分を馴染ませ、その後魔術の構成段階から精霊と徐々に作り上げていくものです。こんな使い方、見たことも聞いたこともありませんが、一体どうやって覚えたのですか?」
ラーナが怪訝そうにアルフィリースに質問する。魔術士にとっての基本である精霊との交信は、時間をかけてゆっくりと行うもの。精霊との親和性が極端に高い魔女でさえ、一つの魔術を行使できるようになるのに一月はゆうにかけることが多い。
特にラーナのような闇系統の魔術を使う者は、魔術を習得する過程で多くの闇を覗き込むことになるため、精神そのものがまいってしまう者が非常に多い。また習得できたとしても、闇の影響を多分に受けるのは必至である。だからこそ、闇の魔術を使う者には犯罪行為を行う者が多いのは道理である。
闇の魔術に限らず、魔術というものは術者に少なからず影響を与える。他者を攻撃するような魔術なら、攻撃的な影響を及ぼすし、防御系なら自己犠牲の精神などである。もちろん十把一絡げにくくることはできないが、少なくともアルフィリースのように様々な種類の、しかも高位の魔術を用いればその精神がずたずたになっていてもおかしくないのだ。アルフィリースの魔術の使い方は極めて危険なのである。
ラーナの言葉は心配半分なのである。もちろん魔術士としての純粋な興味もあるだろうが。だがアルフィリースの答えはラーナの期待した通りにはならなかった。
続く
次回投稿は、5/9(水)7:00です。