少年達、その47~さらなる力~
「おい、こいつは・・・」
「ああ、油断するな。前回やった魔王とは桁が違うぞ」
建物の間にある闇からさらなるマンイーターの首が一つ、二つと顔を出し始める。だが、今度はその首が増えるのが止まらない。ロゼッタの目には既に10を超える首が映りながら、なおも続々と首が闇から姿を現すのだ。
さしものロゼッタも、それを見て顔色を変える。
「ちっ、キリがねぇなぁ」
「そうだな。だがやるしかあるまい」
「あの化け物、根っこはどこかしら?」
アルフィリースがふと言った発言に、一同が顔を見合わせる。
「言われればそうだな」
「ちょっと待ってください、リサが調べてみます」
リサが集中してセンサーを飛ばすが、ビュンスネル全体に施された魔術はいまだ生きているのか、探索には苦労しているようだった。
「・・・駄目ですね。相当奥に本体はいるようです。ここからのセンサーは魔術に妨害されて届きません」
「じゃあ特攻するしかないな」
「あの首をかいっくぐってか?」
ラインの疑問に、全員が不安そうな顔をした。その様子に、リサが一つ提案をする。
「確かに盲目的に特攻するのはダサいですね。いいでしょう、ここはデキる女リサが一肌脱いであげましょう」
「一肌と言わずに全部脱ぎなさいよ。惜しむような体でもないでしょうに・・・ぐえっ!」
ユーティが余計な事を言ったので、リサがまるで蠅叩きのようにユーティを叩き落として踏んでいた。相当な妖精冒涜だが、ユーティが相手だとどうにもそのような気がしない。ここまで人の世に慣れた妖精がそうそういないからだろうか。
そのユーティを踏んづけながらもリサは真剣だった。リサが目を閉じ腕を広げ、天から何かを受け取るような形で静止する。そのようなリサの様子は、アルフィリースですら見たことがなかった。そしてリサがうっすらと目を開くと、エアリアルにこう言ったのだ。
「エアリー、これはファランクスとの修行で身につけた能力です」
「父上との・・・?」
「ええ。ファランクスは人間同士の戦いも想定して、私に能力の使い方を教えてくれました。彼自身、人間と関わりが深い時期があったのでしょうね。彼が私に残してくれた能力、お見せしましょう」
リサが腕を広げ、さらなる集中を始める。そもそも、センサーの能力とは魔術士と武闘家のどちらにも共通するところはある。魔術士は自身から流れ出る魔力をそのまま様々な属性の素子に変換、または大気中の魔力や精霊に干渉する。一方で熟練した武闘家は生命エネルギーを外に放出したり、体の一点にとどめたりする。ブラックホークのゼルドスが使用する『遠当て』という技術は、これの応用になるのだ。センサーとは、生命エネルギーをごくごく薄くして、魔力のように外に向けて飛ばすものである。
そういった意味で、センサーの能力は魔術士と武闘家の中間ともいえる。剣であれなんであれ、達人級の使い手が妙に勘が良いのは、自然とセンサーの能力を意図するところなく使っているからである。
そしてリサはセンサーとしては既にギルドでも相当上位に位置する能力者であり、その使い方については応用を知っているのである。
「おお」
「そんなことができるの・・・」
リサの周囲から歓声があがる。リサの頭上にはリサの体の倍程度の、薄い桃色の球体が構成されていた。少し透けているところを見ると、中は空洞に近いのであろう。リサの額に薄らと汗がにじむ。マンイーターもリサのただならぬ集中力に警戒したのか、あえて動こうとはしなかった。
「・・・はっ!」
リサの小さな掛け声とともに、球体が空に向かって打ち上げられた。斜め前方に向かって打ち上げられたそれは、全員が見守る中、上空やや見えなくなるかという所で音もなくはじけた。同時にリサががくりと膝をつき、ルナティカがそれに近寄る。リサは肩で思わず息をしていた。
「はぁ、はぁ」
「リサ、平気か?」
「平気じゃあないですね。これ、すごく疲れるので。でも、この探知から逃れられる奴などいませんから」
リサはファランクスとの話し合いの中で考えた。もし人間相手の戦いなら、認識阻害の魔術を破れるかどうかでセンサーとしての優秀さが決まると。そして認識阻害の魔術とはそもそもどのようなものかを勉強した。
人は誰しも多少なりとも生命力や魔力を放出している。二つの経路は人間の中では別々であり、どちらをより多く放出できるかは血統や修行によるが、片方の放出経路を会得すれば、残り片方の放出は同部位からはできないのがほとんどである。正式な用語としては『経絡』と呼ばれるが、リサの認識は「同じ場所に毛穴は二つ作れない」と考えている。だがこの大陸の人間は、そもそも生命力を多少放出する者が多い。
誰にでも「気配を感じる」という程度の事はできる。これは自身が発する生命力の薄い膜が体の周囲にあるが、何かが当たるとその存在を感じるというからくりである。センサーの場合、その感じ方がより鋭敏であるという事なのだ。認識阻害の魔術とは、この生命力を遮断する魔術である。リサはこの魔術の特性を勉強した。認識阻害の魔術は建物の形に沿って、あるいは敵陣などに円形に張られることが多い。だが一方からのソナー(センサーの放出した生命力)に関しては有効だが、別方向からの同質のソナーが干渉する場所では、認識阻害の魔術は消失してしまうと知ったのだ。もちろんファランクスの助言あっての学習である。
リサは考えた。同質のソナーを二人のセンサーが発することは非常に難しいと。別質のソナーでは、ソナー同士が片方を打ち消してしまうため意味がない。一人の人間が別の方向からソナーを発生させるにはどうするか。そして辿り着いたのが、この能力。
