少年達、その41~底知れぬ憎悪~
ドゥームは軽い気持ちで聞き返したのだが、ドゥームをして後悔することになる。ドゥームは今までの自分の経験において、感じたことのないほどの殺意という暴風に身を晒すことになった。
サイレンスの体から吹き上げる殺気。それは何の希望もなく、ただその場の全てに向けられた憎悪。生きている者だけでなく、周囲にある塵芥にまで及ぶであろうその憎悪に、無機物である壁や地面にまで亀裂が入った。オシリアはたまらず身構えたが、ドゥームは真剣な表情をしつつも彼女を冷静に制した。ドゥームの瞳が捕えるのは、いまだ涼しい顔をして微笑むサイレンス。ドゥームは確信した。やはり目の前の美青年は、自分達と同じ異常者なのだと。
そのドゥームを見て、サイレンスが賛辞を述べる。
「驚きました。取るに足らぬ小僧だと思っていましたが、私の殺気を見ても怯えぬとは」
「悪霊は人を脅かす側だぜ? それがびびってちゃ、話にならないだろう?」
「おっしゃる通りです。私の殺気は生物、無生物を問わず影響を及ぼします。それは悪霊とて例外ではないのですが、やはり貴方は悪霊としては桁が違うようだ」
「そりゃどうも。それで、なんでサイレンスはそれほど憎んでいるのさ? あるいは何を?」
「すべてを」
淀みなく、言い切られた言葉はしかし真実味があった。ドゥームをして、聞かなければよかった方が良いと思わせるだけの言葉を、サイレンスは口にしてしまったのだ。
「私は全てが憎い。人も、魔物も、水も、火も、太陽も、月も、光も闇も。この目に映る全てが憎くてしょうがない。憎すぎて憎すぎて、抱きしめたまま壊して、そしてまた作り直して、壊して。一つの物を一つの方法で壊すのでは物足りない。一つに、全ての壊れ方を味わってほしいのです」
「・・・あんた最高にイカれてるよ。あんたみたいなのは、たとえ悪霊になっても仲間にするのはごめんだね。こっちまで影響を受けちまう」
「それは最高の賛辞だと受け取っておきましょう」
サイレンスは丁寧にお辞儀をしてみせたので、なんとなくドゥームですらその場にいたたまれなくなってその場所を後にした。彼にしてみればもう既に目的の遺物は手に入れており、これ以上この土地に用はなかった。汚染をわざわざせずとも、このスラスムンドはもう十分に闇の土地なのだ。
ドゥームですら去った後、後に残るサイレンスは炎上するビュンスネルを見ながら、いつまでもくすくすと笑っていた。このスラスムンドには各所に千を超える彼の人形が放たれており、その目を通じて彼は人のもがき苦しむ様をつぶさに観察していたのだ。
彼は劇画を見るように、いつまでもオブレス達が使っていたアジトで享楽に浸っているのだった。
***
「やれやれ。とんだイカレ野郎だね、サイレンスってさ」
「ええ。でも魅力的な狂いっぷりだわ」
「! もしやこれは浮気の予感!?」
ドゥームがはっとした顔でオシリアの方を見たが、オシリアはまるで相手にしなかった。ドゥームが何か言おうとするたびにドゥームをでこぴんで突き放しながら、マンイーターを伴い歩いていているつもりだった。
だが、気がつけばマンイーターがどこにもいない。
「あら・・・マンイーターは?」
「ありゃりゃ。どこかにいっちゃったねぇ」
ドゥームの口調から、マンイーターがいないのは半ばわざとだという事にオシリアが気が付く。
「・・・どうやらくだらないことに気を取られ過ぎたみたい」
「えーと・・・くだらないって、まさか僕の事?」
「・・・」
「なんで無言なのさぁ!?」
非常に悲しそうな顔をするドゥームと、その姿を消すオシリア。後には地団駄を踏むドゥームが残っていた。
その彼はしばらく地団太を踏んでいたが、ふと真剣な表情に戻る。
「人間に飲ませて魔王に変化させる液体か。アノーマリーの研究はそこまで進んでいるのかぁ。なんらかに使用制限はあるんだろうけど、便利な物を作ったねぇ。これを生活用水路にばらまいたら、どれほどの被害が出るのやら。
それに、この土地を壊す意味ね。エルザとかいうシスターも言っていたけど、ここがなくなれば周辺の国が押し寄せてくるかぁ。そうなると、この周辺の国はフルミネル、べガラス、ヴィンダル・・・あ、そういうことか。オーランゼブルも人が悪い、いやエルフが悪い、かな? これは確かに良い火種になりそうだね。
でも、30万人も何に必要なんだろうねぇ。そのあたりに、ボク達が知らされていない理由があるんだろうな」
ドゥームは一人納得したように、うんうんと頷くのだった。
