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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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少年達、その44~依頼終了~

「で、なんで撤退なんだっけ?」

「・・・ここからはしばらく、胸の内に伏せておいてください。オブレスは死亡、またグラスライブ以下神殿騎士他、多数の死体が教会内に散見されました。詳細は不明ですが、どのみちすぐには明らかにならないでしょう。それに、町に不穏な空気も流れている。ゆえに無事であったいくつかの書類を回収し、この場は撤収すべきだと考えたのです。現場を保存すべき騎士も全滅では、どうしようもありませんから」

「・・・で、今後の方針は?」

「アルフィリース達への依頼はこれにて終了です。以後はアルネリア教会の案件、またアルフィリース達は介入すべきではない問題となるでしょう。仔細について話すわけにはまいりませんが、一つだけアルフィリースにも関係ありそうな点が」

「嫌な報告なのよね?」

「ええ。グラスライブが魔王と化した形跡がありました。確証はありませんが、間違いないと思います。これはアルネリア教会にとっても由々しき事態なので、どうかその胸に秘めておいてください。まさかアルネリア教会の関係者に魔王がいたなどとは、どのみち明らかにできませんから」


 エルザの申し出に、アルフィリースはしばし悩む風であったが、やがて何かを思いついたように再びエルザに頷いた。


「そうね・・・でも、真実を今確認することはできるかも」

「え?」

「ライフレス! いるのでしょう!? 出てきなさい!」


 アルフィリースの突然の大声にぎょっとしたエルザとイライザだが、呼んだ人物にもっと驚いた。だが、ほどなくしてアルフィリースの呼びかけに答える者が、人込みの中から姿を現した。


「やかましい女だ・・・俺をなんだと思っている?」

「私の監視。だからその辺にいると思ったのだけど?」

「ふん、いたのはたまたまだがな。言っておくが、俺はこの件には関わっていない。俺は貴様の言うとおり、純粋なる監視だ。この町で何が起きているかすら知らんし、興味もない」

「ほう、随分と黒の魔術士殿達は仲が悪いようだ」


 エルザが入れた皮肉に、ライフレスがぎろりと睨む。


「言葉に気をつけろ、女。貴様のような小者に言われる筋合いはない」

「そんなことを言っていると、小者に足元をすくわれるぞ?」

「それはないな。蟻がギガノトサウルスの足をすくうことがあると思うか? 踏みつぶされるのが関の山だ。現に、貴様の師匠とやらは我々の中で最も弱い男にすら及ばず敗れたようだが?」


 その言葉にエルザの顔色が変わり、俄かに殺気立つ。だがその様子をライフレスが面白がる暇もなく、イライザがエルザを制した。


「エルザ様、お控えを。今はその時ではありません」

「・・・わかっています。何もするつもりはありません」

「ふふ、従者は冷静のようだな。確かに貴様は、良い部下に恵まれる顔をしている」

「人相見ですか? 占い師のような事を言う」


 エルザの精一杯に皮肉に、ライフレスは平然と返す。


「王として、腐るほどの人の数を見てきたからな。そこそこの見者くらいの事はできるさ」

「自分はどうだったのです? 最後は部下がその国土を巡って戦争を起こしたそうですが」

「そうだな・・・俺は生涯部下に恵まれぬと、多くの占い師に言われたよ。まあ結果を見る限り、当たっていたかもしれんな」


 ライフレスが少し寂しそうに笑ったような気がして、アルフィリースは思わず問いかけてしまった。以前の彼女であれば、そんなことはしなかったかもしれない。なぜそんな質問をしたのかは、アルフィリース自身も深くは考えておらぬ。


「そういえばさ、ライフレスって王様だったんだよね?」

「そうだが? 今さらだな」

「部下にもすごい人が多かったって聞くけど、どうだったの?」

「ふむ・・・確かに今世の騎士や戦士に比べて強い者は多かった。私の命を取りかけた者もいたし、確かに強者は多かった。単騎で千の敵軍に飛び込み、大将の首を上げた者。七日七晩拷問を受けながら一瞬の隙をついて脱出し、その城の責任者の首を取ったうえで門を開き城を落とした者。五つの動く的を同時に射抜く弓兵。ギガノトサウルスの首を素手で叩き落とす獣人の戦士。上げれば枚挙に暇がない」


