少年達、その43~内と外~
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レイヤーとゲイルが炎逆巻くビュンスネルからの脱出を図っている頃、ビュンスネルの門の外ではアルフィリース達が脱出を終え、集合をしていた。彼らには動揺した様子もなく、淡々と作業のように命令された通り脱出をし、今はそれぞれが持ち物の確認をしている。周囲で脱出した町の住人が混乱している様と比べると、逆に奇妙な光景ではあった。
「全員、欠員はないわね!?」
「ああ、問題なさそうだ」
ラインが全員の確認を終え、アルフィリースの元に最終報告に来る。ビュンスネル内に潜入していた傭兵団の面々はさすがに精鋭ぞろいで、一分の過不足もなくアルフィリースの命令を実行した。決められた通りに動き、決められた通りに集合し、決められた通りに物事を実行した。もちろん指揮官たる者の実力、的確な命令があってこその行動だが、彼らの動きの良さはアルフィリースに様々な経験をさせることになる。戦力とは、その数よりも練度の高い者が何人いるかで決まると。
とにかく、誰も怪我の一つもなくこのビュンスネルを脱出したことは、アルフィリースにとって収穫だった。傭兵団は何も戦って勝つだけが仕事ではない。不要な戦いは避け、目標のために適切な判断と行動をとることができなくてはならない。そのうえで、アルフィリースの部下は非常に優秀であったろう。
アルフィリースは全員の無事を聞くと、今後の方針を決めるためエルザの元に赴く。ビュンスネルの脱出は、半分はエルザの判断である。アルフィリースはエルザがグラスライブの教会から出てきた時、彼女が「撤退よ」と言ったことにより総撤退の指示を出したのだった。その本意はまだアルフィリースも知るところではない。
アルフィリースが何やらイライザと話し込んでいる元に行き、彼女の真意を聞いてみる。
「エルザ、ちょっといいかしら」
「何でしょう?」
「撤退は構わないわ、私だってこのままここに長居をしたくはないし。でも理由だけは聞かせてほしいわ。いったいエルザはあの教会で何を見たの? それがアルネリアの秘匿に関わる物なら、私はこのまま沈黙せざるをえないのだけど」
「いえ、別に構いませんが・・・こちらに」
エルザはアルフィリース以外には聞かれたくないと思ったのか、イライザを伴って多少離れた場所に移動した。周囲ではビュンスネルの災害から逃げ出した人間達がわあわあと悲鳴を上げており、突然に住処を追われたことで誰もが悲壮感に囚われながら、今後の身の振り方について途方に暮れているところだった。
アルフィリースは彼らを横目で見ながら少し悲壮感の漂う表情をしたが、彼女の力ではどうしようもない。幸い帯剣している彼女達に絡む者は誰もいなかったが、着の身着のままで街を脱出した人間達は自らの生存のため、周囲から、特に弱者と思しき者達からの略奪を開始していた。
「醜い物ね」
「そうですね。でも戦争では実にありふれた光景です。私が生きてきたのは、こういうことが日常茶飯事に行われる街でしたから」
「どんな気持ちでこの光景を眺めていたの?」
アルフィリースが投げかけた質問に、エルザはその真意を測りかねて彼女の顔を見たが、アルフィリースは純粋なる興味からその質問を投げかけたようだった。二つの真摯な眼差しがエルザを捕え、エルザは思わずため息をついた。
「どうしたの?」
「いえ、そういった質問を私に何の臆面や邪念もなく投げかけられるところが、実に貴女らしいと」
「?」
今度はアルフィリースがエルザの言葉の意味を測りかねたが、エルザはそれには答えなかった。代わりに少し楽しそうに微笑むと、アルフィリースの質問に対する答えを述べた。
「私はこういった光景を見ながら、いつもここから脱出したい、いつか逃げてやると思っていました。ですが現実は厳しく、私はその中で生きるしかなった。だから、奪われるくらいなら奪う側になろうと」
「それで?」
「私は組織を作り、奪う側の人間になりました。ですが私は目立ち過ぎた。力を振るうものは、より大きな力で叩きのめされる。私はこの世界の仕組みについて、あまりに無知すぎた。目の前の大人を叩きのめせば、なんとでもなると思っていたのだから。そして、最終的にアルネリアという巨大な力の前に屈しました。
オブレスという少年にも、それがわかって欲しかった。彼と思われる人物が教会の中で事切れていました。その死に様は壮絶でしたが、彼の表情は満足気だった。彼の死に方はきっと彼にとって幸福だったのかもしれませんが、死んでは何にもならないということを、彼には生きているうちに知って欲しかった」
「オブレスの事は後にするとして・・・私が気になるのは、そこでエルザはミリアザールに会ったのかしら?」
アルフィリースの問いに、エルザは一瞬昔を懐かしむような目をした。
