少年達、その42~燃える町~
レイヤーが突然ゲイルの口をふさぐ。レイヤーとゲイルは物陰に隠れると、そっと様子を窺った。すると、長い少女の首がふよふよと浮かびながら、周りを見回しながら観察しているではないか。
「おかしいな・・・声が聞こえた気がしたんだけど」
少女の首はそう呟くと、大通りで歓声が聞こえると同時に引っ込んで行った。首が去った後で、ゲイルが恐怖に怯えたようにレイヤーを見る。
「レイヤー、なんだあれ?」
「知らない。でも昨日、ちらりと見た事はある。とりあえず関わり合いになりたくないし、上手い事避けながら東門に行こう」
「東門に行こうって、そこの大通りを突っ切らないと無理なんじゃないか? さっきの化け物がいるかもしれないぞ?」
「なら囮を使おう。そこの建物って、こちら側の出口を塞ぐと、大通りの方にしか出られなくなる。そっちに人が殺到すれば、化け物はそいつらを皆殺しにするまで興味をそちらに向けるだろう」
「お前・・・本気か?」
レイヤーがさらりと恐ろしい事を口にしたので、ゲイルは我が耳を疑った。レイヤーは無害な少年だと信じていたからだ。だがレイヤーは平然として答えた。
「僕達二人が生き残るための最良の方法さ。他はどうでもよくない? だって、知り合いなんて他にはどうせいないんだし」
「それはそうだけどよ・・・」
「もう迷う時間はないよ。ゲイルが嫌なら、僕一人でも仕込みをするよ。あそこの荷台を動かして、歯止めをすればおしまいだ」
レイヤーがさっさと動き始めたが、ゲイルは決断ができずにその場に立ちつくしてしまった。まだゲイルにはそこまでの覚悟はない。ゲイルはちょっと腕っぷしが強いだけの、ごくごく普通の少年なのだ。
しばし佇んだままのゲイルがそっとレイヤーの後を追うと、ちょうど戻ってくるレイヤーとはち合わせた。
「うわっと。レイヤー、俺もやっぱ手伝うよ」
「いいよ、もう終わったから」
「え、もう?」
「そうだよ。行こう、時間が惜しい。あんまり時間稼ぎにならないかもしれない」
レイヤーがそう言ってさっさといなくなったので、ゲイルは戸惑いながらもその後に続いた。ゲイルがちらりと走りながら見たのだが、レイヤーが動かしたであろう物は、明らかに自分達よりも大きな家具だった。どうやって動かしたのかとゲイルは訝しがったが、彼は細かいことを考えるのは非常に苦手だったので、とりあえずその疑問は頭の隅に追いやったのだ。
そしてレイヤーとゲイルは火の手が次々に上がるビュンスネルを、人の悲鳴と建物の間を縫うように駆け抜けた。平然と進むレイヤーに対し、ゲイルは徐々に恐ろしくなっていた。治安の悪いビュンスネルでは、今までにも何度か暴動が起きている。その度に火災は起きたし、何度も人の悲鳴を聞いた。今よりもさらに幼かったゲイルはそのたびに震えたが、その時はオブレスを始めとした自分達の兄貴分達が慰めに来てくれたのだ。
ゲイルはそのうち人の悲鳴にも火災にも慣れてしまったが、今回は様子が違う。火の手は広がる一方だし、人の悲鳴はまるで山彦のようにその数を増していた。それにこれほど大規模の火災なら、町の自警団や軍隊が出動しているはずだが、その気配が一向に感じられない。いかにビュンスネルの自警団が腑抜けて統率がとれていないかもゲイルは肌で感じて知っているが、いったいこの町はどうなっているのかと考えながらも、ゲイルは一刻も早くこの街を脱出する必要がある事を今さらながらに感じていた。
そして東門の近辺である事がゲイルにもわかる場所に来たが、そこでレイヤーが再びゲイルを制する。
「また様子が変だ」
「何がだ? 静かなもんじゃねぇか」
