少年達、その39~それは予想外に差し伸べられる手~
「先ほど私とやった時は全力ではなかったのか? 明らかに速度が上がっていた」
「どちらも全力だったさ。だけど、お姉さんとやった時は長期戦を覚悟していた。さっきは短期決戦でやるつもりだった。その差だよ」
「そうか。これからどうする?」
「考えていない。とりあえずグラスライブの通行証は回収したから、ゲイルを見つけてどこかの土地へ行こうかと思う。でもきっとさっきの奴が狙ってくるから、僕はエルシアやゲイルとはどこかで別れた方がいいかもしれない」
「果たしてそうかな。先ほどの奴、見た目とは裏腹に執念深そうだった。ああいう奴はきっと人質を取ることを厭わない。たとえばらばらに行動しても、余計に危険が増すだけかもしれない」
「じゃあどうするのがいいんだ?」
レイヤーが足を止め、多少困惑気味にルナティカに話しかけた。一見無表情、無感動に見えるレイヤーだが、どうやら困るだけの感情は持ち合わせているらしい。かといって当のルナティカでさえ自分で言い出しておいてなんだが、別に解決策を持っているわけではなかった。そうやってしばらく沈黙がその場に漂った後、意外な人物が沈黙を破る。
「お~い!」
レイヤーとルナティカが反応した声の主は、他でもないアルフィリースだった。アルフィリースは何の警戒心もなく、ラインと共に二人の方に走ってくるではないか。アルフィリースはルナティカの傍まで走ってくると、レイヤーの方をちらりと見てルナティカに向き直る。
「ルナ、無事ね?」
「ああ、それは問題ないが。伝令が届いたのか」
「ええ、教会の方はリサとエルザに任せてきたわ。リサがこちらにルナがいるって言ったからこちらに来たんだけど・・・あの少年は? これ?」
アルフィリースが親指を立ててルナティカに見せたので、ルナティカは反射的にその親指をひねってしまった。以前リサがそうやっているのを見て真似したのだが、いかんせんリサとルナティカでは力が違いすぎる。
「ぎゃああああ! 折れる、いや、折れたぁ!!」
「そんなわけはないでしょう。馬鹿ですか、あなた」
「何やってんだ・・・」
悲鳴を上げるアルフィリースと、思わずリサのような突っ込みをするルナティカと、そして呆れるライン。レイヤーはきょとんとしてそのやり取りを見守り、不思議そうに見つめるだけだった。
そしてやりとりが一通り済んだところで、ルナティカが改めてアルフィリースに問いかける。
「アルフィリース、撤収か?」
「それはエルザに聞いてからだけど。結果はどうあれ撤収かもね」
「? なぜ」
「屋根に上がって周囲を見てみろ。俺達も、ユーティが気が付くまで何もわからなかったけどな」
ルナティカはラインの言葉に従い、即座に手近な建物に飛び移り、身軽にもその外側を上り始めた。そして屋根の上に登ったルナティカが見たのは、四方のあちこちから上る火の手だった。ビュンスネルの町は、火の手に包まれ始めているのだ。
ルナティカは建物から飛び降りると、見たままをアルフィリースに問いかけた。
「四方から火の手が上がっている。どういうことだ?」
「こっちが聞きたいわよ。ただもう、この土地に用はないってこと。日の高いうちにギルドで依頼達成の申請も済ませたし、エルザと合流したらこの町を脱出するわ」
ルナティカの言葉と同時に、ドロシーが教会の方向からちょうど駆けてきたのだ。
「団長、エルザさんからの使いです。必要な物は回収したので、この土地を一旦離れるとのことだべさ!」
「わかったわ。聞いての通り、私達は今からこの町を脱出します。東門から脱出し、外の仲間とは北からの街道との合流手前で落ち合うわ。ルナティカには仕事を重ねて悪いんだけど、先行して東門までの安全を確かめてくれないかしら」
「問題ない。それで、アルフィリースに相談なのだが・・・」
ルナティカが何かを思いついたように、そしてやや遠慮がちにレイヤーの方を見た。レイヤーはちょうどエルシアを介抱しているところだったので、アルフィリースは二人を同時に見たことになる。アルフィリースはルナティカのばつの悪そうな表情を見てなんとなく察したのか。だがルナティカがそのような申し出をすること自体が意外ではあったので、しばし不思議そうにルナティカを見つめていた。
そもそもエルシアはアルフィリースから盗みを働いた張本人。それをルナティカもレイヤーも知っているから、多少アルフィリースが嫌な顔をすると思ったのだが、
「ああ、あの子達もついて来ればいいんじゃない? ここにいたら危ないでしょうし」
アルフィリースの言葉は実にあっさりとしたものだった。あまりのあっけなさに、思わずルナティカもレイヤーもアルフィリースの方を見た。
「いいのか?」
「何か問題ある? まあ私の懐から盗んだのは覚えているけど、今はそれどころじゃないし。こんなところでまた会うのも何かの縁だわ。とりあえず一緒に逃げればいいんじゃないかしら。その後の事は安全な所に行ってから相談しましょう」
アルフィリースはそれだけ言うと、さっさと教会の方に走り出してしまった。多少困惑したように、ルナティカはレイヤーの方を見る。その瞳がレイヤーにこう訴えるのだ。
「(うちの団長はこんなもの。来るか?)」
と。レイヤーは多少呆然としていたが、そうするうちにラインがエルシアの様子を見にくる。
「これは眠らされていたんだな。命に別状はないし、もうすぐ目が覚めるだろう。だがまだ走るのは無理そうだし、俺が運ぶぞ?」
「え、ああ・・・はい」
レイヤーの返事を待たず、エルシアを担ぎ上げるライン。そしてレイヤーははっとする。
「あの、すみませんが」
「ん、なんだ?」
「もう一人家族がいるんです。連れてきてもいいですか?」
「間に合うならな。俺達は東門から脱出する。門の外である程度待ってやるが、それに間に合わないならおいていく。期限は東門が崩れたり火に包まれたりして脱出不能になるまで。それでいいか?」
「十分です」
レイヤーは軽く会釈すると、闇に中に走って行った。それを見届けたラインは、自分もまたアルフィリースの方を追う。その折ラインははっと思い出し、後ろからレイヤーに叫んだ。
「おい、ガキ! 闇の中には魔物がいるかもしれん。気をつけろ!」
その声にレイヤーが右手を挙げて応えたように見えたが、既に闇は深くなっていた。ラインもまた闇に気を付けながら、自分はアルフィリースの後を追うのだった。
続く
次回投稿は、4/30(月)8:00です。