「そうです。私はアルネリアの勢力を得た軍隊に叩かれ、連行されるところでした。そこに通りがかったのがミリアザール。身分を隠してはいましたが、彼女は強引に私の身柄を引き取りました。
ミリアザールが通りがかったのは完全に偶然です。どうやら近くで別の用事があったらしく、ミリアザールは興味本位で多少立ち寄っただけでした。ですが私はミリアザールの目に留まり、そのままアルネリアに籍を置くことになった。今では感謝していますが、当時はその事すら感謝できなかった。アルネリアもいつか出て行ってやると、最初は思っていましたから」
「どうして出て行かなかったの?」
アルフィリースのもっともな問いに、エルザはくすりと笑った。
「最高教主がね、私が折れそうになるたびに『この腑抜け、弱虫め』と言ってからかいに来るんです。私はかっとなり、そのたびに努力を重ねいつしかこの地位に上り詰めました。きっかけを得たのはミランダ様の演説ですが、ミランダ様の演説を聞くようにそもそも勧めたのは最高教主です。
そういう意味では私は最高教主の手のひらの上で踊っているだけなのかもしれませんが、今では悪い気はしません。所詮人間など、完全なる自由にはなれないのです。肉体的に、あるいは法律で、さらに金銭により、または血縁で。私達は何らかの手段で、常に束縛されています。ですが、自分が閉じ込められた場所をいかに快適にするかという自由はあるはず。その後、快適な場所を広げていけばいいだけの話。その順序を間違えると、不幸な結果を招くだけになるかと」
「どれだけ努力しても快適にならなかったら?」
アルフィリースの問いかけに、エルザははっとした。そして、その疑問に明確な答えを持たない自分がいることに気が付いたのだ。
「それは・・・」
「私ね、思うんだ。今回の首謀であるオブレスっていう少年を直接見たわけじゃないんだけどね、きっと彼はどうにもならなかったんだと思う。だって、自国の軍隊が自分達の住民を襲う手伝いをするなんて、普通の人間ができる判断じゃないもの。それにその後、自分達に手を貸した者を殺す準備もしてたのでしょう? これはもう普通の人間、それも成人もしてないような子供の発想とは言えないわ。
それだけ切羽詰っていたか、あるいは彼を唆した人物がいるか。エルザの考えではアルネリアの教主グラスライブがその黒幕だったのでしょうけど、確たる証拠はないのよね?」
「ええ、まあ」
「仮にグラスライブが黒幕だったとしても、そんな事に加担してしまう人間はやはり相当に追い詰められていたのだと思う。だから、この争いを終えるにはその負の連鎖がどこから来たのかを明確にしない限り、同じことがまた繰り返しになるのではないかと思うの。現にエルザの過去と似たような状況だったのだから。ただ彼にとって唯一の救いだったのは、彼が満足気な表情で死んでいたことかな。
だからと言って私に具体的な解決案があるわけではないのだけれど、エルザには何か良い意見がないかしら?」
アルフィリースの言葉に、エルザは重ねてはっとした。エルザは正直そこまで考えが至ってなかった。エルザが教会に踏み込んだ時、教会の中は惨劇の現場だった。エルザはその光景を見た瞬間、その光景がなぜ誰によってもたらされたかを考えるばかりで、この案件の根本に関してはまるで考えもしなかった。それは現場を預かる者として当然の思考回路かもしれなかったが、そもそも自分がこういった問題の根本を考えたことがなかったかもしれないと、エルザは今さらながらに気付いたのだ。
確かに冷静になって考えてみれば、オブレスというたった15の少年が盗賊の首領である事自体が異常である。それも、軍隊を倒すほどの統率のとれた盗賊を率いて。その案件を聞いた時エルザはどうやって少年が軍隊を破ったかを考えたが、そもそも考えるべきは、なぜ少年が盗賊を率いるようになったかということだったのではないか。
オブレスが盗賊を率いるようになった過程。それを考慮しない限り、今回の案件は解決しても再び同じ事態は起こりうる。その可能性にエルザは今さらながらに気が付いたのだ。真なる救済とは何か。エルザはその事を考えるに至っていた。
エルザは改めてアルフィリースを見るが、アルフィリースは既に自分の思考に没頭しており、エルザの返事を待ってはいなかった。エルザはアルフィリースが何を考えているかを聞いてみたかったが、まずは自分がアルフィリースと対等に話せるだけの思考過程を身につけなくては、彼女の話と意図するところの半分も理解できないだろうと感じたのだ。
「・・・貴女は凄い人ですね」
「え、なに?」
「いえ、なんでも」
聞き返すアルフィリースに、エルザはあえて何も言わなかった。なぜそうしたかはエルザにもわからない。だが、その方がアルフィリースにとって良い気がしたのだ。世俗的な自分の思考は、アルフィリースにとっては邪魔だろうと考えたのだ。
だがアルフィリースは元の疑問にふと戻る。
続く
次回投稿は、5/4(金)8:00です。