「『満開の雪』とでも名付けましょうか。このリサから隠れられるものなら隠れてみなさいってことですよ」
弾けた球体からは雪のように小さな球体が舞っていた。そのそれぞれがしばらくふわふわと舞っていた後、ぱん、ぱんと一斉に弾け始め、ソナーを飛ばすのだ。空という海に多数の波紋を投げかけるように。
常人にはほとんど何が起きているかはわからないが、リサだけがその全貌をつかんでいる。
「アルフィ、敵の本体の位置がわかりました。敵の本体はここより一区画先。建物の中に埋もれるように隠れています。ですがこれは――」
「どうしたの?」
「大きい・・・その辺の集合住宅一つ分くらいはありそうです」
「へぇ・・・それはどうしたものかしらね」
「他にも問題がある。結局のところ、この首の群れをどうかいくぐって本体に近づくかっていうことだ」
ラインが冷静に状況を分析する。その中で名乗りを上げた者が二人。
「私が行こう。あの程度、かいくぐってみせる」
「私が空から攻撃しましょうか? 今回は仲間もいますし、炙り出せるかもしれません」
ルナティカとターシャがそれぞれ進み出たが、アルフィリースはしばし考えた結果、首を振った。
「だめよ。ルナが特攻してもこちらは援護ができないし、どれほどの相手なのかも想像ができないわ。それに相手の首の長さも相当よ。上空にも届くかもしれない。危険だわ」
「ならどうするんだ。エメラルドに頼むって手もあるが――」
「それもだめよ。インパルスは大味すぎる。ターシャと同じく、本体の場所の到達するまでに襲われるし、ここからでは何度インパルスを振れば相手に届くかもわからない。下手に建物を壊せば、私達にとって近づくのに不利になるわ」
「なら打つ手なしか。逃げるってのもありだが」
「いえ――私がやるわ」
アルフィリースのその言葉に、はっと息を飲んだものが数人。真っ先に反応したのはラーナだった。
「アルフィ、それは」
「心配しないで、ラーナ。今度は上手く制御してみせるから。ただ止める手伝いはよろしくね。きっと、前回よりも強い力が出せると思うから」
アルフィリースが1人前に出る。マンイーターは襲い掛かるタイミングを逸したのか、どの首もまごまごとこちらの様子をうかがっているだけだった。そもそも、マンイーターとてアルフィリース達に明確に敵対しているわけではない。ただ彼女は自分の腹を満たしたいだけで、それにドゥームからもアルフィリースの一行には大っぴらに手を出すなと念を押されている。少年達がアルフィリースに保護され、首を数本落とされたところで一区切りついてしまい、マンイーターとしてもこれ以上の戦いは少し悩ましいところだったのだ。手強い相手につっかける必要もない。相手が手強かろうがそうでなかろうが、味と量に関係はないのだから。
アルフィリースは外套を外すと、それを投げ捨てた。ぐいと袖をまくり、大きく一息つく彼女がいる。
「さて。協定はあるわけだけど、仕掛けてきたのはそちら、ということでよいかしら?」
「?」
「知らないか。じゃあ、火の粉を振り払ったってことで、いいわよね!?」
アルフィリースが呪印を解放し、その魔力を放出し始める。現在は無風のビュンスネルに、嵐のように風がアルフィリースを取り巻き始めた。その風は始めは静かに、そして一回転するごとにその勢いを増して行く。
中心にいるアルフィリースが誰となく呟く。
「正直、ここであなたとやりあう必要性は全くないわ。でもね、あの時の洞窟内でのこと、私は片時も忘れたことはない。貴女に殺された人達の無念、ここで晴らさせてもらうわよ」
周囲の炎上する建物から、火の粉がアルフィリースの周囲に集まって行く。それらは風に乗り、アルフィリースの周囲を踊るようにその数を増やしていった。その様子は、まるでアルフィリースという光に集まる炎の祭りのようであった。
「いかん、離れろ! 巻き添えを食うぞ!」
「これはライフレスとやった時以上ですね。真面目に修行に取り組んでいるとは思いましたが、アルフィも実力を上げていましたか」
「あ、髪が――」
アルフィリースの変容についていけない団員を、エアリアルとリサが誘導して逃がす。その中で、ラーナがさらなるアルフィリースの変貌に気が付いた。アルフィリースの髪が赤く、その色を変えていくのだ。その様子に一番驚いたのはラーナ。
「嘘。そんなことって――」
「なんだありゃ。アルフィの髪の色が変わっていくぜ。ラーナ、魔術士にあんなことはよくあるのかい?」
「ないわ。ううん、正確にはありえるけど、こんな短時間であんなこと」
ラーナはそこまで言って口をつぐんだ。まだアルフィリースとの距離は十分ではないし、ここにいれば確かに自分も巻き添えを食う。身の安全の確保が第一だとは思い、ラーナも避難を優先した。
それにしてもアルフィリースの変貌は異様であり、ラーナは我が目を疑っていた。髪色の変色は力のある魔術士なら経験することであり。実際にラーナの髪色もまた属性通り黒である。だが、それは時間をかけて変色していくこと。ラーナは生まれつきにそれなりの力を持っていたため、髪色も生まれつき黒に近かったものの、これほどの漆黒に変色したのは10歳くらいの事。まして、アルフィリースのようにこんな瞬間的に変色するのは見たことも聞いたこともなかった。
「(アルフィ、貴女は一体・・・)」
ラーナが心配そうに見守る中、戦いは始まった。
続く
次回投稿は、5/8(火)7:00です。




