少年達、その40~捧げられた町~
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「おかえり、サイレンス」
ドゥームが出迎えたのはサイレンス。ドゥームはオブレスが使っていたアジトに堂々と居座っており、そこに胡坐をかいてオシリアとカード遊びをしているところだった。
だが帰ってきたサイレンスは余程機嫌が悪いのか、ドゥームの挨拶にも全く反応しない。ドゥームは多少意外だとして、しばらくサイレンスの様子を見ていた。サイレンスはその本質はともかく、黒の魔術士の間ではもっともまともに会話ができる相手だとドゥームは思っていたからだ。そしてドゥームがよそ見をしている間に、堂々とオシリアはイカサマをしていた。
「コールよ、ドゥーム」
「え、ああ。よし、オープンだ!・・・あれ?」
「私の勝ちね。これで通算私の勝ち越し。罰ゲームの時間よ」
「ちょ、ちょっと待ってよ! その手札、なんかインチキ臭くない?」
「男らしくないわ、ドゥーム。しっぺか、でこぴんか、ビンタか。疾く選びなさい。それともどれもあなたにとってはご褒美かしら?」
「それはアノーマリーのキャラだ! じゃあ一番痛くなさそうな、でこぴんで」
「いいわ」
だがオシリアの右手には魔力が込められ始めた。それを見てだらだらと汗をかくドゥーム。
「え、ええええ!? なんで魔力を込めてるのさ?」
「魔力を込めないでこぴんだとは、誰も言っていないわ」
「そりゃあそうだけど、世の中には常識ってものが」
「死人に常識は通用しないわ。男なら潔く覚悟なさい」
「筋が通っているようで暴論だ、それ・・・ふぎゃあ!」
オシリアの一撃に吹き飛ばされ、壁にめり込むドゥーム。だがオシリアの方は、汚いものに触ったとばかりに右手を拭いていた。その表情には、些かの充足感が見て取れなくもない。
ところが、そんなやりとりにすら反応を示さないサイレンス。その様子を見て、ドゥームが汚れたローブをはたきながら話しかける。
「何があったのさ、サイレンス」
「少し、苛立つことがありましてね」
その返答に、多少ではないだろうとドゥームは言いたかった。サイレンスが明らかに殺気を放っていたからだ。これでも必死で押さえているのだろうとドゥームは想像するが、誰かが「サイレンスは見た目とは裏腹に好戦的」と言っていたのを思い出す。その様子を見てさもありなんと、ドゥームも納得するのだった。
ドゥームはもう一度ソファーに腰掛けると、サイレンスに話しかける。
「サイレンスの手筈通り、この町はもうすぐ炎上する。君の人形達が一斉に火の手を放ったからね。何体いるのか知らないけど、火を消すよりは早いようだ。これはお師匠様の命令なのかい?」
「ええ。いずれは、ということでしたが、まあ今やってもよいでしょう。どうやらアルネリアから監査が入るようですし、色々と調べられる前に灰にした方がよい。調べられてはまずいこともありますし」
「へぇ。たとえばどんな?」
ドゥームはずるがしこそうな笑顔で聞いた。ドゥームとしても、他の魔術士がやっている仕掛けには興味があるのだ。特にサイレンスは裏方に徹することが多いゆえ、その計画の一旦にはドゥームも興味がある。
サイレンスも自らの功績を話すことはまんざらでもないのか、割と饒舌に話し始める。
「アルネリアには『足枷』をつけてあります。もっともこれは我々が企んだことではなく、ミリアザール自らが招いた災厄ですが。ですがこの足枷は我々の制御をほとんど受けない。ゆえに、グラスライブが制御のできる足枷の二つ目になる予定だったのですが、その目的は果たされなかった。これは予定外の事です。この私がわざわざ彼の友人を演じ、最後はご丁寧にアノーマリー作の魔王になる液体まで飲ませたというのに。
この事態を台無しにしたのが少年二人と知った日には、私の心中は察することができるでしょうか?」
「そうだねぇ。邪魔をしたのがガキじゃあ、それはむかつくよねぇ」
その言葉にオシリアが思わずドゥームの方を見たが、ドゥームは自分の事は完全に棚に上げているようだったので、これ以上は何もオシリアは言わなかった。
そしてドゥームが楽しそうに頷く一方で、サイレンスはくっくっくっと笑い始めるのだ。その思わぬ行動に、オシリアもドゥームも一斉に彼の方を見た。
「どうしちゃったのさ、サイレンス」
