ヴァンダル=ヴァルサス=ブラックホーク、その2~集結~
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「あーねーさーんー! もう一歩も歩きたくないっす!」
「……貴様は三日前からそればかりだな」
「四日前っす!」
ルイは抜きかけた剣を、すんでのところで収めた。これでキレていたら、一日に十回は殺さないとならない。ブラックホークの二番隊であるルイとレクサスは、ヴァルサスの命じた集合場所であるサードイドの街には直接集まらず、その手前のサードイド近くの山中にある合流地点に集まるように命じられていた。その途中で行われる、いつもの二人のやりとりだった。事情を知らぬ者が見れば駄々をこねる母子か。あるいは痴話喧嘩に見えるかもしれない。
「もー疲れた~。だるいよー、めんどくさいよー、姐さんが冷たいよ~氷刃だからしょうがないけど、冷たいよ~」
「ワタシはお前の疲れを取る方法を知っている」
「ま、まさか! ついにその豊満なおっぱいに飛び込んでもいいと⁉ ……あれ」
ルイが薄笑いと共に剣を抜き放っていた。しかも、レクサスの目には剣が白く輝いているように見えなくもない。
「コキュートスセイバー? あ、姐さん! それは本気で洒落になりませんって!」
「ほう、気が合うな。ワタシも冗談は嫌いだ」
「ほ、本気ー⁉ 本日一回目の喧嘩からピンチ!」
レクサスがイヤイヤしながら後ずさるが、ルイも本日一回目の我慢の限界だった。むしろ普段に比べれば、よく持った方だった。戦闘時と同様のルイの殺気を前に、レクサスは後ろが崖であることに気付いた。「あ、逃げ損ねた」と思ったその時、
「はっはっはぁ! 相変わらずだな、ルイ、レクサス!」
「はぁい、ルイちゃんお久し~」
「相変わらず怒ってばかりだと、そのきれいなお顔にシワができちゃうわよん♪」
「レクサスぼうや、やっぱり可愛いわねぇん」
「あ、マックスさんとお姉様方! 助けて~」
姿を現したのは片目に眼帯をした大柄な男と、その男にしなだれかかるようにしてこちらを妖艶な表情で見つめる女性たち。ブラックホークの一番隊隊長マックス=オブライエンとその取り巻き、通称「恋人達たち(ラバーズ)」の面々である。
一番隊はこの大男と、女性四人だけで構成されている。この女性たちは妖艶なだけでなくそれぞれがかなりの使い手であり、戦場ではマックスとぴたりと息のあった連携を見せるため「恋人達」と言われるようになった。さらにこの一番隊は戦場での仕事だけではなく、団の金策、諜報活動、国との折衝も行う。ブラックホークの舵取りを担っているのだった。
「どうだ、ルイ! お前もうちのラバーズに入らねぇか?」
見た目だけはいかつい大男が、軽薄な調子でルイの肩を叩く。
「だめですよ、マックスさん。姐さんのおっぱいは俺のです‼」
「……貴様ら、まとめて死ぬか?」
「あ~ん、ルイちゃんこわ~い!」
「レクサスぼうやを斬ってもいいけど、その前に一晩アタシに貸してぇん」
さしものルイもラバーズの面々は苦手であり、怒る気も失せて引っ込んだ。
「うひょー! 死ぬ前にめくるめく幸せの予感? でも一人お姉さんが足らないような?」
軽薄な調子の中にも、観察は欠かさないのがレクサス。ルイもそれを知っているから、いまいちとどめをさそうにも、躊躇われる時がある。
「リムフェラは先に偵察に出している。俺が無策で集合するなんてことするわけないだろ」