「だから変なんだ。こっちは町で一番大きな街道へと続く門だ。もっと人が殺到しているはずなのに・・・」
レイヤーは歩みを緩め、そっと門の方向を覗く。いつもは無表情なその顔が、初めて渋い物へと変わったのだ。
「ゲイル、引き返そう」
「ここまで来てかよ? どうしたんだよ」
「見てみなよ」
レイヤーに促されるままゲイルが門の方をこっそり覗くと、そこには燃え盛る門が目に映ったのだ。見張り台や門は確かに木造だが、街の防壁も兼ねる門はほとんどが石造りである。にもかかわらず、門は凄まじい勢いで燃えていた。ゲイルは信じられないといった表情でその光景を見ていた。
「なんだよ、あれ・・・なんで燃えているんだよ!?」
「知らない。でもこれではっきりした。この混乱は誰かが仕組んだものなんだ」
「なんでわかる?」
「石造りの門は普通あんなに燃えない。誰かが油をまいて、火を放ったんだろう。それにこの周辺の建物はまだそんなに火の手が上がっていないのに、門だけが猛烈な勢いで燃えている。これは誰かが意図的に門を燃やして、逃げる場所を奪ったと考える方が自然だと思う」
「どうしてだよ?」
「こっちが聞きたいよ。大方この町の住人を殺すつもりなんだろう」
その言葉を聞いてゲイルが真っ青になる。だが何のために、ということはレイヤーにも想像がつかない。そんな事よりも優先すべきは、エルシアとの合流。先ほどのアルフィリースやラインがいつまでも外にいるわけではないのだ。彼らはもしここで合流できなければアルネリアに戻るだけなのだが、レイヤーにそんなことはわからない。レイヤーはここで合流できなければエルシアと離れ離れになるかもしれないと思い、焦っているのだ。実際、ラインは門が崩れ落ちるまでが制限だと言っていた。
レイヤーはすかさず別の脱出経路を考えたが、どこもこの場所からは遠かった。火の手があがる町中を、ゲイルを連れて移動するのは困難かもしれない。
「東北の門から・・・いや、でもあっちは火の手が強そうだし。南の門は遠いけど、火の手は今の所ない。でも暗がりが多いから、あの化け物達がいるかも・・・」
「何をぶつぶつ言っているんだよ、レイヤー。それより――」
ゲイルがそこまでの言葉をつないで、後ろを振り返って固まっていた。レイヤーが何事かと振り返ると、そこにはゲイルとエルシアが遭遇した化け物達が後ろからのろのろと集まってくるところだったのだ。外は既に夜だ。化け物達も暗がりにいる必要がなくなったのだろう。
レイヤーはその異形の存在に気づいてはいたが、ここまで数が多いとは考えてもいなかった。後ろの方につながる列の切れ目が見えない。
「こんなときに・・・」
「どうするんだよ、レイヤー」
「しょうがない、こっちだ」
レイヤーがゲイルを促して大通りに出た瞬間、レイヤーは無数の視線を感じ、その場に立ち止った。後ろから続くゲイルがレイヤーにぶつかり、その頭で鼻を打った。
「いってぇ! 何を急に立ち止まってんだ!」
「ごめん、ゲイル。まずいかもしれない」
「何がまずいって・・・?」
ゲイルが見たのは、細い路地から次々と出てくる少女の顔。どれも同じ顔をした無数の長い首は、血の滴る口を持って、二人に語りかける。
「まだ人間がいた」
「ううん、人間じゃない。エサ」
「おいしいかしら」
「そうかも。でも大きくないから腹はふくれない」
「どっちにしても、どれだけ食べてもお腹はいっぱいにならない」
「とりあえず食べてから考えよう」
「「「そうしよう」」」
後ろからは無数の異形。大通りには路地からはい出た無数の首。そして脱出路は燃え盛っている。レイヤーとゲイルは、絶体絶命の窮地に追い詰められていた。
続く
次回投稿は、5/3(木)8:00です。