「いえいえ、楽しみが増えたと思いまして。だって、私に直接喧嘩を売ってきた人間がいるんですよ? ここ最近、私は影で陰謀を企むばかりで、多少飽き飽きとしてきた所だったのです。
ああ、勘違いしないでください。私は陰謀が大好きです。私が企み、そして舞台で何も知らぬ道化が躍り、悲劇を演ずる。これに勝る快楽はありません。そういう意味ではこの町は恰好の私の劇場だったのですが、どれほどの美酒でも毎日飲めば飽きるというもの。そろそろ私も次の趣味に移るべき時期だったのかもしれませんね。
次の獲物はあの少年。どれほどあの少年が抵抗できるのか、今から楽しみです」
そういって笑い続けるサイレンスに、ドゥームとオシリアは顔を見合わせた。これほど楽しそうに笑うサイレンスを彼らは見たことがない。優雅な貴公子然とした男もこういった一面も持つのだと、ドゥームは少し興味深げに彼を観察していた。
そして突然ぴたりと笑いを止めたサイレンスが、ドゥームに話しかける。
「時にドゥーム」
「なんだい?」
「あなたの仕事はなんですか? この土地は私の領域ですし、今回の出来事はオーランゼブル様の命令で行ったこと。グラスライブやオブレスの出来事は所詮ついでにすぎないのですが、貴方は一体何の用でこの土地に?」
「あー、ええと・・・」
ドゥームは一瞬どういうべきか悩んだが、ここは半ば真実、半ば嘘を言うことで切り抜けようとした。完全なる嘘をつくのは非常に難しいが、真実が混じっていると非常に判断しづらくなるのだ。
「僕の仕事は知っているかい、サイレンス?」
「なんとなくは。詳しくは知りませんが」
「じゃあ君には世話になったし、教えてあげよう。僕の仕事は『遺物の回収』と、『土地の汚染』だ。それに加えて、自分の力を増すために修行したり、または仲間を増やしたりしている」
「遺物の回収・・・以前私もティタニアと行いましたが、貴方も行っているのですね。ですが土地の汚染とは初めて聞きましたが、具体的にはどのようにやるのです?」
その質問に、待ってましたとばかりにドゥームが得意げに答える。
「簡単さ。もう知っていると思うけど、僕の部下がやっているように自分の一部を残したり、あるいは悪霊をばらまいたりする。いわば、闇の生き物たちが住み良い環境を作るんだねぇ」
「なるほど、魔王はオークやゴブリンなどの生き物を召喚しますからね。確かにそのような環境は必要だ。アルネリア教の勢力を弱めたり、その目標を分散させたりするのにも役立つでしょうか」
「そうそう、僕達の行動の目くらましにもなるよね? 結構裏方では忙しくやっているのよ、僕も」
ドゥームが得意げに話しているのだが、サイレンスは黙って聞いていた。これがライフレスだったら、今頃無視して去っているだろうし、ドラグレオならば「わからん!」と言って正拳をお見舞いしているだろう。
そして今度は、ドゥームが興味深そうにサイレンスに話しかけるのだ。
「今度は僕の番だよ。サイレンスはこの国を潰して何をするように言われたのさ?」
「ああ、そのことについては私も詳しく知らされていないのですよ。ですが、お師匠様は『生贄が必要だ』とだけ言っていました」
「生贄・・・この町ごとの人数が必要なほどかい?」
ドゥームは多少呆れ気味に聞いた。確かに生贄は自分も求めるが、これほどの規模の都市が丸ごとを求めるとは何とも貪欲だとドゥームは思う。この町の人口はおよそ30万は下るまい。そしてまだ自分は控えめな方だったと、彼は反省をするのだ。そして理由も良くわからずこれほどの人間を殺せるサイレンスに、ドゥームはぞくぞくするのだった。
サイレンスはさらに語る。
「まだまだですよ、ドゥーム。近々、オーランゼブル様はさらなる計画を進めているとおっしゃっていました。もっと激しい破滅が見れるかもしれませんねぇ」
「これより激しい、ね。控えめなボクには想像もつかないや」
ドゥームがわざとらしく言って見せるのを、サイレンスはくすくすと笑って聞いていた。
「そうですね、確かにあなたは私に比べて控えめかもしれません。ねぇ、ドゥーム。貴方は人間を滅ぼしたいと思ったことは?」
「ん、ないよ? だって、玩具が全部いなくなるとそれはとてもつまらないじゃない? 彼らにはある程度生きていてもらわないとね」
「やはりそう思っていたのですか・・・貴方ならそう言うと思っていましたが、私は多少違うのです」
「へ? どういう風に?」
続く
次回投稿は、5/1(火)8:00です。