マックスもまたそのことはよく承知しているので、素直に答えた。レクサスは不審な点があれば、仲間でも刃を向けることを躊躇わない。以前適当にレクサスをあしらおうとして、不審な点があるからと殺し合い一歩手前にまで発展したことがある。そこへ今度は下卑た笑いが聞こえてきた。
「ケケケケ、マックスよう、今日こそ俺に一晩そいつら貸せよ。俺好みに仕込んでやるからよ、ケケケ」
「あらあらまあまあ。それを言うならあなたを調教して差し上げてよ、ゲルゲダ隊長?」
さらに姿を現したのは赤髪・細面でいかにも狡猾で執念深そうな男と、対照的に貴族的な金髪を大きく三つ編みにした、上品かつおおらかなで優雅な女性だった。
「ゲルゲダにファンデーヌか。面倒くさいのが来たな」
「聞こえてるぞ~? マックスぅ」
軽く舌打ちしたマックスの呟きが聞こえたのか、ゲルゲダが地面にぺっと唾を吐く。
「あらあら、私をこんな人と一緒にしないでほしいですわ」
「んだと、このアマ⁉ この場でひん剝いて犯してやろうか?」
「あらあら、おできになるならどうぞ。もっともわたくしのかわいいこの子たちに嫌われなければよいのですが……」
そう告げると、ファンデーヌの服から蛇がちょろりと頭を覗かせた。噛まれれば一刻待たずに昇天できる毒蛇である。ファンデーヌはゲルゲダに微笑んでいるが、蛇は敵意剥き出しに牙を出して威嚇した。ゲルゲダが悔しさで舌打ちして去っていく。
このゲルゲダはブラックホーク五番隊隊長であり、残忍非道で通っている男だ。依頼とあれば女、子供、老人でも容赦せず、依頼外でも腹いせに殺しをする人間である。ブラックホークに悪評がたつ時は、全てこのゲルゲダが元凶と言ってもいい。そのため汚れ仕事を請け負う反面、仲間内ですら嫌われている。
一方ファンデーヌは六番隊の隊長だが、この隊はファンデーヌ一人しかいない。それがなぜ隊として機能するかというと、彼女が魔獣使い(ビーストマスター)であることに由来する。通常のビーストマスターは数体従えるだけだが、このファンデーヌは同時に数十体を扱うことができる。それゆえに一人で部隊を成立させることができる。
「そういやゼルヴァーの奴が見えねぇな」
「アイツは別行動してた副隊長たちと合流してから来るんだそうだ」
ゲルゲダが周りを見渡しながら、誰となくぼやく。マックスがその疑問に取り合ってやると、ゲルゲダは下品な視線をラバーズに向ける。
「で、どうするんだマックスよ? 女どもを俺に貸すのか貸さねぇのか」
「あん? しつけぇ奴だな。てめぇみてぇなゲス野郎に、なんで俺の可愛い女どもを貸さなきゃならねぇんだ?」
「言うじゃねぇか。じゃあ力づくならいいってことか?」
「やれるもんならやってみな」
「いやーん、マックスかっこいい~!!」
「あんな下品な男やっちゃってぇん!」
マックスとゲルゲダが一触即発の状態になる。それを止める様子もなくルイとファンデーヌが見守る。互いにそれぞれの得物を抜こうとしたその時、
「皆様、争いはいけません。こういう時こそ種の慈悲を、○ーメン」
「……でやがったよ、セクハラ神父グロースフェルド」
「……まったく、やる気がなくなるったらありゃしねぇ」
下品な言葉を聞かされたせいで一気にやる気を削がれ、げんなりと武器を下ろしたマックスとゲルゲダの間に姿を現したのは、黒い神父服に身を包んだ丸眼鏡の大柄な男だった。にこやかな笑顔と甘いマスクの男だが、その口からは残念ながら卑猥な言葉しか出てこない。
「世の中は愛と平和が一番です。強いて言うならば抱擁&性行(○ックス)! だがしかし、そのためには女性の協力が欠かせない。さあ、そこのラバーズたち、私と共に――ぶべらっ!」
