少年達、その45~炎の中から現れたるは~
***
「おい、レイヤー。こいつらなんだよ!?」
「だから知らないって」
無数の異形にレイヤーとゲイルは囲まれながら、二人は自然と背を合わせるように立っていた。だがレイヤーは脱出の方法を必死で考えているのに対し、ゲイルはただひたすら汗を流しながら焦るだけ。むしろそのゲイルの反応の方が、子供としては自然だったのだろう。
「(どうする・・・僕だけならともかく、ゲイルを連れての脱出は難しい。でも見捨てることはできないし、何か得物でもあれば)」
レイヤーの目には次々と得物になりそうな候補が映る。だがどれもこの囲まれた状況では取りに行くのが難しい。レイヤーがゲイルと離れれば、その瞬間に二人は襲われるだろう。そんな中、レイヤーの口から出たのは謝罪の言葉だった。
「ゲイル、ごめん」
「え? 何が?」
「僕の失敗だ。こんな事態に陥ってしまった」
「しょうがないだろ。こんなの、誰の責任でもねぇよ。俺達の中ではそういうのは言いっこなし。そう決めたろ?」
ゲイルがこの状況でもにかっと笑うのを見て、レイヤーは少し感慨深くなってしまった。自分は良い兄弟分を持ったと、今思ってしまったのだ。そして、なおゲイルを見捨ててしまう選択肢はないと、強く思うのだった。そしてそう思える自分に、多少レイヤーは安堵する。
そのレイヤーの思いに呼応するように、今度は一際城門の炎が燃え盛ったかと思うと、その中から美しく白い馬に乗った人が炎を突っ切って現れたのだ。そしてその後ろから飛び降りた人物が、レイヤーにつかみかかろうとしていた異形を鮮やかに切り倒した。
「大丈夫!?」
黒い髪をたなびかせ、異形の返り血を頬に受けるその女性を見て、レイヤーは思わず目を奪われた。生きている女性でありながら、なぜかその光景に現実感はなく――レイヤーはしばし返事もままならずにその場に固まっていた。
そんなレイヤーを見て女性は心配したのか、レイヤーの肩をつかんで軽く揺さぶった。
「さっきの子ね? 怪我はない?」
「え・・・あ、はい」
「自己紹介が遅れたわ、私はアルフィリース。そしてあそこで馬を操っているのがエアリアルよ」
アルフィリースがエアリアルを紹介した時、彼女は手裏剣と槍で周囲の異形をなぎ倒している真っ最中だった。そして一通り手の届く異形を20体ほどなぎ倒すと、エアリアルは槍の血糊を一払いし、アルフィリースと少年達をかばうように愛馬のシルフィードを操り、異形とマンイーターの前に立ちはだかったのだ。
「アルフィ。周囲の人型はともかく、あの首達は大物だぞ?」
「そのようね。心配しなくても、援軍がくるわ」
その瞬間、轟音と光をもって燃え盛る門が吹き飛んだ。突然近距離で発生した雷鳴に、ゲイルは思わず飛び上がる。レイヤーもまた、突然の出来事に思わず身を低くした。
「な、なんだぁ?」
「心配しないで、仲間よ」
上空、炎でかすかに赤く彩られる空に見える白い羽の持ち主はエメラルド。彼女は雷鳴を伴う金色の刀身の剣を抜き、アルフィリース達に向けて手を振っていた。アルフィリースもまたその手に応えるように手を振りかえす。
一方、砕けた門からは多くの人間が入り込んできた。その先頭はラインとロゼッタ、それにラーナである。
「アルフィリース、無事か?」
「まったく、無茶しやがるよ。エアリアルに風を纏わせて炎の中に特攻するなんざ。いくらエメラルドが中でガキどもが魔物に囲まれているなんて報告したからって、もうちっとやりようがあるだろうに」
「そうですよ。乙女の柔肌に、焦げ跡でも残ったらどうするつもりです?」
「あー・・・まあ皆無事だったからいいんじゃない?」
アルフィリースが放った緊張感のない言葉に、全員が少しがっくりとうなだれるも、後から入ってきたリサだけが冷静だった。
「向う見ずなデカ女は後で説教するとして、みなさん、目の前の大物に集中しましょう」
リサに促されずとも、全員がマンイーターを当然認識している。そもそもリサがセンサーでその存在を感知していたのだ。門が燃えたせいで街の外周部に元々施されていた魔術の大半が効力を喪失しており、リサのセンサーがある程度働くようになったのだ。その結果リサは少年達が異形に襲われている事を察し、エメラルドが上空から念のため偵察を行い、アルフィリースの突入に至るということである。
そのマンイーターは突然の出来事に驚いたのか、あるいはエメラルドとインパルスの轟音に驚いたのか、一瞬首を引っ込めて、やや注意深げにアルフィリース達の様子をうかがっている。
彼女を見て、アルフィリースとラインは合図を取り合った。
「ライン、この化け物・・・」
「ああ、リサの言うとおり初心者のダンジョンで会った奴だな。あの面には見覚えがある」
「前とは随分様子が違うわ。そんな魔物っているの?」
「さてな、相手が相手だ。なんでもありだろう。だが・・・」
前の状態では倒したはずだ、とラインは思う。確かに倒した後、霊体としての少女は見たしその存在も放置したが、再びこのような形になって現れるとはラインも予想していなかった。もしかすると何かに憑りついて動かしているのではないかとラインは想像をつけるが、現時点ではどうでもいいことだし、どうすることもできない事実ではある。
だが今回は前回と違い、ラーナがいた。武器を構える全員の後ろで、ラーナが珍しく強めの口調で彼らに語りかける。
「みなさん、お待ちを。あれは悪霊の類が受肉した魔物。周囲の異形も同様です」
「ラーナ、わかるの?」
アルフィリースの驚いた顔に、笑顔で返すラーナ。
「アルフィ、私を誰だと思っているのです? 白魔女フェアトゥーセの弟子ではありますが、私は闇を司る魔女ですよ? 悪霊の事なら私の得意分野です」
「なるほど。それで?」
「先ほど申し上げた通り、あれは悪霊が何らかの魔物にとりついた状態です。実体があるので倒すことは可能ですが、本体の悪霊にはなんら傷をつけることはできません。この場で倒しても、いずれ別の化け物に乗り移って復活するだけです」
「ならどうする?」
ラインの疑問に、ラーナの目が鋭くなる。
続く
次回投稿は5/6(日)7:00です。