***
その一方で、マンイーターはふらふらとドゥーム達から離れ、一人さまよっていた。だが自分が離れる時、ドゥームは横目でちらりと自分の方を見たのをマンイーターは知っているので、この行動は容認されたものだと彼女は知っている。
そうなると、俄然マンイーターにはやる気が湧いてくる。最近、半ば仕事とはいえ食べては吐き、吐いては食べの繰り返しではどうにも精神衛生上よくないと彼女は考えるのだ。悪霊に精神衛生などという発想がある事自体、既に驚きだが、それだけマンイーターが個我というものを持ち始めた証拠でもある。
「思いっきり、贅沢に食べ散らかしたいなぁ・・・」
マンイーターがそのような闇の誘惑に誘われる中、彼女の耳には沢山の悲鳴が聞こえてきた。火の手が近くで上がっており、建物から多くの人が逃げてくるのだ。
「ごはん、見つけた・・・!」
マンイーターはそう言うと、舌舐めずりをしながら一人だけ人の流れに逆らい、体を変形させながら人の群れに突っ込んで行くのだった。
***
「ゲイル、こっちだよ」
「待てよ、そんなに速く走れねぇって!」
ゲイルを伴い、そこかしこで火の手の上がるビュンスネルを走るのはレイヤー。レイヤーはどこをどう探したのか、ほとんど一直線にゲイルの元に辿り着いた。これはレイヤーの先天的な能力がなせる業か、それともゲイルとの絆が成せる業なのかはレイヤー当人にもわからない。
だがレイヤーは年長者の誰にも会えずに、水路のほとりでふてくされていたゲイルを見つけると、まだ他の幹部以外のメンバーが他の隠れ家にいるであろうにも関わらず、その手を強引に引いて東門に向ったのだ。突然のレイヤーの行動に、当然のごとくゲイルは反発した。大人しく無口なレイヤーは、自分の子分ぐらいだとゲイルは考えていたからだ。
だがレイヤーは非常に強引で、頭一つ以上大きいはずの自分が引き摺られるように連れて行かれる事実にゲイルは驚いていた。そして決定的だったのは、「エルシアが東門で待っている」という言葉だった。ゲイルがエルシアの事を好きなのは、レイヤーだって知っている。それにレイヤーはオブレスの死などはあえて伏せたのだ。そんな事を話している時間もゆとりもない事を、レイヤーは本能で察知していた。
ゲイルはそんなレイヤーの様子にただならぬ事態を想定したのか、あるいは単純に悪戯かなにかの延長だと考えているのか、割りと素直にレイヤーに付いて行った。それはレイヤーが決して自分に悪意のある行動をしないと知っているからこそ、ゲイルは素直に従ったのだ。なんのかんの、レイヤー、ゲイル、エルシアの三人は信頼し合っているし、隠し事はほとんどない。ただ一つ、レイヤーが自分の戦闘能力を隠している事を除けば。
そうするうちに、レイヤーが急に道端に進路を変える。その彼の跡を追うゲイル。
「なんでそっちに行くんだよ。東門ならこっちの方が近道だぜ?」
「そっちはもうすぐ崩れる。こっちの方が早い」
「ほんとかよ?」
だがレイヤーとゲイルが脇道に逸れた瞬間、ゲイルは何かが音を立てて崩れるのを聞いた。それは建物の反響音でわかりにくかったが、自分達が向かおうとした進路から聞こえた気がしなくもない。
「(こいつ、不思議な奴だよな・・・)」
ゲイルは鈍感だが、決して凡庸ではない。それなりに機転もきけば、生き残るだけの嗅覚も働く。それに腕っぷしも自信がある。そのゲイルから見てレイヤーはとても不思議な少年だった。無口だし何を考えているかもわからないが、不思議と争いごとに巻き込まれない。巻き込まれたと思っても、怪我をして周りを心配させた事は一度もない。手のかからないといえばそれまでだが、肝心な時にはいつも傍にひょっこりといる。そんな印象の少年だった。
ゲイルが暴走しそうになる時は必ず彼を止める役はレイヤーだったし、エルシアとゲイルが二人で困っていると、必ず救いの手を差し出すのは決まってレイヤーかオブレスだった。レイヤーといて、何かの危険に巻き込まれた事もゲイルの記憶にはない。
「(こいつ、全部わかってやってたのかな・・・まさかな)」
ゲイルが正解に近い疑問を抱くが、それはレイヤーの声によって遮られた。
「ここ、急ぐよ」
「待てよ。わっとと」
レイヤーは崩れてきた建て物で不安定な瓦礫の山を、まるで平地を走るかのように動く。体の大きいゲイルの方がもちろん動きにくいのだが、それにしてもレイヤーは速い。
「まるで野生の獣みてぇだな、レイヤーの奴」
ゲイルがぶつくさいいながらもレイヤーの後に付いて行くと、レイヤーが急にゲイルを引き摺り倒した。突然の事にゲイルが驚く。
「なんだよ! むぐっ」
「シッ! 静かに・・・」
続く
次回投稿は、5/2(水)8:00です。