神父が後ろから来た獣人の娘に蹴飛ばされて、頭を踏まれた。神父を蹴飛ばしたウサギの獣人は、全員に手を合わせて謝罪する。
「皆、ごめんねぇ? ちょーっと目を離したら、すぐに暴走するからさぁ。これならまだレクサスの方がマシだよねぇ?」
「ミレイユさん! 俺のことを理解してくれるなんて、さすが零番隊!」
「だいじょーぶだよ、レクサス。あんたも十分気持ち悪いから。寄らないで、シッ、シッ」
手で追い払われたレクサスが泣きながら走り去った。ゲルゲダがため息をつきながら、ミレイユに話しかける。
「零番隊まで召集するなんて、ヴァルサスの野郎本気も本気じゃねぇの」
「そうだよ? だから隊同士で揉めるだろうし――」
「私たちが案内するように言われたのですよ」
ミレイユの足の下からグロースフェルドが起き上がり、何事もなかったかのように笑顔で全員に説明した。説明を遮られたミレイユは腹いせにグロースフェルドを背後から蹴るが、グロースフェルドの笑顔はびくともしない。
「ははは。それでは急いで参りましょうか、思いのほか時間を取られてしまいましたので」
それは誰のせいだと全員が思いつつも、一行はサードイドの町に足を運ぶ。
***
ここはサードイドにある酒場の一角。まだ時間は早いが、この酒場にいる者たちは酒を飲むでもなく静かに各々の時間を過ごしていた。殺気立っているわけではないが、全員が物々しい雰囲気を出しているせいで、注文を取ろうとする看板娘も、半泣きで店主の方を見ながらおろそろするばかりである。そこに開き戸を勢いよく開けて、陽気な声が突然聞こえてきた。
「団長~連れてきたよ~!」
声の主はミレイユ。彼女は連れてきた面々を外で待たせ、ヴァルサスに報告をした。長い耳を揺らしながら華奢ですらりとしながら出るところはしっかり出ているという体型の持ち主だが、口調は子どものような明るさだった。夏にはまだ早いが下はショートパンツ、上は露出の多いシャツ一枚で見事な腹筋を見せつけるという軽装である。ミレイユは酒場の奥にいるヴァルサスを見つけると、嬉しそうに駆け寄った。
「団長ってば、アタシが迎えに行く前から本読んでばっかじゃん~、ちょっとはアタシと遊んでよぉ~」
「うるさいね、ミレイユ。ちったぁ静かにしな」
「じゃあグレイスが遊んでよ~」
「お断りだね。アンタの遊びっていったら、すぐ殺し合いに発展するんだ。やってられるかい」
そういってぷいと横を向いたのは、巨人族の女戦士。並の男子よりも三回り、四回りは大きな体躯を誇り、傍に立てかけてある剣は人間と同じくらいの大きさである幅広のだんびらだった。ミレイユはぷくっとむくれたが、ヴァルサスがいつもよりも厳しい雰囲気を纏っているのを見ると、しょうがなくその辺の椅子に腰かけた。
「あーあ、つまんないの。早く暴れたいよぅ。アマリナはまだぁ? 何回偵察に行かせるのさぁ」
「慎重に事を運びたいからな。お前と違って、アマリナは嵐の中でも三日間潜伏できる女だ。かつてドラゴンマスターに最も近いと言われた女だぞ?」
「だから面倒なんじゃないのさぁ。このままじゃあお尻に根っこが生えちゃうよ、ジジィ、遊んでよ~。久しぶりにガチでやろうよ~ジジィの秘剣見せてよ~」
「やなこった。お前に振るう剣はねぇ」
「先っちょだけでもいいからさぁ」
「誤解を招くようなことを言うんじゃねぇ!」
副長のベッツが怒ろうとしたが、そこでセンサーのカナートがぴくりと反応した。
「心配するなミレイユ、アマリナが帰ってきた」