 ライフレスが思い出すように指折り数えていくが、その指の動きが両手を優に出ていくのを見て、アルフィリースはより純粋な疑問を抱いた。


「それだけ優秀な部下がいて、どこが恵まれていないの?」

「うん? そうだな、誰も俺を・・・いや、何を。アルフィリース、貴様間抜けな質問をするな」

「何が間抜けなのよぉ」


 アルフィリースがふくれっ面になるのを見て、さしものライフレスも少し呆れていた。


「俺とお前は敵同士だ。戦い、殺し合いこそすれ、慣れあう仲ではなかろう」

「それはそうだけど、今は休戦中でしょう? 別にいいじゃない。良く考えれば歴史に残る英雄王とこんなに気軽に話せるなんて、敵対関係でない限り幸運以外の何物でもないわ」

「お前な・・・」


 アルフィリースのその言葉に、ライフレスだけでなくエルザとイライザも呆れていた。だがエルザはその言葉に、ふっと笑い出してしまった。この人物なら、あるいは伝説の英雄王にも勝てるかもしれないと。

 少なくとも今、英雄王はアルフィリースの言葉に困った顔をしているのだから。口先だけで歴史に残る英雄王を困らせる女など、彼の時代には存在してなかっただろうから。

 ライフレスがため息をつくころ、彼の元には一匹のカラスが羽ばたいてきた。そのカラスはライフレスの肩に留まると、その姿は影となり、ライフレスの中にうずまり消えた。カラスが消えた後ライフレスはビュンスネルの方を見、やや鋭い目線をしたのだ。


「あの二人・・・そういうつもりか」

「え? 何?」

「アルフィリース。貴様の図抜けた態度に免じて、一つだけ忠告してやろう。誰か仲間がビュンスネルの中にいるなら、いち早く脱出させることだ。もうすぐ誰もあの町からは出れなくなる」

「どういうこと?」


 アルフィリースが問いかける中、ライフレスは足元から大きなカラスを出現させた。式神の一種なのだろうが、その突然の出来事に周囲の人間達も驚いて、さらに右往左往する。

 もちろん、ライフレスが市井の人間を気に留めるはずもない。


「この状況を起こした奴は、俺なぞ比較にならんほど容赦がない。奴はこの町の人間を全滅させるつもりだ」

「馬鹿な! この町にはスラスムンドの精鋭や、自警団だって・・・」


 エルザの質問に、ライフレスは黙って彼女を視線を合わせたが、式神を上昇させながらその質問に答えた。


「残念だがそれらは一切機能しない。言ったろう、容赦がないと。既に責任者や、軍隊を動かせる立場にある者は全員殺されている」

「そんなバカな!」

「そんなバカなことができる相手だということだ。奴の強さは俺ほどではないかもしれんが、用意周到さと容赦のなさは俺達の中でも一つ抜けている。早くこの町から去るとよい。長居してもロクな事にはならんぞ?」

「待ちなさい! それがわかっているなら、どうして・・・」


 アルフィリースの最後の疑問にライフレスは答えることなく、天高く姿を消した。残されたアルフィリースとエルザは顔を見合わせたが、そこに一層大きい歓声が聞こえたのだ。


「何の騒ぎ!?」

「アルフィ、大変よー!」


 飛んできたのはユーティ。彼女には珍しく真剣な顔をして飛んでくる。元々は美しい顔だが、このように真剣な表情をしていると凛々しくもある。

 そしていつもはどんな時もユーモアを忘れないユーティだが、今回ばかりは冗談は抜きだった。


「東の門が燃え出したわ。これじゃ誰も出入りできない!」

「え? だって、ルナとラインがまだ脱出してくる少年がいるって」

「もう無理だよう。あの炎じゃ人間は突破できないよ」


 ユーティに導かれるままアルフィリースが走ると、そこには燃え盛る東の門が目に入った。門は既に崩壊が始まっており、ユーティが言うとおりどう見ても人間が突破できる代物ではない。週にはその炎を突っ切って来たのか巻き込まれたのか、火だるまになった人が数名悶え苦しんでいるところだった。肉の焼ける臭いがひどく、多くの人間達は鼻と口を押さえ、勇気ある何人かが彼らを助けようとかけつけていたが、おそらくは徒労に終わるだろう。熱さはともかく、視界の利かない炎の中を特攻するのは命知らずもいいところなのだ。確かに、これ以上は何人も脱出はできないだろう。

 アルフィリースは現状を理解すると、すぐさま指示を飛ばす。


「ライン、まだ少年達は出てきてないのよね?」

「ああ、まだだ」

「なんとかしないと・・・ユーティは上空から状況を確認! それらしい人物がいたら報告を。待機部隊には私が連絡をする! その他の人員はここに部隊が展開できるだけの空間を作れ。急げ!」


 口先ではなんと言おうとも、アルフィリースは少年達を気にかけていた。そしてアルフィリースの号令一科、彼女達はすぐさま動き始めるのだった。



続く

次回投稿は、5/5(土)8:00です。

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