カナートが言うが早いか、酒場の外から竜のいななきが聞こえてきた。そして一陣の風が吹いたかと思うと、酒場の開き戸を押し、甲冑姿でツインテールの女性が入ってくる。
「ヴァルサス団長、四番隊の姿を空から確認しました。まもなく足並みが揃うと思います」
「……偵察はどうだった?」
「団長の予想通りでした。ここで報告しますか?」
「いや、後で聞こう。まずは揃い次第、全員を酒場に入れてくれ。強面ばかり並べたら、街の住人の気持ちも休まらないだろう」
一番奥に据わっていたヴァルサスが本を閉じると、アマリナと呼ばれた女竜騎士は無言で頷き踵を返して再び外に出ていく。もはやミレイユにも文句を言うそぶりはなく、一層の緊張感が酒場を包んだ。そくていくらもしないうちにブラックホークの各隊が次々と酒場に入ってくる。
「姐さん、すごいっすね。全滅した四番隊の代わりの部隊だけじゃなく、隊長直下の零番隊の面子まで全員揃ってますよ」
「……黙ってろ。ヴァルサスを見ろ、あれは相当キレてる。うかつな軽口叩くと、制裁をくらうぞ」
「……ですね」
たしかに周囲は異常にピリピリしていた。あれほど軽口を叩いていたグロースフェルドも、陰険で絡み屋なゲルゲダも言葉を発する様子すらない。この緊張感を作っているのは、全て酒場の奥に座っているヴァルサスという男一人によるものだ。無言で暗がりに座っているが、それでもここにいる全員を黙らせる圧力を発している。普段は『狂獣』という呼び名はなんなんだと思えるほど物静かで本を愛する男なのだが。
それもこれも四番隊が全滅したせいだと皆考えている。そもそもブラックホークという傭兵隊は変わっていて、普段はバラバラに行動してもよい。大抵は隊の単位で動くが、個別に依頼を受けてもよく、入隊、除隊も各部隊の隊長が認めればそれで充分である。一応行動や現在場所は団長に報告するしきたりだが、守られていないことも多い。それでもなぜか各隊の居場所は団長に筒抜けで、今回みたいな全員集合では正確に連絡が回ってくるのだった。
そんな自由な傭兵団にも一つだけ鉄の掟がある。それは「仲間が不当な理由でやられたら全員で報復すべし」だ。傭兵という職業は軍人とは違い、どこに勝つかではなく、如何に生き延びるかが重要である。国と血縁、名誉、土地で契約する騎士に敵前逃亡は許されないが、金銭で契約する傭兵は分が悪ければ逃げだすこともあり得る。そのため傭兵を信頼していない軍の将校や国も多く、傭兵は囮や殿など、使い捨て程度に扱われることもしばしばだった。。
そういった不当な扱いを受けることを回避するため、ブラックホークが設けた掟が報復行動である。それはブラックホークの前身ともいえる傭兵団で実際に起こった悲劇を基にして作られた。雇われた隊の責任者が納得しない扱いを受けた時、いつでもその依頼を途中離脱してもよく、また損害があった場合は報復行動が認められる。先の三番隊もそのような契約だったため、ムスターの依頼を中途離脱することが可能だった。
それでもブラックホークが大陸でもっとも強いと評価されるのは、戦場における圧倒的な戦果と、報復行動の苛烈さだろう。グルーザルドの本軍に突っ込んで全滅させた、魔王の軍勢を数名で押し返した、自分たちに偽の情報を与えて魔物の群れに向かわせた司令官の砦を逆に急襲し、およそ五百人を十五人で全滅させた、などである。
そしてそれだけの武力を持つ全員を集めて、どんな厳しい依頼をこなすのか。隊員たちはヴァルサスの言葉を待ったが、ヴァルサスは一向に何も話す気配がない。少しずつ訝しむ連中が出始めたころ、酒場の扉が勢いよく開いた。
続く
次回は11/12(金)12:00投稿です。